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1分小説 0)

 NHKの「編成王川島」は週ごとに芸人が持ち寄った企画を実行してみる番組だ。韓国で4月13日に放送された回では又吉直樹が1分小説バトルという企画を出して、芸人二人とアナウンサー二人が独自の1分小説 ( 600字程度 ) を提出して、3人の審査員がそれぞれのバトルを判定していた。 なんか「1分最強を決める場」がコンセプトの格闘技団体であるBreaking Down みたいだなと思った。1分という短い時間は様々な利点がある。例えば、テレビ番組で普通の小説を朗読することは困難だが、1分小説なら十分可能だし、クソつまらない作品でも1分我慢すれば済む話だ。575の俳句でさえ詠んだときの背景や心情を説明し出すと1分以上かかりそうだ。それなら、1分で完結する文学作品は新たな分野になるのでは? 朗読者を声優に頼んだり、審査員をショートショートの達人である星新一やお笑い界の大御所やエンタメ枠としてスポーツ選手や若者の声を代弁するタレントで構成すれば、視聴率や再生回数が高いコンテンツになると思う。 芸人二人は「グルメのタクシー運転手がマズいラーメン屋に行こうとする客を引き止めるが、客は店主だった」や「芸人になって10年目で初めて得た賞レース決勝の舞台で2年目芸人に才能の差を見せつけられる」という内容の小説を提出していた。本人たちが創作したものと思われる。小説の水準とは別に1分小説で争うという点が新鮮でドラマティックだった。抜き打ちのテーマで衆人監視の下で創作してもらえば、カンニングを防げるだろう。文学に一家言あるタレントを集めて競技会をやれば、盛り上がるし、勝者と敗者で悲喜こもごもの人間模様が見られるだろう。Breaking Down のオーディションのように大会ごとに新しいスターが誕生する仕組を作れば、一大ムーブメントに発展するのではなかろうか? 俺も1分小説に挑戦してみた。これが思っていたよりはるかに難しい。普段からドラマの脚本を批判している立場なので、辻褄を合わせようとすると考え込んでしまうからだ。とりあえずは「質より量」をコンセプトに駄作を量産してみようと思う。そのときはコメント欄にて容赦のない批判や忌憚のない罵詈雑言を浴びせてほしい。

豊臣兄弟の感想

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」が面白い。いや、正確に言うと、歴史に詳しいか現実性を重んじる人々のウケはよくないのだが、少なくとも俺は面白いと思っている。先ず、役者の演技が良い。特に信長役の小栗旬の演技が素晴らしく、俺の脳内では本物より信長らしいと思うほどだ。第13回では明智光秀役の要潤と浅井長政役の中島歩との絡みがあったが、脚本の意図を十分に理解した名優たちのセリフや表情や所作に舌を巻いた。 豊臣秀吉の伝記自体が農民から関白までの出世物語で、戦はほぼ全勝で、読み物としてこの上ない題材だ。戦国時代とは言え、親の職業を継ぐのが当たり前の時代に家柄も学歴もない男がいつ討ち死にしてもおかしくない足軽から始めて実績を重ねて出世して天下人になったのは「事実は小説より奇なり」を地で行く快挙だと思う。 その歩みを陰で支える弟の秀長が主人公であるのがこのドラマの斬新な点だ。秀長の死後、秀吉は甥の秀次の一族を皆殺しにするなどの事件を起こしているが、それらに触れずにドラマを終えることができるのは「主人公が善人のままで描くことができる」という意味で強味になっている。 豊臣兄弟の若い頃は戦国時代の闇の部分を信長が請け負う構図になっている。明るく朗らかな兄弟の様子を見るのは楽しい。第14回では挟み撃ちに遭った信長軍を逃すために、誰もが嫌がる時間稼ぎの役割を買って出る秀吉のセリフが「自分をここまで引き上げてくれた」という信長への忠誠心と献身性が滲み出ていて心を打たれた。土曜日の再放送を見るのが楽しみだ。

