投稿

ラベル(数学)が付いた投稿を表示しています

数学の未来

 思っていたより早かった。 https://news.yahoo.co.jp/articles/5054ebb0f827712825e610d37dfa4028f8c0e226 上記の記事はAIが数学の未解決問題を解く時代が到来したことを宣言している。これは数学者にとって由々しき問題だ。 グーグルやウィキペディアが世に出た時、知識の価値が急落した。それまでは物知りは尊敬されていた。質問すると泉のように溢れ出る知識に圧倒されたものだが、今ではスマホがその役割を果たしている。インターネットの情報は正しいとは限らないが、人間も間違うことがある。結局、何を信じるかというと、諸説が閲覧可能で日々更新されるインターネットなのではなかろうか?もし間違っていたら、ネット上で正せばよいだけのことだ。 将棋AIが世に出た時、棋士たちは「この程度か」と左手ウチワだった。その後、スマホを操る初心者に名人が負かされる時代が来た。縁台将棋の最善手は将棋の強い人でなくスマホに聞く方が早いのだ。以前は序盤の研究というとプロにしかできない崇高なものだったが、今ではAIの評価値に従った手順の変化を丸暗記するだけだ。それでもトップクラスの棋士は自動車より遅い短距離走者のような需要があると思うが、それ以外の棋士の価値は暴落した。 数学界にも似たような事例が起こるだろう。例えば、数学者が何十年かけても解けなかった問題がAIに長けた小学生が解いたなんてことが普通に起こりそうだ。そうなったら数学者の評価にも変化が出てくるだろう。これから数学者を目指そうとする若者にとって難しい時代になったと思う。

36年前の新歓コンパ

 今から36年前のことだ。俺は新歓コンパの会場にいた。「新歓とは新入生歓迎という意味だろう。しかし、コンパとは一体何だろう?」と思いつつ、場の雰囲気から「コンパとは飲み会のことか」と合点がいった。理学部の新入生は物理と数学や数学と生物のように二つの学科が合わさったクラスで履修することになっていて、その区分で新歓行事も進行していた。 新入生全員が自己紹介することになった。最初の奴のスピーチがすごかった。短く簡潔でありながら爆笑を誘発していた。「これが基準になるのか。なんとかして面白いことを言わなきゃ」と思ったのは俺だけではなかった。その後も名前と出身地で終わらない面白スピーチもしくは口下手な者が場を繋ぐ一気飲みが相次いだ。全員の自己紹介が終わった後に「最初の奴は二年生で、事前の行事から偽名を使い新入生のふりをしていた」ことが明かされた。 「そこまでして盛り上げようとするなんて!」と呆れるやら感心するやら、同級生より数学科の先輩たちを観察するようになった。「派手で個性的な人ばかりだ。一年後に同じようになるとは到底思えない」という感想を抱いた。サクラを見事に演じ切ったのは大野さん、吟遊詩人のような雰囲気の藤本さん、スカジャンが似合う西村さん、ジョンレノン眼鏡の古澤さん、のように今になっても名前を覚えていること自体がその日の印象が鮮烈だったことを物語っている。 その後も一年上の先輩方との交流が続き、福本さんと箕牧さんに「ガロアの夢」の輪読会に誘われたし、留年した西村さんはインターネット黎明期にシンディクロフォードの白黒写真を壁紙にしてくれたものの解除の仕方がわからず女性技官から白い目で見られたし、鹿児島大学に就職した古澤さんは俺を集中講義の講師として招待してくれた。「全ては36年前のあの日から始まっているんだ」と思うと感慨深い。

出会いと別れ

 下記の記事で紹介したKGSから「二泊三日で釜山に家族旅行をする予定だ」というメッセージが来た。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/09/blog-post_14.html 今日の夕方、家族を連れて我が家を訪問してくれることになった。ありがたいことである。KGSが家族を紹介してくれるのも、家庭でのKGSの様子を聞くのも、楽しみだ。 歓談の時間も終わり、一行は妻の運転する車に乗って釜山大学見物に出掛けた。 残された俺はネットニュースを読んでいた。すると、「広中平祐」の文字列が見えた。「まさか」と思い、クリックしたら「死去」の文字が続いていた。広中先生が釜山大学で講演されたとき、我が家に先生を招いて妻の手料理でもてなした。緊張して何を話したのか覚えてないが、「フィールズ賞を取るほどの大家なのに、対等な目線で会話を楽しんでくれている。だからこそ数理の翼を始めとする様々な普及活動を通して人材を育成できたんだ。それが皆に親しまれ尊敬される理由なんだ」と思った記憶がある。事の経緯は以下に記している。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/11/12.html なんだか心に穴が開いた気分だ。広中先生、安らかにお眠りください。先生の講演で影響を受けた釜山大学の学生は確実に存在しています。

