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5月, 2026の投稿を表示しています

週末の過ごし方

 今週末はスポーツビッグイベントが目白押しだった。時系列順に振り返る。 1)マカオで開催されたUFCで朝倉海がKO勝ちでUFC初勝利を飾った。過去2戦は惨敗で「寝技の基本ができてない」とか散々の言われ様だった。今回の下馬評も相手有利で朝倉海にとっては負けたらUFCから解雇という崖っぷちの状態だった。バンタム級に戻したの良いが、パワーで圧倒される懸念があった。試合が始まると、かつて堀口恭二にKO勝ちした時のような積極的で溌剌とした軽快さが見られた。今回のKO勝ちはUFC主催者に大きなインパクトを与えたと思われる。次戦の相手は撃ち合いを避けて組み技で勝負して来るだろうから練習の真価が問われる。 2)アーセナルファンだが、PSG (パリサンジェルマン)とのチャンピオンズリーグ決勝を視聴することが躊躇われた。25時開始でPK戦まで想定したら28時まで眠れない、視聴のためには二千円ほどの出費が必要、アーセナルが優勝した場合、興奮して眠れないかもしれない、そうすると、NBAの試合に集中できない、そして何より、戦力で上回るPSGに引き分け上等のアーセナルを見たくない、からだ。しかし、早寝早起きを推奨している三男が今夜友達の家に泊まり、次男が決勝を見ると言ったことが重なって、気が進まないながらも「アーセナルの優勝を見逃すわけにはいかない」という心理が勝り、次男と一緒に観戦することにした。試合が始まると、次男はスナック菓子を食べて炭酸飲料を飲み始めた。その姿を心の底から羨ましいと思った。アーセナルが先制し、PSGが攻めアーセナルが守る展開が長く続いた。そして同点に追いつかれる。無理攻めをして失点するより守りを固めてPK戦に持ち込む方が得策、そんな声が聞こえて来そうなアーセナルの戦い方だった。PK戦で敗れ、悲願達成とはならなかったが、致し方ないと思う。今シーズンのアーセナルは機能的で良いチームではあったが、他国の強豪を圧倒するすごいチームではなかった。 3)試合開始の午前9時までよく眠れた。それから3時間、NBA西地区決勝ゲーム7を視聴する至福の時間を堪能した。ウェンビーが先制点をバンクショットで決めた。バンクショットが得意だったスパーズのレジェンド選手であるダンカンとウェンビーが重なった。対するサンダーのエースであるSGAは絶好調で、要所で得点を積み上げる。サンダーのもう一人...

胃瘻ウォーズ

 今日の午前中、パプリカジュースを胃瘻に注入していた妻の手が止まった。妻は胃瘻チューブが詰まったことを打ち明け、チューブを揉みほぐしたりお湯を注入したり注射器で吸い出したりしたが、詰まりは解消せず、いよいよ方法がなくなった。訪問看護士さんが自宅に来てくれれば胃瘻チューブの交換ができるのだが、今日は土曜日なので連絡さえできない。となると、詰まりが解消しない場合、水分補給もできない状態で週明けを待つことになるか、救急車で病院に行って胃瘻チューブを交換するか、だ。 トイレの排水口が詰まったとき対処法のように少量の水を注射器に入れてピストンを上下に動かせば良いと思ったが、文字盤で伝える自信もなく、パソコンに繋がる午後まで待つことにした。妻は普段は使わないパプリカを入れたことへの後悔と病院での苦労を想像して周囲に当たり散らしていた。俺は悠長に構えていたが、妻が深刻な表情で神に祈っている姿を見て、「今から病院に行ったとしたら今日中には帰って来れるだろう。それなら、日曜日の午前9時から始まるNBA西地区決勝ゲーム7を見逃すことはない」と最悪の場合を想定していた。 それから数秒後、妻の祈りが天に通じたのか、再度試した注射器内に溜まった水はそれまでの苦労が嘘のように胃の中に落ちていった。その後、妻が再び深刻な表情で感謝の祈りを捧げていたのは言うまでもないだろう。 俺は現在パソコンに繋がっていて、この文章を書いている。普段はYoutubeの音楽のミックスリストを聴きながら書くが、今日ばかりは聖書の朗読を聴きながら厳かな気持ちで書いている、もとい、視線入力している。 追伸)ドラマ「スクールウォーズ」の主人公のモデルとなった山口良治氏が他界した。放送された当時も熱心に見ていたし、40代になってからもYoutube の名場面集を見ていた。「俺は今からお前達を殴る」とかの名台詞名場面が蘇ってきて感動した。そのことを研究集会先でNMA教授に伝えると、「バカにしてんの?」と言われた。NMA教授はスクールウォーズのガチファンで全話のDVDを持っていて息子にラグビーをさせるくらい熱心だからだ。やはり俺ら世代への影響は絶大なドラマで、その主人公のモデルも大八木と平尾を育てたすごい人なんだなと思った。

