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日韓戦

 サッカーの日韓戦の生中継を観戦した。サッカー好きな次男は外出中だ。この件に象徴されるように、国民全体がテレビの前にかじりついて熱狂していた以前の日韓戦の熱量は完全に失われた。それを裏付けるかのように会場である競技場の二階席はガラガラで、一階席にも空席が目立った。両国とも海外組は召集されてないことで「所詮はベストメンバーではなく、勝っても負けてもどうでもいい」という意識が働いているのかがその原因だと思われる。 結果は1対0で日本が勝利した。アウェーで勝ったことは称賛されて然るべきだが、後半の内容はよくなかった。前半はできていた前線からの連動する守備が後半には相手にかわされるようになり、一方的に攻め込まれる時間が15分くらい続いた。攻撃時もボランチが相手をかわして正面を向いたときにバックパスとかそれを受けた守備ラインが相手に圧迫されてGKにバックパス、それをGKがドカ蹴りして相手ボールになるの繰り返しだった。サイドで一対一を仕掛けない消極性も気になった。交代で入った佐藤と細谷も見せ場を作れなかった。今大会5ゴールの大活躍のジャーメイン良もJリーグ23試合でわずか4ゴールという現実を見ると「あの大爆発はまぐれかな」という疑念も湧いてくる。 収穫は韓国のロングボールを跳ね返し続けたことだ。これほど空中戦で有利に立つ日韓戦を初めて見た。稲垣と川辺のボランチコンビは安定していた。攻撃時に局面を切り開くパスができればもう1度代表チームで見たいと思った。前半の積極的な守備には「これが森安監督の提唱するワールドカップ仕様か」という感じで興味深く見ていたし、労を惜しまず走り続ける選手たちを頼もしいと思った。 やはり、サッカーは生中継に限る。そう言えば、ザッケローニジャパンが参戦した韓国開催の東アジア選手権の日中戦では一人でソウルまで赴いて生観戦したんだった。あの頃も海外組は居なかったけど観客も多かったし、熱気も残っていたよなあ。あの頃が懐かしい。

実家に間接帰省

 7月29日から8月4日の日程で大村の実家に滞在することになった。もちろん、俺ではなく、長男、次男、三男の三人組のことだ。 計画していた大阪旅行は猛暑が予想されるために中止になった。今回の旅行の目的の一つが三男に家族旅行と5年半ぶりの大村訪問を経験させることだ。俺がALSを発症して家族全員の一泊旅行が困難になったのが2019年、三男が幼稚園児だった頃だ。それから現在まで上の三人が経験してきた家族旅行を一切経験しないまま現在に至っている。とは言え、三男は友達の家族旅行について行ったことはある。そのときの動画が送られてきたのだが、三男が何の変てつもないベッドやバルコニーを目にした瞬間、大はしゃぎして興奮している様子の映像を見て複雑な気持ちになった。今回の旅行も真の意味での家族旅行ではないけれど、気心の知れた三兄弟で旅行を楽しんでほしいと思う。 猛暑なのは大村も同じだろうし、頼みの市民プールも去年閉鎖してしまったし、海水浴場や黒木渓谷などは水難事故を恐れる妻が猛反対するだろうから行けないし、自転車で遠出するのも日射病や交通事故が心配になるし、行動が何かと制限される。そこで提案したいのが家族麻雀だ。俺の母は麻雀が趣味で近所の方々と家庭麻雀を楽しんでいる。長男と次男はリーチの掛け方はわかるというレベルだ。三男は全く知らないし、興味自体がない。こんなときは「健康だったら三男を胡座の上に乗せアイパッドにインストールした麻雀ソフトを三男が操作するのを後ろから指南できたのになあ」と思ってしまう。この家族麻雀を成功に導くためには三兄弟のレベルアップが不可欠だ。まだ2週間残っているので不屈の精神で精進してほしい。 母は孫が会いに来るということで俺の弟家族を巻き込んでの温泉旅行を企画していた。しかし、弟夫婦は共働きで平日は厳しいということで中止になった。母は運転はできるが、見知らぬ道は不安で運転したがらない。俺は考えた。武雄温泉なら新幹線も止まるし、脚に問題を抱える母の負担も少ないのではなかろうか。日曜日チェックインであることが幸いして予約は取れた。武雄から博多駅まで特急が出ているのでホテルで朝食を摂ってからでも飛行機の搭乗時間の2時間前には福岡空港に着くことができる。話はとんとん拍子に進み、母と三兄弟の一泊二日温泉旅行が実現する運びだ。長男と次男には三男がはしゃぐ様子や佐賀牛しゃ...