「風、薫る」を批判してみた

 NHKの朝ドラマ「風、薫る」を批判してみた。 1)主人公のりんの父親はコレラに感染し、りんへの感染を恐れて物置きに引きこもり、りんが入って来れないように扉を動かなくしていた。父親が息絶えた後にりんが普通に扉を開けて物置きに入った場面に違和感があった。東京からの帰りにコレラ対策で村に入れなくなった母親と妹がどこで夜を明かしたのかも気になるところだ。寄り付く人がいない状況でどうやって父親を火葬したのかも疑問だ。 2)りんは母親を養うために金持ちの家に嫁ぐ。嫁ぎ先も後継ぎを産む後妻が必要だったはずだ。しかし、結婚披露宴の段階で夫の態度が冷淡だった。その場面では、夫はデレデレさせてその後に家柄と教養の夫婦格差が拡大して破局に至るという方が、説得力があった。 3)家が火事になったとき、妻子を見捨てて姑に連れられて逃げた夫に愛想をつかしたりんは娘をおんぶして実家に帰る。実家から小包が来た場面から実家と嫁ぎ先は歩いて行ける距離ではないと思われる。火事現場から姿をくらませば、放火犯の濡れ衣を着せられ兼ねない。りんの母親は「東京に住んでいる叔父のところに行け」と言うが、夜道を幼子を連れて遠出することの危険性をあまりにも軽視している。りんの幼馴染が舟を手配してくれるのだが、暗闇で川下りする船頭はいないだろうし、いたとしてもその運賃は高額になるはずだ。 4)もう一人の主人公である直美は孤児で教会を転々としているという設定で、マッチ箱作りの職をクビになり、職探しに苦労する。直美が通う教会は米国から派遣された伝道師がいて、炊き出しをするくらいだから、潤沢な資金が供給されているはずだ。教会でアルバイトの仕事を用意してやれよと思うし、明治時代の東京なのだからいくらでも仕事はあるだろうと思う。直美の英語力を外国人の観光ガイドに使えば、一日で日本人店子の月収分が得られるだろう。

スポーツ三昧

 先週末の出来事をまとめてみた。 1)なでしこジャパン がオーストラリアで開催されたアジアカップの決勝にて同代表を破り優勝した。しかし、NHKの21時代のニュースでも取り上げられなかったし、ネットニュースでも扱いが小さかった。女子サッカーファンの俺としては寂しい限りだ。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/02/blog-post_27.html でも触れたように、新監督のニールセン氏の手腕を高く評価していた。その後、メディアの後押しがあったのにも関わらず、国内の親善試合で格下のコロンビアに引き分け、ブラジル遠征でコテンパンに負けて、欧州遠征でもスペインに為す術もない負け方をして、国内組だけで臨んだ中国と韓国との試合でも勝ち切れず、「この監督で大丈夫か?解任されてもおかしくない内容と成績だぞ」と思っていたが、今回の優勝でニールセン氏の首が繋がることになった。 2)大相撲春場所は霧島の優勝で幕を閉じた。霧島の大関復帰も確実視されている。俺は豊昇龍を応援していて、その敵役の霧島を推すことはなかったが、今場所に限っては「大関に復帰して、豊昇龍とのライバル関係も復活するといいな」と思っていた。今場所の豊昇龍は霧島に負けたのはしょうがないとしても、琴櫻に負けて千秋楽を退屈なものにしたのは横綱としていかがなものかと思った。平戸海は藤の川に負けての負け越し。実力者揃いの幕内上位に踏みとどまってことを良しとするべきなのかもしれない。来場所以降も踏ん張りどころだ。 3)昨晩はイングランドプレミアリーグのニューキャッスル対サンダーランドの試合を生観戦した。知っている選手は一人もいなかったが、「ボール保持者への寄せの速さ、フィジカルモンスター同士の球際の攻防、原則的に前へ前へと攻める姿勢、終盤になっても衰えないスタミナ、鋭いクロスと強烈なシュート、勝とうとする飽くなき闘争心」というリーグの魅力を体現するような好試合だったので最後まで見てしまった。

大相撲大阪場所二日目

 大相撲大阪場所二日目の中継を視聴した。以下はその感想だ。 1)また有望な若手が現れた。新入幕の藤凌駕のことだ。熊本出身の佐田の海を応援していたが、藤凌駕は速攻相撲であっさり寄り切った。出世が早くてまだ髷が結えないそうだ。十両に陥落した佐田の海の取り組みをテレビで見たいので早く幕内に復帰してほしい。 2)幕内上位の常連だった翔猿が前頭十三枚目だということに驚いた。カモにしていた千代翔馬に負けたのを見ると時代の流れを感じた。 3)寝屋川出身の豪の山は電車道で圧勝した。突き押し相撲が上位に通じず迷った時期を経ての今がある。突き押しを極めてまた上位に挑んでほしい。 4)平戸海は初日に王鵬、二日目に大栄翔を破り二連勝。今場所は三役を期待できそう。 5)義乃富士は安青錦を攻め続けて攻略。怪我なく育てば大関になる器だと見ている。 6)豊昇龍は押し込まれていたが、かろうじて白星を拾ったという感じ。 7)熱海富士と大の里の現役最重量1位2位対決は迫力満点だった。熱海富士は強くなっている。大の里は本調子ではないようだ。 追伸)今日の午後、牧師先生一行が来られて、家族礼拝が取り行われた。ありがたいことである。

