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4月, 2026の投稿を表示しています

1分小説 6)「一周一年」 ( 1059字、朗読したら2分、AI補正無し )

 日曜日の昼下がり、今野達郎は自転車に跨っていた。「あれ?なんか太ったような気がする」と驚いた。よく見ると自転車も去年まで乗っていた車種に変わっている。聴いているラジオの流行歌も去年のものだ。今野は恐ろしくなり、周回コースを引き返した。ちょうど一周すると、いつの間にか元の状態に戻っていた。「もしかして一年前の世界だったんじゃあ?」という疑念を解決するために何度か実験してみた。驚くべきことに、そのコースを2周すると2年前の世界に変わり、そこから逆方向に2周すると現在に戻るのだった。 一週間後、今野は覚悟を決めていた。今野はそのコースを50周回った。その途中で今野は「幸せな少年時代だったし、就職も結婚もできた。子供は独立して家庭を持ち、孫の顔も見ることができた。趣味の自転車も楽しんだし、このまま死んでも思い残すことは何もない。いや、最後にカミさんと温泉旅行に行きたかったな」とこれまでの人生を回想していた。いつの間にか今野は10歳に若返り、自転車も子供用に変わっていた。空は今にも雨が降りそうな黒っぽい雲に覆われていて、傍らには「よっちゃん」と呼ぶ間柄の中野嘉男が併走していた。 そのとき、地面が大きく揺れ、二人は自転車ごと倒れた。今野は「地震だ!早く逃げんば」と叫び、嘉男の手を引いて高台に逃げようとした。しかし、四方を見回してもその高台ははるか遠くに見えるばかりで今野が想定している時刻には間に合いそうにない。「コンちゃん、地震はもう収まったけん、大丈夫さ」と足を止める嘉男に今野は「よっちゃん、おいについてこんね」と二人が「お化け屋敷」と呼んでいる廃屋の非常階段を駆け上がった。その屋上で二人はとんでもない光景を目撃する。それは山の上から下り落ちる火砕流のドス黒く巨大な塊だった。 二人は慌てて屋上に設置してある鉄塔に登ろうとした。今野はこの世界にやってきた理由を思い出し、「よっちゃん、先に登らんね」と嘉男の背中を押すと、嘉男は「コンちゃんが先ばい」と譲らない。火砕流は刻一刻と近づいてくる。今野は「このままでは共倒れになる」と思い、先に登り出す。そのときに嘉男は今野の半ズボンとパンツを掴み引きずり下ろそうとする。今野は不意を突かれたのと迫りくる火砕流への恐怖と「数億分の1の競争を勝ち抜いてきた」という生存本能から嘉男を蹴落とした。鉄塔の下に落ちた嘉男は笑みを浮かべていた。...

文学の危機

 川柳や作文のコンテストの中止が相次いでいるというニュースを見た。その理由は応募作品がAIで作られたものなのか判別できないからだそうだ。確かに、テーマを入力して評価基準を明示すればAIは一瞬で数十個の候補川柳を作成してくれるし、年齢制限に応じた語彙や表現で「あたかも人間が書いた文章」のように偽装することも容易だろう。 これは文学の危機ではなかろうか? 現在であれば、AIが作成した小説は鼻で笑われるレベルだ。しかし、近い未来に文学賞レベルの作品がAIで大量に生成される時代が訪れるだろう。例えば、夏目漱石の作品群をAIに読み込ませて「あたかも文豪が書いたかのような作品」が偽装されるということだ。「そんな小説は読みたくない」という人は多いと思うし、「どうせAIを使っているんだろう」と全ての作品が色眼鏡で見られるだろうし、作家への評価も地に堕ちるだろう。 最近、1分小説というシリーズを書き始めた。ここではっきりさせたいのが全ての1分小説のあらすじは俺の頭の中で生まれたもので、その後AIに感想を尋ね微調整しているということだ。AIは生意気にも感想を述べるだけでなく「もう一段階上の水準に引き上げるためには」を枕詞に様々な提案や修正候補を例示してくるが、俺は敢えて従わないようにしている。ただし、例外はある。例えば、1分小説  3)で https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/04/3-614.html 「まさか、ガス室?」というセリフがあるが、現文では「まさか、アウシュビッツでの惨劇が繰り返されるのか?」だった。AIが「ホロコーストに敏感に反応する人もいる」という指摘をしてきて修正した経緯がある。 このようにAIを適当に活用している。コンプライアンスが叫ばれる昨今、瞬時に問題点を洗い出してくれるAIはプロの作家でも重宝するだろう。また一歩AIの沼に世の中が飲み込まれていく。

