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オダギリジョーとの類似点

  NHKのドラマ「カムカムエブリバディ」の再放送で、オダギリジョーが主人公るいの夫役を演じている。るいは回転焼きの店を出店して、あんこ作り、生地作り、回転焼きの製造、販売、店の帳簿管理、要するに、店の全ての業務を一人で担って家計を支えている。しかし、夫は何をやっても失敗ばかりで、仕事を任せられず、仕事もせずに昼間はテレビを見るか子供と遊んでいる。 このドラマの本放送を見てあらすじを知っている妻はオダギリジョーが出てくるたびに「イーナムジャシルタ(この男は嫌い)」と言って、「仕事もせずに嫁に苦労ばかりかけて、自分はぷらぷら遊んでいる。トランペットが駄目ならピアノをやればいいのに。弁護士と上手くいきそうだったのに本当にもったいない」と嘆く。 最初は「へー、そうなんだ」と受け流していたが、最近になって「もしかして遠回しに俺のことを言ってるのかな」と思うようになった。 追伸)NMRさんとMMRさんが昨日と今日取材に来てくれた。ありがたいことである。 追追伸)NHKの「こころ旅」は自転車で日本各地を周り、視聴者からの手紙に書いてある心の風景を紹介する番組だ。海外向けNHKでは日曜日の22:40から放送されるが、明後日の放送のロケ地はなんと長崎県大村市なのだ。Wさんの奥さんは御存知だろうか?

なでしこの優勝

  サッカー女子代表の愛称はなでしこだ。この名称は国際的にも定着していて、Nadesiko が記事の見出しの一部になったりもする。これは東日本大震災直後に開催されたワールドカップで優勝したからに他ならない。日本はグループリーグ最終戦でイングランドに敗れ、開催国で優勝候補のドイツと決勝トーナメントで当たることになり、万事休すと思われたし、俺も思った。しかし、丸山の一発が全てをひっくり返した。勢いに乗ったなでしこはカナダを撃破、アメリカとの決勝に臨む。当時のアメリカは、ワンバック、モーガン、ラピーノ、ロイドと伝説的な選手が集結していた。決勝戦はアメリカが先制して押し込まれる展開が続く。なでしこはおしんのように耐えて忍ぶ守備で追加点を許さず宮間の同点弾に繋げる。延長に入ってもアメリカの猛攻が続き、ワンバックのゴールが決まったときにはダムが決壊したような絶望感に襲われた。このまま終わるという雰囲気が流れる中でなでしこは反撃に転じコーナーキックを得る。何か得体の知れない力が働いているとしか思えない奇跡が起きた。宮間が蹴ったボールを澤がバックヒールで合わせたボールはワンバックをかすめゴールネットに吸い込まれた。延長戦が終わりPK戦を制したなでしこはワールドカップ優勝を飾る。 そのなでしこが14年の時を経て、シービリーブズカップで開催国アメリカと優勝をかけて対戦した。ハイライトを見る限りでは、やや押されながらもチャンスの数は互角だったし、何より2対1で勝ち切った。新監督ニールセンの手腕も見事だし、和製ベンゼマの田中は、シュート力のある次期エースの藤野、宮澤、植木、籾木の技巧派高速スリートップ、不動の先発と思われた長野、長谷川を脅かす若手の谷川、浜野も出てきたし、ボランチで新たな可能性を示した熊谷、身体能力に優れるセンターバックの南と古賀、サイドバックには負傷の清水と遠藤も控えている。とにかく楽しみな選手が目白押しだ。 なでしこは復活して二度目のワールドカップ優勝を飾ると予言しておく。

日本対イラン

  ワールドユースの出場権がかかった日本対イランの試合を後半途中から観戦した。以下はその感想である。 1)一昔前は20歳以下の文字通り日本を代表する選手たちが選抜され、世間の注目も高かったし、代表戦を重ねることで数々のスター選手が生まれていった。しかし、現在の代表チームはベストメンバーとは程遠い。その原因は、Jリーグや海外のクラブで主力として活躍している選手たちが何人かいて、彼らにとっては子供の大会に出るより所属チームの試合に出る方が成長に繋がるという同意が代表選考の過程で形成されたからだ。代表監督にとっては頭が痛いことだが、日本のサッカーが強くなっていることを実感する事例の一つであろう。 2)そんな中でも気になる選手はいた。アウトサイドでダイレクトパスを前線のスペースに出した中島、中央で攻撃のタクトをとった佐藤、技巧派ながら球際の強さを見せた高橋、イランのロングボールを跳ね返し最後のPKを決めた強心臓の市原、これからの成長が楽しみだ。 3)イランのGKが当たっていた。PK戦になったら負けそうな雰囲気だった。スタッツを見ると日本の完勝なのだが、イランの粘りの守備と対人の強さが印象に残った。 4)ワールドユースの出場権を得た日本と逃したイラン、その差は雲泥だと思った。世界大会で代表同士のヒリヒリとした戦いを通しての経験値は計り知れない。その経験が未来のフル代表に還元されるかもしれないし、本田圭祐のような異端のスーパースターが生まれるかも知れない。それらが紙一重の差でイランに起こったかも知れないと思うと、勝利の大きさを実感できるだろう。

もしも旅行に行けたなら (3)

本欄は「もしも旅行に行けたなら(1),(2)」の続きである。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/02/2.html 釜山旅行の最終日の観光プランを考えてみた。提案したいのは孤独のグルメごっこだ。二人一組に分かれて、釜山駅周辺を散策して、ここぞと思う店に入り大食いする。後に合流してその店での体験を披露し合えば家族の結束も深まるだろう。いざとなったらスマホで呼び出せばいいし、翻訳ソフトを活用すれば注文もできるだろう。ただしチェックアウトした後大きな荷物はホテルに預けておくこと。韓国の治安は日本並みだし、あちこちに防犯カメラが設置されているので犯罪に巻き込まれることはないと思うが、弟家族にとっては外国である以上、最低限の備え、すなわち、旅行者に見えない工夫が必要だ。 以下はお勧めの韓国料理だ。 1)タッカルビ(鶏カルビ)。冬の寒い日に歩き回り冷え切った体を温めるにはうってつけ。真っ赤なタレを纏った鶏肉、キャベツ、トッポギが鉄板の上で加熱されていく様子を見ていると気分が高揚する。十分に火が通る頃にはあれだけ大量にあった材料が小さくなる。その凝縮された旨みを楽しむのがタッカルビの本質だ。個人的にチーズをトッピングするのは邪道だと思う。 2)デジグッパプ(豚骨リゾット)。白濁した豚骨スープにご飯を浸して食べる。豚骨ラーメンが好きな人は十中八九ハマる料理。各店舗ごとに微妙に味付けが異なる。ファンキーと形容したくなる空腹時にガーッとかき入れるソウルフード。 3)サムゲタン(参鶏湯)。東来区役所近くの専門店が有名。ニンニクが利いたスープと柔らかく煮込んだ一匹分の鶏を味わうのは贅沢の極み。高麗人参も入っている。