温泉巡りの旅 3)死海

 ドイツ人のフローリアン、中国人のパン、日本人の俺が死海ツアーの参加者だった。時は1998年5月、場所はイスラエルのとある大学、フローリアンは長身で優等生タイプのイケメン、パンは「家族を養うため出稼ぎに来た」というくらいの年輪がその顔に刻まれていた。俺らはポストドクターで同じ部屋で研究していた。フローリアンは俺と同じ分野の研究者で「上司に言われたことをソツなくこなす優秀な奴だった。パンの専攻分野は覚えていない。さして英語が上手くない中年のパンがどういう経緯で若手の修行の場であるポストドクターに採用されたのかも謎だった。ある日、フローリアンが「週末に死海に行く予定だが、暇なら同行しないか?」と皆に聞こえるように言った。社交辞令かどうかは考えず「暑くなって来たし、案内してくれる人がいたら此れ幸い」と思い、手を挙げた。こうして、風貌や背景が異なる、親しいわけでもなく、食事を共にするわけでもない三人の珍道中が始まった。 行き先はエンボケック、日本から持ち込んだ黄色のガイドブックによると、高級ホテルが立ち並ぶリゾート地とのことだ。ツアーは日帰りだし、日本円が強い時代だったので、「高級ホテル、なんぼのもんじゃい」という気勢だった。ただし、パンにとってはそうでなかったようだ。昼食のビュッフェ料金が高いと言い出し、別行動することになった。その当時は「せっかくの機会だから楽しめよ。リーダー役のフローリアンを困らせるなよ」と思っていたが、現在の米国の物価を体験するとあの時のパンの気持ちがわかるかもしれないと反省している。 死海はその塩分濃度の高さから生物が住めないことがその名称の由来らしい。イスラエルの5月は日本の真夏で、ビーチでは涼を求める観光客でごった返していた。常に浮いているので手漕ぎボートの要領で水をかくと推進力が得られ、沖まで行くことができたし、孤立しても恐怖を感じることはなかった。砂浜に戻ると、体に付着した海水が蒸発して体中に塩の文様が浮かび上がった。フローリアンはビーチで走ってくる若者たちの水しぶきが顔に当たり、「ありがとうよ」と言いつつも辛そうだった。パンは「着替えはどこでしたらいい?」「帰りはいつになる?」とかどうでもいいことをフローリアンに尋ねていた。フローリアンは「俺はお前の母親ではない」と笑顔で突き放していた。 死海観光は楽しかったが、三人の結束が高まっ...

温泉巡りの旅 1)草津温泉

 今までに温泉を始めとする様々な保養施設を体験してきた。日本国内のみならず世界の各地、例えば、死海、白頭山、などを時系列にはこだわらずに気の向くままに紹介していきたい。今回は草津温泉にまつわるよもやま話を語ろう。 「草津、良いとこ、一度はおいで、チョイナ、チョイナ」のチョイナの部分をジョイナに替えて歌い、陸上界のスーパースターだったフローレンスジョイナーの扮装をした者たちが通り過ぎるパフォーマンスがテレビ番組「俺たちひょうきん族」で流された。それが25歳だった俺が草津についての知識の全てだった。俺の師匠から誘われるままに草津で開催される有限群論セミナーに参加することにした。当時はどのような性格の研究集会か見当もつかなかったが、平たく言うと、有限群論の大家たちを囲んで群論にゆかりのある分野の研究者が集い、温泉や山歩きを楽しみながら数学を語り合うという数学者の桃源郷とも言える集会だ。ただし、セミナーハウスの収容人数に限りがあるので、誰でも参加できるわけではない、一見さんお断りの京都の料亭のような雰囲気がそこはかとなくあった。 若手が研究成果を発表するのだが、自己紹介の場でもあり、質疑応答で蜂の巣になることもしばしばで、結構な圧迫感があった。夜は自由時間で、温泉に入ったり、囲碁をしたり、酒を飲んだり、思い思いの時間を過ごす。全発表が終了した後は希望者のみの山歩きが催され、その帰りに川のように温泉水が流れる浴場施設に立ち寄った。一緒に山歩きをすると連帯感が生まれ、研究者としての序列を忘れ、自然と会話できるようになるものだ。それでいて温泉に浸かりながら専門的な数学の話が始まったりもする。 俺は何かを強いることのない自由な雰囲気に感銘を受けた。いや、その当時はあるがままを受け入れていたので、感銘というのは年齢が上がるに徐々に感じるようになったと表現するべきだ。今でも大家との会話を記憶しているし、セミナー中に見聞した全ての事象がその後の俺の人生に大きな影響を与えている。何より、このコミュニティが好きになったし、一生を通して関わりたい。そのためにはプロにならなきゃという思いを新たにした。

