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7月, 2026の投稿を表示しています

福岡県議の憂鬱

 福岡県議会がカツアゲ問題で揺れる中、熊本地震当日夜に政治資金パーティーを開催したというニュースを読んだ。 https://news.yahoo.co.jp/articles/36b38674a45b1af1b15ab3f5f96e6e1711c1eec8 上記の記事に対するコメントの大部分は非難轟々で、確かに俺も「政治家も人気商売なんだから中止してもよかったのに」と思った口だ。しかし、中止を決めたら、せっかく集まってくれた参加者に申し訳ないし、せっかくホテルが準備してくれた食べ物も無駄になるし、会費を回収できないから会場使用料金とホテルに払う食事代が主催団体の財布から消えることになる。東日本大震災が起こった後、経済活動を自粛することは被災者を助けることにはならないという合意が形成されたはずで、不謹慎だから野球のオールスター戦は中止にしようとはならないし、被災者に寄り添うために断食して笑顔も見せないとはならない。 俺が主催者だったとしても、パーティーを開催しただろう。熊本地震当日と開催日が重なるなんて不運としか言いようがない。しかも報道されたことで「議員を辞職すべき」という声が出たり、多くの支持者を失うことになる。それもこれもカツアゲ問題に端を発している。 こういうニュースを目にするたびに、政治家は危機管理能力が必須だし、マスコミは容赦ないなと思う。

まんぷくの感想

 2018年にNHKで放送された朝ドラマ「まんぷく」をNetflix で視聴している。現在、57話目で、社員全員が進駐軍に逮捕されたところだ。妻は「どうしてそんなつまらないドラマを見るの?」と言うが、俺は「朝ドラマ史上でも上位に入る傑作だ」と思っている。以下はその感想だ。 1)主人公の福子を演じる安藤サクラは平安時代だったら絶世の美女だったであろう顔立ちで、その母を演じる松坂慶子、その姉たちを演じる内田有紀と松下奈緒、その同僚の橋本マナミ、というお目目ぱっちりの現代風の美女に囲まれる。それが演出の妙なのかもしれないが、最初は不細工に見えた福子が回が進むたびに健気に映り応援したくなり、実に魅力的に見えるようになった。福子は最初は周囲に流されるおっとりした女性として描かれるが、戦争、夫となる萬平の逮捕、結婚、萬平の創業、出産を通して、職人気質で経営には向いていない萬平を陰陽向に支える存在として成長する姿が描かれる。このドラマはインスタントラーメンを発明した安藤百福の人生をモチーフとして構成されているが、原作と脚本は史実に拘泥することはないオリジナルと言っても良い構成となっている。それは往々にして「史実の面白さを伝えきれてない」とか「脚本がモデルとなる人物を台無しにしている」と批判されるものだが、本作は脚本の不自然さや強引なご都合主義やキャラ変はほとんどなかった。 2)「ちゅさらさん」の城之内真理亜のように夢見がちな主人公に現実を突きつける役割は視聴者を代弁して溜飲を下げさせる役割を担う。本作では松坂慶子がその役割を果たすだけでなく、コミカルな演技で際立った存在感を発している。俺はすっかりファンになってしまった。 3)立花塩業に集まった社員は十数名、彼らの集団心理と不満がよく描かれている。「十数人が1部屋で寝て、炎天下で重労働、食事も質素、こんな待遇でよく働くなあ」と思いつつも、次第に社員の個性が見え始め、愛着を抱くようになった。進駐軍に逮捕された後の続きが気になって仕方ない。 4)小役時代の岸井ゆきの、若かりし頃の要潤と大谷亮平と毎熊克哉が見られる。そんなことを言い出したら、出演者全員か。

叔母さんのブーツ

 次男と三男が大村に滞在する期間が決まった。それは8月5日から8月12日までだ。繁忙期だからなのか、旅費が高くなっている。10年前の6人家族全員のフェリー代とほぼ同額の請求額を見て、物価高騰、コロナ禍後の海外旅行ブーム、ホルムズ海峡封鎖後の原油高、などの歴史が蘇り、時代の流れを感じた。 子供たちを通して旅行気分に浸ることができる。美味しいものを食べる前に写真を撮って送ってほしい。やはり、冷やしソーメンは食べてほしいな。麺つゆではなく出汁に塩味を追加したつゆが好みだ。 猛暑で子供たちが移動できる場所は限られていると思うが、行ってほしいところがある。俺が生まれた頃からお世話になっている叔母が入院している。その病院に行って俺の代わりにお見舞いしてほしい。その叔母は母の姉で、良い意味でキリギリスのように独身生活を楽しむ人だった。母が口癖のように言っていたのは、「H姉ちゃんは勉強せんくせに成績は良かったもんね」という評価だ。高校の家庭科の教員で、購入した自宅には絵画等の美術品が飾ってあった。母に連れられてよく遊びに行った。そのときのBGMは決まって「山口さんちのつとむ君」から始まる「みんなのうた」のLPレコードだった。母方の親戚が集まる新年会ではブーツがこれ見よがしに脱ぎ捨てられていて、俺のいとこの間でのH叔母さんの存在感は絶大だった。大人は酒盛りで忙しいのだが、子供の面倒を一手に引き受けていたのがH叔母さんだった。トランプや百人一首や麻雀牌を用いた絵合わせゲームなどがH叔母さんの司会で進行していった。尚、H叔母さんではなくH姉ちゃんと呼ぶのがルールだった。子供好きで面倒見もよく、生みの両親を亡くした従姉妹には親身になってサポートして、彼女らの子供を孫のように可愛いがった。 H叔母さんは認知症が進行して、母と訪問介護のサポートを受けながらなんとか一人暮らしを続けてきた。しかし、先日、外出中に倒れて入院中で、母が言うには「これを機に施設への入所を相談してみる」という状況だ。何にもできない自分がもどかしい。あれだけ一緒に遊んだいとこの集まりも大人になってそれぞれの家庭を形成する過程ですっかり疎遠になってしまった。この記事がH叔母さん、もとい、H姉ちゃんを思い出し恩返しの言葉を伝える機会になることを切に願っている。

