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真の強者

 昨日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。JSYさんはスマホの翻訳アプリを使って、日本語で挨拶してくれた。妻が「釜山大学で20年教えていたから韓国語で話しても理解できる」と伝えると、JSYさんは施術をしながら俺に質問を投じるようになった。 今回はパソコンに繋がれたままの施術だ。俺も懸命に答えようとするのだが、文字を入力している間に次の話題に移ることが多発して会話が噛み合わない。せっかくの会話の機会なのに即答できないのは辛い。俺は「気持ちいい」と「痛い」を準備して、施術に関する話題には即答できるようにした。そこに通話を終えた妻が会話に合流した。俺は「気持ちいい」を会話の脈絡関係なしに連発して笑いを取りに行ったのだが、空振りに終わった。 施術終了後、JSYさんは妻とケーキを食べながら女子会をして帰宅した。ちなみにそのケーキは長男の手作りだ。前々回の訪問で俺は「妻と長男のコミュニケーション能力に驚いた」と書いたが、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html 真のコミュニケーションの強者はJSYではなかろうかと思った。

粗大ゴミ仮説

 昨日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。前回の訪問の様子は以下の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html 今回は妻が応対し、JSYさんはマスクを外して施術してくれた。その女性二人の四方山話が尽きることがないのは相変わらずだ。最初はパソコンに繋がっていて簡単な挨拶もできる状態だったのだが、施術の邪魔になると妻が判断して俺はパソコンから切り離されることになった。 俺は施術に身を委ね、筋肉や靱帯が伸ばされる快感に浸っていた。「足裏マッサージは全身に効能が伝播する感じだ」とか「リンパ腺マッサージは気持ちいい」と思っていると、二人の会話は「どうやって出会ったのですか?」の一言をきっかけに俺と妻の馴れ初めに推移していった。こういうときの妻はオープンで、俺が何も言えないのをいいことに「三歳児水準の受け答えが可愛いかった」とか「耳が変形していて、足の爪が黒く変色しているのを見てギョッとした」などの率直な心情を語るのが定番だ。百歩譲ってそれはいいのだが、「こっちの馴れ初めを明かしたのだから相手の恋バナを尋ねるのが礼儀ではなかろうか?」と思った。 施術も終わりに近づき、妻の話は長男の出産に及んだ。そのときに「それまで優しいふりをしていたけど、出産後は本性を隠さなくなった」の衝撃の一言が妻の口から飛び出した。思い返せば、妻の態度が出産を機に一変して、「子供が産まれた瞬間、夫の立場は粗大ゴミ以下になる」という仮説を打ち立てたのだ。 妻の一言によって我が家ではその仮説が真である公算が高くなった。次回は何が解明されるやら。 訂正とお詫び)ある方面から「粗大ゴミという表現は実像とかけ離れている」という指摘があった。確かに、いるだけで邪魔な粗大ゴミのような扱いをされたことは一度もなかった。「粗大ゴミ」は優先順位が下がった悲哀を表現するために用いたが、それは適切ではない過剰な勇み足だった。そのことを強調すると共にお詫び申し上げる。

長い夜

 昨晩は胃もたれで眠れなかった。周囲が熟睡している中、自分だけストレスを抱えた状態で眠れないでいるのは辛い。誰かを起こしても対処の方法がないので、いびきの回数を数えながら夜明けを待つことになる。胃もたれが解消しないと眠れない。四肢が動かない俺は気分転換ができない。想像や追憶のみで時が過ぎるのを待つしかない。「台湾での生活は楽しかった」という追憶はこれまでに何十回も使用してきた。まだまだ思い出すことは沢山あるはずなのに、胃もたれのためだろうか瑞々しい発想が浮かんでこない。目を閉じても眠気は訪れない。傍らで睡眠中の妻は就寝時から3時間は俺の歯ぎしりに反応しない。それでも歯ぎしりを二回、三回、五回、七回、やってみる。妻の様子に変化はない。「ぐっすり眠れることは健康に良い。鋭敏で一度起きたら眠れない体質だったら、簡単な用事で起こすことは憚られただろう」と考え、妻の快眠を福音と捉えた。「なんかやけに体が熱い。今、何時だろうか?」と思い、アヒルを鳴らすと次男がやって来た。布団を剥がしてもらい、「目をふいて」などの用事を頼んだ後に布団をかけてもらった。時刻は午前3時、妻はすやすやと寝ている。それから胃もたれに耐えながら、妻が寝返りを打つたびに歯ぎしりをして妻の自然な目覚めを待ち続けた。その時が訪れたのは午前5時15分、妻は俺に水分を補給して、再び深い眠りについた。胃もたれはやや軽くなったが、まだ完全に解消したわけではない。しばらくすると窓が白み始めた。午前6時半のアラームが鳴った。妻はアラームを消して眠りについた。妻は平日の平均睡眠時間6時間の生活をしている。週末に寝貯めをすることで収支を合わせている。午前7時のアラームが鳴ったが、俺の歯ぎしりは鳴らなかった。それから一時間が経ってから、妻を起こした。とうとう夜の間中、眠れなかった。ようやく胃もたれが収まり、テレビをつけてもらい、それを子守歌代わりにして眠ることができた。 追伸)昨日、CJS教授が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。