海外放浪記 20)21)

 これまでの海外旅行や海外出張を古い順に並べてみた。なお、前回は次の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/19.html 20)ロシア、モスクワ。2007年7月、この年に行ったのかどうかの自信がない。白状すると、その時期にたまたまモスクワ滞在中のEK教授と研究打ち合わせをするという名目で行ったが、研究の話をする時間は十分には取れなかった。モスクワの地下鉄があまりにも深い位置にあるのを見て、「核戦争が起こったらシェルター代わりに使用されるのだろうか?」と勝手な想像を膨らませた。EK教授はPOSTECHで勤務していた頃の同僚で、昼飯をよく食べに行った。議論好きで、あらゆる事象に対して意見を求めてきた。議論が煮詰まってくると「俺は常に正しい」というフレーズが話題転換の合図となった。EK教授の案内でクレムリンなどの名所を周った。その日のハイライトはバレエの観劇だった。そのことを過去に書いているので以下に引用する。 15年程前の話である。モスクワのボリショイ劇場別館、舞台下の空洞では交響楽団が演奏している。その空気の流れが感じられるほど前の座席に座っていた。友人の粋な計らいで実現したバレエ観劇であったが、寿司を食べたこともない子供が「すきばやし次郎銀座店」のカウンターに座っているような違和感がありありだった。 白のカッターシャツにジーンズと言う数学者の正装で来た俺は烈しく後悔していた。ドレスコードがあったわけでも観客全員が着飾っていたわけでもない。最高の舞台で選ばれし者たちが演じる極上の娯楽を称える観客の服装も一張羅であるべきという思いに駆られたからである。 空手をやっていた俺はバレエダンサーをアスリートとして見ていた。その跳躍力、空中姿勢、手足を意のままに操る技術、どれをとっても一般人が一生努力しても到達できない水準を有しており、神々しいオーラを放っていた。 芸術に疎い俺が何故ここまで音楽と融和した舞台上での群舞に引き込まれるのか、そのこと自体が芸術性の高さを物語っているのだろう。一流の運動能力を有し、遊びたい盛りの思春期をバレエに捧げ、鍛錬と研鑽を積み、競争を勝ち抜いた者達が繰り広げる総合芸術を堪能した夜だった。 21)ロシア、サンクトペテルスブルグ。2007年7月。共同研究者勢揃いの研究集会に参加...

遠ざかっていく数学

 ある時期までは生活の中心だった数学が今では思考の片隅にも現れなくなった。その言い訳を列挙してみる。 1)目が悪くなった。一年前はくっきり見えていたパソコン画面上の文字が滲んで見える。数学の論文はPDFファイル化されていて、文字の拡大縮小は可能だが、視線入力でそれをやると時間がかかる上に内容が頭に入ってこない上に物凄く目が疲れる。 2)俺は数学の概念を理解しようとするとき紙とペンを使って絵や図を描いていた。俺はデジタル人間ではなく、生粋のアナログ人間だった。紙とペンが使えない今、その代替手段も見つからず、「わからない」だけが蓄積していく状態に耐えられなかった。 3)数学の研究をするためには継続性が求められる。興味が湧いたときだけ思考にふけるのであれば、その興味が毎日湧くように生活を数学に傾けなければならない。俺はその選択はできなかった。でないとこんなに頻繁に文章を書くことはできない。 4)数学は片手間ではできない。これは俺に限ったことかもしれないが、脳味噌が100%の状態であってこそ数学の研究ができる。毎日のように寝不足で頭が朦朧としている状態では数学の研究など夢のまた夢だ。 そんなわけで数学から遠ざかって久しい。視線入力が板についてから連絡しようと思っていた数学の仲間たちにも連絡できないでいる。きっと、数学をやってない自分を恥ずかしいと思う気持ちと数学に没頭している相手が眩しすぎると思う気持ちが合わさっての不為なんだと思う。 追伸)KYS、CIK、PJR、OSM、KHB ( 敬称、略) が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。