大相撲名古屋場所千秋楽

 大相撲名古屋場所千秋楽を観戦した。以下はその感想だ。 1)安青錦は相撲が上手い。宇良や翔猿のような意表を突いてアクロバティックな技を決める上手さではなく貴乃花のような正攻法での上手さが光る。同じく相撲が上手い霧島に上手を取られても外掛けで押し出して勝つほど、同じく相撲が上手い豊昇龍に圧倒的勝率を誇るほど、相撲が上手い。相撲一家で育ったわけでもなく、モンゴル相撲で鍛えられたわけでもなく、親方や兄弟子の手ほどきを受けていたわけでもない安青錦がどのようにしてあれほどの技量を獲得できたのか興味深い。低い姿勢を保つのは相撲の基本だが、上から頭を押さえられ前のめりに倒れる危険性と隣り合わせにある。安青錦が上から潰される場面は見たことがない。背筋力が強いからなのか姿勢とバランスが良いからなのか定かではないが、並の力士ではないことは疑いようもない。怪我明けで場所中にも負傷したのにも関わらず、千秋楽まで戦い抜き優勝したのは天晴れというほかない。 2)熱海富士は本割りで安青錦に勝利するも優勝決定の巴戦で安青錦に敗れ、悲願を逃す。しかし、今場所の12勝は大関昇進の基点となる。霧島も両横綱が不調の時期に優勝して横綱昇進したいだろうから来場所が正念場だ。 3)贔屓にしている豊昇龍と平戸海の勝ち星が積み上がらなかったのが残念この上ない。幕内下位や十両にはかつて三役だった力士たちがひしめいている。改めて入れ替わりの激しい世界だなと思う。平戸海にはなんとか踏みとどまってほしい。

1分小説 12.5)番組の感想

 昨晩、NHKで1分小説の番組が放送された。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/06/115723215.html 4人の芸人がそれぞれ600字以内の1分小説を発表して、ゲスト編集者が改善点を挙げ、審査役の又吉が解説する構成だった。以下はその感想だ。 1)対決要素が薄れ、作品を褒めるのが基本で、よく言えば上品、悪く言えば当たり障りのない展開に終始した。1対1のバトル形式にして芸人同士の煽り合いと作品のけなし合いを追加したら、事前打ち合わせに基づくプロレス要素てんこ盛りのエンタメに昇華できると思う。忌憚なき批判と称賛の対比が番組の格を上げるだろう。 2)芸人の一人が「600字以内の制限に苦労した」みたいなことを言っていたが、本当にその通りだと思った。俺は字数にはこだわらず自由気ままに短編小説を12編書いたが、600字以内という制限が付くと説明不足であったり伏線がはれなかったりして作品の質も低下してしまう。果たして1分が適正時間なのかという問いは考慮するべきだと思った。 3)この番組の仕掛け人はプロの作家である浜口倫太郎氏であることがわかった。氏は600字以内の1分小説を毎日noteに投稿していて、今日の時点で754作を投稿している。 https://note.com/rintarou_hama まだ10作品しか読んでないが、「多様なキャラとそれっぽい会話をよく思いつくなあ」や「600字以内という制限を苦とせずによくまとめているなあ」や「読んで時間の無駄だったということは一度もなかった」などの肯定的な感想を抱いている。氏は「1分小説」という書籍を出版している。 4)芸人の一人が「作品をみんなで批評する時間がたまらなく楽しい」みたいなことを言っていたが、確かにそういう時間は俺も楽しめた。しかし、30分という放送時間は短かすぎる。午後8時台のゴールデンタイムだということを考慮すると致し方ないと思うが、なんとか教養番組としての地位を確立して、1時間枠で濃厚な批評を展開してほしい。

