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1分小説 12)「すめらぎの里」 (1452 字、AI補正無し)

信州の過疎地に「すめらぎの里」と名付けられた孤児院が建設された。そこには家庭の事情で親と一緒に暮らせない乳児や児童が全国から集められた。藤原健は産まれてからずっとそこで過ごし、閉校寸前の小中学校に通い、車で片道1時間の高校に通うことになった。小田聡美は健の二つ上の幼馴染で、小学生までは健と一緒に遊んでいたが、中学生になってからは里の別棟で生活するようになり、健とは疎遠になった。 里の職員は破格の高待遇で、新進気鋭の若者から人生経験豊富なベテランまで、里に住む孤児の数ほどが働いていた。彼ら彼女らには集音マイクと通信機の装着が義務付けられ、誰に対しても丁寧な標準語で話すようにと指導されていた。里には訪問者が多く、学習院なんちゃらの高名な教授やスポーツ界の重鎮が出前授業や実技指導しに来た。里に住む孤児たちは大人になるにつれ他の家庭や他の孤児院との比較を通して自然と里に対する愛と忠誠が育まれていった。 健は高校で聡美の姿を遠目で見て、幼い頃に遊んだ記憶が蘇り、それはやがて恋心に変わる。しかし、里に住む孤児たちはスマホはおろかSNSおよびインターネットから情報を得ることを禁止されていた。聡美になんとかして思いを伝えたい健は手紙を聡美の蓋付きの下駄箱に忍ばせた。その手紙には口語体でふざけ合った思い出と健の下駄箱の位置が記してあった。高校が終わると健と聡美は別々のワゴン車で里に戻る。里では中学生以上の男女の密会は禁止されていた。健はその二日後に聡美からの手紙を下駄箱で受け取った。その手紙には「受験勉強で忙しいけど手紙の読み書きをする時間を作ってやってもいい」と上から目線で書いてあった。健は手紙ではなく紙切れを筒状にして結んだものを投函するようになり、聡美もその作法に従った。二人の文通は半年に及び、聡美は第一志望の首都圏の大学に合格した。聡美は高校卒業と同時に里を退所して一人暮らしする予定だ。学費と生活費の初期費用は里から無利子で借りることができた。 まだ告白していない健は焦りを感じていた。もし両思いであっても二人きりで会えるのは二年後だ。それまで聡美は不自由な思いをすることになるし、健も「浮気してないか?」と悶々とすることになる。そんな心理状態で二年間過ごせるとは思えなかった。健は意を決して里の総責任者に聡美との交際を認めてほしいと直談判しに行った。総責任者は「そろそろ君が来る頃...

アルゼンチン対イングランド

 北中米ワールドカップのアルゼンチン対イングランドの試合を次男と観戦した。今回は前日の23時に就寝するも眠りについたのは午前2時前後、2時間の睡眠の後で次男が起こしに来た。俺は寝たきりで運動しないので、2時間ほどの熟睡で十分なのだ。そんなわけで完全に覚醒した状態で試合の一部始終を視聴することができた。 メッシは守備を免除されているので、守備時は歩いている。それは準決勝のFIFAランキング4位のイングランド戦であっても変わらない。アルゼンチンは一人少ない人数で頭一つ高いイングランドの選手たちの攻撃を受けることになる。走力も兼ね備えている巨人たちの突破を小人たちがスライディングタックルを駆使して必死に守る。そんな展開が続いた前半だった。特にCKなどのセットプレイ時には名手ライスから放たれるボールに群がる空中戦ではイングランド有利に見えた。 後半に入ると、イングランドの圧迫守備の頻度と強度が落ちてアルゼンチンがパスを回す場面が増えてきた。アルゼンチンには「守備ばかりの苦しみから解放され、ほっと一息」という感じで油断したのか定かではないが、守備のミスから先制されてしまう。「ああ、これは痛い。前半のように双方が攻めあぐむ展開を作るためにイングランドが圧迫守備を復活させてくる」と思っていたが、俺の素人采配は採用されず「弱小国が逃げ切るために用いるゴール前に人数を割いて引きこもり、セカンドボールを攻撃に繋げることは考えない、主導権を放棄した」戦術が取られた。そのまま勝ったら称賛されるだろうから所詮は結果論なのだが、砲台としても優秀なメッシに自由を与える戦術はアルゼンチンを応援する立場の俺には歓迎すべき選択だった。実際、イングランドのGKのスーパーセーブが続き、そのたびに次男の悔しがる声が夜明けの寝室に響いた。アルゼンチンはラウタロを投入する。ラウタロはある意味で、ラッキーボーイで、彼が投入されてから得点が生まれることが多い。今回もメッシからの折り返しをエンソが強烈なミドルシュートをゴールネットに突き刺し、後半のアディショナルタイムにメッシの右足から放たれたセンターリングをラウタロが決め、2対1でアルゼンチンが勝利した。 決勝はスペインとの対戦、新旧のバルセロナのエースであるヤマルとメッシの対決でもある。