解散宣言

 JIM教授から妻へ電話がかかってきた。そういう場合、妻はスピーカー機能をオンにして通話内容を聞こえるようにしてくれる。JIM教授は釜山大学教授蹴球会の創立者であり、長年に渡って会長としてチームをまとめてきた。俺も含めて自己主張の強い個性派揃いの会員たちを御していくには「全てを包み込む皮袋」に徹することもできる人格のJIM教授が適任だった。 「教授蹴球会の中核メンバーが定年退職してしまって、これを機に解散することにしたよ。平坂教授に伝えなきゃと思い電話したんだ」という内容が妻のスマホから聞こえた。俺が蹴球会に参加できなくなって丸7年になる。その当時も最年少メンバーだったし、新しいメンバーが入って来ないという高齢化問題を抱えていた。「ついに来るべき時が来た」というのが感じで受け止めていた。 金曜日の15時に陸上競技場に行くのが楽しみで、全力で走り全力でプレイして終了時間の17時には疲労困憊になって研究室に戻るのが心地よかった。ゴールを決めたチームメイトに駆け寄ってハイタッチの後胸を合わせて祝福するのが俺の流儀だったし、そうやってサッカーの持つ一体感を味わっていた。遠征試合前日の飲み会も出陣式みたいな雰囲気で楽しかったし、試合終了後にサウナで汗を流し別会場に移動しての飲み会も楽しかった。何も喋らなくても居場所があるような気がした。 釜山大学教授蹴球会で過ごした時間は俺の青春だったし、それと似たようなことを俺以外のメンバーも感じていると思う。そんな時間を共有していたメンバー全員に感謝を伝えたい。

復活祭の朝

 起床してテレビを見始めた30分後、妻が「今日は復活祭だから聖書を読もう」と言ってテレビを消した。「五分後に「日曜討論」が始まるのになあ。せめて断りを入れてから消してほしかった。反論もできない俺に己の無力さを自覚させるムゴい仕打ちだ」と思ったが、「どうしても見たい番組でもないし、毎日の介護で苦労をかけていることに比べたらなんでもないことだ。そして聖書を朗読してもらうのは嫌いではない」と思い直し、妻に従うことにした。 マタイの福音書のキリストが処刑される前日からの部分が朗読された。日本語の聖書の朗読で、合間に水分補給や痰吸引が入るので、朗読は一時間経っても終わらなかった。俺が歯ぎしりをして一時中断して「そろそろ三男に教会に行く準備をさせなきゃ」みたいな内容を文字盤で伝えると、妻は気分を害したようで「一体いつになったらあなたに信仰が授かるのか」と嘆かれた。 妻の信仰は筋金入りだ。その水準を俺に要求されても「ぐぬぬ」としか言えない。こんなこと書いたら妻の更なる怒りを買うかもしれないが、俺の信仰は薄っぺらで円満な夫婦関係のためだけのものだ。そうは言っても、四半世紀に渡る教会での体験からの影響は無視できない。信仰に殉ずる人々の心の純粋さ、牧師先生の無償の愛に触れたこと、聖書をノートに書き写していた義母、悩みを共有し祈祷したこと、日韓と台湾で出会った人としてのスケールが大きい人々、いずれも感銘を受けたし、薄っぺらな俺を教会に向かわせた。 それだけでも物凄い進歩だと思うのだが、肝心の妻は認めてくれないんだろうなあ。

