京都ALS患者嘱託殺人事件 5)
「京都ALS患者嘱託殺人事件」という映画が10月31日に公開される。俺とこの映画との関わりを数回に分けて紹介しようと思う。 この映画のタイトルは、京都在住のALS患者である林優里さんが大久保医師に依頼して胃瘻から薬物を注入することで安楽死を成就したことと、その場に立ち合った大久保医師と山本医師が嘱託殺人の容疑で逮捕されたことに、由来している。 ALS患者は物理的に自殺ができない。噛む力も衰えるので舌を噛み切ることもできない。林優里さんは高齢の父に頼りたくないという理由で一人暮らしをしていた。彼女は人生に絶望して死を模索していた。俺も同じ病気を患っているからそのことは理解できる。しかし、大久保医師の行動は理解できない。それは人道的観点からではなく、大久保医師の思考に整合性がないという意味だ。 薬物が体内に残っているし、マンションの防犯カメラによって訪問時間が特定され、真っ先に疑われるはずだ。彼らは危ない橋を渡っている自覚があったはずだ。発覚すれば、それまでの経歴は消えてなくなるどころかブタ箱にぶち込まれることも想像できたはずだ。それは彼女が準備した百数十万円の報酬で引受けられる仕事ではない。彼らが殺人願望に取り憑かれたサイコパスか、はたまた、彼女に同情し共感した上での人助けなのか、そのどちらでもないのか、皆目見当が付かない。 この映画は彼女のツイートを軸に関係者たちのインタビューで構成されている。それを視聴したからと言って答えがわかるわけではない。しかし、少なくとも俺はこの事件と大久保医師について深く考える機会を得たし、「もしかしてこうだったんじゃないか」という仮説にたどり着いた。