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京都ALS患者嘱託殺人事件 2)

 「京都ALS患者嘱託殺人事件」という映画が10月31日に公開される。俺とこの映画との関わりを数回に分けて紹介しようと思う。 ALSは発症してから平均5年以内に全身の筋肉が萎縮して人工呼吸器のお世話になる難病だ。胃瘻と人工呼吸器を装着して症状の進行が落ち着いた現在だから言えることだが、ALSの症状はたいしたことはない。どこかが恒常的に痛むわけでもなく、抗がん剤の副作用で頭痛や気だるさを感じるわけでもなく、余命宣告された人のように死に怯えることもない。ただ、動かず食べれず話せないだけだ。 その一方で人工呼吸器を装着する前は「死にたい」と思いがちだ。やはり、健康だった頃との落差に絶望するものだし、排泄を他人に委ねることは自尊心を激しく傷つけるものだし、自分が周囲に迷惑をかけ続ける存在であることに敏感になるものだ。俺もそう考えた時期があった。ALS患者の七割が人工呼吸器を装着しないのは「家族に迷惑をかけることなく速やかにこの世を去りたい」と思う所以だろう。 この映画の主人公である林優理さんも前述の七割のALS患者の一人だ。彼女の場合はツイッターで知り合った医師に依頼しての安楽死を選択したために日本中を揺るがす大ニュースとなった。俺の実家にもテレビ局の取材が来たし、俺もNHKの「クローズアップ現代+」に出演した。 林優理さんは俺を含むALS患者の心情を代弁していた。それは「こんなに辛い思いをしているんだ」というアピールではなく、「自らの人生を自らが望む形で全うしたい」という潔さに他ならない。この映画には彼女の孤独で気高い魂が宿っていると思う。

京都ALS患者嘱託殺人事件 1)

  「京都ALS患者嘱託殺人事件」という映画が10月31日に公開される。俺とこの映画との関わりを数回に分けて紹介しようと思う。 2019年にそれまで手付かずだったツイッター(現、X)を再開した。その目的はALSに関する情報収集とALS患者からの生の声を聞くことだ。その頃の俺は胃瘻も人工呼吸器も装着しておらず、電動車椅子で動き回り、普通に食事ができたし、言葉を発することもできた。今と比べたら遥かに健常者に近い状態だ。それだから余計に自分の未来像でもある他のALS患者の動向が気になった。その一方で自分の未来を直視したくないという感情が同居していた。 ツイッターの検索窓で「ALS」を打ち込むと、ALS患者でつぶやいている人がズラリと表示される。その中で最も毒を吐いていたのが以下のtangoleoさんだった。 https://x.com/tangoleo2018 彼女は「今すぐ死にたい」と公言し、安楽死の方法を探していた。ヘルパーへの不満をつぶやき、思い通りにならない環境と自らの体を嘆いていた。それを読んだ俺は「毒を吐くことで精神のバランスを保つ人もいるからな。字面通りに受け取るのは考えものだ」と冷めた見方をしていた。彼女が栄養失調で死ぬ方法についてツイートした時、俺が「自分の未来を見ているようだ」と返すと、「人により随分進み方が違うので 参考程度に、なぜか他の患者さんには治る希望を持って欲しいと思う。勝手なものですね」と返信が来た。それからというもの、「もしかして彼女のツイートは嘘偽りのない本心なのかも」という半信半疑の気持ちで彼女のツイートを追い続けた。 ところが11月を境に彼女のツイートが途絶えた。こちらからツイートを送っても返信はなかった。ずいぶん後になってから彼女の本名が林優里で、この映画のタイトルのように2名の医師に安楽死を依頼して亡くなったことを知った。あれから7年の時が流れて、彼女は映画のセリフがない主人公として描かれている。