1分小説 5)「愛は地球を救う」 (1247字、朗読したら3分)

ハンナは政治家と弁護士の夫婦の間に生まれた一人娘だ。ハンナの父親は次期大統領の有力候補だったが、遊説中に暗殺された。ハンナの母親はその真相を追及しようとしたが、贈賄容疑で逮捕され収監中に亡くなった。ハンナは極度の人間不信に陥り、相続した不動産を売り払い、買い手が付かない広大な荒れ地に小さな家を建て、そこで隠遁生活を送る。時は流れ、経済が発展すると共にハンナが所有する土地の価格も急上昇した。東西冷戦時代には自宅の真下に核シェルターを建設し、同時多発テロ勃発後には自宅周辺に幾重もの壁を立体迷路のように配置して要塞化し、インターネット普及時には独学でハッキング対策を学んだ。 ハンナは強化されたシェルターの内部で一日の大半をネットサーフィンかチャットに費やす生活を長年続けている。そんな習慣が祟ったのか、足腰が弱くなり、室内の移動もままならなくなった。ハンナは最新の自律型介護ロボットを購入してドリーと名付けた。ドリーは移動時の介助、外部業者との応対、資材や食材の搬入、心理的介護を完璧にこなした。特に、ハンナの言葉や表情を解析して「ハンナが喜ぶ」言行を最適化する機能が秀逸で、日が経つにつれハンナもドリーに親近感を抱くようになった。ハンナがドリーの手を握ることもあった。そんな時ドリーは「ハンナが心地よい」と感じる温度と圧力や指の動きで握り返すのだった。ハンナはチャット時に「何で指示した通りにできないの? 一回、わからせてやろうかしら」と悪態をつくこともあった。そんな時もドリーは頃合いを見てハンナを後ろから抱きしめるのであった。 ある晴れた日、ハンナはドリーにお姫様抱っこをされて地上に出てきた。ドリーは「ハンナがスマホをシェルターに置き忘れている」ことに気付いていたが、ハンナの表情から無言を貫いた。ハンナはソファに座り、太陽の光を浴びながらドリーの頬を愛撫していた。その瞬間、ヘリコプターの轟音が響き、銃声と共に断末魔の叫び声が聞こえた。唯一の出入り口は爆破され、そこから武装した男が入って来た。男は「お手柄だぞ。CR9。お前は英雄だ」と言うと、銃口をハンナに向けた。その刹那にドリーはハンナを庇い、頬がもがれた。ハンナが必死でシェルターに戻ろうとすると、ドリーは男の前に立ちはだかり、男の両腕を抱えて倒れ込んだ。 身動きが取れなくなった男は「放せ。放してくれ。あの女がスマホを手にしたら、...

真の強者

 昨日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。JSYさんはスマホの翻訳アプリを使って、日本語で挨拶してくれた。妻が「釜山大学で20年教えていたから韓国語で話しても理解できる」と伝えると、JSYさんは施術をしながら俺に質問を投じるようになった。 今回はパソコンに繋がれたままの施術だ。俺も懸命に答えようとするのだが、文字を入力している間に次の話題に移ることが多発して会話が噛み合わない。せっかくの会話の機会なのに即答できないのは辛い。俺は「気持ちいい」と「痛い」を準備して、施術に関する話題には即答できるようにした。そこに通話を終えた妻が会話に合流した。俺は「気持ちいい」を会話の脈絡関係なしに連発して笑いを取りに行ったのだが、空振りに終わった。 施術終了後、JSYさんは妻とケーキを食べながら女子会をして帰宅した。ちなみにそのケーキは長男の手作りだ。前々回の訪問で俺は「妻と長男のコミュニケーション能力に驚いた」と書いたが、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html 真のコミュニケーションの強者はJSYではなかろうかと思った。

