投稿

野球の日韓戦

 NetflixがWBCの独占放映権獲得というニュースを見て、加入しているから視聴できると安心していたが、一昨日の日本対台湾の試合をNetflix上で検索すると「視聴できません」の文字列が表示された。これは地域コードということで、権利の問題は地域ごとに事情が異なるので日本と韓国では視聴できる映像は異なるのだ。従ってVPNで日本のネットに接続して日本のNetflixに加入してWBCの日本戦を視聴する以外の方法はない。その唯一の例外が昨日の日韓戦だ。なぜならば、韓国の試合は韓国のテレビで放送されるからだ。こんな時は次男に頼むのが早い。俺は「野球の日韓戦がテレビで視聴できるか調べて」というメッセージを外出中の次男に送った。 しかし、試合開始時間の19時過ぎても、それから一時間経っても、返事が来ない。「ネット速報で試合経過は見れるし、このまま待機しているのも悪くない」と諦観していると、四回裏に妻からお呼びがかかった。次男に送ったメッセージに既読表示が付いていたので次男から妻に連絡があったのだろう。兎にも角にも、韓国の地上波でWBCの日韓戦を観戦できることになった。 印象に残ったことは投手の心理だ。両チームの投手陣は国内リーグでは無双の活躍をしていたから代表に選ばれたはずだ。そんな百戦錬磨の投手たちでも、一点もやれないとか、カウントが悪くなるとかの不利な状況になると、突然制球が乱れたりする。五回表の同点ホームランと七回裏の逆転打と八回表の危機にそういう場面が現れた。特に七回裏、牧が四球を選び、周東が代走、牧原が三振する間に周東が二盗を決め、代打の佐藤が一塁ゴロの間に周東が三塁に進み、この時点で二死だが、当たっている大谷を敬遠、近藤で勝負すればいいのに四球、鈴木にも押し出しの四球、吉田にセンター前二点タイムリーを打たれるという投手の自滅としか思えない状況でも、打者からの威圧感や同点の緊張感と圧迫感が投手を萎縮させることが見て取れた。 さておき、今後日本の試合を観戦するためには韓国の上位ラウンドへの進出が不可欠となる。MLBで活躍する菊池を打ち込み、前回優勝の日本と接戦になったことで気勢も上がっているだろう。日韓を応援しながら今後の戦況を見守りたい。 追伸)鹿島が4連勝で首位。5月2日に井上対中谷のタイトルマッチが決定。平戸海は初日白星。秋元はKO勝ち。藤井対永瀬の王将戦...

スターリンクとスカイネット

 ロシア軍のスターリンクへの不正アクセスを遮断したらロシア軍の無人機の精度が大幅に下がったというニュースを見た。スターリンクとは数千機の小型人工衛星で張り巡らされたインターネットのことで、地球上のどこからでも接続可能という特性がある。これはすごいことだ。今まではその重要性を軽視していたが、冷静になって考えると、中継局やケーブルを敷設しなくても、海上であっても森林であっても、北極のような僻地であっても、空からでも、インターネットに接続できるのだ。恐ろしいことに、スターリンクを所有し管理するのは民間企業だということだ。このような軍事にも深く関わる全世界的なインフラを国家でもなく国連でもなく一民間企業が構築したという事実に驚きを禁じざるを得ない。 その民間企業とはスペースXで、言わずと知れたイーロンマスク氏がたち上げた宇宙開発企業だ。ロケット打ち上げの費用を劇的に下げて、去年は165回の打ち上げに成功している。この凄まじい回数の打ち上げがスターリンクの拡充を支えている。 軍事にも活用されるというのは映画「ターミネーター」のスカイネットを連想させる。戦闘機の無人化がなされ、スマホのカメラが知らぬ間にハッキングされる、一般市民は自由に生きていると錯覚させるような地球規模の超監視社会が到来するかもしれない。 そうなったら、国家間の紛争や内戦がスカイネットで裁かれ、スカイネットの軍事力が行使された結果、争いは無くなり、案外、現在よりはるかに平和な世界が実現するかもしれない。