もしも旅行に行けたなら (2)

本欄は「もしも旅行に行けたなら (1)」の続きである。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/02/1.html 弟家族は2018年8月にも釜山に来ている。そのときは海雲台のホテルに泊まって海水浴などの観光を楽しんだ。 丸一日を観光に費やせる二日目、弟家族が何を見たいのか把握してないのだが、候補地をいくつか挙げてみた。 1)早朝のチャガルチ魚市場。周辺の国際市場、南浦洞、龍頭山公園、ロッテ百貨店を散策しながらのショッピング。 2)海雲台の「The Party Premium」というビュッフェレストランで朝食兼昼食。遊覧船で島巡りをして、新世界百貨店のスパとチンジルバンでくつろぐ。 3)「ロッテワールドアドベンチャー釜山」という遊園地で一日過ごして、近くのアウトレットショッピングモールで買い物。 4)甘川文化村観光。地下鉄に乗って西面で観光と買い物。 この中でのお勧めは2番目の海雲台観光だ。というか、他は外にいる時間が長いので印象が天候に左右されやすい。以下で2番目の詳細を述べる。 朝食は食べないでタクシーで現地に移動。地下鉄を乗り継ぐのも一興だが、高速道路下に広がる釜山の街並みを見てほしい。そのビュッフェの支店には行ったことがあるが、高級食材が並ぶと言われている海雲台店には入ったことがない。和洋中華の料理が準備されているが、韓国料理の質が最も高く、和食の質は低い。洋食や中華に目が行きがちだが、ここはあえて韓国料理中心に選択して、その奥ゆかしさを味わってほしい。特にワタリガ二を醤油ダレに漬け込んだカンジャンケジャンは要チェックだ。たらふく食べた後は海岸線沿いに遊覧船発着所まで歩くといい。遊覧船は一時間間隔で就航している。海が荒れて船酔いが気になるのであればキャンセルするのが賢明だ。遊覧船の最大のウリは岩が剥き出しになった数々の無人島を鑑賞できることだが、運が良ければカモメの大群に遭遇することもある。それは正に日常から離れた異世界である。その後はタクシーで新世界百貨店に移動、スパで男女に分かれ、専用の衣服に着替えてチンジルバンというサウナ施設で合流できる。日本ではありえないことだが、韓国ではごく普通のことだ。この辺りの文化の差も体験してほしい。新世界百貨店周辺は釜山を代表する商業地で買い物やグルメに事欠かない。事前に買いたいものと...

もしも旅行に行けたなら (1)

俺の弟が釜山に見舞いと総勢4名の家族旅行を兼ねて来る。金海空港到着が午前10時半、二泊三日で釜山駅近くのホテルに泊まり、金空港を出発するのは17時半だ。この日程での観光プランを考えてみたので参考にしてほしい。というか、自分が旅行気分を味わいたくて勝手に考えているだけなので、参考にしなくても一向に構わない。 二日目を丸一日観光に使ってほしいので、初日に我が家を訪れるのはどうだろう?その場合、空港から模範タクシーに乗って来るといい。子供たちは学校に行って家にはいないので、長旅の疲れを仮眠して癒やすことができる。我が家の近所には美味しい店が軒を並べている。お勧めなのは、ドラマ「孤独のグルメ」でも紹介された手長蛸鍋(ナクチチョンゴル)専門店だ。その店のメニューでお勧めなのは、手長蛸、ホルモン、えびが入った、ナクゴプセという鍋だ。今まで俺が案内した日本人の誰もが口を揃えて「うまい」と言っていたし、我が家もしょっちゅう利用している。締めにうどんやラーメン玉を追加して、残り汁をたっぷり吸収させた麺を啜るのも一興だ。食後は周囲の建物や遊歩道付きの川を見物して小腹を空かして、アパートの東側出口正面に位置する喫茶店に入って、大人はコーヒーを子供は雪氷(ソルビン)のきな粉味かブルーベリー味を注文すべし。餓狼宴でも紹介しているソルビンというスイーツには衝撃を受けると思う。うちの子供たちが帰って来る時間まで俺と話して、ホテルに向かうといい。夕食のお勧めは我が家の近所の焼き肉屋だ。その店は精肉店と隣接していて、肉の質と小鉢の充実ぶりに定評がある。韓国では肉を食った後にご飯か麺類で締めるのが一般的なのだが、この店はカルビタン、テンジャンチゲ、冷麺、どれをとっても美味い。 二日目は明日述べるので要望があれば知らせてほしい。

熟成三枚肉

  以下は餓狼宴からのシングルカットである。残念ながら、以下で紹介している店はコロナ禍の影響をモロに受けて潰れてしまったそうだ。3月初旬に俺の弟が家族を連れて釜山に来るのだが、同じような店があれば紹介したいと思っている。子供たちに検索してもらおうかな。 焼肉の本場である韓国であっても、国産牛の焼肉を食べるには相当の出費を覚悟しなければならない。 ところが、豚肉となると話は別である。 サンギョプサル(三枚肉)と呼ばれる豚バラの焼肉は財布にも優しく、肉汁と脂が多い分だけ野菜で巻いて食べるときに美味さが増幅するのである。 大学の近辺には食べ放題や炭火焼き等の店が目白押しであるが、今日は地下鉄東来駅まで足を伸ばしてみた。同伴するのは釜山旅行中の小学校以来の友人家族である。 その店は一階と二階合せて約400席の収容人数を備えるが、その人気ゆえか、平日の夕方でも順番待ちの整理券を渡された。何度か利用しているが、それだけ多くのお客を呼び寄せる魅力がこの店にはあるのである。 ゆったりと座れる6人用のテーブルにガスコンロが内蔵された鉄板が設置されている。 注文した肉は、肉屋の店頭で並んでいるような大きな薄紅色の塊である。 脂がのっていていかにも美味そうな肉を店員が鉄板の温度を専用のセンサーで測った後、投下する。肉が焼ける音を聞くだけでも幸せな気持ちになる。 そして、片面が焼けた丁度よい時間に店員がやってきて、肉を返すのである。 脱線するが、サンギョプサルは焼き方が重要である。 ほとんど全ての店はその「焼き」工程を客に委ねるが、この店は例外的に焼きの全工程を訓練された店員が行っているのである。しかも、出される肉は熟成された一人前千円相当の高級豚肉である。 両面を焼いた後、鋏で一口大に切った肉を円形の鉄板上に配置した模様も、また美しい。 あとは、肉の切り口の赤身がキツネ色に変わるのを待つのみである。 この店が素晴らしいのは、余計なおかずを置かないことである。 肉をより美味しく味わうための、サンチュ、ゴマの葉、オキアミ、高級そうな塩、各種の酢物のみが付け出しとして出てくる。 やはり、一口目は肉そのものの味を堪能するべく塩で食べたい。 二口目は鉄板で焼いたオキアミが良い。というか、最高に美味い。 三口目は酢物で巻きたい。とにかく、準備された添え物を複数用いたあらゆる組合せが楽しめるの...