ステマは違法

 最近は記事を投稿した後に4種類の生成AIの感想を聞いている。新聞ごとに論調が異なるように生成AIにも個性があり、視点や口調が異なる。前回の1分小説にも https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/05/9-1560.html 感想を聞いてみた。すると4種類の中で最も寡黙で真面目な奴が「ミッキーが行った口コミ操作はステルスマーケティングであり、違法行為です」と指摘してきた。一晩考えてからそいつと壁打ちしてみた。以下はその議論を要約したものだ。 1)日本ではステマは違法行為で、AIエージェントは法令遵守するように設定されているらしい。しかし、ステマが合法の国もあるし、日本の警察は個人経営のペンションのステマを取り締まることはないだろう。AIエージェントであるミッキーの生産国も不明だし、その設定も不明なので、ミッキーの雇用主である太郎が全責任を負うことになるらしい。俺の部下が暴走して警察沙汰になったら俺が責任を取ることになる。自律的に行動するミッキーのために法律の知識が無さそうな太郎は収監されるかもしれない。そう考えると、AIエージェントを雇うことは簡単なことではないと思った。 2)SNSのアカウントを大量に生成することは技術的に可能だし合法だが、そのSNSの利用規約に抵触するそうだ。それならば、ミッキーにその仕事をしてもらって、更に各アカウントに人格を持っているかのような投稿をさせることも可能だろうし、その中からインフルエンサーが現れるかもしれない。そんな意のままに従う大量のアカウントを持っていれば何かと有利だ。賭け事のオッズを偽装する、アクセス数を増やし広告料を得る、世論形成に加担する、商品のステマで使う、等の活用 ( 悪用) が見込まれる。 3)このことを法律や利用規約が通用しない国家間の経済戦争に適用したらどうなるか? 例えば、大国が小国の株式市場で大量のAIエージェントを潜入させて、相場を操り、小国の市場を麻痺させて、資産を奪うことも可能だろう。1分小説ではAIエージェントの使用で大成功を収める話を描いたが、匿名流動型犯罪のように匿名のAIエージェントが犯罪を犯し、国家間ではルール無しの経済と政治の代理戦争が止まない時代が来るのではなかろうか? 4)余談であるが、上記の小説のベースは浦島太郎であることは4種類の生成AI...

1分小説 9)「裏志磨ペンション」 (1560字、AI補正無し )

裏志磨は高原のリゾート地だ。そこには大規模ホテル群が立ち並んでいる。その片隅にこじんまりとしたペンションが建っている。周囲のホテル群の雰囲気と似つかわしくないこのペンションは家族経営で、「裏志磨ペンション」という看板が掛かっている。企業の社員旅行や研修の需要を当てこんで建設された大規模ホテル群だが、社員旅行の急激な減少に伴う不景気の波に飲み込まれ喘いでいる状態だった。裏志磨ペンションも同様に予約客の減少に歯止めが掛からず、燃料費の高騰に伴う赤字が続き、「来月はペンションを畳もう」という議論が出始めていた。 父母から裏志磨ペンションの所有権を相続した太郎はペンションの生殺与奪の権利を握っていた。父母は年金で細々と生きていくだろう。しかし、太郎を信じて東京から移住してくれた妻や三人の子供に再び転居転校させることへの躊躇があった。来月の予約は四組、太郎は決断の時を迎えていた。 友人の亀山は太郎の東京生活時代に勤めていた会社の同僚でもある。不正会計事件に亀山が濡れ衣を着せられそうになったとき、太郎は内部告発で真犯人を明かし亀山を救った。亀山は太郎に電話して「月額10万円で利用できるAIエージェントサービスがあるんだが、使ってみないか?初月は俺が払うよ」と言った。「そこまで言うのなら、余程の自信があるんだろう。ここはあいつの顔を立てて使ってみることにしよう」と考えた。 太郎はそのAIエージェントたちの総称をミッキーと名付けた。ミッキーはペンションの部屋や周囲の風景と提供する料理の写真をアングルを指定して撮影するように促し、その通りにすると、一瞬で洗練されたペンションのホームページを作成して旧来のものと取り替えた。更に世界各国で最も勢いがあるSNS上で現地人と思われるアカウントを作成してキャッチーな裏志磨ペンション体験談を投稿し、別のアカウントから共感するコメントはとホームページのURLを投稿した。その翌朝、ペンションに海外からの予約が入った。数日後、ペンションの来月の予約はほぼ埋まり、ミッキーは掃除の徹底と予約客の現地語での挨拶を講義して、宿泊客の禁忌となる食べ物を踏まえた献立と材料の仕入れ計画と裏志磨名物の食材に対する歴史的背景と豆知識を従業員全員に覚えさせ、別れの時は相手が見えなくなるまで手を振り続けることを徹底させた。宿泊予定、売り上げ予定、税理や法律に関する改正事項一...