地上の太陽

 核融合発電について生成AIと壁打ちしてみた。きっかけはNHKで放送されたITERの特集を視聴したことだ。ITERとは核融合発電の実現を目的とした国際科学プロジェクトで、その番組ではITERの要職に就く日本人技術者に焦点を当てていた。 核融合を起こすための温度である1億5千万度を原子炉内に閉じ込めようとするとき、巨大なコイルでプラズマを発生させ、その温度を空中で実現させることが、フランスで建設中の実験炉の理論的枠組みらしい。「ほうほう、そんなとこまで実現しているのか!?」と頼もしく思ったが、番組を見終わったときには「ダメだこりゃあ。実用化はもっと先の話だな」という正反対の感想に至った。何故ならば、巨大コイルの扇形状の部品を円形に組み立てる際にズレが生じ遅延している場面の映像を見たからだ。そんな状況でうまくいくはずがないと思ったし、「そういう仕事はITERが請け負うものではなく、巨大コイルを制作した企業の仕事だろう」と思った。 核融合発電が実用化されたら、海水から抽出可能な重水素と三重水素を融合させて莫大なエネルギーを生み出せる上に深刻な汚染物質は生じないという地上の太陽が生まれることになる。それは全人類を救うエネルギー革命に他ならない。リターンが無限大に近いからこそ、総額3兆円前後のプロジェクトに各国が投資し続けるのだろう。現在のところ、ITERの発電実績はゼロだが、このプロジェクトに携わった人々が指導者になり、ブレイクスルーを生み出せる人材を育てるという核融合発電研究を太い幹にしていく役割を担っているのだろう。 ITERは2050年代での実用化を目標として掲げているが、その瞬間まで寿命が続けばいいなあ。

ガラスの砂浜

 NHKの「有吉のお金発見突撃カネオ君」で大村市の森園公園の海岸部に敷き詰められたガラスの砂浜が紹介された。生成AIによると2016年に完成したそうだ。俺は2019年に森園公園で過ごしたことがあった。妻に「ガラスの砂浜があるから行ってみる?」と誘われたが、車椅子だったことと「ガラスの破片が無造作に捨てられているだけだろう」という勝手な想像で拒否した。 その番組では「大村湾の浄化のために最適な大きさに丸型に加工したガラスを敷き詰めていて、インスタ映えする人気スポットになっている」との説明があった。タイミングよく妻が寝室に入ってきたが、「テレビに大村が出ている」と短い時間に文字盤で伝えられるはずもなく、妻はその説明の最中に部屋を出た。 今日は日曜日、次男は風邪をひいて部屋から出てこない。大村滞在中の長男、長女、三男はそれぞれの興味で楽しくやっているらしい。妻は「最近、周囲によくないニュースが多くて私まで気が滅入る」と言っていた。 冬期五輪も終わったし、なんかさえない日曜日だなあ。そうだ、ガラスの砂浜の動画を撮影してくるように子供たちに頼んでみようかな。

予選会当日

 今日はNHK「のどじまん」の予選会当日だ。平坂家からは長女と甥が2月15日放送予定の本選への出場を目指して予選会に挑んでいる。二人を引率するのは大村在住の俺の弟だ。10時に弟が長女を会場まで連れて行き、11時から17時まで200名の歌唱力審査が行われ、17時半に本選出場者20名が発表される。ちなみに予選会での動画撮影は禁止されている。 ところが、18時過ぎても弟から連絡が来ない。 19時頃に二人とも落選したという報せが入った。 「ああ、これでよかったんだ」と心から思った。長女の歌なら自宅でも聞ける。甥は俺を元気付けようと、HIPPYの「君に捧げる応援歌」を歌ったそうだ。それが聞けなかったことが唯一の心残りだ。

のどじまんの予選会

 NHKの「のどじまん」の大村開催まで2週間を切った。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post_8.html 上記のように俺が長女の代わりに出場希望の申し込みをしていたが、先週の木曜日に発送されているはずの予選会への書類選考通過の通知も来ないし落選メールも来ていない。「一体、どっちなんだ?」と悶々とする週末を過ごした後、今日の正午に大村の実家から「予選会への案内の葉書が来たよ」という連絡があった。 急転直下の朗報に嬉々とする時間はほんの一瞬だった。その連絡を受けた妻が「男ならともかく大切な娘を人前に晒すとはどういうこと? 授業の英語の発表でも緊張して夜眠れない子がどうやって舞台で歌えるのよ?失敗してトラウマになったらどうすんのよ」と詰め寄ってきた。確かに「どうせ書類選考で落ちるよ」と言って長女の意志を確認せずに応募したのは事実だし、長女をテレビに出演させたいというのは親のエゴだと思う。妻が反対し続けるなら諦めるしかないと思っていると、長女から妻に電話がかかってきた。 長女は今日から冬休み明けの登校が始まり、三日後には卒業式を迎える。その帰り道で俺の母からのメッセージを見て妻に電話したというわけだ。電話の中の長女はケタケタと笑っていて、とても予選会への出場を嫌がっているようには見えない。俺は内心「いいぞ、いいぞ。本人が望むなら妻の反対も和らぐだろう」と思っていたら、実家の母から妻に電話がかかってきた。 電話口の母は「出場申し込みは寝耳に水」という感じで妻と同じ心配を述べていた。「イカン、形勢不利」と思っていたら、母が「出場したくないなら予選会に行かなければいいから早く来てほしい」と言い出した。結局、13日から24日まで長女と三男が大村に滞在することになり、予選会への出場は長女の決断に委ねられることになった。 パソコンに繋がってから長女に「予選会に200人が出て20人が本選出場だからまず受からないよ。お父さんは予選会で歌っている動画を見るだけで満足だよ」と伝えた。