帰って来た長い夜

 昨日の夕方、妻が体調不良を訴え、ベッドで寝ていた。一眠りすれば直るだろうと思っていたが、2時間、3時間と眠り続け、次男に店屋物を頼むように指示して、俺の夕食を作ることを諦めて、次男に胃瘻から栄養剤を注入するように命じた。 俺は23時半に就寝した。胃に違和感があったが、「液体である栄養剤で胃もたれすることはないだろう。一眠りすれば違和感も解消するはずだ」と思い、実際に1時間ほど眠った。しかし、その違和感は増幅し、そこから長い夜が始まった。胃の中は胃液しかないはずなのに、軽い吐き気に襲われる。眠りたいし、眠気も来ているのに、吐き気のために眠れない。頼みの妻は熟睡中で、「慢性的な睡眠不足が原因かも」と言っていたので起こせない。そうやって悶々としていると目が冴えて来て、覚醒してしまった。窓の外はまだ暗い。他のことを想像して気を紛らわせようとするが、結局は吐き気に戻る堂々巡りが繰り返される。外からは鳥の鳴き声が聞こえる。 そうしていると、妻の寝息が聞こえなくなった。「夕方から8時間以上寝ているから自然と起きる時間になったのかも」と思い、アヒルを鳴らして「ピー」という音を響かせた。妻は微動だにしなかった。代わりにやってきたのは次男だった。なんでも「暑くて目が覚めた」そうだ。用を足すと緊張がほぐれるものだ。俺は1時間眠ることができた。しかし、違和感は解消しないままだ。俺は背中への圧迫感に耐えられなくなりアヒルを鳴らした。妻は眠そうな顔で「昨日より良くなっているけど、まだ頭痛が残っている」と言った。妻は俺を座らせ、その態勢で2時間眠ることができた。 時刻は9時半、ようやく違和感が消えた。俺は妻の体調が回復傾向にあるのを喜び、長い夜の終わりに安堵し、家族の介護のおかげで生きていることを再認識した。

北中米ワールドカップを総括してみた

 北中米ワールドカップを総括してみた。 1)テロ、サポーターの衝突、群集事故による死傷者は皆無だった。俺が知らないだけで本当は犠牲者がいたのかもしれないが、マスコミが大々的に報道するような事件は起きなかった。当たり前のことと思いがちだが、開催国は「ワールドカップが安全に運営された」という事実を誇っていいし、マスコミもその事実をポジティブに報道して開催国への感謝を伝えるべきだと思う。そのことに比べたらトランプ大統領の表彰台問題など取るに足らないことに思えてしまう。 2)東西に長い地形を生かして多様な時間帯での試合が組まれ、出場国拡大に伴う試合数の増加に対応していた。自国の試合と放送時間が生活リズムに適合する他国の試合を視聴していたので、俺にとっては出場国拡大は気にならなかった。グループリーグは確かに緩くなったような気がする。日本も28ケ国から32ケ国に拡大した恩恵で初出場を果たした。それが契機になってサッカー人気が定着した。このようにサッカーの全世界的普及という観点から出場国拡大の流れは続きそうだ。サッカーはワールドカップ常連国が所有物ではないのだ。 3)48分の試合時間を3時間に拡大して魅せるNBAに慣れている俺には給水タイムの導入などの商業化は些細なことだ。ハーフタイムのCMは見てない人が多いが、給水タイムの1分間に席を立つ人は少ないと思う。その分宣伝効果は大きくなり、スポンサー料も高騰する。伝統を守る立場の人は給水タイムを非難するが、俺はこの程度なら我慢できる。もうすでにサッカーは商業化されているし、今更、20世紀の時代には戻れないし、FIFAのせいにして各国リーグでも給水タイムが導入されると予想する。 4)VARの導入は「ユニフォームを引っ張る、PA内でワザと転倒する」等の審判を欺くプレイを減少させたし、誤審も減ったと思う。しかし、今大会でも見られたように「どの場面まで遡ってVARを適用するのか?」や「いつVARが発動するのか?」が曖昧だった。 5)FIFA会長は「それはちょっと受け入れられないし、あなたの名声にも傷が付く」と断ることもできただろうに、何かの弱味を握られていたのか脅されていたのか開催国大統領の頼みを聞く見返りがあったのか定かではないが、出場停止の選手を出場できるように計らって物議を醸した。両者が現職を引退してからあの時の真実を語ってほし...

スペイン対アルゼンチン

 北中米ワールドカップのスペイン対アルゼンチンの決勝戦を次男と観戦した。 前後半のアルゼンチンのシュート数は0だ。スペインはハーフライン付近でボール狩りの網を張り、オルモやオヤルサバルが組織的かつ献身的に追い込むことでアルゼンチンのパスコースを限定し、左右どちらかに追いやり、ビルドアップを諦めさせ、GKへのバックパスか苦し紛れのロングボールを蹴らせていた。そのためにアルゼンチンはハーフラインを越えることも容易ではなかったし、たまにハーフラインを越えても更なる圧迫を受けて、クロスを供給するサイドの選手にさえボールが渡らない、という状況が続いた。スペインは中盤を支配して、いくつかの決定機を作るが、そのシュートはヘロヘロで、アルゼンチン側は「支配されている割には決定機は少ないし、失点する気配がない。このまま時が経つのを待つのも悪くない」と考え、スペイン側は「支配しているものの、逆襲のリスクは常にあるし、メッシの存在は無視できない。ここは前がかりにならず、現状維持でいい」と考え、その均衡点がシュート数0でスコアレスで延長戦に突入という展開を導いたと思えてならない。 エンソが退場してからは尚更その傾向が強くなった。アルゼンチンを支えていたのは「このまま0対0を維持してPK戦で勝つ」という希望であり、主導権を放棄して守りを固めるだけだった。スペインはトーレスとニコを投入し攻撃を活性化させる。この采配が功を奏し、ニコのゴールが生まれた。と思ったが、反則があったとして認められない。この場面はVARも発動しなかった。その後、ニコの折り返しをトーレスが決めてスペインが優勝したから問題にならなかったが、もしアルゼンチンが優勝していたら、後々まで語り継がれる疑惑になっていたと思う。 メッシのCKからのシメオネのシュートは残念だった。ラウタロを投入してほしかった。メッシにはマラドーナの5人抜きのような伝説を残してほしかった。ヤマルのワールドカップでの得点は一点、メッシの後継者と言うには物足りない数字だ。ニコが活躍して嬉しい。このスペインに日本はどうやって勝ったんだ?次男はため息をついて落胆している。 もうワールドカップも終わりか。楽しかったなあ。