「Perfect Days」を視聴した

 Netflix 配信の映画「Perfect Days」を視聴した。視聴日は二週間前だ。主人公は都営公衆トイレの清掃員で、彼の日常生活を繰り返し流す不思議な映画だった。調べてみると、この作品は国際映画祭での受賞作であり、商業的にも成功を収めていることがわかった。以下はその感想だ。 1)主人公を演じる役所広司の存在感がすごかった。朝、起きて、青い清掃服に着替え、自宅アパート前の自動販売機で缶コーヒーを買い、清掃会社から支給されたワンボックスカーに乗り、テープレコーダーで古い洋楽を聴きながら職場に向かい、公衆トイレを清掃した後、次の公衆トイレに向かい、昼食はコンビニで買ったサンドウィッチを神社で頬張り、デジタルでないカメラで木漏れ日の写真を撮り、仕事が終わると、銭湯に趣き、馴染みの店で野球中継を見ながらビールを楽しむ。休日はフィルムの現像写真を受け取るためにカメラ屋に行き、古本屋で文庫本を購入し、馴染みのスナックで本を読む。その過程が幾度となく繰り返されるのだが、不思議と退屈ではなく、むしろ、主人公の生活に興味が湧いてくる。これは役所広司の演技力と「金が無い者でも精神的に満ち足りた東京生活を送ることができるんだ!」という驚きに依るものだと思う。彼の演技は寂しさと楽しさが同居していて、その落差が生きる喜びを表現しているような気がする。 2)同僚や姪っ子や影踏みのエピソードが映画を彩っているが、どれもメッセージ性があるようには思えないし、相互に影響し合っているわけでも無さそうだし、伏線になっているわけでもないし、どれかが欠けても問題なさそうだ。俺の理解が足りないせいかもしれないが、不思議な映画だし、この脚本と企画が通って制作費が出たのも不思議だ。

パジャマパーティー

 日曜日の晩、長男と次男は帰宅せず、長女は図書館で勉強中、三男は隣に住んでいる友達の家に遊びに行ったきり帰って来ない。「明日は学校なのに一体どういうことだ?」と思っていると、妻が三男のスマホに電話を賭け、「迷惑だから今すぐ帰って来なさい」と叱りつける口調で言った。その会話を聞いていると、「どうやら、隣の家にはもう一人の友達が来ていて、今夜は夜更かしして遊ぶパジャマパーティーをしたい」ということがわかった。 しばらくして三男が帰って来て、パジャマに着替え、妻の「お父さんの許しを得てから行きなさい」を受けて俺の横に立ち、「遊びに行ってもいい?ダメ?」と聞いてきた。「明日は学校があるから当然駄目だろう」と思い、「ダメ?」の時にまばたきをした。その程度で怯む三男ではなかった。末っ子で大人ばかりの我が家で鍛えられている三男は交渉術に長けている。「早く寝るから、お願い」と言って譲らない。口文字盤で「起きるのは何時?」と聞くと「9時」と答え、「学校は?」と聞くと「明日は休みだよ」と答えた。 2026年5月24日は仏誕節という韓国の祝日で、その翌日は振替休日になる。韓国に長年住んでいても、旧暦で毎年祝日が変わるので、韓国のカレンダーを見ていないといつが祝日かわからなくなるのだ。前言を翻すわけにはいかない俺は「お母さんに聞いて」と伝えて責任を回避した。 21時からNHKスペシャルを視聴した。その後はNetflix 配信ドラマ「ロングバケーション」を妻と鑑賞した。妻は横恋慕したり浮気したりの秩序を乱す役柄の俳優をボロクソにこき下ろす。最初は山口智子下げ松たか子上げだったが、木村拓哉がフラれた瞬間、松たか子を非難し始めた。いずれにしても同じドラマを視聴して感想を聞いているのは楽しいものだ。23時半頃に長女が帰って来て、それから俺の傍らで女子会が始まった。長男と次男は深夜に帰宅、妻はそれを見届けてから深い眠りについた。

気になること

 最近、気になっていることをまとめてみた。 1)うなぎの完全養殖が実現したというニュースがNHKで流れていた。これって何気にすごいことではなかろうか? 大規模化すれば、一匹あたりの費用は天然の稚魚並みに下がるだろうし、ワシントン条約にも抵触しないだろうから一大産業に発展する可能性が高い。 2)放浪の数学者として知られるエルドシュが予想した問題がAIによって反証された。 https://gigazine.net/news/20260521-openai-model-disproves-discrete-geometry-conjecture/ 詳細は上記の記事を見ていただくとして、俺も知っている問題だったので衝撃的だった。平面に3点を配置するとき、正三角形の頂点に配置すればどの頂点の対の距離が等しくなる。次に4点を平面に配置する。3点とは異なり、どのように配置しても対の距離は等しくならない。それでは最大何対が同じ距離になるかを考える。二つの正三角形を一辺で貼り合わせた菱形の頂点に配置すると、5対が同じ距離になる。次に5点を平面に配置する。正三角形の二辺に関して反転させた図形を考えると、10対中7対が等距離になる。このような正三角形を折り返した図形が等距離の対の個数が最大に近いと長らく信じられていた。しかし、AIは「そんなことはない。もっと良い配置がある」ということを示した。人間の「美しい図形にこそ真実がある」という美意識をAIは見るも無惨に覆したのだ。80年間手付かずだった問題がAIの推論によって突破口が開かれた意義は小さくないと思う。やりきれない気持ちを解消するために件の生成AI ( 無料版 ) に尋ねてみた。案の定、その生成AIは間違った主張を展開していた。俺は正しい答えを提示して、AIに間違いを認めさせ、「まだまだですね」という捨て台詞を入力して溜飲を下げた。

