水の味
強い相手と組み合うと精神的にも肉体的にも疲れる。柔道の話だ。先ず、どんな技をかけてくるかの予測ができない。そうすると相手の細かな動作に過敏に反応してしまう。例えば、奥襟を取られたら投げを警戒して全身に余分な力が入り結局は投げられる。そういう時に投げられたら楽なのだが、普段の練習では意図的に攻めさせる相手がいる。そうすると弱者は闇雲に攻め続けることになる。かからないと自覚している技を延々と挑むのは心身が疲弊する作業だ。逆に自分より弱い相手と組み合うと柔道の基本である脱力が自然に達成され、硬直している相手がよく見えるし、技をかけて投げることも攻めさせて休むことも自由自在だ。これは柔道に限らず格闘技全般において強者は楽しく弱者は苦しいというのは真理だと思われる。 大村高校柔道部に入部した時、俺は全くの初心者で、体重55kgの部内最軽量だった。練習は月火水木金土日、まごうことなき毎日実施された。当時の大村高校は朝補習があった。午前6時半に起床、身支度をして約5kmの道のりを自転車で通い、午後3時40分まで授業を聴いて、4時半から6時半まで部活、帰宅するのは7時半、夕食を食べて風呂に入ったら9時半、その当時は課題を解いて来ないと花瓶や堅い枝の指揮棒で頭を叩く教員がいて、その恐怖から宿題をやって就寝するのは12時前後、三大欲求を全て満たそうとするなら睡眠時間が更に削られる。その削られた睡眠時間は授業中に補填される。そんな生活が月曜から金曜まで続き、土曜は半日授業で、午後から部活、夏の暑い中、疲労が蓄積する土曜に普段より長い時間練習するのは大きな負担だった。 格技場は畳が敷かれた柔道場と床のみの剣道場に二分されていた。その面積はほぼ同等でも部活の時間の人工密度には明らかな差があった。大村は剣道が盛んな地域で至る所に剣道教室が開設されていた。その当時の剣道部は男女合わせて40人近い部員がいて、数名の女子マネージャーがいた。剣道場は部員でごった返しているので女子マネたちはスカスカの柔道場の板張りに腰掛けていた。その当時でも「練習中に水を飲むな」と指導されているわけではなく、飲みたいときに飲んでいいことになっていた。しかし、水を飲むと気持ちが弛緩するような気がして乱取りの途中に水分補給することはなかった。部員総当たりの立ち技の乱取りが終わると寝技の乱取りが待っている。その境目...