イングランド対フランス

 北中米ワールドカップのイングランド対フランスの試合を次男と観戦した。この試合は準決勝で敗退した2チームが3位を争う試合だ。優勝を目指して準決勝で全力を出し尽くした選手たちにとっては罰ゲームに等しい試合で、できればやりたくない試合だ。しかし、観客がいる以上、全力で戦うのがプロなわけで、得点王争いもあるし、歴史的に戦争を繰り返した両国だし、控え選手に活躍の場を与える意味もある。普段は観戦しない3位決定戦だが、今回のキックオフ時間が午前6時ということで観戦を決意した次第だ。 一言で言うと、楽しい試合だった。両チームが勝敗にこだわってないので、守備が淡白で、その分攻撃陣は広いスペースでのびのびとプレイしていた。アーセナル所属の選手であるライスやサカが得点したのも嬉しかったし、ベリンガムの超絶ゴールも見れたし、スペンスの守備力と走力にも感嘆した。エムバペの2ゴールも見れたし、アシストは量産するけど点が取れないオリセーも評判通りだった。エンタメ方向に大きく振れてしまったが、スター選手が輝く姿が見れてよかったとも言える。 いよいよ決勝のキックオフ時間が近づいてきた。準決勝の戦いぶりを比較すると、スペインが圧倒的に支配して、守備時でも全員がサボらずに組織的なプレスを掛けてくるし、ヤマルもまだまだギアが上がっていないし、アルゼンチンは中3日で連戦の疲れがピークに達する頃だ。そうは言っても、ストライカーを比較すると、アルゼンチンに分がありそうだし、前半は支配させて後半に逆転するアルゼンチンの試合を何度も見てきたので、予想が難しい。 最後の決勝を残すのみとなったワールドカップ、色々と批判もされたけど試合自体は大いに楽しめたなあ。

1分小説 12)「すめらぎの里」 (1452 字、AI補正無し)

信州の過疎地に「すめらぎの里」と名付けられた孤児院が建設された。そこには家庭の事情で親と一緒に暮らせない乳児や児童が全国から集められた。藤原健は産まれてからずっとそこで過ごし、閉校寸前の小中学校に通い、車で片道1時間の高校に通うことになった。小田聡美は健の二つ上の幼馴染で、小学生までは健と一緒に遊んでいたが、中学生になってからは里の別棟で生活するようになり、健とは疎遠になった。 里の職員は破格の高待遇で、新進気鋭の若者から人生経験豊富なベテランまで、里に住む孤児の数ほどが働いていた。彼ら彼女らには集音マイクと通信機の装着が義務付けられ、誰に対しても丁寧な標準語で話すようにと指導されていた。里には訪問者が多く、学習院なんちゃらの高名な教授やスポーツ界の重鎮が出前授業や実技指導しに来た。里に住む孤児たちは大人になるにつれ他の家庭や他の孤児院との比較を通して自然と里に対する愛と忠誠が育まれていった。 健は高校で聡美の姿を遠目で見て、幼い頃に遊んだ記憶が蘇り、それはやがて恋心に変わる。しかし、里に住む孤児たちはスマホはおろかSNSおよびインターネットから情報を得ることを禁止されていた。聡美になんとかして思いを伝えたい健は手紙を聡美の蓋付きの下駄箱に忍ばせた。その手紙には口語体でふざけ合った思い出と健の下駄箱の位置が記してあった。高校が終わると健と聡美は別々のワゴン車で里に戻る。里では中学生以上の男女の密会は禁止されていた。健はその二日後に聡美からの手紙を下駄箱で受け取った。その手紙には「受験勉強で忙しいけど手紙の読み書きをする時間を作ってやってもいい」と上から目線で書いてあった。健は手紙ではなく紙切れを筒状にして結んだものを投函するようになり、聡美もその作法に従った。二人の文通は半年に及び、聡美は第一志望の首都圏の大学に合格した。聡美は高校卒業と同時に里を退所して一人暮らしする予定だ。学費と生活費の初期費用は里から無利子で借りることができた。 まだ告白していない健は焦りを感じていた。もし両思いであっても二人きりで会えるのは二年後だ。それまで聡美は不自由な思いをすることになるし、健も「浮気してないか?」と悶々とすることになる。そんな心理状態で二年間過ごせるとは思えなかった。健は意を決して里の総責任者に聡美との交際を認めてほしいと直談判しに行った。総責任者は「そろそろ君が来る頃...