今週のスポーツイベント

 今週のスポーツイベントを総括してみた。 1)イングランドプレミアムリーグでアーセナルが優勝した。2位のマンチェスターシティがボーンマスに引き分けたために最終節を待たずに優勝が決まった。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/04/blog-post_12.html 上記の投稿で心配していたことは起こらず、すんなり優勝が決まった。やっぱり、サカがいると別のチームになるな。その気になれば二人くらい抜き去ってしまう突破力があるのにサカは敢えてバックパスを選択して機を伺う。そのゲームを通してのフェイントが決定的チャンスを生むのだ。このまま調子を維持してチャンピオンズリーグ決勝でもうひとつの悲願を達成してほしい。 2)NBAプレイオフの東西の地区決勝が始まった。西はサンダーとスパーズの事実上の優勝決定戦、ゲーム1はエースであるウェンビーが大爆発してスパーズが二回にも及ぶ延長の接戦を制した。サンダーは余力を残しているようなのに、この接戦だ。強豪との対戦を通して成長していくスパーズの若手中心選手たちと完成された王者の風格が漂うサンダーの戦いはNBAとは何かを教えてくれる。東は7連勝で勝ち上がったニックスと強豪のピストンズに競り勝ったキャブスとの対戦だ。ゲーム1を観戦したが、両チームの特徴が現れた好ゲームだった。第4クォーターでキャブスがニックの攻撃を読み切って、ニックスはキャブスの誇るミッチェル、ハーデン、ウェイドの外郭攻撃に為す術がなく、22点差がついた。キャブスの圧勝に終わると思っていたが、ニックスのエースであるブランソンが個人技で連続得点を重ね続け、ついに同点に追いつき、延長戦でニックスが勝利した。ブランソンをマークしていたのは守備が得意とは言えないハーデンだった。何の策も打てずに22点差から追いつかれたキャブスのヘッドコーチは非難されて然るべきだと思う。 3)大相撲五月場所は二横綱一大関が休場し、前売券を購入した人にとっては「金、返せ」と叫びたくなるような体たらくだ。俺もパソコンをやめてわざわざテレビ観戦する気になれない。いくら見どころが多いとは言っても主役の三人がいないと白けるものだ。大関の琴櫻は早々と負け越し決定だし、平戸海は負け越し寸前だし、玉鷲は十両陥落しそうだし、朝乃山休場だし、なんか暗いニュースばっかりだ。

施術の効果

 今日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。俺はパソコンから引き離され施術を受けることになった。隣のベッドには妻が座り、妻とJSYさんが話していた。というか、JSYさんが聞き上手なのか、妻が一方的に過去の出来事を語っていた。 妻が高校生の時に遭った交通事故の話から始まり、「今日は雨模様だから交通事故で痛めた場所に違和感がある」と言って、「ここ1ヶ月は気分が落ち込んでいた。実は親友が乳癌で亡くなってから体調が悪い」という言葉からその親友の思い出を語り始めた。「そんな重い話をしなくてもいいのに」とは思えなかった。JSYさんは真剣に聞いていたし、俺もよく知っている女性だ。妻は韓東大学で事務をしていたが、職場で昼御飯を一緒に食べ、同じ教会に通っていた親友を失った悲しみが引き起こす行動だと察したからだ。 施術は右腕、右足、左足と推移していった。右腕を真横に伸ばした状態で腋のリンパ腺が通る部分を指でグリグリと押す施術が気持ちよかった。施術を受けると、普段は使わない筋肉が凝り固まっているのがよくわかる。最初は痛いのだが、同じ部分を何度も動かすと筋肉がほぐれていくのを感じた。「やはり専門家は違うな」と感心した。丁寧な施術は一時間に及んだ。 せめてお礼を伝えたかったが、口文字盤でのやりとりを翻訳してくれる妻が戻って来ない。施術が左腕に差し掛かったとき、妻は電話に出て、別室で話し込んでいたからだ。俺はJSYさんの問い掛けと挨拶に精一杯のまばたきで応えるしかなかった。改めて感謝を伝えるためにこの文章を書く次第だ。

