投稿

Shall we 洗髪?

 昨日の午後、妻が「今から髪を洗おう」と言い出した。これまでの経験から「洗髪だけなら10分だが、妻は上半身のアカスリしたり、着替えをしたり、シーツを交換したりするからなあ。一時間くらいかかるんだろうな」と予想していた。妻はNetflix配信の映画を選んでいた。仰向けで天井を向いた俺の耳に何度も聞いたことがあるメロディーが流れてきた。それは映画「Shall we ダンス?」のテーマ曲だ。何度も視聴した映画なので、音だけでも場面が浮かび上がってくる。改めてこの映画は名作だと思った。 1996年に公開されて話題になっていたが、この映画を最初に見たのは2000年の夏で、その場所はミュンヘンの小さな映画館だった。ミュンヘンを観光中に偶然その映画館を見つけ、入館して映画が始まった。その直後の失望は今でも忘れない。なんとドイツ語吹き替えで英語の字幕もなかった。日本語を期待していた俺はどこにもぶつけることができない憤りを抱えて映画鑑賞していた。不思議なもので、セリフを推測しながら視聴していると映画に没入しやすくなる。詳細は定かではないが、大筋は理解することができた。特筆すべきは竹中直人のコミカルな演技にドイツ人が声を立てて笑っていたことだ。それは失笑や嘲笑いの類いではなくウケている笑いで、「おお、ドイツでも通用している。この場に居合わせただけでも元は取れたぞ」と思った。 案の定、妻の言う洗髪は一時間を越え、妻は映画の名場面が出てくるたびに手を止め見入ってしまうので一向に終わらない。「パソコンを早く使いたい」という当初の希望はどうでもよくなった。その理由は俺もまた映画に没入していたからだ。 憎まれ口ばかり叩いている渡辺えり子が重要な役回りを演じていることがわかった。役所広司の通退勤の風景は後の「Perfect Days」に繋がっている気がした。団体レッスンの三人組もそれぞれがいい味出しているし、初心者に見える演技は大変だっただろうなと想像する。たま子先生役の俳優がフィクサー的役割をしていたんだ。草刈民代のツンデレっぷりが見事だ。競技ダンスに対する愛が伝わってくる作品だった。 追伸)今日の午後、教授蹴球会のAWG教授、JIM教授、KMC教授、SSK教授 ( アルファベット順)  が見舞いに来てくれた。ありがたいことである

訪問施術

 物理療法士のJSYさんが来られた。妻が施術の間中、JSYさんと話していた。聞き上手のJSYさんを前に俺が何も言えないのをいいことに妻は俺の元カノの話をし始めた。俺は妻の暴走を止められず、両目を瞑り抗議の意を表明すると共に恥ずかしさに耐えた。日頃妻の言動を本欄で公開していることへの報復なのかもしれない。 施術は一時間にも及び、その間に俺は自分の体のことを考えていた。以下でそれらを列挙する。 1)今年から座ってテレビを見る回数と時間が増えた。夏場は半ズボンで布団無しで座っている。すると、膝周りの筋肉が痙攣している様子がよく見える。それは前触れなく始まり、連続する。長いときは1分ほど続く。痛みはないが、筋肉が削ぎ落とされる予兆を見るようで不気味だ。そのうちアヒルが押せないほど筋萎縮が進行するのだろう。アヒルに代わる呼び出し装置が求められる。 2)寝ている時に左の肩甲骨周りの筋肉が大きく痙攣する。眠りにつく前によく起きる。睡眠中には起こらないのは幸いだ。 3)右手の指は折れ曲がり、左手の指は伸びている。施術で右手を伸ばしたり、左手を曲げたりすると安心する。 4)朝の情報番組で耳かきを頻繁にするのは聴力に悪影響があると言っていた。耳かき命の俺はその説に賛同できないが、耳かきをしないで何日間我慢できるかに挑戦しようと思い立った。今日で3日目だ。 5)耳の後ろをタオルでこすってもらうのは至福だ。先日、長女に顔を拭いてもらった。長女はありったけの力で耳の後ろをこする。それが気持ちいいのだが、その日は出血してしまった。耳の付け根の傷口からバイ菌が入り、両耳がレレレのおじさん並みに腫れてしまった経験を持つ俺はその日から長女に「顔を拭いて」と頼めなくなった。 6)以前は隣の部屋にいる人に聞こえるほどの音量を誇った歯ぎしりが鳴らなくなった。座っている時はアヒルが押せないので、歯ぎしりが唯一の通信手段となる。歯ぎしりが鳴らないと真横にいても気付いてもらえないし、素通りされることが多い。