アルゼンチン対イングランド

 北中米ワールドカップのアルゼンチン対イングランドの試合を次男と観戦した。今回は前日の23時に就寝するも眠りについたのは午前2時前後、2時間の睡眠の後で次男が起こしに来た。俺は寝たきりで運動しないので、2時間ほどの熟睡で十分なのだ。そんなわけで完全に覚醒した状態で試合の一部始終を視聴することができた。 メッシは守備を免除されているので、守備時は歩いている。それは準決勝のFIFAランキング4位のイングランド戦であっても変わらない。アルゼンチンは一人少ない人数で頭一つ高いイングランドの選手たちの攻撃を受けることになる。走力も兼ね備えている巨人たちの突破を小人たちがスライディングタックルを駆使して必死に守る。そんな展開が続いた前半だった。特にCKなどのセットプレイ時には名手ライスから放たれるボールに群がる空中戦ではイングランド有利に見えた。 後半に入ると、イングランドの圧迫守備の頻度と強度が落ちてアルゼンチンがパスを回す場面が増えてきた。アルゼンチンには「守備ばかりの苦しみから解放され、ほっと一息」という感じで油断したのか定かではないが、守備のミスから先制されてしまう。「ああ、これは痛い。前半のように双方が攻めあぐむ展開を作るためにイングランドが圧迫守備を復活させてくる」と思っていたが、俺の素人采配は採用されず「弱小国が逃げ切るために用いるゴール前に人数を割いて引きこもり、セカンドボールを攻撃に繋げることは考えない、主導権を放棄した」戦術が取られた。そのまま勝ったら称賛されるだろうから所詮は結果論なのだが、砲台としても優秀なメッシに自由を与える戦術はアルゼンチンを応援する立場の俺には歓迎すべき選択だった。実際、イングランドのGKのスーパーセーブが続き、そのたびに次男の悔しがる声が夜明けの寝室に響いた。アルゼンチンはラウタロを投入する。ラウタロはある意味で、ラッキーボーイで、彼が投入されてから得点が生まれることが多い。今回もメッシからの折り返しをエンソが強烈なミドルシュートをゴールネットに突き刺し、後半のアディショナルタイムにメッシの右足から放たれたセンターリングをラウタロが決め、2対1でアルゼンチンが勝利した。 決勝はスペインとの対戦、新旧のバルセロナのエースであるヤマルとメッシの対決でもある。

スペイン対フランス

  北中米ワールドカップのスペイン対フランスの試合を次男と観戦した。ただし、後半のみを視聴した。 戦前はフランスが日程の面でも戦力の面でも圧倒的に有利だと思っていた。特に世界的なストライカーであるエムバペの有無が勝敗を分けると思っていた。しかし、前半のスコアは1対0でスペインが勝っている。後半の内容を見ていると、そのスコアに納得した。点を取らなければ敗退するフランスは猛プレスと猛攻を仕掛けてくる。猛プレスに対してスペインは怯むことなくパスを繋いで、あるときはプレスに引っかかり、あるときは見事にくぐり抜けて前線にパスが供給され、時には決定的なチャンスをもたらす。猛攻に対してはエムバペやデンべレの突破に守備選手がついていっているし、抜かれることはあっても中央の守備組織は崩れない。 「どこかで見た光景だなあ」と思っていたら、バルセロナとレアルマドリーの試合と同じ展開であることに気付いた。スペイン代表の中盤はほぼバルセロナに所属する選手で、普段の試合から激しいプレスに晒されているし、そのプレスを無力化するまでパスを繋ぐのがバルセロナのバルセロナたる由縁なのだ。「パスはよく繋がるけど点が取れない」と評されることが多いスペインだが、裏を返せば「最強と評されるフランスにもパスを繋ぎ、真っ向勝負できる」ということだ。そうなると勝負は時の運、今回はスペインが2対0で勝ったが、スコアが反転して「さすがはフランス」という展開も十分起こり得たと思う。 スペインは結果的に決勝トーナメントの準決勝で最高の試合をして、フランスは余力を残しての敗退となった。後半終盤にニコウィリアムスが投入されて2年前にユーロを制したことを思い出した。以下は視線入力時代からのシングルカットである。 「サッカースペイン代表の未来は明るい」 ユーロ2024とパリ五輪の日本対スペインを見た後の感想だ。エアマウス時代末期の俺を哀れに思ったのか、次男がユーロとコパアメリカを随時観戦できるネットサービスを契約してくれた。そのおかげで一日一試合のペースで観戦することが出来た。しかし、期待に反して眠くなるような試合が続いた。特にイングランドは、ケイン、ベリンガム、フォーデン、サカという夢の攻撃陣がいて、この試合運びかよと憤ることばかりだった。フランスとドイツもまた然り。唯一の例外がスペインだった。 両翼を担うニコウィリアム...

紛争終結

 日曜日の午前7時、妻は起きた。もっと寝ていればいいのにと思いつつも妻はカーテンを開けて室内に日光を取り入れる。妻は居間の電源を切って、居間で寝ている長男に聞こえよがしに「こんなに涼しいのにエアコンの設定温度を25度にして分厚い布団を被って寝るのは理解ができない」と言い出した。俺は「暑さ寒さは人それぞれ。夜中にエアコンのタイマーが切れて蒸し暑さで起きるよりは一定の温度が保たれる方がいいのに。そもそも、寝ている長男に嫌味みたいなことを言ったらぶつかるのが目に見える。しかし、妻は四人姉妹で鍛えられているせいか、思ったことを口にしちゃうんだよなあ」と思った。案の定、妻と長男は言い争いを始めた。 そこで妻の本領が発揮される。妻は長女を起こし、「日光浴をしに散歩に行こう」と言って、長男に「起こしてごめん。桃でも買ってくるね」と紛争を終結させた。俺は言いたいことがあってもとりあえず吟味してから言うようにしてきたし、今となってはそうするしかないのだが、「言いたいことを言えるのが家族の良さであり、変に貯め込んだりするよりもストレスが溜まらないのではないか?」と思い直すようになった。ただし、妻の仲直り術がないと泥沼の抗争状態が続きそうだ。 時刻は7時半、6時キックオフのイングランド対ノルウェー戦が佳境を迎える頃だ。10時から始まるアルゼンチン対スイス戦に集中するために視聴を諦めた試合だったが、妻の安眠を妨害しないのであれば話は別だ。次男を呼んで座った状態での観戦が始まった。 ノルウェーは強豪対策を弄するのではなく、イングランドにがっぷり四つになり、試合を通して押しているように見えた。というか、イングランドの試合を見るたびに思うのが「ケイン、サカ、ベリンガムがいて、プレミアリーグのスター選手たちで構成されているチームが何故このようなつまらないサッカーしかできないのか?」ということだ。試合は延長戦に入り2対1でノルウェーが敗れた。 スイスはエジプトと同様に前線からプレッシャーを掛けてきた。アルゼンチンが早い時間帯に先制して守りを固めたこともあってかなり長い時間アルゼンチンは防戦一方だった。アルゼンチンの今大会の試合を見るたびに「前回大会決勝前半でフランス相手に見せた華麗で得点に直結したサッカーはどこに行ってしまったんだ?」ということだ。試合は延長戦に入り3対1でスイスが敗れた。 ...