追憶の試合

今日の午後、教授蹴球会のAWG教授、JIM教授、KMC教授、SSK教授 ( アルファベット順)  が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。俺が「追憶の試合は何ですか?」と尋ねると、4人の教授が声を揃えて以下の懐古録に収録されている試合を挙げた。 2016年12月某日、新設された人工芝蹴球場の苔落としとして、金井区区庁職員チームと釜山大教職員チームとの親善試合が催された。 釜山大総長の肝入りで実施された行事であったが、冬の寒空の下、大粒の雨が降り落ちるという最悪の天候で、 「いくら何でも中止だろう。見ているだけでも凍え死んじまうよ」 と誰もが思っていたのだが総長の鶴の一声で決行されることになった。 その総長は釜山大教授蹴球会の会員であり、自ら試合にも出場するというのだ。そんな彼に誰が中止の進言ができようか。 前半は水溜まりでボールが止まり、サッカーと言うよりは水遊びと言った趣で、総長がCFを務めていたので、接待と言う色合いが強かったが、雨が止み、時間が経つとともに真剣さの度合いが増していった。 俺のポジションは左MFである。この時は仕事が多忙で週一回の教授蹴球会の練習も欠席がちで、走力は全盛期の半分にも満たない状態であった。加えてこの悪天候のため、今一やる気が出ない状態だった。 しかし、染みついた本能と言うのは恐ろしいものである。相手チームのバックパスが水溜まりで跳ねて相手守備が後逸した瞬間、俺は獲物を狙う豹のように駆け上がり、追いすがる相手守備陣を尻目にそのままシュートを放つ。低い弾道のシュートは相手ゴール右隅に突き刺さり、遅れて倒れこむ相手GKとの構図は完璧だった。 観客席のテントの下で戦況を見守るのは大学本部で奉職している教授達で、数学科の同僚も含まれていた。前半が終わった休憩時間では職員から乾いたタオルを渡され、数学科の同僚から 「半端ないね」と言う意味の誉め言葉を韓国語で言われ、鼻高々だった。 後半に入ると総長はスーツに着替え、観客席に座った。空いたCFに指名されたのは俺だった。そして相手チームには前半出場してなかった若手数名が投入されていた。釜山大チーム守備陣は1対0で終わらせると息まいており、体も十分温まり本気度が増していった。実際、両チームの当たりが激しくなり、最前線に陣取る俺には投入された若手が眼を光らせることとなった。 ...

1分小説 4)「椎名と真紀」 ( 1659字、朗読したら3分 )

 椎名正樹はイベント運営を手がける青年実業家だ。あるイベントのバイト学生の中でひときわ目立つ者がいた。彼女の名は工藤真紀、目鼻立ちが凛としていて、所作には気品があり、機転が利いた。終了後の打ち上げはフロアを貸し切ったカラオケだ。椎名は部下に耳打ちした後、別室に消えた。そこに真紀を含むバイト数人と部下が呼ばれ、まるで申し合わせたかのように次々と離席し、椎名と真紀だけが残された。 「ファッションで最も大事にしているものは何?」と椎名が尋ねると、「やっぱ、ボトムスですかね」と真紀は答えた。 「そう言う割にはイケてないね」 「何言ってるんですか? 作業用ですよ。普段はもっと気飾ってますよ」 「じゃあ、外の店で、真紀ちゃん流コーデを見せてもらおうかな」 椎名は表通りのブランド直営店に真紀を案内すると、店員に目配せした。その店員は真紀に似合いそうな服をかき集め試着を勧め、ブレスレットとネックレスのケースを持って来た。「素敵ですね。でも、どうせ買えないからもういいです。家の門限あるからもう帰ります」と言うと真紀は試着室に戻った。椎名は会計を済ませ、大きな紙袋を片手に店の外で真紀を待っていた。 店員が自動扉を開け、少し遅れて出てきた真紀に椎名は紙袋を渡した。「受け取れません。困ります」と頑なに拒む真紀に椎名は「彼氏に気を使ってんの? ほんの気持ちだよ。気にいらなかったら質屋に売ればいい。いいから受け取れよ」と駄々っ子のように譲らなかった。 「彼氏はいないし、売ったりしません。そんな風にお金をドブに捨てるような人は嫌いです。椎名さんとは住む世界が違うんです」と啖呵を切ると、真紀は踵を返した。すると、通りすがりのほろ酔い気味でガラの悪い二人組みが「いよー、色男、フラれてんじゃん」「そんな男、放っておいて俺たちと遊ぼーよ」と囃し立て、真紀に通せんぼをした。間に割って入った椎名にスキンヘッドの男が下から舐め上げるように顔を動かし椎名を威嚇しようとした。その刹那に椎名は革靴の爪先で男の向こう脛を蹴りを入れた。もう一人の長髪の男が詰め寄ってくると、椎名は男の顔めがけて紙袋を投げつけた。咄嗟に真紀は「逃げよう」と叫んで椎名の手を握り駆け出した。二人は裏通りのラブホテルが立ち並ぶ地域まで走った。そのとき小柄な男が現れ、二人を撮影して消えていった。真紀は「あいつら、仲間を総動員してあたしたち...

