体育の日
10月10日は体育の日だ。と思っていたら、いつの間にか10月の第2月曜日をスポーツの日の祝日とすることになっていた。なんか釈然としない。体育の日には運動会等のスポーツイベントが開催され、その翌日が出勤日だったら疲れが倍増するし勤労意欲も湧かない。それならば三連休にした方が効率的だろうと判断されての変更だが、「10月10日は体育の日」と刷り込まれている昭和生まれの俺には受け入れがたい変更なのだ。 鈍足だった俺は運動会に良い思い出が一つもない。徒競走ではビリかブービーで、リレーは応援するだけ、フォークダンスと玉入れ等の団体競技に参加するために何時間も待たされるのは非効率の極みだと思っていた。父親になって子供の運動会に参席したときは「これは壮大な授業参観ではないか。児童の態度やふるまいで教員の指導力が問われる。だから入念な準備をするんだ。テントの設営等で安全面に最大限の配慮が必要だし、授業の準備以外の仕事を強いられる教員にとっては罰ゲームのようなイベントだな」という感想を抱いた。 記憶に残っているのは俺が小学校五年生のときの運動会だ。学級対抗リレーで5名の代表者が選ばれた。通常は足の速い順にアンカー、その次、のように決めていくが、担任のN村先生はその順番を反転するように命じた。N村先生は、前走者の順位によってバトンを受ける位置が内側になることに着目し、最短コースを取り続けるようにその指示を出したものと思われる。リレーの結果は2位だった。N村先生の作戦のおかげで2位だったのか、裏目に出て1位を逃したのか、確かめようがない。しかし、大量リードからの逆転に応援する側は負けた気分だったし、アンカーが順位を上げていく醍醐味も味わえなかった。 運動会のようなイベントは応援する人々の気持ちが競技者を後押しする側面があるし、応援する側もある意味で主役だ。N村先生は体罰を使わずに、帰りの会で児童に反省を促し、児童自らの拳で自らの頭を殴ることでケジメをつけさせるユニークな指導をしていた。強面だが皆に慕われていた。そのためにN村先生の采配が記憶に刻まれているのかもしれない。