聖書の通読

20年以上前、聖書の通読に挑戦した。創世記と出エジプト記までは物語として面白いので、一日一章のペースで熟読することができていた。しかし、レビ記、民数記、申命記は家系や祭祀の作法に関する記述が多く、その挑戦は挫折するのであった。それ以降も礼拝の説教で1度も紹介されないような「記」が延々と続くのだ。疑問を持ちながら一章一章を熟読する形式で通読することは根気と忍耐を要する作業なのだ。 ALSに罹患してからページをめくる力がなくなり読めなくなった。その代わり読む時間は十分にあった。そんな時、妻が聖書の通読を一緒にすることを提案してきた。妻が音読して、それを聞いていればいいので負担はない。しかし、問題は「俺に主導権がない」ことと「妻は子育て、家事、介護で忙しい」ことにあった。結局、この試みも申命記の壁を越えることはできなかった。 妻のスマホには聖書のアプリがインストールされている。そのアプリは他言語対応で朗読してくれる優れものだ。これが俺のパソコンにインストールされれば、上記の問題点が解消するだろうと思ってはいたが、スマホ専用のアプリでパソコンにインストールできないという思い込みと「貴重なパソコン接続の時間を聖書の通読に費やすのは気が進まないな」という理由で放置していた。そんな折りに、数学者にしてキリスト者である鈴木先生からメールが来た。俺は何者かに導かれたかのように聖書の朗読アプリについて尋ねるメールを送った。鈴木先生からの返信にはアプリではなく、朗読機能があるURLが記してあった。 それからというもの、Youtubeで音楽を聴く時間を聖書の朗読に費やすようになった。それは熟読ではなく、BGM代わりに使用するだけだ。それでも旧約聖書の全貌が把握できたし、引っかかった箇所は生成AIに尋ねて正確な位置と解釈を知ることができる。聖書の朗読を聞き始めてから40日目にようやく新約聖書に入った。最後まで読んでも通読とは言えないと思うが、次に文字を目で追って熟読するときの目安になるだろう。何かを日々の努力を積み上げていくのは楽しいし、忘れていたものを思い出す作業であることがわかった。

アルゼンチン対エジプト

 北中米ワールドカップのアルゼンチン対エジプトの試合を次男と観戦した。アルゼンチンはくじ運に恵まれている。グループリーグはオーストリア、アルジェリア、ヨルダンで、決勝トーナメントはカーボベルデ、エジプトの対戦で、「この組み合わせなら日本でも8強進出できる」と思えるほどだ。リバプールのエースであるサラーを擁するエジプトであっても超格下であることは事実だ。俺は試合の勝敗よりも「メッシが何点取るか?」に焦点を当てていた。 前半開始早々、エジプトの圧迫守備がハマってアルゼンチンは守備ラインからのビルドアップができず苦戦を強いられる。その圧迫守備は組織的で、ボールを奪う度に走る意欲が漲っていくように見えた。「エジプトは簡単に屠れる相手ではない。むしろ、押されているのはアルゼンチンでは?」と思っていると、エジプトが先制点を挙げた。その後、メッシがPKを失敗した。次男は「マズい。最悪の事態だ」とアルゼンチンの敗退を心配し始め、枕を腹に抱える体操座りで、「負けたらどうしよう」と不安を口にすることが前半終了まで続いた。 後半に入ると、アルゼンチンは猛攻を仕掛けたが、エジプトの守備はほころびを見せずに「このまま守り切って試合終了」という雰囲気が漂い始めた。すると、見事な堅守速攻が実ってエジプトが追加点を挙げる。残り時間は20分弱、絶対絶命のアルゼンチンと作戦がまんまとハマり勝利が目前に迫ったエジプト、焦りや疲労が見えるアルゼンチンと決して浮足立つことのないエジプト、勝負は決したかのように見えた。頼みのメッシもPK失敗が尾を引いて神通力が失われたように見えた。次男は祈るような体勢で戦況を見つめ、惜しい場面では叫び声を上げていた。そんな中、メッシのクロスをロメロが頭で合わせて一点を返す。次男は拳を握り締め、同点に追いつくという気勢を上げた。流れは完全に逆転した。 再度、メッシがゴール前にクロスを放り込む。ボールはオーバーヘッドキックとラウタロの苦し紛れのタッチを経て、メッシが走り込む時間を作り、メッシが蹴りやすい位置に何者かによって導かれた。メッシから始まった攻撃がメッシで終わった。次男は立ち上がって歓喜に震えている。俺の両目からはありえないことが現実になった時に出てくる液体が流れていた。物語はこれで終わりではなかった。右サイドにフリーで抜け出したアルバレスが一呼吸置いてピンポイン...