32年の時を経て

 6月1日の記事にコメントが寄せられた。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/06/blog-post.html 俺は32年前教育実習生として母校を訪れた。そのときの教え子がコメントの送り主だ。当ブログは「視線入力」で検索しても「平坂貢」で検索しても出てこないネット上の孤島と呼ばれているほどたどり着くのが困難なURLで知られている。当時の教え子がわずか二週間しかいなかった俺を記憶しているのも驚きだし、そのわずかな情報で「視線入力時代」にたどり着いたのも驚きだ。 あの二週間は鮮烈で且つ凝縮された期間で、その後の俺の人生に大きな影響を与えた。釜山大学での講義もまた然り、教育実習で教える喜びを知ったからこそ異なる言語と異なる文化の環境下でもくじけることなく教育と研究を両立できたと思う。この病気にかかっていなかったら、定年退職後は高校生を教えたいと思っていた。大村で平坂塾を開設したのもその願望に起因している。 昨晩は「実際に大村高校で一年生の授業を担当することになったらどのように教えるか」を想像していた。試験も評価基準も自由に設定できる数学科での講義とは異なり、高校での定期試験は他の教員と共同で問題を作成することになるだろうし、評価基準も統一されているだろう。しかも、受験でより良い結果を出すという進学校ならではの事情や制約もあるだろう。「厳密な論理の反復によってもたらされる数学の普遍性と不変性」を学んでほしいと思うが、受験で点数が出ないとわかったら大部分の生徒からそっぽを向かれ、授業は自習時間に変わるのは目に見えている。やはり、釜山大学でやっていたように授業ごとに10分間の小テストを課したい。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/01/blog-post_23.html テストと名が付くと生徒たちは気合いが入るものだ。そこで噴出したドーパミンを持って授業に臨んでほしい。小テストの問題は過去のセンター試験もしくは共通テストから授業に関連した問題を選抜する。三問から成り、1問目は計算問題、2問目と3問目は難易度を変えた文章題とする。授業は教科書を音読することから始めて、教科書に出てくる用語について質問を投げかける。例えば、「無理数とは何か?」と尋ねると「有理数ではない実数」という答えが返...

学科長日誌 12)

 俺の研究室の本棚には「学問の発見」という書名の本が四冊置いてある。一つは日本語、残りは韓国語で書かれていて、日本人の来客や進路相談に訪れる韓国人学生に貸し出していた。その本は著者の幼少期からアメリカ留学時代を経て研究者としての地位を確立するまでの経験や感想が記されていて、面白いだけでなく研究者への浪漫が掻き立てられるのだ。 実はその著者はソウルに滞在していた。俺は「これは千載一偶の機会だ。俺が学科長でいる時になんとかして釜山大学での講演会を実現させたい」と思った。俺は滞在先のソウル大学に電話を掛け講演依頼を本人に伝えてくれと頼んだ。すると、「そういうことは秘書に尋ねてくれ」と言われ、秘書の連絡先を教えてくれた。秘書は韓国人の女性で、俺が講演依頼の件を伝えると、「先生は多忙だから他校での講演依頼は断るようにしている」と言われた。話を聞いていると、彼女はスケジュール管理だけでなく生活の世話もしているとのことがわかった。「なるほど、釜山大学での講演を認めると、他の大学から講演依頼が来た時に断る大義名分をなくしてしまうことになるのか。あなたの立場も十分に理解できるなあ」と言いながら、電話を切られないようにして、「今度、ソウルに行く用事があるから会ってもらえないだろうか?先生の迷惑にならない講演の形態について教えてほしい」と申し出て、ついには会う約束を取り付けた。その会合が俺が信用できる人物で制御できそうか評価する場であることは重々承知していた。秘書の方は20代前半で気さくで「緊張して損した」と思うほど話が弾み、先生との面会の約束を取り付けた。 後日、釜山大学数学科に研究員として滞在中のSTY博士を誘ってソウルで先生、秘書、STY博士、俺の4人の会食を開いた。その先生は広中平祐教授で、言わずと知れた数学界最高の栄誉とされるフィールズ賞受賞者だ。テレビでしか見たことがない伝説的な人物が目の前で動いている。俺は興奮と感動でパニック寸前の状態だった。その会食で講演会の日程を調整した。広中先生は気さくで、著作に出てくるそのまんまの人柄だった。あれだけ名声があるのに尊大な感じが全くないのは俺の師匠と同じだと思った。 講演会場は大学本部の500人収容の大会議室だ。新たな不安に襲われた。それは「もし聴衆が少なくてガラガラだったらどうしよう」ということだ。俺は近隣の高校に講演会のポ...

学術的遺伝

 指導教官へのメールを書いている時に気付いたことがある。俺の指導教官、正確に言うと、学生時代に指導教官だった方、過去も現在も未來も師と仰ぐので、これからは師匠という名称で統一する、もとい、俺の師匠は弟子が多い。数学分野における学術的師弟関係を調べるには以下のURLが便利だ。 https://www.mathgenealogy.org/ 英文で名前を入力すると、その人の弟子一覧が出力される。ただし、最新情報に更新されているわけではないようだ。俺の師匠は日米中の三大学で32人の弟子がいる。孫弟子まで含めると69人の学術的子孫を持つ。それだけでなく、長年の学術活動を通して得られたコミュニティも多種多様で、その延べ人数は膨大な数になりそうだ。 しかし、それらのコミュニティを束ねるSNSは一つもないことに気付いた。もしかしたら、俺が知らないところで、そういうSNSがあるかもしれないが、少なくとも俺は属してないし、俺の師匠も属してないと思われる。その理由は師匠はスマホを持ってないし、ご自身が「機械に弱い」と言うほど古きを大事にされる方だからだ。そうは言っても、Macでメールも打つし論文も書いてるから、必要に迫られればできるはずだ。 俺は兄弟子や弟弟子の動向や私的な話題を知りたいと思ったが、そういう場や連絡網が一つもないことに気付いた。もちろん、フェイスブック等のSNSでプライベートに触れることはできるが、「ここに師匠が参加してくれたら皆がフェイスブックに登録して盛り上がるだろうに」というないものねだり感に襲われたりもする。 今、この文章を書いていて気付いたことがある。それは俺も俺弟子たちが集うSNSに参加してないという事実だ。「これが学術的遺伝か!?」と思った次第だ。