「はたらく細胞」を視聴した

 Netflix で映画「はたらく細胞」を視聴した。実は3週間前に視聴したのだが、模試が終わったばかりの長女と2回目の視聴をした。長女は仮面ライダーオタクでそのシリーズに出演している俳優が「はたらく細胞」にも出ているということで興味津々だった。 体の中の白血球や赤血球などの細胞を擬人化した話で、例えば、病原菌が気管支に侵入して来た時にナイフを持った白血球が怪物化した病原菌を撃退したり、ロケットに誘導して、人間が咳をする時にそのロケットが打ち上げられる描写がある。それらを見ると、「自分の体の中でもこのようなことが日常的に起きているんだ」という気持ちになるし、原作者の想像力に感嘆するのだ。 長女は場面ごとに感想を述べる。例えば、主人公が死にそうな時に「ええー、悲しい。本当に死んじゃったの?」みたいに言葉にしてくれる。物語はある女子高生が白血病にかかり、体内の血球細胞が変異していく。抗がん剤はミサイルに放射線治療はオーロラに喩えられて描写される。そんな中で正常な細胞もバタバタ死んでいく。生き残った赤血球は酸素を運ぶという使命感でボロボロになっても働き続ける。そういう時の俺は感動して涙を流していることが多いのだが、長女は映画に没入していてこっちに目を向けることはないので、助かっている。 死生観が全く異なる体内の世界をエンターテイメントとして昇華させたこの映画は単純に楽しめる一方で、いろんなことを考えさせられた。

参院選で投票した!!

参院選は3年ごとに投票が行われる。今月20日が投票日で、事前に在外登録を申請しておけば領事館で投票することができる。もっとも、ちょっとした外出でもしんどい俺が領事館まで赴くのは至難の技だ。そもそも、領事館まで救急車で運ばれたとしても、政党名を鉛筆で記すことができない。そこで疑問に思ったのが他のALS患者はどのように投票しているかということだ。 その疑問を生成AIに尋ねてみた。その答えは事前申請しておけば投票用紙が郵送されて、代理人による記名された投票用紙を郵送すればいいそうだ。 ちなみに6年前の参院選は大村市で投票した。そのときの顛末は闘病記に記してある。以下は闘病記からのシングルカットである。 参議院選挙投開票日を五日後に控える今日、 「政治には関心がない」と公言するのが恥ずかしいと思える俺は期日前投票のために指定された役場に向かった。 郵政解散の時に釜山の日本領事館で投票して以来の国政選挙である。やや緊張した面持ちで電動車椅子の前進レバーを押し、妻を入口に待たせて投票室に突入した。 投票用紙を渡された俺は高すぎる記入台の周囲を彷徨っていた。すると係員からの誘導が入り、車椅子に座ったままでも記入可能な台に案内され鉛筆を渡された。俺は右手に鉛筆を握らせる作業に没入した。しかし、そんな簡単なことが今の俺には、プロサッカーチームの練習場を地元に誘致するほどの大事業と化しているのだ。それを見かねた係員が持たせてくれた鉛筆で渾身の力を振り絞り、二枚の投票用紙に数十匹のミミズを這わせることに成功した。 その必死で書いた弱々しい文字は誰かを象徴しているかのように見えた。 どうか無効票となりませんように。

海外放浪記 12)