「豊臣兄弟」第四回を視聴した

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」第四回を視聴した。以下はその感想だ。 1)第一回の感想は https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/blog-post_5.html 俺のドラマ批評にしては珍しく絶賛のコメントが並んでいる。しかし、第二回は面白くなかった。その理由は現実性の欠如だ。野盗から村を守るために自警団が形成されているが、この自警団が弱い上に時間稼ぎも助けを求める伝令を走らせることもしない。そのうち別の野盗が現れ村人は殺害される。戦国の世の不条理を描きたかったのだろうが、俺は顔見知りであるはずの村人が殺されても他人事の主人公とその家族の態度に違和感を覚えた。第三回がその調子だったら脱落を検討しようと思っていたが、幸いにその内容はまずまずの出来だった。織田信長が「たとえ負けるとわかっていても戦って死ぬのが武士だ」みたいなことを言っていたが、「それでは家来はついてこないだろう」という違和感は第四回で伏線として回収される。 2)桶狭間の戦いと父の敵討ちという二つのテーマが同時に回収された爽快感があった。先ず、桶狭間の戦いとはその当時は弱小武将だった織田信長が広大な領土と十倍もの戦力差を誇る今川義元に奇跡の勝利を収めた戦いだ。その奇跡が実は必然だった要因を劇中に自然に忍ばせたのが良かった。敵討ちは未遂に終わる。敵役の俳優の演技が素晴らしかった。欲を言えば、戦場での無駄口は謹んでほしかった。 3)織田信長が桶狭間の戦いの後に床の上に大の字になって「勝った、勝った」と繰り返す姿が良かった。そんなことはしなさそうな鉄面皮の信長が喜びを表すことで勝利の大きさと負けたときの覚悟が読み取れた。 4)豊臣兄弟が戦いを終えて浅野家を訪問した場面が良かった。これから戦がインフレになり、命をかけて戦っていることが薄れてくるだろう。そんなときの女性陣の過剰なまでの心配と歓待は戦の過酷さを伝える役割を果たすだろう。

ミックスリスト

視線入力で文字入力するとき、正に今、この瞬間、大抵の場合、Youtubeを別のウィンドウで起動して音楽を聴くようにしている。つい一年前までは思春期に聴いていた歌を繰り返し流していた。俺は保守的で変化を好まない。スナック菓子の新商品には一瞥もせず、伝統的なえびせん、サッポロポテト、ポテトチップス、コンソメ味などの「冒険して失敗するより従来の定評があるもので十分満足」という思想の商品ばかりを買い続けてきた。音楽に関しても同様で、「何の思い入れもない歌を聴く理由が見つからない」という理由から流行の曲を避ける傾向があった。 その風向きが変わりつつある。きっかけは長女からの影響で聴き始めたOfficial髭男dism、略してヒゲダンだ。ボーカルの藤原聡は作詞作曲も手掛けている。俺は音楽に疎いので評論できないのだが、とにかく耳心地が良く楽曲も多様なのだ。ヒゲダンのミックスリストをクリックすれば、自動再生でほぼ全曲を流してくれる。その選曲がどのようになされるのか不明だが、そのミックスリストにはヒゲダンの楽曲に混じって他の歌手の楽曲も含まれている。そんなわけで自動再生によって名も知らぬアーティストの楽曲が耳に刻まれることになった。 俺はNHKの「のどじまん」を毎週視聴しているし、「歌コン」の再放送と「SONGS」も同様だ。それだけでも、数年という年月が積み重なると結構な情報量になる。おかげでテレビに出てくるようなアーティストの楽曲が脳裏に記憶されるようになった。サッカー関連で「魂レボリューション」経由でsuperflyにたどり着き、二週間前に彼女のミックスリストを流すに至った。彼女の楽曲は素晴らしいのだが、ある楽曲のカバーが心に沁みた。それは玉置浩二の「メロディー」だ。通常、カバーを聴くときはオリジナルの歌い方を思い出してカバーを歌う歌手にもの足りなさを感じるものだ。ましてや情感たっぷりの声で歌われる玉置浩二の「メロディー」だったら尚更だろう。ところが、彼女は全く新しい価値を提示するような「メロディー」を歌い上げた。違和感は皆無で魂がこもっているように聞こえた。 その流れで「もしかして、食わず嫌いだったのでは?」という思いが湧いてきて現在は邦楽のミックスリストを流している。まだ一周回ってないが、小室時代、ジャニーズ全盛時代、AKB時代と比べて、シンガーソングライターの質量共に圧倒し...