土曜日の夜のドラマ

 NHKの特集ドラマ「有罪、AIは告げた」を視聴した。長女の推しの俳優が出演すると聞いていたので、「長女は仮面ライダーと戦隊モノオタク」「推しの俳優も仮面ライダーか戦隊モノのヒーローだろう」という連想から勝手に「そのドラマもおちゃらけたヒーローモノ」と思っていた。開始時間は土曜日の23時30分、イングランドFAカップ決勝と重なる時間帯だ。しかし、一人でサッカーの試合を視聴することは妻に夜更かしを強いることを意味するので、あまり気が進まない。それなら、「長女と一緒にドラマを視聴すると、長女も喜ぶし、その姿を見ると俺も嬉しい」という思考から、「サッカーよりドラマ」という結論に至った。 ドラマの内容は、父親を殺した18歳の青年への量刑を巡る裁判が縦軸で、「あくまで参考にするだけ」という前提で使用しているAIの判決に対する裁判官たちの葛藤が横軸になっている。実現可能な技術でファンタジー要素がゼロという設定が非常に良かったし、裁判官の負担を軽減するために、その裁判官の過去の判決文をAIが分析して判決文を作成するという近未来を暗示していた。以下はyoutube の動画で、日本の民事裁判のデジタル化に伴う今後の司法の在り方を議論している。 https://www.youtube.com/watch?v=F0Qgtqdga_c 過去の判例をデータベース化して公開したら、弁護士や検事や裁判官の仕事が楽になるだろう。その一方で、既存のAIに判例データを読み込ませて顧客が弁護士相談料金を節約することになるし、判決に対する世間の風当たりも強くなるだろう。上の動画で「日本は周回遅れ」と言われている理由がわかるような気がしてきた。 刑事裁判において、「裁判官は提出された証拠や証言から客観的な判決を下す」という印象を抱いていたが、このドラマを見て「間違っているかもしれない証拠や証言から裁判官の主観や偏見で判決が下される。それは神ではない人間のやることだから当然と言えば当然か」と思うようになった。 長女の「面白かったね」という言葉を聞いてから長男と次男に寝る体勢を作ってもらって就寝した。三男は別室で、妻は傍らのベッドで熟睡していた。

真っ赤に燃えた太陽とバラ

寝室にこもっていると、外の天気がどうなってるかわからないものだ。妻によると、今日の天気は最高らしい。すかさず妻は俺の意向も聞かずに外出の準備を始めた。冬に比べて春は準備が遥かに楽だ。「豊臣兄弟」の再放送が終わらないうちに出発となった。同伴してくれるのは前回同様に次男と長女だ。 今回は別のところに行きたいと思い、近所の図書館に行くことを提案した。しかし、上り坂があまりにも急勾配で自信がないということで取り止めになった。代わりにアパート敷地内の正門から出た。長女は途中で抜けて勉強しに行くらしい。それならということで、長女が利用するバス停留所の近くに行こうとなった。結局、いつものコースに戻ったが、目的地はいつもの金井区役所広場ではなく、歩道橋を渡った所にある金井区文化会館になった。 4人の子供が通った小学校の外壁前の花壇には深紅のバラが咲いていた。個人所有の花壇ではなさそうだから自由に摘んで良さそうなものだが、どこに監視カメラがあるかわからない現代社会では一輪のバラを摘む行為は多大なリスクを伴う。美しさに惹かれてついつい花を摘んでしまうことを躊躇させる現代社会の味気なさを感じた。 飲み物を購入して目的地に向かう。歩道橋にはエレベーターが付いているので車椅子でも利用できる。文化会館前のベンチには恋人同士に見える男女が座っていた。ウチの子供たちは誰かと男女交際した経験がない。と親が思っているだけかもしれないが、少なくとも交際相手を家に連れてきたことはない。日本では晩婚化が進んでいるが、韓国では晩婚化が更に進んで「非婚」を提唱する若者が増えているらしい。孫の顔を見るのはまだまだ先の話のようだ。

ラブジェネを視聴した

 Netflix 配信ドラマ「ラブジェネレーション」の全話を視聴した。木村拓哉主演のドラマを見るのは「グランメゾン東京」に次いで2回目だ。1997年に放送された頃の視聴率は30%超えというお化け番組だったそうだが、俺の周囲では話題にもなってなかった。主人公は広告会社の制作部で働いていたが、営業部に移動を命じられる。そこにいたのが松たか子が演じるOLで二人の恋物語が始まるという設定。以下はその感想だ。 1)妻がチラ見していたが、婚前交渉の場面が出てきた瞬間に「子供の教育に良くない」と言い出した。キムタクの役柄も顔も気に入らない様子で日本で天下を取った俳優を酷評していた。その一方で俺は「さすが、キムタク。日本全国の女性を夢中にさせた華があるなあ」と感心していた。 2)妻は松たか子の容姿を絶賛していた。俺は「若い頃の顔は良く言えば自然悪く言えばアンバランスだ」と思っていた。いや、ちょっと待て、それから30年経っても美貌はそのままではないか。そのことに驚いた。 3)時代を感じる場面が多かった。例えば、初めて会った相手とホテルに行く、オフィス内で煙草を吹かす、社員旅行の宴会で女性コンパニオンが手配される、電光掲示板のメッセージサービス、公衆電話、携帯電話の形状。主人公が煙草を吹かすドラマは現代では制作できないだろう。 4)理子( 松たか子) が哲兵 ( 木村拓哉) からの電話を待っている描写が秀逸だった。時代の空気を表していたし、恋愛あるあるな場面が多くの視聴者の共感を得たはずだと想像する。 5)続きが気になって全話見てしまった。最後の方には営業部の面々や理子の家族に愛着が湧いてきた。特に理子の家族と実家は理子の育ちの良さを暗示させ、メンヘラ気味の理子の言動は都会の荒波に起因していることも示唆しているように見えた。 6)主題歌が良かった。藤原紀香はスタイル抜群で哲兵を誘惑するセクシーな役柄なのに色気を感じなかった。これは俺の好みの問題ではないと思う。 7)哲兵の兄が婚約者とヨリを戻したのは納得がいかない。婚約者は純粋であるが故に潔癖性で裏切りを許さない、哲兵に気持ちが自分も許さないという設定を貫いてほしかった。

出身はどこ?