スペイン対フランス

  北中米ワールドカップのスペイン対フランスの試合を次男と観戦した。ただし、後半のみを視聴した。 戦前はフランスが日程の面でも戦力の面でも圧倒的に有利だと思っていた。特に世界的なストライカーであるエムバペの有無が勝敗を分けると思っていた。しかし、前半のスコアは1対0でスペインが勝っている。後半の内容を見ていると、そのスコアに納得した。点を取らなければ敗退するフランスは猛プレスと猛攻を仕掛けてくる。猛プレスに対してスペインは怯むことなくパスを繋いで、あるときはプレスに引っかかり、あるときは見事にくぐり抜けて前線にパスが供給され、時には決定的なチャンスをもたらす。猛攻に対してはエムバペやデンべレの突破に守備選手がついていっているし、抜かれることはあっても中央の守備組織は崩れない。 「どこかで見た光景だなあ」と思っていたら、バルセロナとレアルマドリーの試合と同じ展開であることに気付いた。スペイン代表の中盤はほぼバルセロナに所属する選手で、普段の試合から激しいプレスに晒されているし、そのプレスを無力化するまでパスを繋ぐのがバルセロナのバルセロナたる由縁なのだ。「パスはよく繋がるけど点が取れない」と評されることが多いスペインだが、裏を返せば「最強と評されるフランスにもパスを繋ぎ、真っ向勝負できる」ということだ。そうなると勝負は時の運、今回はスペインが2対0で勝ったが、スコアが反転して「さすがはフランス」という展開も十分起こり得たと思う。 スペインは結果的に決勝トーナメントの準決勝で最高の試合をして、フランスは余力を残しての敗退となった。後半終盤にニコウィリアムスが投入されて2年前にユーロを制したことを思い出した。以下は視線入力時代からのシングルカットである。 「サッカースペイン代表の未来は明るい」 ユーロ2024とパリ五輪の日本対スペインを見た後の感想だ。エアマウス時代末期の俺を哀れに思ったのか、次男がユーロとコパアメリカを随時観戦できるネットサービスを契約してくれた。そのおかげで一日一試合のペースで観戦することが出来た。しかし、期待に反して眠くなるような試合が続いた。特にイングランドは、ケイン、ベリンガム、フォーデン、サカという夢の攻撃陣がいて、この試合運びかよと憤ることばかりだった。フランスとドイツもまた然り。唯一の例外がスペインだった。 両翼を担うニコウィリアム...