戦慄の占領地を視聴した。

 NHKスペシャル「戦慄の占領地」を視聴した。この番組ではマリウポリのようにロシアが占領したウクライナの都市に対する同化政策を伝えている。以下はその感想だ。 1)学校ではロシア国歌 が流され、ソビエト連邦がナチスドイツの侵攻を阻んだとか西側諸国の経済制裁への憤りとかウクライナへの派兵の正当性などの思想教育が徹底されているようだ。ウクライナ侵攻が始まってから四年が経とうとしている。その間、子供たちへの影響は甚大だと思われる。親ロシア派ではないウクライナ人の家庭に生まれた子弟でも「自分はロシア人だ」と思うようになるだろう。ウクライナのテレビ放送は遮断されロシアの放送だけ視聴できるそうだ。改めて、思想教育って恐ろしいと思う。大なり小なりの思想教育はどの国でもやっていることだが、西側諸国と決定的な違いは反体制派の弾圧の度合いだ。 2)占領後、全ての住民はロシア旅券の取得を求められ、断れば病院等の行政サービスが受けられないそうだ。占領政策に反対する報道関係者は収容所に送られるか、国家反逆罪で十年以上の禁固刑に処せられるそうだ。ロシア各地から移住者を募り、現在では住民の二割が移住者で、職業や住居で優遇されているそうだ。「自分はウクライナ人だ」と頑なにロシア国籍を拒否してきた人もいくら待っても戦況が変わらない現実に絶望している人も少なくないだろう。 3)あるウクライナ人の家庭にロシア兵が入って来て食べ物や金品を要求されたという話が紹介された。警察に抗議しても受けあってもらえなかったそうだ。占領地の住民の人権はあってないようなものだ。 4)このまま同化の既成事実が積み重なったら、占領地の若者がロシア兵としてウクライナに攻め込むということも起こりそうだ。結果論であるが、ウクライナ侵攻初期の段階でウクライナが押し気味だった時に西側諸国が戦力の出し惜しみをしたのが悔やまれる。あの頃はロシア軍も混乱していたし、西側の最新兵器が投入されれば余裕で蹴散らせると思っていたのにな。

豊臣兄弟の初回を視聴した

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」の初回を視聴した。以下はその感想だ。 1)前作の「べらぼう」は、吉原で働く遊女の悲哀、花魁の栄華、江戸時代の出版業界、田沼意次の政、等の主人公を取りまく背景が同じ回に複数個詰め込まれていた。1ヶ月も経たずに脱落した理由はその複雑な構成に辟易したからだ。喩えて言うなら、マグロの切り身にウニとイクラを載せてカニ味噌をかけて食べるような感じで、美味しいかもしれないけど個別に味わいたかったなという感覚だ。その点において「豊臣兄弟」は「べらぼう」を反面教師にしたかと思うほど単純で、主人公の目線を追うだけで物語に感情移入できるように作っている意図を感じた。 2)「べらぼう」と比較してばかりで申し訳ないのだが、眉を剃り落として見分けがつかなかった「べらぼう」の女性キャストに比べて「豊臣兄弟」のそれは普通に美しく普通に魅力的だ。主人公の笑顔の回数も前作より格段に増えた印象だ。 3)藤吉郎役の池松壮亮は野心家で人たらしで後の天下人である豊臣秀吉の若かりし姿をよく表現していた。歴代大河ドラマで秀吉を描いた作品は数多いが、信長に認められる期間までが一番面白いと個人的に思っている。創作でいいからその辺りの逸話を挿入してほしい。小一郎役の仲野太賀はとにかく愛嬌がある。それでいて調整役として秀吉を支えた理性的な秀長の片鱗を出せていた。この二人のコンビは古くは破天荒な岩鬼をたしなめる殿馬を、新しくは大谷とベッツを彷彿させる。 4)坂井真紀が演じる母が8年ぶりに現れた藤吉郎を抱きしめた場面、信長が馬に乗って登場する場面が良かった。 5)まだ初回だから何とも言えないが、少なくとも次回を楽しみにしている俺がいる。