お花見外出

 今日は天気が良く気温も高い。そんな理由で妻は俺を外出させようとする。俺は寝ているだけで外出するための準備は全部妻子がやってくれるのだから拒む理由がどこにあろうか?と妻は思っているかもしれないが、子供たちの時間を奪うことになるのと苦労対満足度が割りに合わないことが俺に二の足を踏ませる。 結局、「友達と卓球しに出掛ける」という次男が妻に引き止められ、さんざん待たされた挙句、車椅子への移乗を手伝った後に自室に戻った次男は「力仕事が終わっても準備は山ほどあるのに全く気が利かない。お父さんにそっくりだ」と妻からの小言を浴び、出発直前に吸引を訴えた俺のせいで外に出た時刻は3時半だった。 俺の外出に同伴するのは妻と次男と三男だ。いつものように区役所広場で日光浴をした。そのときに次男を労おうと思い文字盤で「一番助けてくれるのに一番怒られる」と伝えた。一時間前の小言がなかったかのように陽気になるのが妻の良いところだ。「一番は私に決まっているでしょう」と言い返した後、昔話に花を咲かせ、喰い付いてくる次男と三男を向こうに俺を出汁にした漫談と説教を展開していた。 いつものコースで帰宅した。前回の外出との違いは川沿いの並木桜が五分咲きだったこととマンション敷地内に植えられた木蓮の白と椿の赤との対比が鮮烈だったことだ。無理矢理に引きずり出してくれた妻、自分の時間を放棄して付き合ってくれた次男、重い荷物を持ってくれた三男に感謝を伝えたい。

驚異のコミュニケーション能力

 今日の午後、物理療法士の方が来られた。去年まで担当だった方ではなく新しい方だ。事前に妻が知らせてくれていたが、妻の外出と共に失念していた。門扉を開け応対したのは長男だ。通常であれば、「ルーゲーリック病 (ALSの別名) で手足が動かないし声も出ない。認知は問題ないし、韓国語も理解できる。まばたきが肯定を意味する」みたいなことを妻が説明してくれるのだが、不在のために長男は質問を逐次答える方法で急場をしのいだ。驚いたのは長男がその過程で私的な話題を折り混ぜて距離を縮めていたことだ。その方は女性で年齢も長男と同じくらいに見えた。その会話術があれば、非モテに属することはないだろう。 妻が帰って来てから四肢のマッサージが始まった。妻も驚異のコミュニケーション能力で仲良くなり、教会に通っていることがわかるとキリスト教の話で盛り上がっていた。どうやら妻から長男に遺伝したようだ。 脚のマッサージではアキレス腱を始めとする靱帯と筋肉が伸びて気持ち良かった。腕を後方に伸ばすマッサージでは激痛が走った。以前はそういうことはなかったのに、知らず知らずのうちに肩の可動域が萎縮しているのかもしれない。 その方は一ヶ月に一回の割合で訪問してくれるそうだ。JSYさん、今後ともよろしくお願いします。

漫談スケーリング

 今日の午後14時、訪問診療の歯科医の先生と看護師2名が来られた。前回の訪問診療は以下に記している。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post_5.html 上記の訴えを伝えたいと思っていたが、タイミングが合わず事前にパソコンに接続することができなかった。先生の「前回の様子を日記に書いたか?」という冗談を幸いと思い、妻に「今すぐブログを読んで」と頼んで、スケーリングの最中に韓国語で音読してもらった。 先生は「スケーリングの結果、歯ぎしりができなくなった」のくだりで怒ったふりをして、「音の鳴る入れ歯を開発してほしい」のくだりで「そんなことは思いもつかなかった。早速、調べてみなければ」と言っていた。冗談か本気か定かではないが、「開発して利益が出たら5対5で分けよう。センサーを埋め込めばできるよ。次回までにやっておこう」と言っていた。 ALS患者は少数だからお金儲けはできないけど、全世界の四肢が動かず声も出せない患者に希望の光を与えることになるだろう。少なくとも俺は救世主として尊敬しまくる。上記ブログのコメント欄にあるように、入れ歯でなくともマウスピースなら交換も改良もしやすいし、意のままに音の強弱をつけられるだろう。 スケーリングの時間は90分を超えていた。その間、看護師さんたちは立ちっぱなしで、先生は尽きることのないユーモアでその場にいた全員を楽しませていた。歯の内側にこびりついていた歯石の大きさを見て驚いた。なんでも唾液にも歯石を形成する成分が含まれていて、半年ごとに新たにできる歯石を除去するものらしい。実際、最近はかなり大きな音の歯ぎしりを出せるようになっていた。現在は音が鳴らないが、3ヶ月後には元に戻るだろうから前回のような喪失感はない。次回の訪問診療での試作品は期待していないが、先生の漫談をまた拝聴したいと思う。