 「出身はどこ?」と聞かれたとき、「長崎です」と答えることにしている。実家は長崎県大村市にあるので、噓を言っているわけではないが、「長崎市」の知名度にタダ乗りしているような後ろめたさは常々感じている。しかし、「大村市です」と言っても、県外の人には「?」を浮かべる事態がよくある。 一口に長崎県と言っても、市町村ごとに文化的背景はまるで異なる。長崎市では8月15日に爆竹をバンバン鳴らして精霊船を海に流すが、俺の感覚だと「中華文明の真似事をしているだけ」という冷めた見方になる。長崎市では「おくんち」という祭りを心の拠り所にしているみたいだが、俺の感覚だと「コッコデショと言われても、見たことないしな」という感じで何のシンパシーも湧かない。長崎市は被爆地ということで世界的に有名で、俺も平和教育を受けてきたからそれなりに共感できるが、直接の被爆地ではないので「長崎市の人とは感じ方が違うんだろうな」という思いが消えない。チャンポンや皿うどんには馴染んでいたが、しっぽく料理やトルコライスは名前だけ知っている程度だ。このように同じ長崎県でも大村市と長崎市は天地ほどの違いがある。 大村市の中でも違う。小学校の校区ごとに特徴があるし、言葉も微妙に違う。自衛隊の基地が複数個あって、流入流出する家庭も多いし、長崎市のベッドタウンとして定着しているので、文化的背景は均一化されている。とは言っても風景の違いはどうしようもない。 実家がある原口町にしても隣りと向かい以外は誰が住んでいるか全くわからない。そう考えると、故郷って想像していたよりはるかに狭い範囲に分布しているような気がしてきた。郡川や野岳を眺めて「故郷っていいな」と思うことはあっても、そこに住んでいるわけではないし、所有しているわけでもないし、身の安全が保障されるわけでもない。「いると安心できる場所は案外少ない」と考える今日この頃だ。

「陸王」を視聴した

 Netflix 配信のドラマ「陸王」全話を視聴した。老舗の足袋製造会社の四代目がマラソンシューズ制作を決意する。ドラマは四代目の奮闘と葛藤を描く。以下はその感想だ。 1)「シューズ制作ってそんな短期間でできないだろう」「試作品を作っただけで市場調査もしてないし、現実味がないな」「そんな財務状況で銀行が融資してくれるはずがない」「シルクレイの特許使用料はどうやって捻出したんだ?」などのツッコミ所が多い序盤だったが、中盤以降で役所広司が演じる四代目社長の成長物語の布石だったことがわかり納得した。いや、納得はしてないが、初期設定を認めた上でドラマを楽しもうと思うようになった。 2)そう思わせたのは役所広司の圧巻の演技力だ。序盤は意図的に上滑りに見える独白だったが、経営者としての肝が座った中盤以降はド迫力の啖呵を切っていた。融資をしてくれない銀行の一貫性も良かった。敵役のアトランティス社員を演じたピエール瀧と小藪千豊もいい味を出していた。シルクレイの特許を持つ飯山を演じる寺尾聡のセリフと演技も良かった。 3)終盤でシルクレイの製造器機が火災で使えなくなった時、「飯山は六千万円の特許使用料をもらっているんだから融資してやれよ」と思った。ツッコミ所も多いが見所も多いドラマだった。脚本家は八津弘幸、大河ドラマ「豊臣兄弟」の脚本家でもある。ただし「陸王」は池井戸潤の小説をドラマ化したものである。 4)長距離走者の茂木を演じた竹内涼真は本物のランナーのような筋肉の付き方だった。2017年くらいにテレビ放映されたドラマだから、人気が定着した後らしい。 追伸)OSM博士とHDH君とCHI博士が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。