脚本が役者を殺す

 NHKの朝ドラマ「風、薫る」の脚本が気にいらない。このドラマが好きな人には申し訳ないが、今回ばかりはイライラが止まらない箇所を列挙しておく。 1)ドラマは明治時代を描いている。その当時の状況を無視して現代の感覚で無理矢理こじつける描写が多すぎる。例えば、東京ー新潟間は乗り物が発達してない明治時代では徒歩で10日以上かかるはずなのに上越新幹線並みの気楽さで往復していた。 2)主人公に母性を全く感じない。娘を連れて嫁ぎ先を飛び出して上京したのに、育児は他人任せで物分りの良すぎる娘との感情のぶつかり合いが全く描かれてなかった。先週はその娘が絵描きを志して女学校卒業後新聞社に就職した。女学校を辞めて放浪するわけでもなく、親のエゴを振り回すこともなく、双方に都合が良い結末はお互いに遠慮して本音を言えない母子関係を象徴している。 3)経済や経営を無視した描写が多すぎる。訪問看護の会が雨後の竹の子のように生じて悪質業者は法外な額を請求しているという話だ。介護保険事業とかなかったのに訪問看護にお金を払う家庭は限られている。移動手段が徒歩しかないのにどうやって需要を掘り起こしたのか大いに疑問だ。 4)当時はガンは不治の病だった。現代のように手術すれば治る病気ではなかった。シマケンが胃癌の手術を受けたと聞いたときの主人公は平然としていた。違うだろ、もっと深刻に受け止めろよ、と思った。 5)直美が平蔵の家で囲碁を打っているのを見て、「訪問看護は暇だな」と思った。そんな印象を視聴者に植え付ける脚本は罪深い。しかもシマケンの財力では訪問看護を呼び食事の世話までさせることはできない。指導的立場である二人がボランティアで知人を看護する行為は問題視されないのだろうか。 6)ツヤは病院勤務の実績があるのにその証明が取れないってどういうこと?ツヤに試験を受けさせるためのご都合主義じゃないの?直美は法の抜け道を利用する人を非難するけど、非難の矛先を向けるべきは官僚主義じゃないの? 7)しのぶが「シマケンが看護を求めている」という連絡を受けたと言っていた。電話が普及してないのにどうやって連絡を受けたのかが気になった。 8)りんの所作は美しいという設定だが、シナを作っているようでプロ的な美しさで嫌味に感じる。がさつな設定の直美の所作は機能的であるが故に美しいと感じる。 9)最終回まで残り六回、普通...

オフラインラブ

 Netflix配信の恋愛リアリティショー「オフラインラブ」の第1話を視聴した。フランスのニースに集った男女10人がスマホ無しで10日間過ごす記録で、ニースの街並みの美しさ等の紀行物としての見所はあったが、2話以降を見る気にならなかった。出演者の10人が美男美女で、将来性のある職業に就いていて、どのカップルが成立してもお似合いと思えるような人選だったため、「ラヴ上等」のような刺激を期待していた俺には「オフラインラブ」が物足りないと感じたのがその理由だ。以下は「ラヴ上等」の批評だ。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/08/blog-post_30.html この経験を通して、俺は恋愛ではなく面白い人間を求めていたことに気付いた。一口にヤンキーと言ってもその内訳は多様だ。犯罪歴がある、刺青がある、荒れた過去を持つ、だけではない愛嬌や華という人間的魅力を兼ね備えた人選が成されている。実際、出演者の表情や仕草で感情の起伏が読み取れるし、「もしこれが演技だったら一流俳優のソレだ」と思うほどの臨場感だった。とにかく出演者全員が個性的で、無軌道に感情をぶちまける姿が愛らしいし、感情移入を容易にするし、芸能人の素質がある。 そんな人たちが集まって感情をぶつけ合い恋愛までやるのだから面白くないわけがない。シーズン1、シーズン2の第一期、シーズン2の第二期、同じ仕様でにたような展開になるんだけど、それぞれの出演者が魅力的で、それぞれの見所があった。10月にシーズン3が始まるそうなので、その勢いがどうなるかを見極めたい。