外出と顔本

 今日の午後、妻と次男の助けを借りて外出した。出発時間は14時、いつものように区役所の広場で日向ぼっこをした後、いつものコースで帰宅したのは1 6時だった。妻は終始ハイテンションで、「お父さんを家に残して外出してもお父さんが気になって楽しめないけど、今日はその心配をしなくていいから心から楽しい」と言っていた。 長男、長女、三男が大村に滞在中で不在の間、妻は次男に「ゲームばかりしてないで将来のことを考えて行動しなさい」みたいなガチの議論を吹っかけるようになった。一昨日の夜は24時から26時まで硬軟入り混じった話をしていたようだ。今日も普段はあまりしない話題を議論していた。 俺は親と2時間話すことはない。用事だけ伝えて結論を出すか先送りするか決めるだけなので、話してもせいぜい30分が関の山だ。妻の家族への接し方を見ると「仲がいいんだな」と思うと共に俺が育ってきた環境との違いに驚くことが多い。男女の違いかもしれない。 帰宅すると、注文していたスマホが届いていた。早速、開通させてフェイスブックのアカウントも復活した。不思議だったのは1ヶ月前にどんな手を尽くしても決して叶わなかったログインがパソコン内に保存してある既存のパスワードで達成できたことだ。「もしかしてスマホは関係なかった?」という疑念が生じたが、妻に直接伝える勇気がないので本欄に記すことにする。

三男のスマホ

 三男は以前からスマホの所有を切望していた。そう思うのも無理はない。三男の同級生のほとんど全ては、もっと言うと三男以外でもおかしくないほど、スマホを買い与えられているからだ。ちなみに長男は高校入学時に初めての携帯電話を手にした。長年に渡る三男の交渉に妻が折れる形でスマホの所有が許され、先月購入するに至った。 現時点で三男はスマホの世界に埋没することもなく節度のある使い方をしているように見える。俺は長男に頼んで三男のスマホにLINEをインストールしてもらい、家族全員が参加するグループラインを作ってもらった。俺はこのグループライン経由で、日々の気付きや提案をほぼ毎日投稿するようになった。日本語能力が低い三男には理解不能かなと思っていたが、驚くべきことに三男は俺の投稿を完璧に理解していた。「驚くべきことに」と書いたのは方便で、実はその理解の理由は想定内だった。三男は翻訳機能を用いて内容を理解し、時には返信までしていたのだ。俺は手加減のないメッセージを送るようになった。三男はこまめに返信してくれる。その頻度が視線入力の速度と程よく適合して会話らしきものが成立するようになった。今では三男がダントツで筆頭のライン友達だ。 技術の進歩は凄まじい。タレントの田村淳が「ベトナムの農村でスマホ経由で現地語と日本語で滞りなく意思疎通できた体験から英語学習の必要性を感じなくなった」と言っていたが、そういう時代が来ているのかもしれない。「親しくなって商談を成立させるには流暢な英語が必要」という意見もよく耳にするが、お互いに不慣れな共通語で話すよりは同時通訳可能なアプリで話す方が深い話ができそうだし、そもそも親しくなるには人間的魅力が重要で英語は手段に過ぎないのでは? 三男とのライン上の会話を経験してからそんなことを考えるようになった。 今日は長女と三男が大村に向けて出発する日だ。前段落の内容とは裏腹に11日間の大村滞在を通して、既に現地入りしている長男と共に三人の日本語学習熱が高まってくれるといいな。

フェイスブックにログインできない

 最近の読者や家族への連絡事項を以下に書き出してみた。 1)1ヶ月ほど前、俺が利用する全てのSNSのアカウントに対して再ログインを命じられた。パスワードを忘れたりして結構苦労したが、元通りに復旧することができた。ただし、フェイスブックは「臨時コードを携帯電話に送る」という段取りになった。俺は携帯電話を使う筋肉がない。しかし、銀行口座の管理には本人認証が必要なときがある、声が出ない俺は電話口での本人認証ができない、オンラインなら携帯電話が本人認証の代替手段となる、俺の代わりに三男が連絡用に持っていくことが多い、等の理由で月々の利用料を払っている。俺は妻に状況を説明して、臨時コードを知らせるように頼んだ。妻は「どうやっても充電できない。今度、修理できるか聞いてみる」と答えた。その一週間後、妻は「どうやら修理できないみたい。通信会社に対処法を聞いてみる」と言った。それから二週間後、俺も妻も携帯電話のことは忘れていた。そんなわけでフェイスブックは未だにログインできない状態だ。メッセージをその期間に送ってくれた方に返事できなかったことへのお詫びを謹んで申し上げます。 2)昨晩はこの冬一番の冷え込みだった。厳密に言うと、まだ冬は終わってないから暫定一番の冷え込みだった。こんな寒い夜には左の上腕の外側にだけ冷気が入ってくる気がして眠れない。俺が文字盤で「サムイ」と言ったら、毛布を丸めて左腕を覆うように置いてほしい。 3)俺のパソコンのOSはウィンドウズ10だ。昨日、次男にパソコンを起動してもらったら、ウィンドウズ11への移行を促す案内が画面に出てきた。このパソコンを購入したのは8年前だ。ウィンドウズ11に更新すべきかどうか悩んでいる。誰かその件に関して情報提供してくれたらありがたいです。 4)寝ているときは歯ぎしりの音が鳴るようになった。しかし、どういうわけか、座っているときは音が鳴らない。このために真横に人がいてもSOSが伝わらない。家族のみんなにお願いしたいことは、座っているときに俺の表情を見て通るようにしてほしいということだ。 5)日によってばらつきがあるのだが、視力が落ちている気がする。新しい眼鏡を購入したいのだが、レンズの調整の出張サービスが可能かどうかを尋ねてほしい。