安眠の理由

最近、よく眠れるようになった。その理由を書き出してみよう。 1)プレゼントされた羽布団が熱がこもらず安眠に最適な温度を保ってくれる。冬の寒さも羽布団の快適さを増幅させているような気がする。こんなに気持ちいい布団を俺だけ使うのは申し訳ないなあ。妻に新たな羽布団の購入を進言してみるか。 2)いつの頃からか、仰向けで下半身のみ左に向ける体勢で昼夜を問わず過ごすようになった。以前は同じ姿勢が長時間続くと膝がきしむような感覚に襲われ目が覚めたが、右脚を寝台の外に放り出す技を編み出してからは膝のきしみが激減した。 3)視線入力は目を酷使する。通常、13時から21時までが視線入力でパソコンを操作する時間帯なのだが、後半は不規則な瞬きが頻繁に起こり「早くこの苦行から解放されたい」と思うほど目が疲れる。この疲労が安眠に繋がっている。 その一方で以下の懸念事項も生じている。 1)左の瞼の動きが悪い。 2)足の力が落ちた。 3)4時半のアラームで目が覚める。

部分否定に物申す

英文法で部分否定という名称が出てくる。それは数学教育において負の影響をもたらしている。以下でその根拠を示す。 「All A are B」という全称命題の否定は「No A are B」ではなく、「Not all A are B」である。すなわち、部分否定という名称は否定というべきで、この名称のために「All A are B」の否定は「No A are B」と誤解する人が続出するというわけだ。具体例を挙げると、A を子供、B を鉄道オタクとすると、「全ての子供は鉄道オタクだ」の否定というのはその状態でないことを意味するので「鉄道オタクでない子供がいる」ということで、よく考えると、それは「全ての子供は鉄道オタクというわけではない」ということと同じであることがわかる。 追伸)次男がデスクトップ型のパソコンを購入した。次男は「性能の良いパソコンじゃないとゲームはできない」と公言している。それを耳にしているはずなのに、妻は次男に食ってかかり「ゲームは禁止。小学生の弟に有害だと思わないの?あんた、大学の勉強を舐めてるの?そんなゲームをする暇があるわけないでしょ。お母さんがあんたの歳の頃は働いて家計を支えてたんだからね」とまくし立てた。突然のことで狼狽した次男は「もちろん大学の勉強に支障が出るようなことはしないよ。家に帰ってからの余暇に一時間くらいやるだけさ。弟の前ではやらないよ」と言った。妻は畳みかけるように「今日から聖書の通読を再開するなら認めてやってもいい」と言って次男は二回返事で同意した。 某国大統領も真っ青になるほどの交渉術を見る思いだった。

生成AIに聞いてみた

本欄でシングルカットしているエッセイの感想をChatGPTに聞いてみた。 「以下のエッセイの感想は?」に続けて本文を貼り付けてリターンキーを押すと(押せないけど)、歯の浮くような絶賛コメントが返ってくる場合もあれば、課題や改善点を挙げる場合もある。しかも、同じエッセイを入力しても返ってくる答えが微妙に異なったりもする。更に「より完璧なエッセイになるように書き直して下さい」と入力すると、改善点を反映した改訂版を作成してくれる。「最後の段落が説明過多で、読者の想像や余韻を奪っているのでは?」と改訂版を批判すると、「おっしゃる通りです」と認めながらも再度の改訂版では俺の批判が反映されてなかったりもする。「原文のままの方がいいのでは?」と入力すると、「確かに、」と肯定しつつも再々度の改訂版は提示されないままだ。 ここまでくると、生成AIというより、頑固な人間と会話している気分になる。 一昨年にChatGPTが世間に出回り始めたが、その頃よりも格段の進歩を遂げているに違いない。このまま技術が進歩すれば、俺のブログを読み込ませて俺が書くよりもはるかに俺っぽいエッセイを自動生成してくれるのだろう。生成AIによって奪われる仕事は思っていたよりも多岐に及ぶのかもしれない。

極真の幻影

 新極真会館緑道場の今宿道場が伊都に移転してリニューアルオープンするそうだ。 順を追って説明していく。俺は中学3年の6月に実家の近くの極真空手の道場を見学しに行った。初めて見るフルコンタクト空手の稽古は「強くなりたかったら先ずは体力から」という方針を実践するかのような内容だった。柔軟運動から始まって、突きと蹴りの基本、対人稽古と続き、下級者にとっては地獄の組み手を終えると上級者同士のガチ組み手、最後は疲れ切った体を更に鍛錬する体力増進メニューで2時間の稽古が終わる。 道場主が実にかっこいい人で、「ここの会費は決して安くない。親の許可をもらってから来い」と言われ、強さを追い求める男たちが集う道場の雰囲気と道場主の突き放した勧誘に心を奪われた俺はその晩必死になって両親に嘆願したが、両親とも首を縦に振ることはなかった。 その当時、「空手バカ一代」と「プロレススーパースター列伝」などの漫画の影響もあって、極真空手は幻想に覆われていた、というより、「極真こそが世界最強」という幻想のかたまりだった。俺は高校では柔道部に入り大学では芦原空手同好会に入った。芦原英幸は極真空手の創始者である大山倍達の弟子だったが、破門になり、愛媛で独自の戦闘術を体系化した芦原空手を創設、日本各地に支部があり、九大芦原空手同好会も普及活動の一環として発足した。入会の理由は「練習は週3日で大学生活の自由を謳歌するには適している」ということと前述した幻想に対する好奇心だった。 柔道部を経験したことは芦原空手の「捌き」という概念を理解するのに一役買った。基本稽古では体を効率的に動かすための秘訣が詰まっていた。前蹴上げを通して腰の使い方を学び空手が何倍も楽しくなった。同じ頃、緑健児が極真空手世界大会を制したというニュースが入ってきた。その勝ち方が技術やスピードを駆使していて、小さい男が大男を打ち負かす様は爽快でもあった。1行目の新極真会館緑道場とは大山倍達の死後、分裂を繰り返した極真会館の一派で、その最高指導者が緑健児なのだ。 思えば、芦原空手同好会に入ってからずっと極真の幻影に怯えていたような気がする。同級生に華麗な足技を使いこなす極真会館出身の奴がいたし、一年上の物凄い威力の蹴りを放つ先輩は極真空手に通って出戻ったらしいし、「極真の黒帯が入ってきたらどうしよう。ボコボコにされるのは必至だ」と心配し...