小学校と高校生

 音楽準備室が火元になって火災が発生した小学校の記事は以下の通り。 https://news.yahoo.co.jp/articles/9fdb0a8e810d84e13889f409280d9b77e45f951a この記事では校舎改築に5年かかると書いてあるが、「5年もかかるわけないだろう。リニアでも建設しているの?」と思った。私事で恐縮だが、俺の母校である大村高校は老朽化を理由に校舎の建て替えをすることになった。俺が高一の時は土足で出入りする旧校舎で過ごし、高二の時に解体工事が始まりプレハブ建ての仮校舎で過ごし、高三の時は新校舎で過ごした。つまり、一年内に解体建設工事が可能だということを身を持って経験しているのだ。法人税で潤っている東京都北区の財力があれば建築資材高騰の昨今でも1年以内に建て替えれるはずだ。どういうからくりで5年かかるのか全くわからないのだが、児童たちの登下校時の不便を解消するために善処してほしいと思う。 話は変わって、高校生が生成AIを悪用して企業に損害を与えたという記事は以下の通り。 https://news.yahoo.co.jp/articles/68a9ca69945b3f7754cd554933d2f40a2a66ebcb 企業もサイバーセキュリティに力を入れているはずなのに、高校生に穴を突かれるようではどうする、というのが第一印象だ。あるいは、その高校生がすごいのか? もし後者であれば、その高校生の将来が気になる。犯罪者の烙印を押され、表社会では生きられず裏社会でサイバー犯罪に加担するようになるのか、少年院等の更正プログラムで表社会に組み込まれ守る側になるのか、あるいはその他の道を歩むのか。表と裏の両方の社会で逸材なのだから、その才能を幸せになる方向に使ってほしいと思う。

胃瘻ウォーズ、再び

 日曜日の夕食時、胃瘻チューブが詰まった。前回は水も透過しないほど深刻な詰まり方だったが、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/05/blog-post_30.html 今回はそれほどではなかった。水分であれば速度は落ちるものの無事に透過した。ただし、流動食は透過しなかった。妻は「無理して押し込んで水さえも透過できない状況」を恐れて、夕食はワカメ汁の代わりに栄養剤を入れることを提案した。月曜日になれば、訪問看護の方が胃瘻チューブを交換してくれるはずだ。しかし、月曜日の朝に突然詰まりが解消するかもしれないし、訪問看護の方のスケジュールが合わない可能性もある。胃瘻チューブを交換しても詰まり問題に怯えることになる。そこで妻に提案したいのが、プラスチック製の極細の管を購入して、動脈硬化をほぐす要領で詰まりを解消することだ。もし上手くいけば、詰まりの恐怖とストレスから解放されるだろう。 今日は月曜日、ありがたいことに訪問看護の方が午後2時に来られて胃瘻チューブを交換してくれることになった。それまで禁食なので、腹ペコだったが、胃瘻チューブは新品に交換された。それはチューブが透明で弾力性があるものだ。これなら詰まっている場所がわかるし、外部からの刺激により詰まりを解消することができるかもしれない。医療用品の進化を感じる今日このごろだ。 お忙しい中、わざわざ自宅まで訪問してくださりありがとうございました。 追伸)明日のベルギー対米国では全力でベルギーを応援する。その理由は以下の通り。 https://news.yahoo.co.jp/articles/3ee546c9a6f94e8bb7bbf64b22cba2136c9f03e4

アルゼンチン対カーボベルデ

 北中米ワールドカップのアルゼンチン対カーボベルデの試合を次男と観戦した。メッシを擁するアルゼンチンをイチゴが乗ったショートケーキに喩えた記事があった。 https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/wfootball/2026/06/24/post_62/?page=2 記事の内容に異論はないのだが、「その喩えはちょっと違うんじゃない」と思った。その理由はイチゴはメロン等の果物に代替できるし、「イチゴのショートケーキ」というカテゴリーでイチゴが不可欠なのは当たり前だからだ。その記事が言いたいことは「メッシは特別な存在で、残りのメンバーが走ることでワールドカップでの優勝という最高の成果を成し遂げた」ということだ。 そんな王様の振る舞いを見たいと思い観戦していたが、カーボベルデの健闘に目を奪われた。先ず、守備ラインが揃った組織的な守備ができている。優勝国だからと言ってあたふたするのではなく落ち着いて攻撃を跳ね返していた。攻撃時は抑制が効いていて、守備のバランスを崩さないことが徹底されているように見えた。アルゼンチンは一方的に攻め込むが、ゴールには至らない。メッシだけが歩いているからよく目立つ。油断してテレビ画面をぼんやり眺めていると、アナウンサーの絶叫が聞こえた。どうやらメッシが先制点を挙げたらしい。リプレイを見て鳥肌が立った。守備ラインの裏に「そんなに速く走れるのか!?」という速度で抜け出したメッシは斜め後方からのクロスをいとも簡単にトラップして左足を振り切った。ボールはGKの手が届かないゴール上方に突き刺さった。もはや、イチゴのショートケーキどころではないぞ。すき焼きの牛肉、いや、鰻丼のウナギと言っても良いんじゃないか?それほど超越したゴールだった。 後半に入ると、アルゼンチンの守備が余裕を持ちすぎてカーボベルデの攻勢が始まった。なんと唯一のチャンスを得点に結びつけたのだ。アルゼンチンも反撃し、メッシも決定的なチャンスを迎えるが、GKの好守で得点には至らない。前回大会の覇者に延長戦まで持ち込める国がどれほどあるだろうか? 少なくともアジアの国々は全滅だろう。そんな偉業を人口60万人の初出場国がやってのけたのだ。 延長戦に入ってもカーボベルデの快進撃は続く。2点目を決めて「これで勝負あり」と思っていそうなアルゼンチ...