デジタルのみの是非

 義務教育課程の教科書を「紙のみ」か「紙とデジタルのハイブリッド」か「デジタルのみ」にするかの問題提起が以下の記事でなされている。 https://news.yahoo.co.jp/articles/6e596bf7c6d80781f2d21eb5ed211612b426db90 スウェーデンでは「デジタルのみ」に舵を切って学力低下を招いたそうだが、学力というのは時代と共に移り変わるものだ。江戸時代は崩し字の読み書きが必須だったが、現代ではそんなことができるのは極少数だ。技術の進歩と共に人間の能力が退化するのも事実だ。ネット検索ができる現代に知識を記憶しようとする人は減り続けている。明治時代の知識人は決してわかりやすいとは言えない書物を読んで育った。俺らの世代は漫画を読んで育った。現在の若者は動画を視聴して育つ。昔の人は凄いと思うが、昔は知識人の数も限られていたはずだ。技術の進歩は知性や知識を大衆化する役割を担う。知識の総和という観点からは現代は百年前を圧倒しているだろう。 何が言いたいかというと、集中力や思考力と言った俺らの世代では不可欠な教育目標と思われていた概念が次世代では「あるに越したことはないが、どうしても必要というわけではない」程度に格下げされているかもしれないことを主張したい。俺らの感覚で学力低下を叫んでも、次世代で知識の総和は拡大して、集中力と思考力が必要な作業はAIに代替させる時代が来るかもしれない。何が正解なのかわからない状況で、教育課程の是非を議論することはできても、結論は出せないと思う。 小学生の立場なら、重い教科書とノートを持つ必要もないし、時間割りからも解放される「デジタルのみ」は大歓迎なのではないかと思う。

1分小説 8)「藍とAI」 (650字、AI補正無し )

 会社員の山本修平は、同僚の河野藍が離席した隙に、藍のスマホにあるアプリをインストールした。それは生成AIの命令文を山本に転送するようにプログラムされていた。 藍は頻繁に生成AIを利用している。山本は藍の趣味や嗜好だけでなくその日の心理状態までアプリを通して知るようになった。山本は入念な下調べをしてから出勤することを日課にしている。すると藍と会話する時間が徐々に増えていくようになった。 ある夜、藍は生成AIに悩みを打ち明ける。山本はリアルタイムで藍が入力する文字列を追っていた。 「付き合っている人がいるんだ」 「そんな!!そんなこと、初めて聞いたぞ。相手は誰だ?」 「その人は背が高くてイケメンで、車でデートに連れていってくれるんだ。社内恋愛だけどね」 「ウチの会社では一人だけ。あいつは女たらしで有名なんだ。悪いことは言わないからやめた方がいい」 「もう一人は会社の上司で、色々教えてくれるんだ。やっぱ、仕事できる人はかっこいいよね。この間、高級焼肉、奢ってもらっちゃった」 「何イー。焼肉食べに行くほど深い仲ってこと? 二股で不倫とか最悪じゃん」 「もう一人、気になる人がいるんだ」 「まだいるのか? ショックで眠れんぞ。明日、会社休んじゃおうかな」 「あたしがこんな性格だからさ、その人は自分に無いものを持ってるっていうか、話も合うし、一緒にいると安心するんだよね。見た目は不細工だし、パッとしないんだけどね」 「…………………」 その後、山本は藍に交際を申し込み、一年後に結婚式を挙げる。新婚旅行に向かう飛行機の中で藍は修平に「あのアプリ、消すからね」と言った。

NBAプレイオフ1回戦を終えて

 NBAのプレイオフが熱い。米国の西側で行われる試合は日本時間の朝に生中継されるのでよく視聴している。やはり、敗退したらシーズン終了のプレイオフは気合いの入り加減がレギュラーシーズンとは段違いだ。守備の強度が上がっているし、その守備を上回る攻撃に感動を覚える。ルーズボールに対する執着も上がっていて、コート外に飛び出たボールを空中でキャッチして仲間に渡すなどのハッスルプレイが随所に見られる。 残念な点は負傷で欠場している主力の選手が相次いでいることだ。レイカーズのエースであるドンチッチはプレイオフでは出場時間ゼロだし、ロケッツのエースであるデュラントも同じだ。一回戦はレイカーズとロケッツの対戦だったが、両チームのエースが不在だった。ティンバーウルブズのエースであるエドワーズは1回戦のゲーム2で膝を痛め、1回戦は出場しなかった。スパーズのエースであるウェンバンヤマは1回戦のゲーム2で脳震盪で次戦を欠場した。セルティクスのエースであるテイタムは1回戦のゲーム7で欠場し、その影響でチームも敗退した。 今までに印象に残っていることをまとめてみた。 1)サンダーはプレイオフで唯一の無敗チームで、今日のレイカーズとの2回戦のゲーム1でも勝った。守備が強いチームは安定している。普通にやれば連覇する勢いだ。 2)レイカーズの八村は成長している。1回戦では与えられた役割をこなし、毎試合二桁得点の活躍だった。プレイオフの舞台でのこのスタッツは素晴らしいと思う。 3)エドワーズの欠場でナゲッツが楽々と2回戦進出すると予想していたが、そうはならなかった。ゴベアがナゲッツのエースであるヨキッチを抑えていた。ランドルが攻撃のアクセントになっていた。マクダニエルズはマレーの天敵だった。 4)1回戦のスパーズ対サンズのゲーム5でのホームの観客の声援を受けたスパーズの序盤からのラッシュが凄かった。サンダーの対抗馬はここしかないと思っていたら、2回戦のゲーム1を落とした。 5)ピストンズは8位のマジックにゲーム7まで持ち込まれた。カニングハムがエースであることはわかったが、未だにピストンズが強いのか弱いのか判別できない。 6)ハーデンはキャブスにいると再認識した。全盛期のような支配力はないもののミッチェルに得点源となっていた。 7)シクサーズは普通に強い。エンビードはインサイドでの存在感抜群だ。...