柔術対決

 柔術の世界大会で俳優の玉木宏が3位入賞したらしい。 https://news.yahoo.co.jp/articles/0f3c026b3dc0d6f39643008780e54979073d222d 上記の記事を見ると、紫帯フェザーで46--50歳のクラスでの3位入賞で、世界で3番目に強いわけではないことがわかる。しかし、有名な俳優が練習時間を割いて目に見える成果を上げたという事実は柔術の普及に多大な貢献をしていると思われる。 特筆すべきは柔術の安全性だ。基本的に寝技の攻防で終始するので、瞬間的に筋肉を動かすことがないし、柔道の立ち技のように落下時の事故もないし、中年でも上達が見込まれる。唯一の懸念材料は足関節技で、一瞬で靱帯や関節に深刻なダメージを被ることもあるが、それは黒帯同士以外では禁じ手とされている。 ここで提案したいのが、上記の記事で紹介されている玉木宏と岡田准一との対戦だ。岡田はNHKの「明鏡止水」という格闘技や古武術を紹介する番組の司会をしていて、プロ顔負けのコメントをすることで知られていて、柔術の腕前も相当強いと聞いている。人気者二人が1ヶ月の準備期間を設けて番組内で対戦すれば、マスコミやSNSで話題になり、柔術の普及に繋がること相違ない。 NHK関係者の方々、どうかこの企画を実現させてください。

シン数学界

 元数学者として言及を避けては通れない記事を見つけた。 https://news.yahoo.co.jp/articles/414c39d10b7cbf10a7755a6db4ccbcf3db7555ba 上記は「ナビエストークス方程式の解の存在と滑らかさに関する問題」の一部をAIが解決したという記事だ。 「とうとうここまで来てしまったか」というのが第一印象で、日が経つにつれ、これからの数学界について不安を募らせるようになった。 数学の発展形態は多様で、実用から生まれる分野もあれば、飛び抜けた天才が新しい概念を提示して始まる分野もあれば、数多くの数学者が長い時間をかけて少しずつ積み上げて発展する分野もある。 AIが上記の問題を解いたという事実は論文を書き小さな結果を堆積させる数学者の営みを無いものにする可能性を秘めている。苦労して論文を書いても「どうせAIを使っているんだろう」というそしりを払拭できないだろう。数学の問題を解いていると行き詰まることの連続で、「何とかしてこの苦境を乗り越えたい」と思うことは自然だ。従来であれば、過去の論文を調べるとか専門家に意見を求めるとか共同研究を持ち掛けるとかが関の山だった。現代であれば、AIと壁打ちするのが最も手っ取り早い。そういう衝動を抑制できないし、AIとの壁打ちを通してインスピレーションが得られたら「AIを使ってない」とは言えない。これからどんどんAIは発達するだろうから市販のAIとの壁打ちでも研究成果が出るだろう。そうなったら、新しい結果を出すという能力が低く評価され、新しい概念を提示する能力が高く評価される。そんな変化の中で生き抜いて行かなければならない若手数学者は非常に難しい舵取りを強いられるだろう。 彼ら彼女らの未来を憂慮すると共にAIと共存する新しい数学界を築いてほしいと思う。

領事が家にやってきた

 今日の午後、看護師と物理療法士の方々が来られた。看護師さんが血圧を測り、物理療法士さんのマッサージが始まった。パソコンに繋がれているので会話が可能だ。なんでも昨日まで旅行に行っていたらしい。旅行先の写真を見せてもらったが、海は青く緑は鮮やかで夕焼けが美しい場所だった。 同じ時間帯に在釜山日本領事館の領事が来られた。その訪問は事前にわかっていた。その経緯を説明しよう。俺のパスポートが更新の時期を迎え、半年後に期限が切れるという通知が来た。去年の春に不法滞在直前にビザを更新した以下の経験から https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/03/blog-post_18.html 今回は早めに動こうということになった。子供たちが家にいる夏休み期間に妻は二度領事館に赴きパスポートの申請を終えた。パスポートは発行されたが、受け取りは本人のみという規定があるらしく、妻が交渉を重ねた結果、領事自ら俺の自宅を訪問してくれることになった。 領事を総領事と勘違いしていた俺は領事館HPに記載されているような年輩の男性を想像していたが、実際に現れたのは若い女性だった。彼女は韓国語も堪能で、妻と看護師さんと韓国語で話していた。領事館HPに記載されていると思って、自己紹介された名前を失念してしまったのが悔やまれる。 ⚪⚪さん、ご多忙の中、御足労いただきありがとうございました。