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温泉巡りの旅 1)草津温泉

 今までに温泉を始めとする様々な保養施設を体験してきた。日本国内のみならず世界の各地、例えば、死海、白頭山、などを時系列にはこだわらずに気の向くままに紹介していきたい。今回は草津温泉にまつわるよもやま話を語ろう。 「草津、良いとこ、一度はおいで、チョイナ、チョイナ」のチョイナの部分をジョイナに替えて歌い、陸上界のスーパースターだったフローレンスジョイナーの扮装をした者たちが通り過ぎるパフォーマンスがテレビ番組「俺たちひょうきん族」で流された。それが25歳だった俺が草津についての知識の全てだった。俺の師匠から誘われるままに草津で開催される有限群論セミナーに参加することにした。当時はどのような性格の研究集会か見当もつかなかったが、平たく言うと、有限群論の大家たちを囲んで群論にゆかりのある分野の研究者が集い、温泉や山歩きを楽しみながら数学を語り合うという数学者の桃源郷とも言える集会だ。ただし、セミナーハウスの収容人数に限りがあるので、誰でも参加できるわけではない、一見さんお断りの京都の料亭のような雰囲気がそこはかとなくあった。 若手が研究成果を発表するのだが、自己紹介の場でもあり、質疑応答で蜂の巣になることもしばしばで、結構な圧迫感があった。夜は自由時間で、温泉に入ったり、囲碁をしたり、酒を飲んだり、思い思いの時間を過ごす。全発表が終了した後は希望者のみの山歩きが催され、その帰りに川のように温泉水が流れる浴場施設に立ち寄った。一緒に山歩きをすると連帯感が生まれ、研究者としての序列を忘れ、自然と会話できるようになるものだ。それでいて温泉に浸かりながら専門的な数学の話が始まったりもする。 俺は何かを強いることのない自由な雰囲気に感銘を受けた。いや、その当時はあるがままを受け入れていたので、感銘というのは年齢が上がるに徐々に感じるようになったと表現するべきだ。今でも大家との会話を記憶しているし、セミナー中に見聞した全ての事象がその後の俺の人生に大きな影響を与えている。何より、このコミュニティが好きになったし、一生を通して関わりたい。そのためにはプロにならなきゃという思いを新たにした。

外出と顔本

 今日の午後、妻と次男の助けを借りて外出した。出発時間は14時、いつものように区役所の広場で日向ぼっこをした後、いつものコースで帰宅したのは1 6時だった。妻は終始ハイテンションで、「お父さんを家に残して外出してもお父さんが気になって楽しめないけど、今日はその心配をしなくていいから心から楽しい」と言っていた。 長男、長女、三男が大村に滞在中で不在の間、妻は次男に「ゲームばかりしてないで将来のことを考えて行動しなさい」みたいなガチの議論を吹っかけるようになった。一昨日の夜は24時から26時まで硬軟入り混じった話をしていたようだ。今日も普段はあまりしない話題を議論していた。 俺は親と2時間話すことはない。用事だけ伝えて結論を出すか先送りするか決めるだけなので、話してもせいぜい30分が関の山だ。妻の家族への接し方を見ると「仲がいいんだな」と思うと共に俺が育ってきた環境との違いに驚くことが多い。男女の違いかもしれない。 帰宅すると、注文していたスマホが届いていた。早速、開通させてフェイスブックのアカウントも復活した。不思議だったのは1ヶ月前にどんな手を尽くしても決して叶わなかったログインがパソコン内に保存してある既存のパスワードで達成できたことだ。「もしかしてスマホは関係なかった?」という疑念が生じたが、妻に直接伝える勇気がないので本欄に記すことにする。