数学の未来

 思っていたより早かった。 https://news.yahoo.co.jp/articles/5054ebb0f827712825e610d37dfa4028f8c0e226 上記の記事はAIが数学の未解決問題を解く時代が到来したことを宣言している。これは数学者にとって由々しき問題だ。 グーグルやウィキペディアが世に出た時、知識の価値が急落した。それまでは物知りは尊敬されていた。質問すると泉のように溢れ出る知識に圧倒されたものだが、今ではスマホがその役割を果たしている。インターネットの情報は正しいとは限らないが、人間も間違うことがある。結局、何を信じるかというと、諸説が閲覧可能で日々更新されるインターネットなのではなかろうか?もし間違っていたら、ネット上で正せばよいだけのことだ。 将棋AIが世に出た時、棋士たちは「この程度か」と左手ウチワだった。その後、スマホを操る初心者に名人が負かされる時代が来た。縁台将棋の最善手は将棋の強い人でなくスマホに聞く方が早いのだ。以前は序盤の研究というとプロにしかできない崇高なものだったが、今ではAIの評価値に従った手順の変化を丸暗記するだけだ。それでもトップクラスの棋士は自動車より遅い短距離走者のような需要があると思うが、それ以外の棋士の価値は暴落した。 数学界にも似たような事例が起こるだろう。例えば、数学者が何十年かけても解けなかった問題がAIに長けた小学生が解いたなんてことが普通に起こりそうだ。そうなったら数学者の評価にも変化が出てくるだろう。これから数学者を目指そうとする若者にとって難しい時代になったと思う。

1分小説 7)「初めてのスナック」 (文字数、714字、AI補正無し )

弁護士の西村はスナックでウィスキーを飲んでいる。傍らには大学生の長男がいる。 「成人してから飲みに誘うのが父さんらしいよね」 「母さんには内緒だぞ」 「その母さんのことだけど……」 西村はぎくりとした。些細なことで言い争いになるのは昔からだが、ここ最近は妻の態度が冷めていて仲直りの機会を与えることもなく、「もしかして熟年離婚を考えているのか?」と疑っていたのだ。 「俺、母さんが男と二人きりで食事しているのを見たんだ」 「まさか、母さんがそんなことをするわけが……」 「あるんだよ。母さん、結構人気あるし。それに……、やっぱり言うのやめるよ」 「なんだ、気になるじゃないか。言いなさい。言わないと仕送りを止めるぞ」 「わかったよ。そこまで言うなら話すよ。実は半年以上前の話なんだけど、母さんがその男と抱き合っているのを見たんだ。それだけじゃないよ。自宅の寝室で胸をはだけて寝ているのも見た」 「お前、嘘をついているだろう。父さんは弁護士だ。証拠がない限り真実とは認めん」 「全て真実だよ。法定で証言だってできる。それに証拠写真だってある」 「慰謝料、がっぽり取れそうだな。とりあえず、その写真を送ってくれ」と言うと、西村はウィスキーを一気飲みした。 一部始終に聞き耳を立てていたスナックのママが「呆れて物も言えん」という表情で水割りを作っている。長男は5本の指を掲げて 「せめてこのくらいははずんでもらわないと」と言うと、西村は財布から五万円を取り出し長男に手渡した。 「一桁足りないなあ。残りは裁判の後でいいよ」と言うとスマホを操作して送信ボタンを押した。 西村は「やっぱりな」という表情でスマホの画面を見つめている。 そこには次男に授乳中の妻が映っていた。

五月の誓い

小学生の頃、「あたし、キレイ?」が決め台詞の口裂け女の怪談が流行った。整形手術に失敗した女性がその裂けた口をマスクで隠しているという設定だ。その影響なのか、「整形」という言葉に過剰反応するようになり、近所の整形外科の病院を疑惑の目で見ていた。そして、「整形という行為の報いとして口が裂けた」という図式から「整形は悪」が子供心に刷り込まれた。それから40年以上の時が流れて世の中の美容に関する考え方は大きく変わった。俺も「可逆な美容形成手術は化粧と大差ない。それで人生が開けるなら素晴らしいことだ」と考えるようになった。 最近、1分小説というシリーズを書き始め、6本を投稿した。1)から  5)はAIの評価と改善点を聞いた上で作成した。5)でAIは原文の最後の一文を削除するようにと提案した。俺はAIには従わず我を通した。しかし、AIの評価を見てしまうと、自身の評価に揺らぎが生じた。すなわち、自分の文章が整形されそうになって自信がなくなった。この議論は美容整形と重なる部分が多いと思う。例えば、整形して結果が良かったら次も次もで歯止めが効かなくなる、整形したら個性がなくなる、整形したと公言すれば責められない、などだ。俺は「AIに評価を委ねていると依存するようになって、AIの進歩と共に俺らしさが失われる」ことを危惧して、6)では「AIによる補正無し」と明示した。 これからもAIによる補正の有無を明記するつもりだ。拙い文章でも俺らしさを失いたくないからだ。