気になること

 最近気になることを書き出してみた。 1)歯ぎしりの音量は日によってまちまちだ。どのようなメカニズムで歯ぎしりの音量が変わるのか全くわからないのだが、今朝は全く鳴らなくなった。座ってテレビを見ているとき、つばチューブが外れた。そのまま放置しても唾液が溢れるだけでそれを我慢すればいい。そう思い、家族の誰かが来るのを待っていた。ちなみに俺が過ごす寝室のドアは開放されているし、座っているときの連絡手段は歯ぎしりのみだ。しかし、長男はドアの前を往来するものの俺の助けを求める表情には気付いてくれないし、床をモップ掛けするために寝室に入って来た妻も同様だった。いつも「何か言いたいことがある?」と尋ねてくれる次男はまだ目覚めてないようだ。結局、「何か用事があれば歯ぎしりで呼ぶはずだ」という思い込みが招いた事態で、実害はなかった。今朝の歯ぎしりの不調は一過性のものと信じたい。 2)視線入力で文章を書くとき、視線入力ソフトの専用日本語入力システムを用いている。それはKANA入力で候補単語を選択して入力する形式なのだが、候補単語がソフトの辞書に無いと苦労することになる。例えば、「しゅくんしょう」は辞書に無い。syukunsyouと入力しても、主君小、主君賞のような的外れな候補単語しか現れない。そういう時は漢字の一つ一つを入力することになる。しかも、ローマ字で入力した通りのひらがなやカタカナの候補単語が出てこないことが多い。例えば、辞書に登録されてない外国人名を入力するときは細切れにしたカタカナで入力することになる。通常のパソコン入力よりも優れている部分は多いので、辞書機能を充実させるとか候補単語選択を改善させることで最上を目指してほしい。 3)世界の大学の格付けにはいくつかの指標があるが、東京大学のランクはこれらの指標で30位から40位に位置している。ちなみに世界のトップ5は、MIT、スタンフォード、ロンドン帝国、オックスフォード、ハーバードだ。東京大学がこれらの大学に追いつくためには、給与体系、研究費、研究環境を大幅に改善して世界中から優秀な頭脳が集まるようにする必要がある。実際問題としてこれは不可能に近い。サッカー日本代表はワールドカップ優勝という目標を公言しているが、夢があっていいと思う。もちろん、スポーツの勝敗と大学の格付けは根本的に異なるものだが、「いつかそうなったら...

オランダ対モロッコ

 北中米ワールドカップのオランダ対モロッコの試合を観戦した。その日の午前2時から日本対ブラジルの試合を観戦して、寝てはいたものの深い眠りに落ちることなく午前9時に起きて観戦した。前半はほぼ寝ていた。 後半に入ると、モロッコが一方的に攻める展開で、「トータルフットボールの元祖であるオランダがカウンターを狙うしかないほど圧倒するなんて、モロッコはどれだけ強いんだ!しかも個々の技術が高く洗練されたパスワークで次々とチャンスを作っているぞ。ブラジルがやっとこさ引き分けたのも納得だ。それにしても、ここまで急激に強くなって成熟したサッカーが出来るとは。モロッコ、恐るべし」という感想を抱いた。スコアは0対0で、均衡を破ったのはオランダだった。そのまま試合終了かと思いきや、それまでのモロッコの功徳が報われたかのような同点ゴールが生まれる。 延長戦に入ると、両チーム疲弊したのか、ボールを安全な位置で回し、それを追わないし、攻めることもない、時間だけが過ぎる、退屈な展開が続き、16強進出はPK戦に委ねられることになる。オランダは歴史的にPK戦に弱い。前回のカタール大会でも優勝したアルゼンチンにPK戦で破れた。今回も歴史は繰り返された。 今日の午前中、フランス対スウェーデンの試合の40分尺のダイジェストを視聴した。出てくるのはフランスの攻撃ばかりで、スウェーデンの攻撃は5回くらいだった。右のデンべレ、左のエムバペという世界最高の両翼を誇るフランスは大本命の優勝候補だ。彼らの脇を固めるバルコラ、オリーズ、ラビオ、チュアミニも見ていて面白い選手だし、単に強いだけでなく、「彼らのサッカーを1試合でも多く見ていたい」と思わせるチームが今大会のフランスだ。試合は3対0でフランスが勝利した。 これでF組のオランダ、日本、スウェーデンは決勝トーナメント1回戦で姿を消した。組み合わせが悪かったと言えばそれまでだが、日本が勝てなかった国々の早期敗退に世界の壁の厚さを感じる。