卒業式

 俺はモテない。モテたことがない。言っておくが、「あばたもえくぼに見える」恋愛とモテるという概念は異なる。モテる奴が浴びる視線と俺へのそれは明らかに違う。喩えて言うなら、芸能人と俺を比べるようなものだ。人々はスターを追い求めるものだ。背が低い、糸くずのような細目、気の利いたことも言えない口下手にして無口、髪型にも服装にもセンスがない上に関心もない、俺にはモテ要素を見出すのが困難で、モテる奴を羨望の眼差しで見ていた。 そんな俺にも一筋の光が当たった瞬間がある。あれは忘れもしない中三で迎えた卒業式の日だ。ここで本題とは離れるが、当時の卒業式の様子を振り返ってみる。在校生は「ご卒業、おめでとうございます」などの全員で発する掛け声や合唱の練習に結構な時間を費やす。高校受験の時期が過ぎたら卒業生も合流して入念なリハーサルを重ねて本番に臨む。卒業式を見に来る保護者の印象を良くするための練習だし、リハーサルを重ねると本番の感動が薄れそうだが、練習をしたからこそ生まれる独特な緊張感があり、俺としては嫌いではない。ただし、指導する先生方の労力や責任感は並大抵ではなさそうだ。卒業式当日は高村光太郎の詩が朗読され、練習では披露されることがない先生一同の合唱が始まる。普段は強面の先生方が「空の青さが好きだ」という歌詞で始まる歌を野太い声で歌うのを聞くと涙腺が崩壊する生徒が続出する。盗難防止のために学校中の壁掛け時計が撤去されることと体罰教師に対する復讐を敢行する風習が残っていたことも付け加えておく。新聞沙汰になるほど荒れた中学校だった。 さて、本題に戻ろう。卒業式後、各学級でのホームルームが終わるといよいよお別れとなる。そのとき、同じクラスのS子さんからセーラー服のスカーフを渡された。S子さんとは中三の一年間だけ同じクラスで、まともに会話したこともない。そもそも、S子さんは副担任の先生に片思いしていたはずだ。卒業後一度も会ってないので、S子さんの真意はわからないままだ。推測するに「S子さんはスカーフを渡す相手を探していて、本気の好意と思われないで受け取ってもらえる人がその条件だった」のではなかろうか。俺は非モテの本領を発揮して、スカーフを受け取るだけで何のお返しもしなかった。その後、スカーフは俺の学習机の鍵付の引き出しに保管されることになる。大学に入学してからもその机を使っていたし...

地上の太陽

 核融合発電について生成AIと壁打ちしてみた。きっかけはNHKで放送されたITERの特集を視聴したことだ。ITERとは核融合発電の実現を目的とした国際科学プロジェクトで、その番組ではITERの要職に就く日本人技術者に焦点を当てていた。 核融合を起こすための温度である1億5千万度を原子炉内に閉じ込めようとするとき、巨大なコイルでプラズマを発生させ、その温度を空中で実現させることが、フランスで建設中の実験炉の理論的枠組みらしい。「ほうほう、そんなとこまで実現しているのか!?」と頼もしく思ったが、番組を見終わったときには「ダメだこりゃあ。実用化はもっと先の話だな」という正反対の感想に至った。何故ならば、巨大コイルの扇形状の部品を円形に組み立てる際にズレが生じ遅延している場面の映像を見たからだ。そんな状況でうまくいくはずがないと思ったし、「そういう仕事はITERが請け負うものではなく、巨大コイルを制作した企業の仕事だろう」と思った。 核融合発電が実用化されたら、海水から抽出可能な重水素と三重水素を融合させて莫大なエネルギーを生み出せる上に深刻な汚染物質は生じないという地上の太陽が生まれることになる。それは全人類を救うエネルギー革命に他ならない。リターンが無限大に近いからこそ、総額3兆円前後のプロジェクトに各国が投資し続けるのだろう。現在のところ、ITERの発電実績はゼロだが、このプロジェクトに携わった人々が指導者になり、ブレイクスルーを生み出せる人材を育てるという核融合発電研究を太い幹にしていく役割を担っているのだろう。 ITERは2050年代での実用化を目標として掲げているが、その瞬間まで寿命が続けばいいなあ。