リーサン

俺が高2の頃、高校主催の講演会が開催された。その講演者は予備校の先生で、「志望校は東大リーサンにしよう」みたいなことを延々と語っていた。リーサンとは理科三類のことで、東京大学医学部への進学が約束された教養部の区分けの一つだ。日本の大学受験では最難関で、その募集枠は百名前後だ。その言葉を好意的に解釈すると、日本代表がワールドカップ優勝を公言するように受験生たる者は最高の目標を掲げるべきということだが、当時の俺は「何言ってんだこいつ。予備校の価値観を押し付けるな」という反発しか感じなかった。それは、リーサンを頂点とする偏差値ヒエラルキーに属してはいるが、進路は自由意志で選択する、という決意の現れでもあった。 これまでリーサンの人と話す機会はない。しかし、メディアで紹介された映像を見る限り俺のような凡人には想像できないほど高性能の処理能力と知識量を持っているのだろう。職業柄そのような優れた人と間近に接してきたので多少の免疫はあると思うが、同じ条件で知的活動をしたとき「コイツには一生勝てない」と打ちのめされるのは容易に想像できる。 そんな偏差値ヒエラルキーが瓦解し始めている。それは今年になって顕著だ。去年までは「AIは平然と間違いを主張する」と笑っていたのに今年は「AIが人類を滅ぼす」と主張する人まで現れた。リーサンの人ができてAIができない知的活動の領域は年々小さくなっている。それは数学者にも適用されるし、知的活動に従事する人々も同様だ。 これからはどんな価値観がもてはやされるのか全く想像できないが、少なくとも進路を選択できる社会になることを切に願う。

最近の疑問

最近の社会問題についての疑問をまとめてみた。 1)簗農水相が辞任した。一介の国会議員が自治体の予算を加減できるほどの影響力を持つことができるのだろうか? 国交省は否定しているが、簗氏に反目した首長の自治体は減額されている。簗氏が後付けで「俺を支持しなかったからこういう目に遭うんだ」と影響力を誇示したかった可能性もあるが、公の場で発言が減額された自治体の票を失う結果になるとは考えなかったのだろうか?テレビのニュースでは簗氏への追及で国会が空転していると政権を批判しているように見えるが、上げ足取りばかりで政権交代を目指そうとしない野党の不甲斐なさを印象付けているような気がする。 2)個人情報の流出が相次いでいる。特に免許証の写しの流出は深刻だ。消費者金融とかで借りることもできるのではなかろうか? そうでなくても免許証の写しの提示で本人確認して会員になれるサイトは多いのではなかろうか?  流出させた企業は顧客に賠償したりするのだろうか?  企業も被害者面だし、犯人は特定されないし、特定されても弁償能力があるとは思えないし、無法地帯に他ならないのではなかろうか?  AIエージェントを使って攻撃してくるのなら防御もAIエージェントがやってくれるのではなかろうか?もし攻撃が容易であれば、個人情報ダダ漏れの社会がこれからも続くのだろうか?  3)ホルムズ海峡の内側の産油国は経済的に苦しくないのか? パイプラインの抜け道があるのか? 

健康状態

 先週からの健康状態をまとめてみた。 1)先週の水曜日の夜、胃瘻チューブが詰まった。妻は「入口付近に何かがある」と言っていたが、下手に動かして水も注入できない状況に陥ることを恐れて、とりあえずは現状維持で木曜日の朝に胃瘻チューブを交換してくれる訪問看護士の方に電話してみることにした。幸いに栄養剤等の繊維を含まない流動食は注入できた。その翌朝、電話で「残念ながら胃瘻チューブ交換は月曜日になる」という算段になった。そういうわけで木金土日の4日間はお粥無しで過ごすことになった。基本的に栄養剤だけの摂取で必要な栄養素は取れるらしいが、週末に本格的に詰まったら病院直行のリスクに怯える日々だった。月曜日の正午に胃瘻チューブを交換して事なきを得た。詰まった原因はトリの軟骨だった。安全上の制限があるのかもしれないが、胃瘻チューブの口径を大きくできるのではと思った。 2)一昨日の晩は一睡もできなかった。寝ているのだが、意識はあっていつの間にか時間が過ぎている状態だ。それは眠っているのかもしれないが、「ああ、眠った!」という爽快感は全くない。昨晩はよく眠れた。と言っても連続3時間深い眠りについただけで、残りの就寝時間は寝ていても眠ってはいない。それでも深い眠りは安心をもたらす。何の運動もしない省エネの俺には深い眠りの3時間と浅い眠りの2時間が適正な睡眠時間だと思う。しかし、今朝は座っている状態で昼寝してしまった。今夜よく眠れるのか心配だ。 3)夜中に右肘が痛くて妻を起こすことがある。昨晩は右肘と寝台の接点にタオルを置いていたので平気だった。肘用のクッションを購入して寝るときは常に置いてほしい。