紛争終結

 日曜日の午前7時、妻は起きた。もっと寝ていればいいのにと思いつつも妻はカーテンを開けて室内に日光を取り入れる。妻は居間の電源を切って、居間で寝ている長男に聞こえよがしに「こんなに涼しいのにエアコンの設定温度を25度にして分厚い布団を被って寝るのは理解ができない」と言い出した。俺は「暑さ寒さは人それぞれ。夜中にエアコンのタイマーが切れて蒸し暑さで起きるよりは一定の温度が保たれる方がいいのに。そもそも、寝ている長男に嫌味みたいなことを言ったらぶつかるのが目に見える。しかし、妻は四人姉妹で鍛えられているせいか、思ったことを口にしちゃうんだよなあ」と思った。案の定、妻と長男は言い争いを始めた。 そこで妻の本領が発揮される。妻は長女を起こし、「日光浴をしに散歩に行こう」と言って、長男に「起こしてごめん。桃でも買ってくるね」と紛争を終結させた。俺は言いたいことがあってもとりあえず吟味してから言うようにしてきたし、今となってはそうするしかないのだが、「言いたいことを言えるのが家族の良さであり、変に貯め込んだりするよりもストレスが溜まらないのではないか?」と思い直すようになった。ただし、妻の仲直り術がないと泥沼の抗争状態が続きそうだ。 時刻は7時半、6時キックオフのイングランド対ノルウェー戦が佳境を迎える頃だ。10時から始まるアルゼンチン対スイス戦に集中するために視聴を諦めた試合だったが、妻の安眠を妨害しないのであれば話は別だ。次男を呼んで座った状態での観戦が始まった。 ノルウェーは強豪対策を弄するのではなく、イングランドにがっぷり四つになり、試合を通して押しているように見えた。というか、イングランドの試合を見るたびに思うのが「ケイン、サカ、ベリンガムがいて、プレミアリーグのスター選手たちで構成されているチームが何故このようなつまらないサッカーしかできないのか?」ということだ。試合は延長戦に入り2対1でノルウェーが敗れた。 スイスはエジプトと同様に前線からプレッシャーを掛けてきた。アルゼンチンが早い時間帯に先制して守りを固めたこともあってかなり長い時間アルゼンチンは防戦一方だった。アルゼンチンの今大会の試合を見るたびに「前回大会決勝前半でフランス相手に見せた華麗で得点に直結したサッカーはどこに行ってしまったんだ?」ということだ。試合は延長戦に入り3対1でスイスが敗れた。 ...

聖書の通読

20年以上前、聖書の通読に挑戦した。創世記と出エジプト記までは物語として面白いので、一日一章のペースで熟読することができていた。しかし、レビ記、民数記、申命記は家系や祭祀の作法に関する記述が多く、その挑戦は挫折するのであった。それ以降も礼拝の説教で1度も紹介されないような「記」が延々と続くのだ。疑問を持ちながら一章一章を熟読する形式で通読することは根気と忍耐を要する作業なのだ。 ALSに罹患してからページをめくる力がなくなり読めなくなった。その代わり読む時間は十分にあった。そんな時、妻が聖書の通読を一緒にすることを提案してきた。妻が音読して、それを聞いていればいいので負担はない。しかし、問題は「俺に主導権がない」ことと「妻は子育て、家事、介護で忙しい」ことにあった。結局、この試みも申命記の壁を越えることはできなかった。 妻のスマホには聖書のアプリがインストールされている。そのアプリは他言語対応で朗読してくれる優れものだ。これが俺のパソコンにインストールされれば、上記の問題点が解消するだろうと思ってはいたが、スマホ専用のアプリでパソコンにインストールできないという思い込みと「貴重なパソコン接続の時間を聖書の通読に費やすのは気が進まないな」という理由で放置していた。そんな折りに、数学者にしてキリスト者である鈴木先生からメールが来た。俺は何者かに導かれたかのように聖書の朗読アプリについて尋ねるメールを送った。鈴木先生からの返信にはアプリではなく、朗読機能があるURLが記してあった。 それからというもの、Youtubeで音楽を聴く時間を聖書の朗読に費やすようになった。それは熟読ではなく、BGM代わりに使用するだけだ。それでも旧約聖書の全貌が把握できたし、引っかかった箇所は生成AIに尋ねて正確な位置と解釈を知ることができる。聖書の朗読を聞き始めてから40日目にようやく新約聖書に入った。最後まで読んでも通読とは言えないと思うが、次に文字を目で追って熟読するときの目安になるだろう。何かを日々の努力を積み上げていくのは楽しいし、忘れていたものを思い出す作業であることがわかった。

