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長女といっしょ

 昨晩はNetflix配信の「白と黒のスプーン」を長女と一緒に視聴した。韓国で活躍する料理人100人をスタジオに集めて料理対決を行う企画で、その壮大なスケールに圧倒された。一日数十万円規模の売上げの店の料理人を休業させて一同に集めて、80個の調理台を備えるスタジオを準備するだけでも莫大な出演料と設備費がかかることが予想されるが、「イカゲーム」のような世界的ヒットを飛ばせば回収できると考えているのだろう。自国にしか市場がないテレビ局と世界規模で加入費を徴収できる動画配信会社最大手との圧倒的な差を見る思いだった。 加入者の一人としては、日本のテレビ局と交渉して「俺たちひょうきん族」「タモリのスーパーボキャブラ天国」「天才たけしの元気が出るテレビ」等の番組を配信してほしい。そうなったら、月々の加入費が値上げされたときに簡単に同意してしまうんだよなあ。「商売が上手い」と思う。 4日前に悪夢を見て、妻を起こした。そのことが妻経由で長女に伝わり、長女に「ねえ、お父さん、どんな夢を見たの?内容をブログに書いてよ」と圧力を掛けられている。今、冷静になって考えると悪夢と言うほどではなかったが、そのときは恐怖に震え、額には脂汗をかいていた。以下はその内容だ。 俺は普通に歩いていて、バスに乗り込み、座席に腰掛けた。そのあとに老人の集団がやってきて、バスの座席は満席になったが立っている人はいなかった。しばらくすると、おじいさんと若者がやってきて、俺の目の前で立っていた。その瞬間、体が動かなくなり、言葉を発することもできなくなった。すると若者が声を上げて非難してきた。周囲の老人たちの視線は俺に注がれたが、俺は下を向くことさえできない。そのうち、女性の若者が現れた。助けてくれると思っていたが、彼女は眉を吊り上げ罵詈雑言を浴びせてきた。俺は怖くてしょうがなかったが、その状況を回避する方法はなかった。以上だ。 俺が現在見ている壮大な悪夢はいつになったら覚めるのだろうか? 追伸)長男が大村に向かった。

被爆者の活動は無意味?

 今日は8月6日、広島に原爆が落とされた日だ。何でこんなに残酷なことができるんだろうか?しかも、その三日後には長崎に二発目が落とされた。しかし、そういうことは言ってはいけないことになっている。「過ちは繰り返しませぬから」と書いてある石碑や「原爆が落ちた」という表現の多用に見られるように、まるで、日本が犯した戦争犯罪や真珠湾での奇襲に対する報いのような位置付けで語られる。 被爆者の活動はある意味で無意味だ。如何に核兵器の廃絶を唱えても核保有国の数は増える一方だし、そんな国の指導者は核兵器廃絶の声に耳を貸そうとしない。それでも80年に渡って「No more Hiroshima No more Nagasaki」が実現できた意義はとてつもなく大きいと思う。それは被爆者の方々の核兵器の残酷さを訴える声に世界が共鳴して為政者に心理的ブレーキが働いたからに他ならない。そういう意味では彼ら彼女らの世界平和への貢献を忘れてはいけないと思う。 追伸)夢の内容は忘れてしまうことが大半だが、昨晩の夢は鮮明に覚えている。高校の友人の運転する車の後部座席に座っていたら、その友人が忽然と消え去り自動運転のようにハンドルが透明人間に操作されている状態になった。俺は運転席に移動してブレーキを踏もうとするが体が動かない。何度も危機を迎え、そのたびごとに死をしたが、奇跡的に助かり、最後は上りの階段に乗り上げた。はずみでドアが開いて脱出した場所は見知らぬ高校で、歩いて逃げて、放課後になり、その友人が現れたところで夢が覚めた。

カフェ部創設

 公立高校の校長はどのくらい裁量権があるのだろうか?もし可能なら玄関近くの教室を改装してカフェを作ってほしい。営業時間は放課後の16時から18時までの2時間、それでは一日の利益はせいぜい1万円だろうから業者を誘致するのは難しいだろう。そこで提案したいのが部活動の一環としてカフェ部を創設することだ。カフェ部の部員は無給で働く代わりにカフェの経営を含む仕事全般を専門家から学べるという感じで募集をかければ15人くらいは集まりそうだ。 顧問の先生は監査役に徹してお金のトラブルの防止に努める。指導者は外部から信頼できる人を招聘する。この人選は非常に重要で、カフェ部の命運を左右するだろう。カフェ経営で生じた利益はカフェの設備投資に使うことを原則とする。最初は冷蔵庫とエスプレッソマシーンしかなかったカフェが部員たちの集客努力によって利益が出て内装が学期ごとにグレードアップされたら部員たちもやりがいを感じて能動的に考えるようになるだろう。現金を扱う仕事だから「魔がさした」という状況を作らない工夫も必要だ。例えば、スマホ決済できる機械や券売機の導入や売上げを数える仕事は監視カメラの下で複数人でというルールや売上げ高を毎日公開などの仕組みを整備するべきだ。 校内にカフェができたら何が起こるのか想像してほしい。放課後に部活がない生徒や教員がカフェに集い、雑談や学校生活の愚痴や自然発生的な勉強会などのおしゃべりを通して帰宅部の居場所を作れるし、部活に勤しむ生徒たちのミーティング会場にもなる。ここで提案したいのが10分コンサートの開催だ。平日の17時から10分間だけ個人団体を問わずコンサートを開く。月曜日はコーラス部、火曜日はギターの弾き語り、水曜日は吹奏楽部、木曜日は軽音部、金曜日はのど自慢、みたいな感じで事前に演目を告知すれば集客が期待できるし、演者にとっても発表の場が増えることで上達の一助となるだろう。調理実習で作ったお菓子をカフェで販売してもいいし、とにかく人の集まるところには文化が生じるものだ。 問題は俺は逆立ちしても校長にはなれないということだ。その夢は数学科の同級生たちで高校教師になった友人たちに託すことにする。