「支持率を下げてやる」事件

 偶数に奇数を足すと奇数になる。しかし、2は偶数、1は奇数、1+2=3は3の倍数だからと言って、偶数に奇数を足したら3の倍数になるわけではない。数学では簡単に理解できる明らかなことでも、それが社会に流通する言葉に変換されると正常な判断ができなくなることがしばしば起こる。 例えば、韓国の飲食店で狼藉を働いた中国人観光客のニュースを見て「中国人はけしからん」と中国人全員に矛先が向いたり、イスラム過激派が起こしたテロ事件のニュースを見て「イスラム教徒=テロリスト」の等式が頭の中で描かれている人はゼロではない。政治家は意図的にこの手の印象操作をよく使う。例えば、某大国大統領が「犬を食う不法移民がいる」「大学には反ユダヤ主義が蔓延している」「左翼がテロを引き起こす」などのレッテル貼りによる印象操作は全世界で知られているし、某国某党の総裁選の演説会でも「奈良公園の鹿を蹴る外国人がいる」という発言があった。受け取り側が起こった事実をそのまんまに理解するのが理想だが、俺も含めた多くの人々は知らず知らずのうちに。マスメディアやネットに流れる言論に影響を受けている。 そんな中「支持率下げてやる」事件が起きた。 https://news.yahoo.co.jp/articles/f0599b0e9e39f1a24f6433c8805b459bbd7d152c 共同通信社のカメラマンが高市総裁の記者会見時に雑談で放った言葉らしいが、俺も印象操作を受けやすい国民なので「もしかしてマスメディア全体がこの人みたいに事実を自分たちの都合の良いように捻じ曲げて伝えているのか?」と思うようになった。 常にニュースを鵜呑みにせず為政者の言動には是々非々で臨む姿勢を貫きたいと思う。その意味で今後の高市総裁の動向を注視しているし、ガザ地区で恒久的な停戦が実現したときのトランプ大統領の貢献を讃えようと思う。

KPPYセミナーの原点

 昨日、BSJ教授からの電話があった。妻のスマホのスピーカー機能を通してその内容を把握することができた。地域の大学間学術交流を目的としたセミナーを始めたのは2006年前後だ。最初は釜山大学と浦項工科大学とで月毎に開催していたが、ある時期から慶北大学と嶺南大学が加わり、「KPPY Combinatorics Seminar」と改名して、土曜日に5人の講演者が自身の研究結果を50分以内に英語で紹介するという仕様で、年10回ほど開催してきた。俺がALSに罹患してからは年1回のペースで開催し、2025年9月20日に100回目を大々的に開催するという話だった。BSJ教授は世話役の一人で、今回は歴代の世話役を海外から招待して、ホテルの会議場で開催するそうだ。俺も現地に行って皆に会いたいのは山々だが、呼吸器を付けての長時間の外出は経験したことがないし、様々な不便が予想されるので参加は無理だと判断した。 俺が大学院に入学する直前の3月、京都大学数理解析研究所で開催された研究集会に参加した。過去に何度も書いているが、そのときに受けた衝撃が俺のセミナー活動の原動力となっている。一年上の先輩が研究結果を発表していた。「数学は10年以上の下積みが必要で、大御所かガロアのような天才しか新しい結果は出せない」と勝手に思い込んでいた俺にはその事実だけでもかなりの衝撃だった。発表後の質問や批評が物凄かった。年配の先生方が次々と論理的な駄目出しをやって、今後の研究の方向性についての宿題とも取れる提案を述べていた。それは若手だけでなく、全ての発表で起こる現象だった。そこは数学者たちの本気が交錯もしくは衝突する空間であり、数学の一分野を発展させる鍛錬の場にしようとする気概が満ちていた。 そのことを再現したいと思って活動してきた。数学は頭の中で完結する個人競技だと思われがちだが、研究集会や懇親会での雑談を通して新たな発想を得たり、共同研究に発展したりする団体競技の側面も確かにある。100回目を迎えるKPPYセミナーは延べ500人の講演者と100回の懇親会を通して様々な学術交流があったと信じたい。そんな難しいことを持ち出さなくても、俺自身はただ単に楽しかった。それが長年に渡って世話役の一人で居続けた最大の理由だと思う。 最後にBSJ教授を始めとするKPPYセミナーの歴代参加者全てにこの場を借りて感謝...