胃瘻問題

昨日の夕食時、妻は俺の左脇に座り、俺の胃瘻に流動食を注入し始めた。胃瘻とは俺のように飲み込むことができなくなった患者に栄養補給するために胃の内部と体外を繋ぐプラスチック製のチューブのことだ。たまに詰まったりすることもあるが、注射器で吸い出したり、チューブをほぐしたり、水を強引に注入したりすれば、大抵の場合は解決していた。というか、過去に詰まったままで解消しないことは一度もなかった。 60mlの注射器で流動食を注入していた妻が上記の解消法を一通り試し始めた。どうやらチューブに食物が詰まっている様子だ。しかし、いつまで待ってもそれ以上流動食が注入されることはなく、途方に暮れた妻が「ごめんなさい」とギブアップ宣言が発された。これは結構深刻な問題である。なにしろ、詰まりが解消されない限り、俺は栄養を吸収できないのだ。幸いに水分はチューブを通過した。妻は救急病院や訪問看護士に電話を掛けて翌日以降の対策を立て始めた。 今日は長女が通う高校の卒業式がある。本来であれば妻が卒業式に出席して、その帰りに長女と妻の二人で外食するはずだった。非情にも妻はその予定をキャンセルして、かかりつけの訪問看護士に依頼して午前中に胃瘻の交換をすることを選択する。妻の代わりに三兄弟が卒業式に出席することになった。 訪問看護士の方は非常事態ということで他の予定を差し替えて来てくれた。本当に頼りになるし、「ありがたいなあ」と思う。交換した胃瘻の古い方を分析してみると、詰まりの原因がわかった。それは野菜に紛れ込んだ骨の欠片が斜めにチューブの中にへばりついていたからだ。かくして、胃瘻問題は一件落着となった。俺はじっとしているだけだったが、妻を始めとする家族があたふたする出来事だった。骨の欠片は誰かの象徴かもしれない。

のどじまんの予選会

 NHKの「のどじまん」の大村開催まで2週間を切った。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post_8.html 上記のように俺が長女の代わりに出場希望の申し込みをしていたが、先週の木曜日に発送されているはずの予選会への書類選考通過の通知も来ないし落選メールも来ていない。「一体、どっちなんだ?」と悶々とする週末を過ごした後、今日の正午に大村の実家から「予選会への案内の葉書が来たよ」という連絡があった。 急転直下の朗報に嬉々とする時間はほんの一瞬だった。その連絡を受けた妻が「男ならともかく大切な娘を人前に晒すとはどういうこと? 授業の英語の発表でも緊張して夜眠れない子がどうやって舞台で歌えるのよ?失敗してトラウマになったらどうすんのよ」と詰め寄ってきた。確かに「どうせ書類選考で落ちるよ」と言って長女の意志を確認せずに応募したのは事実だし、長女をテレビに出演させたいというのは親のエゴだと思う。妻が反対し続けるなら諦めるしかないと思っていると、長女から妻に電話がかかってきた。 長女は今日から冬休み明けの登校が始まり、三日後には卒業式を迎える。その帰り道で俺の母からのメッセージを見て妻に電話したというわけだ。電話の中の長女はケタケタと笑っていて、とても予選会への出場を嫌がっているようには見えない。俺は内心「いいぞ、いいぞ。本人が望むなら妻の反対も和らぐだろう」と思っていたら、実家の母から妻に電話がかかってきた。 電話口の母は「出場申し込みは寝耳に水」という感じで妻と同じ心配を述べていた。「イカン、形勢不利」と思っていたら、母が「出場したくないなら予選会に行かなければいいから早く来てほしい」と言い出した。結局、13日から24日まで長女と三男が大村に滞在することになり、予選会への出場は長女の決断に委ねられることになった。 パソコンに繋がってから長女に「予選会に200人が出て20人が本選出場だからまず受からないよ。お父さんは予選会で歌っている動画を見るだけで満足だよ」と伝えた。