これまでの海外旅行や海外出張を古い順に並べてみた。なお、前回は次の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/06/11.html   12)韓国、浦項。1999年11月。無給の研究生から脱出する日がとうとうやってきた。とは言っても自分で探したわけではなく、指導教官が見つけてくれた研究員の職だった。指導学生を持つ立場になって初めてわかったことがある。それは学位を出すことよりも職を斡旋することは遥かに大変だということだ。あのまま九大で研究生生活を続け貯金が底を尽き、アルバイトしながら研究時間を捻出するジリ貧に陥り、何もかもが中途半端なまま数学を放棄する可能性は十分にあった。というか、日本全国でそういう境遇の博士が大勢いたはずなのだ。数学者として生き残ることができたのは運と環境と指導者に恵まれたからで、自分の才能や努力の比率は微々たるものだと思う。 浦項にはPOSTECH という韓国でトップクラスの大学があると聞いていた。俺は新天地での活躍を誓っていたが、口が悪い先輩からは「言っちゃあ悪いけど、都落ちって感じだよね」と言われた。それを今でも覚えているということは「このまま終わってたまるか」と発奮したからに他ならない。今と違って、韓国ドラマもKポップも韓国グルメも知られてない時代で、多くの日本人には軍事政権のイメージが強い国だった。 職の打診がきたのは7月、それから就労ビザが発給されるまでひたすら待つ生活が続いた。出発前に指導教官の自宅で俺の送別会を兼ねたホームパーティーが催された。素握り対決、髪切り将棋対決、指導教官との六子局に勝利したが、指導教官との将棋対決では必至をかけて勝った気でいたらトン死を食らって負けた。 福岡空港から金海空港までは空路だ。その当時の俺は幾度の海外旅行で鍛えられたせいで「行けばどうにかなる。聞けばどうにかなる」という偏った自信に満ちていて、何一つ事前調査をしていなかった。そのために空港から釜山のバスセンターまではローカルバスで、そこから浦項のバスセンターまでは慶州経由の高速バスで、そこから目的地まではローカルバスで、のように何が何でも公共交通機関を利用したので、重くてかさばる荷物を持った上で、盗まれるかもしれないという緊張感の下、長時間バスに揺られ続けたので、疲労困憊になった。現地の守衛さんに頼...

客人がやって来た、ヤーヤーヤー

 釜山大学数学科の卒業生であるJSY、CHI、KGY ( 敬称、略) が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。本人たちの「ブログに登場したい」という希望があったので、3人との会話の一部を公開しようと思う。 以前の訪問は2年前、俺は寝たままで手書きのアルファベット文字盤で単語一つに1分以上かけて意志疎通していた。しかし、今の俺には視線入力という強い味方がついている。もちろん、健康であった時のようにはいかないが、少なくとも俺はストレス無しに言いたいことを伝えることができた。改めて視線入力という技術と俺の入力速度に合わせて会話を組み立ててくれた客人の心遣いに感謝申し上げたい。 「今は家庭教師のアルバイトをやっているが、何かいい進路があれば教えて下さい」 「うちの三男の嫁になるのはどう? ちょっと待たないといけないし、姑が恐いけど大丈夫?」 「私は大丈夫ですけど本人の気持ちを確認しないと。7年後にまた来ますね」 コンプライアンス的にギリギリセーフだと思うのだが、専門家の意見を聞いてみたいものだ。 研究内容の説明を聞いた後で「フィールズ賞を受賞しそうだな」と冗談で返したが、それくらいの大志を抱いて研究活動に邁進してほしい。 交際して三年目の二人に「偉くなる前に結婚したほうがいいよ。例えば、教授になってしまったら、相手はあなたではなく教授と結婚することになるからさ」 普段は強気の彼は戸惑いの表情を浮かべて「二人の事情がありますからおいおい話します」と答えていた。少々、お節介が過ぎたようだ。

東アジア選手権

 昨日の追伸で書いた日本対香港は日中韓と香港の4チームの総当りで競う大会の一試合だ。韓国で開催されているので、当然全試合をテレビ中継してくれると思い込んでいた。次男にそのチャンネルを探してくるように頼んだが、しばらくネット検索した結果「わからない」ということだった。結局、視聴できなかった。 試合はジャーメイン良の4得点の活躍で日本が6対1で勝利した。ハイライトを見る限り、香港の守備は観光目的でやってきた親善試合レベルの強度だった。それでも6点取れるのは大したものだ。考えてみると、今回の代表メンバーの若手は一年以内に海外のリーグに挑戦してもおかしくない選手ばかりで、一年後のワールドカップで点が取れるほどに急成長しているかもしれない。 次の中国戦ではスタメン総入れ替えで臨むのだろうな。ちなみに4年前の同大会で森安監督がそれを実行して乏しい内容で中国と引き分けだったのだ。 来週の火曜日の韓国戦は中国戦の結果に関わらず優勝を賭けた大一番となる。さすがにテレビ中継はあるだろう。韓国の守備網を突破できる選手は本物だろう。ジャーメイン良を始めとするアタッカーたちにはそういう役割を期待したい。