客人がやって来た、ヤーヤーヤー

 釜山大学数学科の卒業生であるJSY、CHI、KGY ( 敬称、略) が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。本人たちの「ブログに登場したい」という希望があったので、3人との会話の一部を公開しようと思う。 以前の訪問は2年前、俺は寝たままで手書きのアルファベット文字盤で単語一つに1分以上かけて意志疎通していた。しかし、今の俺には視線入力という強い味方がついている。もちろん、健康であった時のようにはいかないが、少なくとも俺はストレス無しに言いたいことを伝えることができた。改めて視線入力という技術と俺の入力速度に合わせて会話を組み立ててくれた客人の心遣いに感謝申し上げたい。 「今は家庭教師のアルバイトをやっているが、何かいい進路があれば教えて下さい」 「うちの三男の嫁になるのはどう? ちょっと待たないといけないし、姑が恐いけど大丈夫?」 「私は大丈夫ですけど本人の気持ちを確認しないと。7年後にまた来ますね」 コンプライアンス的にギリギリセーフだと思うのだが、専門家の意見を聞いてみたいものだ。 研究内容の説明を聞いた後で「フィールズ賞を受賞しそうだな」と冗談で返したが、それくらいの大志を抱いて研究活動に邁進してほしい。 交際して三年目の二人に「偉くなる前に結婚したほうがいいよ。例えば、教授になってしまったら、相手はあなたではなく教授と結婚することになるからさ」 普段は強気の彼は戸惑いの表情を浮かべて「二人の事情がありますからおいおい話します」と答えていた。少々、お節介が過ぎたようだ。

何のために学ぶのか?

 宇宙のどこかには光さえ到達できない闇、時間が経っても何の変化もない場所があるかもしれない。あるいは地中の深い場所はそれと似た状況だろう。そういう場所にふさわしい数学は無しか出てこない、無以外のものは産み出さない数学に相違ない。何もないことを象徴する数字として0が挙げられる。0を何回掛けても何回足しても0だ。その状況こそが何の変化もない世界を近似している。 人類は、いや、もっと対象を拡大して、生物は、養分があるかないかを認識できる。ミジンコや大腸菌のような微小な生物が果たして認識という知性を持つか否かは議論が分かれるところだが、少なくとも養分の有無に応じて行動を変えることはできる。ということは、無以外のものが生じた、それを存在と呼ぼう、無とは異なるものとして認識することだ。 我々は地球に住んでいる。日が昇り、日が沈み、一日として同じ日が繰り返すことがない世界だ。そんな世界にふさわしい数学はやはり自然数を含む必要がある。太陽光は我々に無限に伸びる直線の存在を示唆し、広がる平野や床などの人工物は平面の存在を示唆する。これらは目視できない。にも関わらず、脳内では「当然、存在すべきもの」として扱われている。 数学を学ぶ意義の一つとは我々が住んでいる自然を学ぶことだ。しかし、数学は一般化を繰り返し、時としてあらぬ方向に突き進むことがある。線形代数におけるn次元ベクトル空間がその好例だ。nが1,2,3のときは何が行われているかの幾何的イメージが得られるが、4以上になるとお手上げだ。一見、自然から離れて数学独自の進化を遂げているように見えるが、さにあらず、実は「自然とは何か」を問い掛ける極めて自然な一般化なのだ。 もうひとつの数学の特性は「数学は信用できる」という学問全分野の共通認識だ。ある意味で奴隷のように使われているのが数学の立場だが、見方によってはコンピュータのOSのように全分野を統合する唯一の存在なのだ。 だからこそ、数学科に入って来た皆さんは数学の信用を損なうことなく数学の使用を促す立場なのです。そのことを心に留めて数学を学んで下さい。 釜山大学数学科で講義を思い出しながら、数学を学ぶ意義について考えてみた。

不法移民の数

 米国に滞在する不法移民の数を生成AIに聞いてみた。俺は百万人くらいかなと思ったが、答えを見て驚いた。なんと、一桁違いの千百万人がその答えだった。米国の人口は約3憶5千万人だそうだ。その中に不法移民は含まれないと思っていたが、生成AIによると、米国の国勢調査は住居実態に応じて実施されるので含まれるそうだ。ということは約3%が不法移民だ。 不法という言葉からならず者という印象を抱きがちだが、実際はどうなんだろう?トランプ大統領が主張するように麻薬や強盗殺人などの温床になっているのだろうか?そういう側面もあるのだろうが、不法移民の全員が犯罪歴があるというわけではなく、むしろ大半は米国の低賃金労働を下支えする存在ではなかろうか? 一部を全体に拡大して訴える方法は人類の歴史の中で、特に戦争や人種差別において繰り返されてきた。人々は無意識のうちにその影響を受け、後の時代の常識や道徳に反する行為をしてしまう。 皆が数学を学んで「well-defined」の概念を習得することが解決の第一歩だと思う。