アルゼンチン対エジプト

 北中米ワールドカップのアルゼンチン対エジプトの試合を次男と観戦した。アルゼンチンはくじ運に恵まれている。グループリーグはオーストリア、アルジェリア、ヨルダンで、決勝トーナメントはカーボベルデ、エジプトの対戦で、「この組み合わせなら日本でも8強進出できる」と思えるほどだ。リバプールのエースであるサラーを擁するエジプトであっても超格下であることは事実だ。俺は試合の勝敗よりも「メッシが何点取るか?」に焦点を当てていた。 前半開始早々、エジプトの圧迫守備がハマってアルゼンチンは守備ラインからのビルドアップができず苦戦を強いられる。その圧迫守備は組織的で、ボールを奪う度に走る意欲が漲っていくように見えた。「エジプトは簡単に屠れる相手ではない。むしろ、押されているのはアルゼンチンでは?」と思っていると、エジプトが先制点を挙げた。その後、メッシがPKを失敗した。次男は「マズい。最悪の事態だ」とアルゼンチンの敗退を心配し始め、枕を腹に抱える体操座りで、「負けたらどうしよう」と不安を口にすることが前半終了まで続いた。 後半に入ると、アルゼンチンは猛攻を仕掛けたが、エジプトの守備はほころびを見せずに「このまま守り切って試合終了」という雰囲気が漂い始めた。すると、見事な堅守速攻が実ってエジプトが追加点を挙げる。残り時間は20分弱、絶対絶命のアルゼンチンと作戦がまんまとハマり勝利が目前に迫ったエジプト、焦りや疲労が見えるアルゼンチンと決して浮足立つことのないエジプト、勝負は決したかのように見えた。頼みのメッシもPK失敗が尾を引いて神通力が失われたように見えた。次男は祈るような体勢で戦況を見つめ、惜しい場面では叫び声を上げていた。そんな中、メッシのクロスをロメロが頭で合わせて一点を返す。次男は拳を握り締め、同点に追いつくという気勢を上げた。流れは完全に逆転した。 再度、メッシがゴール前にクロスを放り込む。ボールはオーバーヘッドキックとラウタロの苦し紛れのタッチを経て、メッシが走り込む時間を作り、メッシが蹴りやすい位置に何者かによって導かれた。メッシから始まった攻撃がメッシで終わった。次男は立ち上がって歓喜に震えている。俺の両目からはありえないことが現実になった時に出てくる液体が流れていた。物語はこれで終わりではなかった。右サイドにフリーで抜け出したアルバレスが一呼吸置いてピンポイン...

小学校と高校生

 音楽準備室が火元になって火災が発生した小学校の記事は以下の通り。 https://news.yahoo.co.jp/articles/9fdb0a8e810d84e13889f409280d9b77e45f951a この記事では校舎改築に5年かかると書いてあるが、「5年もかかるわけないだろう。リニアでも建設しているの?」と思った。私事で恐縮だが、俺の母校である大村高校は老朽化を理由に校舎の建て替えをすることになった。俺が高一の時は土足で出入りする旧校舎で過ごし、高二の時に解体工事が始まりプレハブ建ての仮校舎で過ごし、高三の時は新校舎で過ごした。つまり、一年内に解体建設工事が可能だということを身を持って経験しているのだ。法人税で潤っている東京都北区の財力があれば建築資材高騰の昨今でも1年以内に建て替えれるはずだ。どういうからくりで5年かかるのか全くわからないのだが、児童たちの登下校時の不便を解消するために善処してほしいと思う。 話は変わって、高校生が生成AIを悪用して企業に損害を与えたという記事は以下の通り。 https://news.yahoo.co.jp/articles/68a9ca69945b3f7754cd554933d2f40a2a66ebcb 企業もサイバーセキュリティに力を入れているはずなのに、高校生に穴を突かれるようではどうする、というのが第一印象だ。あるいは、その高校生がすごいのか? もし後者であれば、その高校生の将来が気になる。犯罪者の烙印を押され、表社会では生きられず裏社会でサイバー犯罪に加担するようになるのか、少年院等の更正プログラムで表社会に組み込まれ守る側になるのか、あるいはその他の道を歩むのか。表と裏の両方の社会で逸材なのだから、その才能を幸せになる方向に使ってほしいと思う。