コーヒー中毒

 大晦日の午後から元日の正午まで妻が体調不良で寝込んでいた。最初は「昼寝すれば気分もよくなるだろう」と思っていたが、時間の経過と共に悪化していき、就寝前に「オエー」という音と共に跳び上がって厠に駆け込み嘔吐を繰り返した。妻は「昼からミカンしか食べてないけど、消化不良と頭痛が酷くてミカンまで吐いてしまった。これはコーヒー中毒の症状かも」と言って、「あれだけ長く昼寝して眠気が来るの?」と不思議に思うほどの深い眠りについた。 コーヒー中毒なら俺にも経験がある。韓国ではコーヒーが紙コップに注がれるタイプの自動販売機がいたる所に設置されていて、そこから出てくる甘いミルクコーヒーを飲みながら喋ることが定着していて、いつ頃からか俺もそのコーヒーを好んで飲むようになった。勝手な推測だが、自動販売機のコーヒーは中毒になるように成分調整してあると思えてならない。タイマーが作用するかのように禁断症状に襲われ、俺の場合は、頭痛が続いて何の仕事もできなくなる。俺は「もう二度とこんな辛い思いはしたくない」と思い、自動販売機のコーヒーを避けるようになった。 今日、妻は完全に回復して三男と遊びに来ている姪っ子を連れて映画館に出掛けた。今日からコーヒーの代わりに緑茶を飲むそうだ。一時は本気で心配していたが、元気になって本当によかった。 話は大晦日の夜に遡る。朝倉未来の惨敗から現実逃避するためにパソコンを終了して、電動寝台を起こして紅白歌合戦を視聴することにした。テレビ画面に映るのは久保田利伸だった。彼は80年代後半に現れ、米米クラブを始めとするアーティストから「最もファンキーな歌手」として絶賛されていた。作詞作曲もこなし、抜群の声量と歌唱力でブラックミュージックと歌謡との融合を試みる、「何でこんなに才能の塊が日本に生まれたのだろう?」と思うほどの突然変異の天才に魅了された人は多い。しかし、紅白歌合戦での彼のステージは往年の名歌手という扱いで、尺も演出も「せっかく紅白に出てくれたんだから、もっと大物感を出して若者の琴線に触れるように演出してくれよ」と言いたくなるほどもの足りないものだった。 その翌日、どこかで聞いたようなメロディが流れてきた。この声は長女の声、長女が口ずさんでいるのは久保田の代表曲ではないか。恐るべし久保田、最も影響を与えてほしい若者にピンポイントで爪痕を残すとは。やっぱり、お...

百年後の火星

 先週の土曜日、NHKのドラマ「火星の女王」を視聴した。今から百年後に火星の地下に住む人類の物語なのだが、30年前に制作された映画「トータルリコール」を見たときのような「放射線を浴びて奇形となった人類、氷のかたまりを溶かして火星に新たな大気が生じる、実は主人公の精神世界を覗き見ているだけかもしれない」などのぶっ飛んだ驚きを全く感じなかった。それでいて、百年後の未来を近似しているわけでもなく、惑星を破壊できるほどの物質が発見されたりというトンデモ設定があったりして、素直にドラマを楽しめない上に「実際はどうだろうか?」というモヤモヤが残った。 今日は百年後の火星開発について生成AIと壁打ちしてみた。以下はその議事録もどきだ。 俺の「百年後、火星に住むことはできる?」という問いには「火星の大気の95%は二酸化炭素で、真空に近いほど薄く、そのために放射線が降り注ぐ。砂嵐も発生するので、地中の閉鎖された空間で電力と酸素と水分の制限の下での生活が予想される」という答えが返ってきた。俺の「大量のロボットから成る社会は可能ですか?」という問いには「技術的に可能ですが、それが社会と呼ばれるかは疑問です」という答えが返ってきた。俺の「地球人のアバターとしてのロボット社会はどうですか?」という問いには「これはSF路線というより、かなり現実的です。ただし通信速度が10分かかるので即時操作は不可能」という答えが返ってきた。俺の「自給自足できる火星でのロボット社会は可能ですか?」という問いには「エネルギーに関しては可能、材料に関しては部分的には可能だが、高性能半導体は無理」という答えが返ってきた。 俺は「300年後は都市ができてロボットの代表が地球に来るかもしれない」と想像した。それにしても、こんなことを議論できる人は限られているのに、生成AIはもっともらしい答えを返してくれるし、こちらの想像力を掻き立てるような意見を提示してくれる。少なくとも、俺の知識をはるかに超えているし、議論していて楽しかった。こうやって、飲み込まれていくんだろうな。