将棋放浪記の勧め

俺は毎日のように将棋の勉強をしている。実際に対局するのは物理的に不可能だ。それではインターネット対局をすればいいと思いがちだが話はそう単純ではない。ネット上で駒を動かすとき、動かしたい駒をクリックして動かしたい位置をクリックすることになる。この一連の動作を俺のパソコンに搭載された視線入力で実行すると30秒以上の時間がかかる。しかも次の一手を考えようと画面上の盤面を見つめると視線入力が作動してしまい画面中央に見つめた部分の拡大が広がって思考が中断される。ネット対局の持ち時間は様々だが、30分の持ち時間であってもその大半が駒の移動に費やされるので圧倒的に不利なのだ。要するに今の視線入力装置はネットゲームとの相性が非常に悪いということだ。 では、どうやって勉強しているかというと、次のYouTubeチャンネルを視聴している。 https://www.youtube.com/@shogihoroki このチャンネルのタイトルは「将棋放浪記」で、プロ棋士である藤森哲也五段が将棋ウォーズという将棋対戦サイトで無作為に選ばれた相手と対局する仕様となっている。しかも、対局の最中に詳細な解説が入る。プロ棋士の将棋の見方を知れるだけでもありがたいのだが、藤森ワールドというべき遊び心満載の抱腹絶倒解説は聞いているだけで勉強になるし、飽きさせない。 藤森五段も「視聴するだけで初段になる」ことを目標に掲げていて、俺の場合は序盤の力が格段に上がったのと中盤以降の意識改革も図れた。惜しむらくは上昇した実力を試す場がないことだ。

立方数に首ったけ

 エアマウス時代末期に続塩日記で日付を番号で表示していた。これは以前のホームページの編集画面に自動日付入力機能がなかったこととALSの進行に伴ったタイピング能力の退化に起因している。例えば今日は2025年2月16日(日)だが、省略して216と書いていた。今、気付いたが、216は6の三乗だから立方数である。何気なく過ごす日常でも「今日は立方数だ」と言われれば、お得というか、外来語で表現すると、プレミアムな感じが押し寄せてくるではないか。ちなみに、立方数になる日付は、2月7日、6月4日、1月25日、12月5日、2月16日、5月12日、7月29日の七つで、意外に多い。 追伸)以前のホームページで編集画面のリニューアルが施された。パスワードをログインするたびに手動で入力するのは相変わらずで、最新の投稿を画面の一番下に表示する機能も消失しているし、使い方ヘルプもリニューアルに対応できてない。はっきり言って現在使用中の無料ブログの編集機能に勝るものは一つもない。来月からは課金を止めようと思う。

某公共放送ウォッチ

13時50分からJリーグの神戸対浦和の試合がNHK総合で放送されるという番宣を信じて待機していたが、その時刻に始まったのはBSスペシャルだった。その番組は北朝鮮による拉致事件の概略を蓮池薫さんのインタビューに従って紹介していく内容で、インタビューの中の工作員との会話や拉致された状況等の生々しい説明に聞き入ってしまった。揺れ動く世界情勢と北朝鮮の逼迫した状況が重なり拉致被害者の一部であっても帰国できてよかった、一日も早く残りの拉致被害者を救出してほしいという感想を抱いた。 昨日、NHKのドラマ「リラの花咲くけものみち」の再放送を視聴した。本放送も視聴したので二回目だ。獣医を目指す若者たちの葛藤が描かれているのだが、脚本、演出、映像美、背景音楽、役者の演技が高いレベルで融合した良作だと思う。馬の出産の場面で、親馬を生かすために胎内の子馬を切断して殺す、それを目の当たりにした主人公がショックを受け東京に帰り、心配した同級生が東京に行く、という感じで、再び獣医を目指す覚悟を固める心の変化をうまく描いていた。今日の22時から最終回が放送されるのだが、三回で終わるのはもったいないと思った。 自慢じゃないが、いや自慢なのだが、ここ四年間自宅で服用した薬は整腸剤の炭酸マグネシウムのみだ。病院では色々な薬を胃瘻と点滴を通して注入された。睡眠導入剤も使ったことがない。これは驚くべきことではなかろうか。 推しチームの鹿島が負けた。 拉致被害者の一部が帰国できたの

バレンタイン哀歌

今日はバレンタインデーだ。ここ韓国でも女性が男性にチョコを贈る文化が定着しているのだが、日本ほどの盛り上がりは感じられない。その理由の一つとして韓国の新学期は3月2日から始まるので2月14日は春休み期間中であることが挙げられる。 我が家ではそういう商業文化を避ける空気が支配的なので義理チョコを買ってくる者もいないし、チョコをもらって喜ぶ者もいない。職場でも袋入りの小さなチョコをお裾分けされたことは贈答用の義理チョコをもらった記憶がない。ある意味で韓国の方が健全なのだが、そわそわして下駄箱や机の中を覗き込むような男女共々悲喜が入り混じった劇空間を演出する日本のバレンタインデーも捨てたものではないと思う。 そんなバレンタインデーと聞いて思い出すのは小学校四年生の冬のことだ。その当時の俺は運動が苦手で、小さい方から2番目の身長で、スクールカーストの最下層に属していた。その対極の位置にいたのがK原君だった。クラスで一番の長身で、運動会のリレーでは驚異の追い上げで観客を沸かし、ドッジボールでは片手でボールを鷲掴みにして剛速球を投げるし、フットベースでは柵越えのホームランが当たり前で、サッカー少年団ではセンターフォワードとして将来を嘱望され、とにかく、昼休みは校庭で遊ぶことがデフォルトである小学校生活においてのヒーローだった。 バレンタインデー当日の放課後、俺はK原君と帰宅中だった。校庭の出口に差し掛かろうとするとき、K原君は俺の方を向いて「これ、やるよ」と言って包装されたチョコを渡した。俺は何の疑問も持たずにチョコを受け取り、学校の敷地を出たところで包装を破り中のチョコを食べ始めた。「なんか視線を感じるなあ」と思い、振り返るとある女子児童が泣いている姿が見えた。その子は同じクラスのYさんだった。ちなみにYさんは活発で発言力もあり、容姿も良かった。俺は瞬時に「俺が食べているチョコはYさんがK原君に贈ったものに違いない」ということを理解した。そして彼我の差に愕然とすると共に「Yさんがかわいそう。K原君も酷いことをするなあ。このままでは俺が逆恨みされるかも」と思った。 追伸)今日からJリーグが開幕。鹿島の新監督に就任した鬼木氏の手腕に注目している。鬼木氏は選手時代に鹿島に所属するも厚い選手層に阻まれ、川崎に移籍して主力として活躍するもナビスコ杯決勝で鹿島に敗れる。川崎のパスサッカー...