ミックスリスト

視線入力で文字入力するとき、正に今、この瞬間、大抵の場合、Youtubeを別のウィンドウで起動して音楽を聴くようにしている。つい一年前までは思春期に聴いていた歌を繰り返し流していた。俺は保守的で変化を好まない。スナック菓子の新商品には一瞥もせず、伝統的なえびせん、サッポロポテト、ポテトチップス、コンソメ味などの「冒険して失敗するより従来の定評があるもので十分満足」という思想の商品ばかりを買い続けてきた。音楽に関しても同様で、「何の思い入れもない歌を聴く理由が見つからない」という理由から流行の曲を避ける傾向があった。 その風向きが変わりつつある。きっかけは長女からの影響で聴き始めたOfficial髭男dism、略してヒゲダンだ。ボーカルの藤原聡は作詞作曲も手掛けている。俺は音楽に疎いので評論できないのだが、とにかく耳心地が良く楽曲も多様なのだ。ヒゲダンのミックスリストをクリックすれば、自動再生でほぼ全曲を流してくれる。その選曲がどのようになされるのか不明だが、そのミックスリストにはヒゲダンの楽曲に混じって他の歌手の楽曲も含まれている。そんなわけで自動再生によって名も知らぬアーティストの楽曲が耳に刻まれることになった。 俺はNHKの「のどじまん」を毎週視聴しているし、「歌コン」の再放送と「SONGS」も同様だ。それだけでも、数年という年月が積み重なると結構な情報量になる。おかげでテレビに出てくるようなアーティストの楽曲が脳裏に記憶されるようになった。サッカー関連で「魂レボリューション」経由でsuperflyにたどり着き、二週間前に彼女のミックスリストを流すに至った。彼女の楽曲は素晴らしいのだが、ある楽曲のカバーが心に沁みた。それは玉置浩二の「メロディー」だ。通常、カバーを聴くときはオリジナルの歌い方を思い出してカバーを歌う歌手にもの足りなさを感じるものだ。ましてや情感たっぷりの声で歌われる玉置浩二の「メロディー」だったら尚更だろう。ところが、彼女は全く新しい価値を提示するような「メロディー」を歌い上げた。違和感は皆無で魂がこもっているように聞こえた。 その流れで「もしかして、食わず嫌いだったのでは?」という思いが湧いてきて現在は邦楽のミックスリストを流している。まだ一周回ってないが、小室時代、ジャニーズ全盛時代、AKB時代と比べて、シンガーソングライターの質量共に圧倒し...

七割問題の補足の補足

 以下の投稿で https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/blog-post_12.html 一日の痰吸引の回数が20〜30回と書いた。「それは多すぎるんじゃあないか?一時間に1回っていうことだぞ」と自問自答してみた。ごく稀に痰が出てこないでカフアシストと吸引を繰り返すこともあるので、吸引回数が30回を越える日もある。しかし、それを読んだ人の印象と実際の生活とで乖離があるような気がするので、補足することにした。 先ず、一週間分の吸引回数を数えてみた。18, 13, 7, 16, 12, 9, 12である。 強調したいのが、「あ、痰が詰まっているかな?」くらいで吸引を頼むので呼吸困難になるはるかに手前の段階ということだ。気管切開したばかりの頃は夜中に熟睡中の妻を何度も起こして吸引を頼んでいたが、今は夜中に吸引を頼むのは一週間に一回程度だ。 補足の話はここまでで、次の段落では今日の出来事を述べる。 子供たちは全員冬休み期間中で、妻は俺の介護と子供たちの食事の準備と片付けをすることになる。そんな中、妻は散髪と洗髪と全身のアカスリをしてくれた。湯舟に浸かることができない俺が清潔にしていられるのは妻の不断の努力によるものだ。