海外放浪記 10)

 これまでの海外旅行や海外出張を古い順に並べてみた。なお、前回は次の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/05/9.html 1999年3月にイスラエルから帰国した俺を待っていたのは無職の研究生という現実だった。それまでは日本学術振興会から月額三十万円の返済義務のない奨学金が支給されていた。4月からは無収入で、しかも学生ではないので学割は使えない。当面の生活費は貯金でなんとかなるが、半年後には無一文になる額しか残っていない。数学を続けるためには単発のアルバイトを週末だけやれば可能だ。しかし、「それは完全な片想いではないか。必要とされないのに数学の研究を続ける意味があるのか」という葛藤が常に立ちはだかる。結局、学術的な職は研究者であり続けるためのパスポートなのだ。それ故、博士は就職活動に血眼になるのだ。その当時、就職活動中の同門の先輩が4人いた。俺はある種の閉塞感を感じていたが、イスラエルで過ごした経験からある種の開き直りの境地に至っていた。その心境に符合するようにMMA先生とのセミナーが再開した。今、振り返ると、MMA先生が東北大学に栄転する前だったことは幸運だった。MMA先生には何のメリットもないのにセミナーの指導役を引き受けてくれたのはひとえにMMA先生のご厚意によるものだ。このセミナーのおかげで、数学という中心軸をブラすことなかったし、俺の研究の方向性を左右する重要な示唆を受けることができた。それからもお世話になり続けるのだが、それらへの感謝は直接お伝えしようと思う。 10)ドイツ、とある地方都市。1999年、5月。この辺りから記憶が曖昧になる。数名の著名数学者による集中講義を受講することが目的で、現地での宿泊費は支給されたと思う。しかし、都市名やどういう空路で行ったのかは覚えてない。覚えているのは、チャンピオンズリーグの決勝でマンチェスターユナイテッドが劇的な勝利を収めたことと最終日に最も流暢でない英語で話す講演者が最も大きな拍手で称賛されていたことだ。

天気予報ゲーム

 天気予報で最低気温と最高気温が出てくると、それらを分母と分子と考えてその分数の既約分数が素数分の素数となっているかを判別するゲームをやっている。 例えば、ある都市の予想最低気温が16度、予想最高気温が24度だと仮定する。この場合、16分の24、すなわち、24/16 が対象となる分数で、分母と分子の最大公約数で約分したものが既約分数で、この場合は3/2 が既約分数で2と3が共に素数なので条件を満たすというわけだ。 単純な計算であるし、気温の範囲も限られているので、目視して一秒以内に判別できるのだが、問題は複数の都市が同時に現れる場合だ。難易度は設定次第で、最も難しい設定は条件を満たす都市を全て探すゲームだ。NHKの天気予報では日本列島を四分割して各都市の予想気温が表示される。従って、同時に十数個の都市を十秒以内に判別しなければならない。これが意外と難しい。今まで完全制覇した回数は未遂の数に比べると圧倒的に少ない。 一つの画面が視界に入ったとき、その数字の羅列を一つの風景として認識する訓練と思って取り組んでいるが、なかなか上手くいかない。未遂に終わるたびに「俺って才能ないな」という思いに駆られ、ストレスが溜まってしまう。精神衛生上よくないので、今度から条件を満たす都市の存在の有無に難易度を落としたゲームをやろうかな。 追伸)「高嶺の花子さん」という歌がツボにハマった。