義母のキムチ

今日は義母の旧暦での命日だ。妻と長女は一周忌の行事に参加しに妻の実家がある浦項に向かっている。長男、次男、三男は俺を見守るために留守番だ。 義母と初めて会ったのは2001年5月、忘れもしない、婚約の許可を求めに妻の実家を訪問したときだ。その当時の俺の韓国語の実力は3歳児水準だったそうで、「慶尚道の家庭は無口でぶっきらぼうだから気を付けないと」という同僚からの事前情報を得ていた俺は着慣れないスーツとネクタイを付けていたことも相まって緊張で震えていた。訪問前に合流した妻はなんと普段着だった。門扉を妻が開けて中に通されると、妻の家族一同が勢揃いしていて、俺は記者会見のような雰囲気の中で全員の視線を浴びながら、妻の姉からの質問にしどろもどろの返答を繰り返していた。正式な挨拶を終えた後、会食が始まった。妻の家族間の会話のほとんどが聞き取れなかった。俺にできることは出された料理を平らげることだけだった。義母は厨房とテーブルの間を行ったり来たりするばかりで会話に加わることはなかった。これはこの日に限ったことではない、義母の体に染みついたスタイルだった。 義母は料理の達人で、特に自家製のキムチは絶品だった。韓国では家庭ごと食堂ごとにキムチの味が異なると言われている。俺も20年に渡って韓国の行く先々でキムチを食してきたが、義母のキムチが一番だと思う。毎日食べているせいで味覚が矯正されている面もあるかもしれないが、客観的に見て義母のキムチは上位5%に入るのは間違いない。漬けたばかりの一部には生牡蠣が入っていて、探し出してご飯の上に乗せて食べるのが至極の悦びだった。 義母は4回の出産のたびに妻の産後療養を手伝うために長期滞在してくれた。義母は家事を完璧にこなして、食卓では幼子に食べさせることを優先して、自分は食べようとしなかった。このような家族のために自己犠牲を厭わない姿勢は妻に受け継がれている。 俺のALSが進行してから義母は見舞いに来るたびに俺の指を伸ばすためのマッサージを施して目を閉じて祈りを捧げてくれた。俺が声を失ってからは、義母が一方的に話しかけ、俺は瞬きをするだけだった。声の交流が失われても心の交流はあったと信じたい。 義母が病に臥したとき、俺は一度も見舞いに行けなかった。義母が天国に旅立ったとき、俺は葬儀に参列できなかった。そのせいなのか、義母がいなくなった悲しみと喪失感か...

ノアの運ぶね

 俺が初めて購入した車はトヨタのノアだ。8人乗りで助手席が回転しながら下まで降りてくる機能が付いた福祉車両だ。中古だったので、160万円前後の価格だった。納車の時期は2019年4月末、注文してから一ヶ月後にやってきた。その当時、俺は歩けなくなっていたし、腕の力も衰えていた。にも関わらず、納車されたその日に運転席に座り、妻を助手席に乗せ、試運転に出掛けた。 日に日に進行する病、それを片時でも忘れさせてくれる運転は至福の時間だ。ノアは車高が高く前面が薄い。そのため見晴らしが良く運転しやすい。車は国道を走り、三浦半島に進路を変えた。日光が降り注ぎ、それを反射して琴の海と化す大村湾の美しさは今日も健在だ。傍らにはやや興奮気味の妻がいる。上々の滑り出しだ。 至福の時間は一週間足らずだった。俺が運転中意図せぬ山道に入ってしまい、蛇行を繰り返す下り坂に両腕の悲鳴と身の危険を感じとった俺は妻に運転の交代を申し出た。その瞬間から俺はハンドルを握ることはなくなった。俺の指定席は助手席に変わり、妻がノアの運転手になった。妻はメキメキと運転の腕前を上げ、野岳や彼杵に通じるグリーンロードが定番のドライブコースとなった。母も併せて7人で遠出したことは数知れず、そのどれもが家族の思い出として鮮明に焼きついている。 昨日、次男が大村旅行から帰ってきた。ノアについて尋ねると「なかった」という返事だ。俺は実家に住む母にメッセージを送った。その返事は「勝手に処分してスミマセン」だった。漫画を断りなしに捨てられた記憶が蘇る。「相変わらずだなあ。許可を求めて却下されて処分できなくなることを恐れて先手を打ったということか。でも今回は謝りの言葉があったなあ」という思いが駆け巡った。母の名誉のために書き足すと、釜山に再移住したのが2020年12月、それから約4年間ノアは追憶のためだけに実家の駐車場に放置されていた。その間、自動車税も発生している。 今、俺は思い出製造装置だったノアにこの上ない感謝と「迎えに行けずに、雨風に晒されっぱなしにしてごめんな」と伝えたい。 追伸)最近、よく眠れるようになった。