王将戦

将棋の王将戦七番勝負第四局で挑戦者の永瀬九段が藤井王将を破り、三勝一敗になってあと一勝で王将位獲得まで迫った。俺にとっては衝撃のニュースだ。その理由を順を追って語ろう。 永瀬は将棋に一生を捧げていると言っても過言ではないほど将棋の研究に自由時間のほとんど全てを費やす日々を送っている。藤井とは練習将棋で切磋琢磨し合う仲で、藤井が八冠独占を達成する過程で時にはタイトルを防衛する立場で時には挑戦者の立場で藤井と番勝負を争い、その全てで藤井に負け続けていた。 藤井の対局は動画化されていて、一局の流れがわかるようになっている。永瀬は中盤まで優勢を維持するも、藤井の終盤力に逆転を許すことがあまりにも多く、「それらが五分の星でもタイトルが取れただろうに」と思わせるほどもったいない負け方をしていた。俺は「タイトル戦で藤井に負かされ続けても不屈の闘志でタイトル戦の挑戦者として勝ち上がる」永瀬を応援するようになった。 今回の永瀬の三勝は「藤井が驚異の終盤力を発揮する余裕すら与えない」完勝ばかりだった。しかも藤井が得意としてきた角換わりでの研究で上回っての勝利だ。研究結果に誘導されても、対局中の考慮時間で打開策を見出すのが藤井の強さだったが、今回はそれが現れない。ファン心理というのは微妙なもので、「永瀬の努力が報われる日が来てほしい」と思う一方で「いつものように完全無欠の藤井を見たい」という気持ちが交錯している。

15年前の記憶

 東日本大震災から15年が経とうとしている。福島第一原子力発電所の電源が喪失し、冷却水が供給されず、格納庫内が空焚き状態になり、建屋が吹き飛ぶほどの爆発が起こった。俺はインターネットとテレビを交互に見て、原発の動向を見守りながら日本の将来を憂いていた。テレビでは学者が「メルトダウン」という言葉を避けながら苦しい説明を繰り返していた。その様子を見て「準公務員の集まりと思っていた電力会社が言論統制できるほど強大な権力を持っているんだ!?」という感想を抱いた。 現在の「放射能が格納庫内に閉じ込められ、原発敷地内で作業できる」状況だからこそ、他の原発の再稼働が議論されているが、一歩間違えば「格納庫外に放射能が出てきて、高い放射線が飛び交って作業員が近づけなくなり、福島県全体が死地となり、周辺地域に黒い雨を降らせ、関東地方に健康被害を訴える人が続出し、首都移転となり、国力が半分未満になる」という未来も十分あり得た。 そのことをすっかり忘れて、「円安で石油価格が高騰し電気代が上がる」「二酸化炭素排出量を減らすために」「原発ゼロを志向したドイツの電気代は凄まじい高さ」「メガソーラーの建設は環境破壊」「洋上風力発電は採算が合わない」「AIのデータセンターは莫大な電力を消費する」等の理由で原発の再稼働を容認することはいかがなものかと思う。もしかしたら15年もの間に電力会社が原発を容認するように世論を誘導してきたからかもしれないのだ。少なくとも、自然災害に加えて、テロ、ミサイル攻撃、原発の急所や盲点を知り尽くしたサイコパスな原発職員、等のリスクが上記の大惨事を引き起こすことを念頭に原発容認するかどうかの態度を決めるべきで、「原発ゼロは非現実的だ」という思考停止に陥ってはいけないと思う。 俺の立場はどうかと言うと、揺れている状態だ。人類が火の使用を始めたとき火傷や山火事や一酸化炭素中毒等のリスクに直面したはずだ。人類が原子力を使用し始めて90年も経っていない。願わくば、これ以上原発事故が起こらずに、クリーンと言われる水素核融合発電に速やかに移行してほしい。

予選会当日

 今日はNHK「のどじまん」の予選会当日だ。平坂家からは長女と甥が2月15日放送予定の本選への出場を目指して予選会に挑んでいる。二人を引率するのは大村在住の俺の弟だ。10時に弟が長女を会場まで連れて行き、11時から17時まで200名の歌唱力審査が行われ、17時半に本選出場者20名が発表される。ちなみに予選会での動画撮影は禁止されている。 ところが、18時過ぎても弟から連絡が来ない。 19時頃に二人とも落選したという報せが入った。 「ああ、これでよかったんだ」と心から思った。長女の歌なら自宅でも聞ける。甥は俺を元気付けようと、HIPPYの「君に捧げる応援歌」を歌ったそうだ。それが聞けなかったことが唯一の心残りだ。