12月第二週の雑感

最近の、考えていることを列挙してみる。  1)朝の情報番組で北川景子が「動画を見させていただいて…」と言っていた。この「〜させていただく」という表現は数年前から芸能人が使い始めたと思う。最初は「出演させていただく」という表現を聞いて、「出演するためには本人だけでなく所属事務所や制作者側の力が必要なわけで、単に出演したというよりは謙虚な印象を受けるな」と思っていた。しかし、出演だけでなくなんでもかんでも「させていただく」と言うのは食傷気味というか、「します」や「しました」じゃダメなのかなと思うようになった。「させていただく」を言わないと宣言する芸能人が現れて、昨今の猫も杓子も「させていただく」という風潮が少しでも是正されたらと思う。 2)大村市には新幹線と共に大村線というJRの鉄道が走っている。その中の駅の一つが岩松駅だ。他の駅と異なり、岩松駅周辺には商店街はおろか住宅街もない。海沿いのさびれた場所に「どうして此処が駅になったの?」と尋ねたくなるように立っている。無人駅で利用者も多いとは言えないだろう。少々乱暴であるが、岩松駅の廃止を提案したい。その代わりに大村高校前駅を新設することも提案したい。その駅は東彼杵や松原から通学する生徒に恩恵をもたらすだけでなく、医療センターへの導線になり、駅と医療センターを往復するシャトルバスを運行させることによって利便性が高まると予想される。 3)NHKの「ダーウィンが来た」で恐竜の首の骨の化石から「鳴き声で意志疎通していた」ことを推測する学者が出てきた。この研究は恐竜の生態を知る上では興味深いが、GDPを押し上げることはないだろう。数学を含め、学問ってそういうものだ。幅広い応用が見込まれるノーベル賞の対象分野の受賞者である坂口志文氏と北川進氏は「日本は基礎分野に対する中長期的視点を持つべき」みたいなことを言っていたが、彼らが数学や考古学をどのように捉えているのか伺ってみたいものだ。 4)NHKの「のどじまん」を毎週欠かさず視聴しているが、緑黄色社会の「Mela」を歌う人の割合が高いt思っている。曲目別で過去二年分を集計すると断トツだろう。歌手別ならMrs. Green Appleだろう。昭和歌謡に限定すれば中森明菜の「Desire」だろう。あくまで俺の勝手な推測なのだが。 追伸)PJR博士とOSM博士が見舞いに来てくれた。あ...

腑に落ちないばけばけ

 NHKのドラマ「ばけばけ」の脚本が腑に落ちない。その理由を列挙してみる。 1)松江に赴任した西洋人と日本文化との衝突と融和がこのドラマの大きなテーマだし、大衆受けする話がてんこ盛りのはずなのに、どういったわけか脚本家はこのテーマを正面から扱うことを意図的に避けているような気がする。例えば、史実ではラフカディオハーンが幼少時に「自然界のあらゆる場所に神が宿る」という信仰を得たのに神学校で完全に否定されるという逸話は出てこないし、何故日本の松江に来たのかも明かされない。ヘブン先生は気難しい外国人として描かれ、シャラップと怒る理由も明かされない。左目が見えないことで聴覚が鋭敏になっているから等の本人ならではの正当な理由は明かされず、日本人の視線からしか描かれない。ヘブン先生はアリガトウとスバラシイを使うからある程度の親しみを持って接せられているが、あまりにも自分勝手に描かれているので孤独や疎外感が全く伝わらない。俺は外国人として過ごしていたからヘブン先生の視点で見てしまうのだが、ヘブン先生が日本での生活で感じたことをそのまま表現すれば、それだけで感動的な物語になるのにあえてそれを使わない理由が気になってしょうがない。 2)主人公のトキの視点で描かれるのだが、旅館の女中が受けたようなヘブン先生の理不尽な扱いが出てこないし、ヘブン先生が病気で寝込んでもいつもどおりの明るい表情で接するものだから、心配する気持ちや寒さを和らげて少しでも快適に過ごして回復してほしいという必死さが全く感じられない。病気になって看護してもらう過程で恋が芽生えるというのはドラマの定番なのだが、どういうわけか脚本家はこの定跡中の定跡を使おうとしない。そもそも、炊事をしないのだから掃除と風呂の準備と片付けだけやればいいのだから日中は暇だろう。給金の一部で辞書を買って英単語を覚える等の自助努力をするべきだろう。 3)史実ではラフカディオハーンと相談役の日本人は深い友情で結ばれていたらしい。そりゃあそうだろう。英語で話せて身の回りの世話まで焼いてくれて、日本文化を教えてくれて、議論までできるドラえもんのような存在なのだから。ところが、ドラマではヘブン先生の錦織に対する態度はぞんざいで、感謝しているようには見えない。せめて、古事記について議論を交わし、お互い尊敬し合っている関係を示す場面を挿入すべきだと...