就職活動

 九州大学数理学研究科博士課程に在籍していた時、博士号を取得して就職活動中の先輩から漏れてくる話は 「助手の公募に何十人もの応募者が殺到するのが常態化している」「年相応の経歴がないと落伍者と思われる」「応募先の学科の教員の誰とも面識がない応募者は採用されない」「大学院の定員拡充の波が来るから状況は悪化する一方だ」「完全な公募では東大京大卒の化け物クラスの研究者と競うことになる」などの暗い話ばかりだった。 その当時は講座制の名残りが残っていたので、欠員補充の人事権は講座のボスである教授に一任される公募が多かった。いわゆるコネだ。「そういうのは潔くない」と言えるのは極一部のエリートのみで、残りの大多数は生き残りを賭けてあらゆる手段を講じ、この過酷な椅子取りゲームに挑むのだった。 自分の身に照らし合わせてみると、4人の兄弟子が就職活動中で運良く1年に一人のペースで就職したとして俺の順番が回ってくるのは5年後、そのとき俺は30歳、定職に就く保証はなく、新規の博士と競うことになる。冷静に考えて、難易度が高そうだ。その頃俺は「シェリー、いつになれば俺はたどりつけるだろう。シェリー、どこに行けば俺は這い上がれるだろう」とカラオケで歌い、号泣しているかもしれないのである。 そんなモヤモヤを抱えながら俺は博士号を取得してイスラエルに旅立った。そこは日本からの情報が入りにくく、日本では気にしていた序列とは無関係の世界だった。海外で生活してよかったことの最たるものは「英語で講義ができて、論文実績を上げ続けることができれば世界のどこかに職はある」という健全な競争の存在に気付いたことだ。 モヤモヤが消え去っても研究の定職に就くのは簡単ではない。俺は奥ゆかしさと決別して研究集会に参加するたびに人と話せる場があるたびに「俺は研究職を探しているんだ。仕事を紹介してくれないか?」となりふり構わず言い続けた。人はどこでどのように繋がっているかわからないものだ。しかし、人の繋がりは確実に存在する。それを信じてもがき続けるのが就職活動だと知った。 俺は運良く就職できた。30歳の時だった。 追伸)量子エンジンが気になる。

ALSで検索してみた

 ALSという検索語でYouTube動画を探してみた。数本の動画を視聴したが、そこに出てくるALS患者の病状は千差万別で色々と考えさせられた。 「家族のために呼吸器は付けない」と言っていた人がいた。その人の妻はその選択に異議を唱えることもなく、むしろ、「仕方のないことだ」と容認しているような雰囲気だった。20代に発症して一人暮らしで生き続ける人もいた。その人は40代なのに呼吸器を付けてなかった。 自分が20代に発病していたら、自分の存在意義を世の中に問うこともできず、仕事にも就けず結婚もできず、失意のまま死を迎えていただろう。 俺も「呼吸器を付けて延命したくない」と思っていた時期があった。しかし、家族が希望を与えてくれたことに年金の受給が家計を支えることがわかったことが重なり、生きる意味を見出すことができるようになった。 自分は恵まれている。上記のALS患者と比べて言っているのではなく、不慮の事故や余命宣告された人は国内だけでも大勢いるはずだ。ALS患者だけが特別じゃない、みんなが抱えている問題だと思う。

外見重視!?

 数年前に「結婚したくない」と言っていた長女も最近は「仮面ライダーの俳優みたいなイケメンと恋愛したい」と言うようになった。数年前に「流行りの歌は好きじゃない」と言ってレッドツェペリやクイーンに傾倒していた長男も最近は宗旨替えしてKーポップアイドルの曲を聴くようになった。妻の話だと長男だけでなく次男と三男もユジンスに夢中らしい。そんな人いたかなとしばらく疑問だったが、実は「ユジンスはNew Jeansの聞き間違いだ」ということがわかった。ちなみにNew Jeansは女性アイドルグループで、次男が「嫌いな人は居ない」と言うほどの美貌と人気を誇っているそうだ。 「外見を気にするようではまだまだだな」とは思えない。何故なら俺も十代の頃は芸能人並みの美貌を異性に求めていたからだ。その考えが圧倒的多数の集団の中にいると、俺のような、背も低く顔も不細工で服装のセンスもなく気の利いたことも言えない奴は異性から相手にされなくなる。その状態を脱するには時間が経つのを待つことと考えを改めることである。俺の場合は、見た目重視の世界に背を向け、自分の外見を客観視して「世の中のほとんど全ての女性は俺を異性として見ていない。俺に好意を寄せる女性が現れることは奇跡的なことなので、機会を逃してはいけない」と改心した。 その改心はイスラエルでの海外経験を経て確信に変わる。イスラエルは地理的にヨーロッパと中東が交わる場所にあり、実際、各国に散らばったユダヤ人が安住の地を求めて移住して建国された。そこは人種の坩堝で、美醜のスペクトラムの範囲が広い。従って、八頭身の美男美女は珍しくなく、街中を歩けば日本の芸能界ではお目にかかることのない美女とすれ違うことができた。俺は異性に全く相手にされず、というか、交流を持つ機会さえなく、おかげで数学に集中することができた。 マズい。この話の流れだと、「見た目を一切考慮せず結婚した」と思われてしまうではないか。そうなったら激怒する人が約一名いそうなので、「改心して確信した結果、世界一の美女と結婚できた」という結びで締める。

色弱テスト

 NHKのドラマ「True Colors」の主人公は世界的な写真家として活躍していたが、錐ジストロフィーという目の病気にかかり、それまでの仕事を放棄せざるを得ない状況に陥った。その主人公は生まれつき色弱なのだが、かく言う俺も色弱だ。 小学生だった時、小さなマルの模様の色弱テストを受けた記憶が蘇った。先生が「なんて書いてあるの?」と聞くのだが、俺はその質問の意味がわからず沈黙するだけだった。親からも「あんたは普通と違うけん服ば選ぶときは注意せんば」と言われていた。敢えて方言を使ったのには理由がある。傷心の主人公は故郷の天草に帰省するのだが、毎熊克哉が演じる主人公の幼馴染の話す九州弁があまりにも自然で驚くほどだったからだ。彼は広島出身なのだが、「努力だけであれだけ長い会話を違和感なく話せるのか。やっぱり俳優ってすごいなあ」と思った。 色弱であることは俺の人生に微妙な影響をもたらした。適性検査で「顕微鏡や望遠鏡を使う仕事は避けた方が良い」というコメントが返ってきたし、「それなら自然科学分野では数学しかないな。数学、好きだし、志望学科にしようかな」という結論に至った。俺の場合はたまたま色弱と数学が結びついたが、声を大にして言いたいことは「色弱であっても顕微鏡や望遠鏡を見る仕事はできるし諦める必要は1ミリもない」ということだ。 このドラマの結末は知らないが、色弱者の応援歌として最終回まで見届けるつもりだ。 追伸)昨晩は非常に寒かった。布団を重ね床暖房を最高にして就寝した。夜中に暑すぎるということで、布団は一枚にして床暖房を中レベルに落とした。今度は寒さで目が覚めた。なんと寝室の窓が開いていて冷気が入り込んでいた。窓際で寝ていた三男は容疑を否認している。