四年前の決意

四年前、以前のホームページの心野動記で書いたことは俺の偽らざる心情だ。今読み返してもその心情に変化はない。そういうわけで決意表明のためにシングルカットすることにした。  数学の研究を再開したいと思いつつ二年の月日が経ってしまった。大村に移住したばかりの頃は家族を養うための経済基盤を確立することが最優先と思い、意図的に数学を遠ざけていた。しかし、病気の進行に伴い、俺自身が働いてお金を稼ぐのは困難という結論にたどり着いた。 平坂塾での直接の指導ができなくなり、オンライン指導もうまくいいかなかった。以前、紹介したようにインターネット上には無料で手軽なコンテンツが豊富にあるのだ。個別指導であっても文字だけであっては利用者の金銭面と時間の負担が増すばかりで、これでは到底お金を取れないと思うようになった。 ALS患者の中には自ら介護保険事業を起ち上げて経営する方々が少なからず存在するが、俺にそのような才覚と初期費用を捻出する度胸があるとは思えなかった。いや、最初はそういう気概を持っていたのだが、介護に依存する度合いが増えていくにつれて気勢が削がれていった。 文筆業で成功することを夢見て始めた当ブログも新聞やテレビでの露出があったにも関わらず、閲覧数は減少傾向にあり、一日平均150をかろうじて維持していいる状況である。この数は友人や知己が読んでくれているんだなあと思えば大変ありがたいものであるが、1日の閲覧数が1万以上が目安とされる商業的成功には程遠い数である。その理由は俺の閲覧の履歴を見れば明らかである。俺は他人のブログを定期的に見たりしないし、ましてや読んでいて気が滅入るような他人の闘病記を開くことは滅多にない。黙ってじっとしていることさえストレスである生活を忘れさせてくれるのは、将棋、囲碁、スポーツなどの当たり障りのない気楽に見れるコンテンツなのだ。そのことの一般化は「人々は知り合いでもない他人の闘病記を読んだりしない」となり、それは概ね正しいのだろう。 結果として、目標としていた経済基盤は築けなかった。日本からの障害年金と韓国からの年金と退職金をやりくりして長男と次男が大学に行って、兵役を終えて就職するまでなんとか生き延びることが当面の目標である。 本稿はまだ完結していない。首が疲れて来たので、続きは次回で綴ろうと思う。 前回の続きである。 「お金は稼げないが、年...

生成AIと戯れる

  昨日に引き続き今日も生成AIと戯れていた。昨日の内容は以下を参照。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/04/blog-post_3.html 釜山大学数学科で働いていた頃、新入生向けに「数学入門」という科目を教えていた。それは集合と論理から始めて関数や二項演算などの基礎概念を習得することを目的にした講義だ。以前にも書いたが、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/01/blog-post_23.html 数学入門でも授業ごとに小テストを課していた。その小テストの第一回で出題していたのが「任意の集合A、Bに対して、両者が排反なら両者は異なる」という真偽判定問題だった。集合を表す二つの円の内部が交わりを持っていない状態を想像すると、直感的に真と思ってしまいがちだが、答えは偽である。その理由は両方とも空集合という反例があるからだ。 この問題を生成AIに考えさせた。生成AIは数秒考えて正解にたどり着いた。「おお、ちゃんと考えているように見えたぞ」と思い、「この問題のように意外性のある真偽判定問題を作成してください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。しかし、意外性はなかった。「他の問題を作成してください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。その過程を繰り返すと、意外性のある問題が出てきた。真偽はすぐわかったが、「解答は?」と入力すると、生成AIは考え込んでしまい、一時間待っても答えは出なかった。 待っている間に気分転換として高校生向けの英語と世界史の実力試験を作成してもらった。1問目から難問で解く気を無くした。昔は解けたはずなのになあ。あるいは過去を美化しているだけなのだろうか。いずれにしても脳の退化を感じた一日だった。

生成AIに期末試験を作らせた

  生成AI(本欄ではChatGPTを意味する)は学習にも有用というネットニュースがあったので、早速検証してみることにした。 まずは線形代数。 「大学生が受講する線形代数の期末試験を作ってください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。その内容は2次正方行列の加法、乗法、行列式、固有値、対角化、ジョルダン標準形の問題だった。学生の立場からすると、新しい概念を網羅するのに有効だろう。必要とあらば解答も出してくれるし、項目ごとに質問すればいい。例えば「対角化する理由は何ですか?」とか「ジョルダン標準形とは何ですか?」と質問すると、答えが返ってくるし、その答えが気に入らなかったら「高校生が聞いてもわかるように説明してください」と要求すればいい。要するに、24時間対応の東大卒の家庭教師がいるのと同じ効果が得られるのだ。 続けて「数学科の学生用に証明問題から成る期末試験を作ってください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。しかし、教科書に書いてある定理の証明問題のオンパレードだった。次に「教科書に書いてある定理の証明問題は除外してください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。しかし、その中の一つの命題が間違っていた。すなわち、成り立たない命題を証明しろという問題が出題されていた。その解答を要求すると、まるで学生が陥りやすそうな論理の飛躍が見つかった。そのことを指摘して反例を示すと、生成AIは非を認めた。 この生成AIは無料版だから間違えることもあるのだろう。というより、歴史的事実を捻じ曲げて自信満々の返答をすることが少なくない。なので、生成AIの言うことを鵜呑みにすることはできない。しかし、現時点でも有料の最新版では各分野の博士クラスの知性を備えていると言われている。結論は、人間の家庭教師でも間違えることはあるから、生成AIを高校や大学序盤の学習ツールとして使用するのは有用だということだ。