三男のスマホ

 三男は以前からスマホの所有を切望していた。そう思うのも無理はない。三男の同級生のほとんど全ては、もっと言うと三男以外でもおかしくないほど、スマホを買い与えられているからだ。ちなみに長男は高校入学時に初めての携帯電話を手にした。長年に渡る三男の交渉に妻が折れる形でスマホの所有が許され、先月購入するに至った。 現時点で三男はスマホの世界に埋没することもなく節度のある使い方をしているように見える。俺は長男に頼んで三男のスマホにLINEをインストールしてもらい、家族全員が参加するグループラインを作ってもらった。俺はこのグループライン経由で、日々の気付きや提案をほぼ毎日投稿するようになった。日本語能力が低い三男には理解不能かなと思っていたが、驚くべきことに三男は俺の投稿を完璧に理解していた。「驚くべきことに」と書いたのは方便で、実はその理解の理由は想定内だった。三男は翻訳機能を用いて内容を理解し、時には返信までしていたのだ。俺は手加減のないメッセージを送るようになった。三男はこまめに返信してくれる。その頻度が視線入力の速度と程よく適合して会話らしきものが成立するようになった。今では三男がダントツで筆頭のライン友達だ。 技術の進歩は凄まじい。タレントの田村淳が「ベトナムの農村でスマホ経由で現地語と日本語で滞りなく意思疎通できた体験から英語学習の必要性を感じなくなった」と言っていたが、そういう時代が来ているのかもしれない。「親しくなって商談を成立させるには流暢な英語が必要」という意見もよく耳にするが、お互いに不慣れな共通語で話すよりは同時通訳可能なアプリで話す方が深い話ができそうだし、そもそも親しくなるには人間的魅力が重要で英語は手段に過ぎないのでは? 三男とのライン上の会話を経験してからそんなことを考えるようになった。 今日は長女と三男が大村に向けて出発する日だ。前段落の内容とは裏腹に11日間の大村滞在を通して、既に現地入りしている長男と共に三人の日本語学習熱が高まってくれるといいな。

中道の行方

先の日曜日に投開票が行われた 衆議院議員選挙は自民党の圧勝に終わった。この3日間、大幅に議席を減らした立憲民主党出身の視線に立って今後の再建策を考えていた。だからと言って立憲民主党を支持するというわけではなく、焼け野原から立ち上がるような政治家の浪漫を自身の選挙区を守った中道の議員たちに見た故の思考実験にすぎない。小選挙区を死守した中道の議員はわずか七名、その中で俺が知ってるのは泉健太と小川淳也のみだ。今回は彼らの心情を想像しながら今後の対策を提案したい。 泉氏は自らの性格をポンコツと自称するほどのおっちょこちょいの愛されキャラである一方で、立憲民主党の前代表時代はつまらないコメントに終始していたが、平議員に戻ってからはその本領を発揮し始めた。小川氏は愛嬌のある生真面目キャラで、国民民主党の玉木代表と経歴が似ていることからよく比較される。 いくら執行部に一任したとは言え、長年使用してきた立憲民主党という看板を捨て、それまで批判してきた自民党と旧統一教会との癒着を自党と宗教団体との選挙協力に引き継ぐことになるとは夢にも思わなかっただろうと想像する。結果は散々で、「新党の周知期間が短すぎた」などの言い訳は「これからの日本を担う若者からの支持が極めて低い」という調査結果の前には吹き飛んでしまう。当分の間、衆院選は無さそうだし、中道という一つの政党で活動する意義も無さそうだし、中道改革連合という名称からして不吉だし、他の賛同者も無さそうだし、解散するしかないと思うが、そうすると理念なき野合を立証することになる。その批判をかわすために立憲民主党側は公明党側が中道の解散を言い出すのを待っているのだろう。 選挙区を守った中道の議員の中で重要な人物を失念していた。野田共同代表だ。中道の解散を宣言してから辞任すればよかったのに、自身の尻拭いは新代表の仕事となった。その新代表は13日の選挙で決めるらしい。公明党側は候補者を出さないそうで、泉氏と小川氏が有力候補らしい。今後の対策を提案と書いたが、実は、考えて、考えて、考えても名案が浮かんで来なかった。しかし、不器用な生き方しかできない両名の動向に注目している。小選挙区の特性上、オセロゲームのように白と黒の入れ替わりは常に起こり得る。政治家には不向きな性格の両名が焼け野原からの復興を果たすなんて最高の浪漫ではないか。