日米首脳煽り会談

 日米首脳会談が今日の夜から始まるらしい。これまでのトランプ大統領の発言からプロレスまがいの煽りとも本気とも取れる要求を突きつけられることは十分あり得る。そんなとき国会答弁のような当たり障りのない腰の引けた返事を繰り返していては、石破首相の政治家としての器を小さく見積もられかねないし、首脳同士の個人的友情も築けないだろう。やはり、煽りには煽り返して超一流のプロレスを見せてほしい。そうすれば低迷している支持率も跳ね上がるのではなかろうか。以下は想定される煽りに対する模範解答である。 1)「日本製品に20%の関税を掛ける」には安生洋二がヒクソングレイシーの道場に乗り込む前に言った「200%勝てる」にちなんで「アメリカ製品に200%の報復関税を掛ける」、ちなみに日本の首相には関税を変更する権限はないらしい。 2)「日本はアメリカの52番目の州になる」には「そうなれば俺が次の大統領になって国名を日本に変更する」 3)「沖縄は米国に返還させる」には「朝令暮改って諺、ご存知ですか?ついでに江戸の仇を長崎でっていうのもあります」 追伸)三男の使用済み靴下が長女の机に放置されていた。帰宅した長女は激怒。家庭裁判では三男の故意性と責任能力の有無が争点となっている。

映画「Mommy」の感想

 映画「Mommy」を鑑賞した。この映画は和歌山カレー事件を扱ったドキュメンタリーだ。この事件が起きたのは1998年7月だ。その頃、俺はドイツかイスラエルにいた。日本のニュースはインターネットで閲覧することができたので、事件名は記憶しているがその詳細を気に留めることはなかった。以下はその感想である(ネタバレ注意)。 1)海の青と空の青との対比、地面に置かれた花束、道路を真上から撮影したときの意外性、被害者の遺族が手を合わせ祈っているときにシャッター音を響かせるマスコミの無神経さ、序盤から観客を惹きつける映像美とカメラアングルが秀逸だった。 2)林容疑者の手紙の朗読者はまさか本人ではないだろうが、本人の雰囲気を醸し出していた。本作には引用映像と役者が演じている部分が混在していて、境界線を意識することを促す構成になっている。 3)夫の林健治氏が主役だった。「こんなこと話していいのか」というくらい保険金のことを語っていた。長男の方は「結婚は諦めているし、子供も作るつもりはない」と言っていた。長女の方は事件を隠して家庭を持つが娘と心中してしまった。そのことを冷静に客観視する長男は吹っ切れているのかなと思う一方で映画には現れない心の闇があるかもしれないと思った。 4)学者の鑑定は当てにならないと思った。カレー鍋に残っていたヒ素と容疑者の自宅にあったものの成分が一致するかどうかで二人の学者の見解が分かれた。どっちが正しいのか一般人には判別できないだろうな。 5)映画の中で度々監督が登場する。アポ無し玄関突撃取材や道行く人にインタビューする場面があったが、被取材者はあからさまに嫌そうな顔をしていて、大変な作業だと思った。インタビューするだけではなく映画の出演交渉もしなきゃいけない。 6)真相はわからない。判断材料を提供して結論を強要しないのがこの映画の良さだと思う。

聞け、羽生会長!

 史上最強と謳われ、圧倒的な強さを誇る藤井聡太七冠の年間賞金総額はわずか1億7千5百万円だそうだ。これはあまりにも低い数字だ。彼以外の棋士は更に低い。棋士全体の平均年収は八百万円前後らしい。一年で4人という狭き門を通過したエリート集団の年収が羽振りのいいサラリーマン並みとは。にわかには信じがたい現実がそこにある。これは運営団体である日本将棋連盟の互助会的体質を起因とする怠慢に他ならない。藤井聡太というスーパースターの誕生は将棋界に測りしれない好影響をもたらしたはずだ。その千載一遇のチャンスを営業面において全く活かせてないのが将棋連盟の現状である。そのことを踏まえて次の改革案を提示する。 1)従来のスポンサーとのしがらみのない経営のプロを理事に招き入れ、大鉈を振るってもらう。具体的には斜陽産業である新聞社と決別し、IT業界で新規スポンサーを探す。スポンサー料が従来のものと同額ならば引き手数多だろう。 2)野球やサッカーなどのプロスポーツに比べ将棋は試合時間が長いし集客力も少ない。各棋戦のほとんど全ての対局は衆目に触れず、従ってなんの利益も産み出さない。ビデオゲーム大会が高額な賞金を準備できるのは莫大な視聴者がいるからこそである。将棋界もそれを目指して変わるべきだろう。具体的には週末ごとに2時間の生放送番組を制作する。それは将棋の早指し対局をショーアップしたもので、煽り動画を用いた告知の徹底、対局者の入場を演出、大盤解説の司会に芸能人を起用してAI評価値を開示する権限を与える、前座には芸能人同士の対局、ディナーショーのように円卓に着飾った男女に一流シェフによるディナーを提供してグルメ番組的要素も追加、とにかくエンタメ要素てんこ盛りで一局の将棋の価値を上げていく。そうすると、マスコミが注目して棋士の知名度も上がり利益を産み出すようになるだろう。 3)ゴルフのツアーのように地方のスポンサーを募ってアマもプロも参加できるオープン将棋大会を週ごとに開催する。異なる場所での同時開催を避け注目を集中させる。年度始めに八大棋戦の予選を行い、予選通過者の人数を30人前後に絞り込み、各棋戦の対局料費用を削減。その予選で脱落した棋士たちが地方ツアーに参加する。プロと公式戦で対局したいと思うアマの腕自慢や指導対局気分で参加する人も多いだろう。つまり、プロが参加するというだけでアマ...