いじめ

 前回の投稿で小学校五年生時の思い出を綴った。N村先生の指導の下で個性豊かな児童たちが伸び伸びと過ごした一年だった。と書きたいところだが、ある女子児童の絶望と反抗が入り混じった眼差しが思い浮かんだ。 彼女は栄養失調が疑われるほど肌につやがなく、その体格も小さく痩せていた。髪も手入れをしているようには見えず、服装も清潔とは言えず、貧民街から抜け出たような出で立ちだった。後で聞いた話だと彼女は養護施設に預けられているとのことだ。今考えると、「施設の寮母さんが髪をとかしてやるとか、同じ服を連続して着ないとか、いくらでも指導できるだろう」と施設を非難したくなる。しかし、身だしなみに気を使い始める五年生の集団で彼女は浮いていた。 女子の友達は一人もいなかった。もしかしたら転校生だったのかもしれない。彼女はクラスの中で孤立していた。給食は班ごとに机を寄せあって食べるが、彼女の机とわずかな距離を空ける輩もいた。客観的に見ると、彼女はクラス全体からいじめられていた。それでも無視されていたわけではない。彼女の服装に小言を言い続ける女子児童がいた。その小言は人格攻撃を含んだもので男子の間では彼女への同情論が醸成されていった。ある日の帰りの会でその小言女子は糾弾され、涙を流して謝罪した。水泳の授業では懸命に泳ぎ切ろうとする彼女の姿にクラス全員で「頑張れ」という声援を送ったこともあった。その声援は「これまでのことは水に流してくれ」という意味合いもあったが、「これをきっかけにクラスの一員になってくれ。そうすれば良心の呵責を感じることもなく楽しく過ごせる」という本音があった。 そういう機会が何度かあったが、彼女は心を開くことはなく、学年度末まで友達ができなかった。彼女は愛嬌がなかった。少しでも笑顔を見せていれば、話しかける人もいただろうに。今考えると、彼女は両親から虐待を受けた等の絶望的な体験をして世の中に抵抗したかったのかもしれない。そうでないと、不登校にも陥らず笑顔を見せない理由が説明ができない。彼女の眼差しは現在も俺の心をえぐっている

体育の日

 10月10日は体育の日だ。と思っていたら、いつの間にか10月の第2月曜日をスポーツの日の祝日とすることになっていた。なんか釈然としない。体育の日には運動会等のスポーツイベントが開催され、その翌日が出勤日だったら疲れが倍増するし勤労意欲も湧かない。それならば三連休にした方が効率的だろうと判断されての変更だが、「10月10日は体育の日」と刷り込まれている昭和生まれの俺には受け入れがたい変更なのだ。 鈍足だった俺は運動会に良い思い出が一つもない。徒競走ではビリかブービーで、リレーは応援するだけ、フォークダンスと玉入れ等の団体競技に参加するために何時間も待たされるのは非効率の極みだと思っていた。父親になって子供の運動会に参席したときは「これは壮大な授業参観ではないか。児童の態度やふるまいで教員の指導力が問われる。だから入念な準備をするんだ。テントの設営等で安全面に最大限の配慮が必要だし、授業の準備以外の仕事を強いられる教員にとっては罰ゲームのようなイベントだな」という感想を抱いた。 記憶に残っているのは俺が小学校五年生のときの運動会だ。学級対抗リレーで5名の代表者が選ばれた。通常は足の速い順にアンカー、その次、のように決めていくが、担任のN村先生はその順番を反転するように命じた。N村先生は、前走者の順位によってバトンを受ける位置が内側になることに着目し、最短コースを取り続けるようにその指示を出したものと思われる。リレーの結果は2位だった。N村先生の作戦のおかげで2位だったのか、裏目に出て1位を逃したのか、確かめようがない。しかし、大量リードからの逆転に応援する側は負けた気分だったし、アンカーが順位を上げていく醍醐味も味わえなかった。 運動会のようなイベントは応援する人々の気持ちが競技者を後押しする側面があるし、応援する側もある意味で主役だ。N村先生は体罰を使わずに、帰りの会で児童に反省を促し、児童自らの拳で自らの頭を殴ることでケジメをつけさせるユニークな指導をしていた。強面だが皆に慕われていた。そのためにN村先生の采配が記憶に刻まれているのかもしれない。