コメントが急増

  コメント欄が賑わっている。コメントしてくださった全ての方々に御礼申し上げる。 やはり、投稿した記事に反応があると、嬉しい、励みになる、異なる視点にはっとする、ありがたい、コメントしてくださった方に思いを馳せる、という感情が同時に湧いてくる。 コメント欄がブログ全体に及ぼす影響も測り知れない。アキラさんのようなコメントはブログの敷居を低くする効果があるし、彼もしくは彼女の率直なコメントはブログの風通しの良さを感じさせるし、そのコメントを通して話の輪が広がり小さなコミュニティが生まれブログに愛着が生じる効果が見込める。sakkさんの「ナクゴプセおいしすぎました」というコメントは全ての読者の食欲を掻き立てたことだろう。 この場で言いたいことは唯一つ、皆様のコメントをお待ちしていますということだ。現在、一日平均の閲覧数が80ほどで、まずはその80人に喜んでもらえるブログの記事と雰囲気を醸成していくつもりだ。

夢の講義

 久しぶりに夢を覚えていた。夢の中で俺は教壇に立ち大勢の学生の前で講義をしていた。黒板に大きな吹き出しを二つ描いて、それぞれに韓国語でリンゴとバナナと書こうとするが、何度も間違ってしまい学生たちから失笑が漏れる。動揺した俺は話すべき内容を忘れてしまう。取り繕うために別のことを説明し出す。「時間がないから続きは次回に」と講義を打ち切ったが、時計を見ると終了時刻の5分前で、「早く終わってよかった」という意味の歓声が湧き上がった。 この夢をどのように解析するべきかを夢判断が専門の心理学者に教えてほしい。実際の俺がどんな授業をしていたかについてはこれから説明していく。 初めて学部二年の線形代数を任された時、心に期するものがあった。それは俺が同科目を受講したときに受けた衝撃を追体験してもらうことだった。「失敗は許されない」と思った俺は入念に事前準備を重ねた。それまでの教育経験から「釜山大の学生は試験と名の付くものに対して類い稀な集中力を発揮する」という予備知識があったので、週2回の講義ごとに十分間の小テストを課すことにした。その問題は5問からなる真偽判定問題で学生たちはそのうち3問を選択して真偽判定の結果とその証明を書き込んでいく。満点は4点で3問の証明が正しいときに与えられる。真偽のみ書いて提出してもよいのだが、間違いの数によってマイナス点が加算される。自分で言うのもなんだけど、この小テストのユニークな点は「自信がなければ提出しなくていい」というところだ。ただし、小テスト終了時に提出しなかったら次の講義開始時に5問中2問を証明付きでレポート提出することにしていて、それが出席の証拠となる。そうすると出席を誤魔化したり、他人のレポートの丸写しで提出することができる。その予防策として小テストの時間に名前を呼んで出席を取り、「誰かに教えてもらったらその人の名前と謝辞をレポートに書いて提出すること」というお触れを出した。 「証明とは何か」を教えたくて始めたことだが、極一部の学生はファンになってくれたが、大部分の学生からは「難しい。答えを教えてくれ。定期試験に初見の問題しか出ないので勉強しても意味がない」という声が相次いだ。講義中は冗談も言わずに「視線を逸らした人に当てて質問するぞ」なんて言いながら授業ごとに10人以上に当てていたから眠る学生は居なかったが、学生にとっ...

白昼夢

 衣服を剥ぎ取られた私は数千の同胞と共に収容所に送られた。そこは闇の世界で朝と夕に天蓋が開く時のみ光が差し込み、同時に同胞の一部が忽然と消えるのだった。収容所の内部は乾燥していてやたらと喉が渇いた。そんな思いを察してか、私にも外出が認められる日がやって来た。久しぶりに見る外の世界、それを楽しんだのは束の間で、別室に送られた。すると、あふれんばかりの大量の水が降って来た。喉の渇きを癒すには過剰だが、水遊びにはちょうどいい。私は童心に返って同胞とふざけ合った。2時間もそうしているとさすがに疲れる。静まりきった建屋が大きく揺れた後で異変が起こった。床暖房が効きすぎるどころか、居ても立っても居られないほど熱いのだ。同胞の何人かは熱さで気を失い水中を彷徨っている。ほどなく私も意識を失った。30分後、幽体離脱した私が見たものは白く変色し整然と並んでいる同胞たちの死骸だった。 米粒の視点を想像してみた。食べるという行為は他の生命を体に取り込む行為である。それが生きるということ、避けられない宿命だが、食べられる側のことも忘れずにいたいものである。