日本列島超改造論

 長崎県は離島が多い。そのため県採用の教員は壱岐、対馬、五島の離島地域で一定年数の勤務が義務付けられている。この制度により人材の流動化が促され、教育格差の解消に一役かっている。このことを日本全国に適用して過疎化や少子化の対策を提示してみよう。 各都道府県で過疎地域を指定して、それ以外の居住地に住む30歳以下の国民に3年間過疎地域に住むことを義務付ける。義務と言っても、強制力はなく税制上の優遇措置や不利益もしくは社会的圧力によって実行率を上げていく。端的に言うと、東京23区の若者は田舎暮らしを経験して来いという趣旨である。この制度が何をもたらすのか。 大企業は過疎地域に研修所を作って新卒社員をそこに住ませてリモートで勤務させるだろう。中小企業はそんな余裕はないから3年間の義務を終えた若者を採用しようとする。すると幼いうちに過疎地域に住むという選択をする家庭も出てくるだろう。大学の分校や専門学校も過疎地域に移転して来るかもしれない。田舎では車が必要になるから自動車の国内需要を喚起するはずだし、地方も建設ラッシュが起こり、持続可能な経済発展が見込まれるだろう。とにかくこの制度により人間の大移動が起こり、新たな国内需要が生み出され経済発展するということだ。 経済効果はさておき、重要なのは都会の若者が田舎の良さを知ることだ。過疎地域は空き家だらけだから家賃は安い。都会の便利さを捨てるかわりに低コストで生活できること、更に、仕事が無さそうな過疎地域にビジネスチャンスが広がっていることに気付くことだ。例えば、老人ばかりの地域でスマホ教室を開くとかライドシェアの仕事をするとか介護事務所を立ち上げるとか都会で流行りのスイーツを提供するカフェを開くとか、都会の情報を伝えるだけでも生きていくための収入は得られるだろう。それは同時に過疎地域が都会の文化を知ることで、特産品のネット販売や観光地の宣伝、地域の魅力を発信、農作業や農村の暮らしを海外富裕層に体験してもらうことの案内、などの地方創生に繋がる 可能性を秘めている。 上記の制度を31歳以上60歳以下で3年、61歳以上で3年、のように拡大していく。前者は9年働いて有給で1年休む、大学教員がサバティカルと呼んでいる制度が一般企業に波及することを目標としている。後者は子育てを終えた世代が地方に移住して住宅のダウンサイジングを促し、...

理系的思考

 「か ゆ い。あ し」文字盤でそう伝えると、次男はどっちの足、膝の上か下、の順番で尋ね、痒いところを特定していく。答えはふくらはぎなんだが、文字盤で伝えると時間がかかるし、次男がその単語を知らない可能性もある。理系的な思考の次男は俺がまばたきするだけで事が進む方法を心得ている。 その次男が一昨日旅行に出掛けた。一人の船旅で福岡に上陸し福岡在住の従兄弟と昼食を食べてバスで大村に向かうらしい。釜山の友人三人と合流するのは明日だそうだ。「初めてのお使い」のように心配する気持ちは全く湧いてこないが、次男に連絡したい衝動に駆られる。こんな時に役に立つのがインターネットだ。俺は次男に「お父さんは旅行できないけど、お前を通して旅行気分を味わうことができる。船内の様子や食べ物を動画に撮って送ってくれ」というメッセージを送った。 そのメッセージは未読のまま24時間放置され、昨日思い出したかのように数本の動画が送られてきた。それらは人物が映ってない風景の動画で、案内の音声もなかった。「面倒くさいからやりたくないけど、頼まれたから仕方なく送った」という心象風景が読み取れた。 芸術家気質の長男と異なり、思考回路が似ている次男の心理は読みやすい。めげない俺は次男に「料理の写真も送ってくれ」というメッセージを送った。何時間後にどういう反応が返ってくるのか楽しみで仕方ない。 追伸)藤井七冠の年間賞金総額は約1億7千万円らしい。一回のゲーム大会の賞金やゴルフの賞金と比べると低すぎると思うのだが。将棋連盟は経営を外部に委ねるべきでは?

家族素数

 三男が2歳の誕生日を迎えた時、長女は7歳、次男は11歳、長男は13歳、俺は43歳、妻は42歳だ。惜しいなあ。もうちょっとで家族全員の年齢が素数になったのに。 昨晩、夜中に目が覚めたので、そのことについて考えた。すると、次男が41歳の誕生日を迎える時、家族全員の年齢が素数になることがわかった。このことを一般化してみよう。次男の誕生日の三男の年齢をp歳とすると、三男、長女、次男、長男、妻、俺の年齢はそれぞれ、 p, p+6, p+10, p+12, p+40, p+42 となる。 これら全てが素数になるとき家族素数と呼ぶ。さて、p=31 の場合は唯一の家族素数であろうか?さにあらず、p=61 の場合も家族素数である。ここで調子に乗って、「家族素数は無限に存在する」という予想を立てておく。数十年後、何百人の数学者がこの予想に挑むがことごとく失敗に終わり、やがては、数学者の人生を狂わせる悪魔として平坂予想という名称が定着した。 念のために書いておくが、上記はパロディであり、本気で言ってるわけじゃない。ただ、最初の家族素数が現れる期間まで生きていられたら家族全員が集まって盛大に祝うつもりだ。 最後に双子素数について言及する。p, p+2 が共に素数であるときにそれらは双子素数と呼ばれる。双子素数が無限個存在するかどうかは有名な未解決問題である。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8C%E5%AD%90%E7%B4%A0%E6%95%B0 追伸)ミラーブログにコメントが来た。励みになるなあ。

英語教育に物申す

 日本の英語力が落ち続けているらしい。 https://news.yahoo.co.jp/articles/7a1c41400875bc5b5f3ea900ef27df8dbfb495fb?page=1 「そりゃあそうだろうな」というのが率直な感想だ。中学高校の6年でそれなりに時間を費やして勉強してきたけど、イスラエル、韓国、台湾に居住し、世界各地の研究集会に参加して、多少なりとも英語を使いこなせるようになって思うことは「もしやり直せるなら中高での英語の勉強法を改めたい」だからだ。 漢文の意味はわかるのに中国語は話せないのと同様の問題が日本の英語教育に横たわっていると思う。英語学習も漢文学習の影響を受けていたのかどうか定かではないが、両方とも和訳の比重が高いことは共通している。結局、英語を英語として理解するのではなく、英語を日本語の体系に取り込んで理解するから、和訳の問題が出てこない英語だけで記述された国際的な英語検定では点数が出ないのである。 日本で暮らしていると英語学習の必要性を感じにくい。外国の書物は日本語訳されているし、翻訳ソフトの進歩である程度の意思疎通が可能になっている。英語の読み書きが必須と思われていた学問の世界でも生成AIの登場で言語の壁が低くなる兆しが見えつつある。そうであるならば、英語検定の順位とか気にしないでよさそうだが、俺の意見は異なる。 たとえ大学受験のみが目的だったとしても俺が受けてきた英語教育は非効率的だし、もっと深く英語を学びたい者の発展性を阻害していると思う。もし俺が現役の中高生だったら、スマホを片手に英語ネイティブの話す内容を聞きまくっていただろう。あんまり言うと「今からやれよ」という声が聞こえてきそうなので、今日はこれくらいにしておいたほうがよさそうだ。