黄砂の青空

 昨日の午後、外出した。雲一つない快晴だったが、昨年の秋に見た青空とは異なり、黄砂の影響なのか霞がかりややくすんでいた。三男は友達と遊びに行った。土曜日の午後でも子供たちは外出することが多い。しかし、昨日に限っては三男以外の全員が家にいた。受験を終えた長女と大学生の長男と次男、忙しいようには見えない。俺の外出準備を手伝う流れで一緒に行くことになった。このメンバーでの外出は三男の誕生以来初かもしれない。ムードメーカーは長女で、皆に話しかけ自身も楽しんでいる様子だ。 いつものように区役所の広場で日向ぼっこをして、いつものコースで帰ろうかというときに事件が起きた。三男からの電話を受けた妻が突然金切り声を上げ「今すぐ家に帰って来い」と叫び出した。「ははーん、友達と遠出していることを責めているのかな?以前は自転車で海雲台まで行ったからなあ」と思っていると、突然目の前に三男が現れた。三男は電話口で「東来女子高校の陸橋にいる」と言っているのを妻が「東来駅の陸橋にいる」と誤解したのが原因だ。ちなみに東来女子高校は長女が通う学校で、区役所の近くにある。理不尽な罵倒を浴びた三男は「精神的衝撃が大きい。謝罪してほしい」と冗談めかして妻に詰めよるが、妻は相手にしない。 その後、三男の中学校の制服の採寸を済ませ、お開きになった。自宅アパートの前で家族全員の集合写真を撮ったのがこの日のハイライトだった。長男と次男はつるぺの関係でお互いの不在を補完するかのように介護してくれるし、三男にとっての父親の役割を果たしてくれる。 昨晩は長女の提案で「天気の子」というアニメーション映画を観ることになった。友達と食事に行った長男以外の全員で視聴した。俺の寝室はミニシアターに早変わりして、俺以外の全員が買ってきたスナック菓子やチョコレート菓子を美味そうに食べていた。「誰か一人がいないと大きな穴が開いたように感じる」とは妻の弁である。ウチは家族旅行やレストランで食事なんてことはできないけど、こんなに安上がりに一体感を味わえることがわかった一日だった。

七割問題の補足説明

 以下の投稿に関連して、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/blog-post_10.html 気管切開と人工呼吸器について補足説明を書き加える。 先ず、気管切開の必要性を述べる。ALSは全身の筋肉が衰える病気だが、まぶたや心臓の筋肉は例外で、症状に現れない人が大半だと思われる。しかし、呼吸に必要な筋肉は確実に衰える。気道に詰まった痰を巻き上げて吐き出す筋肉が衰えると、痰が詰まったまま呼吸困難に陥る。そんなときは吸引器で痰を除去すればいいのだが、口から吸引チューブを入れて気道に挿入する作業は、口の中は雑菌だらけで気道は無菌状態であることを考慮すると、専門的な知識と熟練した技能が要求される。それができる人がその場にいないときは救急隊員を呼ぶことになる。気管切開はこの痰吸引の難易度を劇的に下げる効能を持つ。それこそ、小学校低学年の児童でも安全に吸引できる。すなわち、気管切開は人工呼吸器装着のために行うのではなく、痰吸引を容易にするために行うのだ。 次に、人工呼吸器装着後の介護者の負担について述べる。俺も妻も一体どんな変化が起こるのか全くわからなかったので、日々の生活を通して手探りですり合わせるしかなかった。人工呼吸器が喉から外れると、けたたましいアラーム音が鳴り続ける。装着したばかりの頃は人工呼吸器なしでも普通に呼吸できた。しかし、痰が詰まる回数が増えた。妻は寝るときも目覚ましアラームを一時間ごとにセットして不測の事態に備えた。家族全員が口文字盤での意思疎通を覚え、パソコンの機械音声を用いて込み入ったことを話すようにした。 最後に現在の状況について述べる。現在は呼吸器なしでは生きていけない。それでも呼吸器なしで30分は苦しいながらも呼吸は維持できると思う。痰吸引の回数は一日で10〜20回で、それでも年々減ってきている。症状は進行しても、何もかもが不安だった四年前と比べて精神的に安定しているし、家族もタフになった。慣れとは恐ろしいものだ。

大村での初診断

 2019年3月、一家が釜山から大村に引っ越したばかりの頃の話だ。ALS患者として公的支援を受けるためには大病院に行って診断を受けることが必要になる。そのときの心情を綴ったのが以下の闘病記(大村編)からのシングルカットである。 午後からは妻と弟嫁の付き添いで病院に赴いた。 神経内科の医者は満面の笑顔で俺にALSの確定診断を下し、介護保険、特定指定難病の医療費補助、身体者障害者年金申請のための書類を作成してくれた。その医者は過去の検査記録を見るや否や 「呼吸器を付けるか、付けないかの決断をされてください。その決断によって対応が変わってきます」と言った。 なんだか、郵便局で配送先に仕分けられて、最後の目的地は自分で選べと言われている感じがした。あるいは、人様の税金で生かされる道を選ぶか、潔い死を選ぶか、というようにも聞こえた。 ALS患者の7割は呼吸器を付けないで死ぬ選択をするらしい。その選択は本人の死生観や介護に対する家族の負担を熟考した上でなされたものだと思う。 俺はつい昨日まで人工呼吸器を付けて延命するのが当たり前だと思っていた。ところが、上記の医者の言葉を聞いて、 「そんなに自分が可愛いのか?」 「『今、死んでも悔いはない』と公言してくせに」 「自分一人が思考に費やす時間を確保するために他人による24時間の労力が必要になるんだ」 「末期で植物人間状態になって莫大な医療費を消費しているのと同じでは?」 「子供たちは俺がいなくても逞しく成長するだろう」 「妻は悲しんでくれるかもしれないな」 「一体誰が垂れ流しになった糞尿の処理をするんだ?」 のような考えが頭を駆け巡り、信念が大きく揺らいだ。 人間というのは弱いものだな。