温泉巡りの旅 3)死海

 ドイツ人のフローリアン、中国人のパン、日本人の俺が死海ツアーの参加者だった。時は1998年5月、場所はイスラエルのとある大学、フローリアンは長身で優等生タイプのイケメン、パンは「家族を養うため出稼ぎに来た」というくらいの年輪がその顔に刻まれていた。俺らはポストドクターで同じ部屋で研究していた。フローリアンは俺と同じ分野の研究者で「上司に言われたことをソツなくこなす優秀な奴だった。パンの専攻分野は覚えていない。さして英語が上手くない中年のパンがどういう経緯で若手の修行の場であるポストドクターに採用されたのかも謎だった。ある日、フローリアンが「週末に死海に行く予定だが、暇なら同行しないか?」と皆に聞こえるように言った。社交辞令かどうかは考えず「暑くなって来たし、案内してくれる人がいたら此れ幸い」と思い、手を挙げた。こうして、風貌や背景が異なる、親しいわけでもなく、食事を共にするわけでもない三人の珍道中が始まった。 行き先はエンボケック、日本から持ち込んだ黄色のガイドブックによると、高級ホテルが立ち並ぶリゾート地とのことだ。ツアーは日帰りだし、日本円が強い時代だったので、「高級ホテル、なんぼのもんじゃい」という気勢だった。ただし、パンにとってはそうでなかったようだ。昼食のビュッフェ料金が高いと言い出し、別行動することになった。その当時は「せっかくの機会だから楽しめよ。リーダー役のフローリアンを困らせるなよ」と思っていたが、現在の米国の物価を体験するとあの時のパンの気持ちがわかるかもしれないと反省している。 死海はその塩分濃度の高さから生物が住めないことがその名称の由来らしい。イスラエルの5月は日本の真夏で、ビーチでは涼を求める観光客でごった返していた。常に浮いているので手漕ぎボートの要領で水をかくと推進力が得られ、沖まで行くことができたし、孤立しても恐怖を感じることはなかった。砂浜に戻ると、体に付着した海水が蒸発して体中に塩の文様が浮かび上がった。フローリアンはビーチで走ってくる若者たちの水しぶきが顔に当たり、「ありがとうよ」と言いつつも辛そうだった。パンは「着替えはどこでしたらいい?」「帰りはいつになる?」とかどうでもいいことをフローリアンに尋ねていた。フローリアンは「俺はお前の母親ではない」と笑顔で突き放していた。 死海観光は楽しかったが、三人の結束が高まっ...

イランに空爆

 米国とイスラエルがイランを空爆して最高指導者であるハメネイ師を殺害した。ロシアがウクライナ侵攻を開始したときは「明確な国際違反だ」「武力による現状変更を許してはならない」などと国際秩序を守る立場からの発言を繰り返していたのに、実は国際社会というのは暴力団同士の縄張り争いで、「俺たちは警察側だ」というのは錯覚だったことが露わになり、それまでの自分を否定されたような気持ちになる。 そうかと言って、米国を「テロ支援国家と見なす国の指導者をテロで殺害するなんて!」「巻き添いになった民間人の人権はどうなるのか?」と非難することもできない。東京周辺には横田や厚木や横須賀などの米軍基地が集中していて、いじめっこを非難して新たないじめの対象となることを恐れる心理が働くからだ。他の同盟国に歩調を合わせて「イランが核兵器を所有すること容認できない」と言うのが最善の対応だろう。 ベネズエラと同様に空爆を一般市民がどのように受けとめているのか伺い知れない。「圧政に苦しんでいる人々が大多数で、トランプ大統領は彼ら彼女らのヒーローだ」というふうに考えることができたら、どんなに楽な気持ちになるかと思う。 この手のニュースを見るたびに淀んだ気持ちになり筆が鈍る。

長年の呪縛

 俺が子供の頃、実家の便所は一個だけで小便器と和式大便器が壁で仕切られていて、窓はあったが換気扇はなかった。その構造ゆえにウンコの臭いをかぐことは日常茶飯事で、残り香で誰が直前に入ったかを判別することができた。 大学に合格して、福岡でアパートを探そうとなったとき、「親の金で大学に行かせてもらっている立場であるから、どんなに安くて劣悪なアパートでも構わない」とは思いつつも、「できれば、風呂とトイレが別室になっているアパートに住めたらいいなあ」と思っていた。不動産業者もその辺りの事情は熟知しているようで、別室になっていることを強調してセールストークを展開していた。 時は流れ、俺は結婚して釜山大学で定職を得た。借家暮らしで資金を作り、ダメモトで見学に行ったマンションが思いのほか好条件で、その場で購入を決めた。ただし、浴室と洗面台と洋式トイレが一室に収められていた。幼少時の経験から「残り香が漂う空間で風呂に入るなんて真っ平ごめん」と思っていたが、実際に生活してみるとそういうことは皆無だった。先ず、昔の洋式トイレは水が浅くこびりついていたが、それから格段の進化を遂げ現在の水を十分に張って臭いを最小限に抑え込む様式が定着していた。次に、換気扇が電灯に連動して作動する。この二つによって快適な入浴時間を送れている。 見逃せない点は掃除が非常に楽なことだ。別室の場合、飛沫が床や壁に付着している前提で掃除するので神経を使うし時間もかかる。一室の場合、床や壁をシャワーで洗い流すだけだ。かくして俺は長年の呪縛から逃れることができた。