長女がのどじまんに

 先週、NHKの「のどじまん」が大村で開催されるということを伝える記事を投稿した。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post.html そのコメント欄を見ると、sakkさんの「息子、応募すませております。予選がんばります」とある。これに触発されて、予選会開催時期に大村に滞在する予定の長女に頼んで応募してもらうことになった。長女は最初嫌がっていたが、俺が「どうせ書類選考で落とされるよ」などと執拗に勧誘した結果、「じゃあ、お父さんのしたいようにしていいよ」のお墨付きを得た。 俺は仮応募の準備を始めた。登録は郵便不可で、全てウェブ上で完結する。そりゃあそうだろうな。郵便だと資料を整理するだけでも莫大な労力が必要になるもんな。ということは、応募のハードルが下がった分、大量の応募者がいて、書類選考の倍率も上がるということだ。 俺は「自分の病気で同情を買う」行為を避けてきた。しかし、今回ばかりはその禁断の果実を貪ることにした。ウェブ上に選曲の理由を百字以内で述べよという項目で「父はALS患者で、歩くことも食べることも話すこともできません。父も私もヒゲダンの楽曲が好きで、特にこの曲を歌うと父は喜んでくれます。父が毎週欠かさず見るのどじまんに出場して父を元気付けたいです」と書いてしまった。そもそも、俺のメールアドレスで仮登録して、長女になりすまして登録作業を遂行している。その贖罪を兼ねて、本欄で白状することにした。 果たして書類選考の結果はどうなるのか?予選会という大舞台で長女が歌う動画を見たら本当に元気になる気がするんだよな。本選でテレビに出たら気絶して、そのまま昇天してしまうかもしれない。

仲里依紗の家族史

 NHKの「ファミリーヒストリー」では仲里依紗が紹介されていた。彼女の祖父がスウェーデン人であること、長崎県東彼杵に実家の洋品店があること、仲里依紗が本名であることを初めて知った。「破天荒な性格と服装の割には家庭的だな」という印象が裏付けられた。船乗りの祖父が「スウェーデンには帰らないから結婚を認めてください」と言った場面で感涙。この回は歴代のファミリーヒストリーの中でも珠玉の出来だったと思う。 2026年開催のワールドカップのグループリーグ組み合わせ抽選会が行われた。日本はオランダ、チュニジア、「ウクライナ、スウェーデン、ポーランド、アルバニアの中で勝ち上がった一国」と同組だ。前回大会のスペインとドイツと同組というのに比べると恵まれた組み合わせに見えるが、全勝も全敗も起こってもおかしくないほどの実力が拮抗した組になったと思う。初戦のオランダ戦で不運な惜敗を喫してしまうと、勝ち点3を求める焦りが生まれ、勝ち点2でグループリーグ敗退の憂き目もあり得る。 鹿島アントラーズが最終節を勝利で飾り9年ぶりの優勝を決めた。学生時代はスポーツニュースをハシゴして、同じ場面を何度も繰り返し見て感動と喜びに浸ったものだが、中継も視聴できない上に通常のニュースで軽く触れる程度だった。とは言え、ジーコの現役時代からアントラーズの歩みを追ってきた身からすると今回の優勝は格別に嬉しい。川崎フロンターレを常勝軍団に育て上げた鬼木監督の手腕はさすがだし、約3憶5千万円の優勝配分金で有効な補強を行い、ACLを制するほどの圧倒的な戦力を有するメガクラブへの礎を築いてくれることを期待している。

のどじまんが大村に

 NHKの人気番組「のどじまん」が来年2月に大村シーハットを会場として生放送されるらしい。 https://www.event.nhk.or.jp/e-portal/detail.html?id=3330&fbclid=IwY2xjawOcnkBleHRuA2FlbQIxMABicmlkETFQb3hIUmJqSHJ0aFd3c1pQc3J0YwZhcHBfaWQQMjIyMDM5MTc4ODIwMDg5MgABHsT7dSs27XoFc-OFlbxyB1CPRA1cRtXZHL64YF2gegT5zfTJNI6pJgTtNwTC_aem_5qsjKhmNsFfaSGxY1csQaA 2020年以前は45分の放送時間をフル視聴したことは一度もなかった。実家の家族の誰も日曜日の正午にNHK総合にチャンネルを合わせることはしなかったし、俺も「素人の歌を聞いて何が面白いんだ?」と懐疑的だったし、関心もなかった。転機となったのは人工呼吸器を装着するようになってからだ。その当時はパソコンを操作するとき椅子に座ってエアマウスを用いてやっていた。寝台から椅子に移乗する作業と座っていること自体が辛いと感じるにつれてテレビの視聴時間が伸びていった。日曜日の午前は通っている教会のオンライン礼拝を視聴するのが常で、その延長で12時15分から始まる「のどじまん」を視聴するようになった。 俺の懐疑的見方は「素人が一世一代の舞台で懸命に歌うからこそ面白いし、歌い手の感動や興奮が伝わってくるんだ」という肯定的見方に変わった。それだけでなく、毎週見るうちに熱烈なファンになってしまった。その「のどじまん」が大村に来るというのだ。誰か知り合いが出場すればいいのだが、書類選考を通った200名が前日開催の予選会で20名の出場者が決まる狭き門なので、それは期待しないほうがいいだろう。予選会をオンライン中継してくれたら見る人多いと思うのだが、ここはWさんの見えざる力にすがるしかない。 今から来年2月の放送日が楽しみだ。 追伸)昨日、IBTさん、SGSさん、PHK教授が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。