七割問題

 以前から言い続けていることだが、今回も「ALS患者の七割が人工呼吸器を装着しない選択をする」問題を考察してみる。 ALS患者の苦悩を一通り経験した立場から言わせてもらうと、「気管切開しない」と宣言をすることは「自然死と偽装した自殺」を意味すると主張したい。そして、人工呼吸器の装着を推奨しない医師は合法的な自殺幇助に加担していると自覚してほしい。 もちろん、ALS患者の症状、介護環境、経済状況は千差万別で、各々の死生観や事情も異なり、一概に言えることではないと思うが、七割は多過ぎる。きっとその中には「前もって知っていたら気管切開に同意したのになあ」と考える人が多数いるに違いないのだ。 気管切開したら声を失うし、人工呼吸器を装着したら24時間の介護が必要になる。前者は正しい。意思伝達手段の最たるものがなくなるのは恐怖だろうが、技術の進歩で補えることも多い。俺の場合は、パソコンに接続している間は自由に助けを呼べるし、そうでないときもアヒルのおもちゃと歯ぎしりで対応している。後者も正しいのだが、「介護者が目を光らせているわけではない」ことを強調したい。俺の場合は、痰吸引できる家族の誰かが自宅にいるというルールがあるだけで、その誰かも別室で好きなことをやっている。痰吸引も気管切開の効能で小学生もできる手軽さだ。俺も家族に迷惑をかけるくらいなら死んだ方がマシだと考えた時期もあったが、今では生きていてよかったと思っている。皆さんも後者を額面通りに受け取ることはゆめゆめしてはいけない。「気管切開の向こう側にある生き甲斐や幸せの可能性を閉ざすことなかれ」と声を大にして言いたい。

三男の卒業式

 三男が通う小学校の卒業式に参加しようとしたが、講堂が満杯で参加できなかった。2020年12月に釜山に引っ越してきたとき、三男は一年生だった。月日が経つのは早いものだ。 事の詳細を話そう。その小学校は自宅アパートの敷地の隣りに位置する。住宅密集地の学校だからなのか、校庭も狭いし、体育館もない。そんなわけで卒業式などの式典は当該児童のみを集めて校舎内の講堂で行われる。午前8時30分に三男が登校してから俺を外出させるための準備が始まった。卒業式が始まるのは午前10時、大村滞在中の長男以外の家族を総動員して準備するも冬の防寒対策と痰吸引に時間を取られ自宅を出たのは午前10時だった。外気は冷たいが、寒さを感じるほどではなかった。同行の次男と長女はその小学校の卒業生だ。いつものようにお互いを非難し合う仲良し喧嘩をする様子は微笑ましかった。妻は珍しく化粧をしているが、いつものように明るい。そんな日常のようで特別な雰囲気の中、卒業式への期待が高まっていた。 校舎の中は冷蔵庫の中に入ってるかのように冷風が吹いてきて体全体が急速に冷やされた。「あれ、おかしいな。外より寒いじゃないか」と思った。講堂がある5階には卒業生の父母でごった返していた。どうやら、講堂に入れる人数には限りがあって、午前9時くらいに来て場所取りしなきゃいけないらしい。卒業式が終わるのは午前11時30分、「こんな寒いところで75分待つのか」と絶望的な気持ちになった。それを察した妻が長女を自宅にさし向け、使い捨てカイロと毛布を持って来させた。そのおかげで寒さに震えることなく時間を費やすことができた。 卒業式が終わると、各教室で最後のホームルームがあるものと思い込んでいたが、卒業生たちは校庭に降りていき、そのまま解散となった。俺らも校庭に降りると、そこは日光に照らされ暖かかった。三男がいつものように「お父さん」と日本語で言って駆け寄ってきた。その後は写真を撮って、自宅に戻った。次男が俺を寝台に以移乗して、子供たちだけで外食に出掛けた。妻は俺に食事を注入した後、インスタントラーメンを食べていた。今日くらいは皆で美味しい店に行って「お父さんのおごりだ。好きなだけ食べなさい」と言ってやりたかったな。