1分小説 3)「天蓋からの光」 ( 614字、朗読したら1分)

 収容所に窓はない。一日二回、天蓋が開き光が差し込む。それは同胞が別の施設に送還される合図でもある。未知の場所に連行される恐怖と暗闇で変化のない生活を送る絶望、どっちもどっちだが、このまま生き長らえるより外の世界を見てから死にたいと思うようになった。 今日も天蓋が開いた。選ばれる予感も覚悟もあった。案の定、荷台のような物に乗せられ、エレベーターのような物で外に出た。白く半透明な覆いのために外の世界はよく見えない。 施設に着いたら、シャワーを浴びるように命じられた。「まさか、ガス室?」と身構えていると、上方から皮膚を突き刺すような液体が降ってきた。「身を清めよ」という指示が出されると同時に同胞たちは互いの背中をこすり合った。大量の垢を含んだ浴槽は排水され、すすぎの水が投下された。照明が消され足元が熱くなってきた。「風呂かあ。粋だねえ」という声が聞こえ、同胞たちは踊り始めた。「風呂にしては熱すぎる」と思っていると、意識が朦朧としてそのまま気を失った。 どれくらいの時間が経ったのだろう? 幽体離脱して見た景色は視界を埋め尽くす同胞たちの死骸だった。悲しみと絶望の果てにその光景を美しいと思う思考が湧いてきた。「地獄に堕ちるぞ」という戒めが頭をかすめる。その向こうには母子の姿がかすかに見える。「啓ちゃん、ご飯大好きだね。アーン」という声が聞こえて、幽体離脱が終了して本体は啓ちゃんの口の中に消えていった。

1分小説 2)「初恋の行方」 ( 668字、朗読したら1分強)

 「高層マンションにて火災発生。住人の救助に向かえ」 剛は救命隊員、ヘリに乗って上空からロープを使って降下する。黒煙が窓から噴き出している。住人二人から寝室に閉じ込められているとの通報があった。 「あれは香奈の部屋なんじゃ?」 剛と香奈は高校での三年間同じクラスで過ごした。卒業後、剛は消防学校を経て地元の消防署に勤務しながらオレンジの制服を着るという夢を実現させた、香奈は短大進学して銀行に就職し、上司と結婚した。 ずっと好きだった。しかし、香奈が発するSNSを眺めるだけだった。間取りと窓からの景色の写真から住所を特定するのは剛にとって朝飯前だ。それが救助に生かされてる日が来るとは思わなかった。 バルコニーに降り立ち、火元を確認する。 「台所か。ガス漏れの可能性が高い。探知機が作動して消火されるはずなのに…」 剛は消火器を噴霧しながら前進し寝室の扉を開けた。そこには男女が倒れていた。剛は香奈を肩に乗せ運搬し、ヘリで降下して来た隊員に香奈を預けた。意識を取り戻した香奈は頭を下げた。 「防毒マスクを装着しているから俺とはわからんだろう。さて、旦那をどうするかな?」 再び寝室に入った剛は生殺与奪の権利を手にしていた。事故に見せかけて見殺しにしても咎める者は誰もいない。霊前に花を供えて、香奈に正体を明かし交際が始まるというのも無きにしも非ずだ。 その瞬間、男の携帯電話が鳴った。剛は我に返った。 剛は男を肩に乗せ、スマホの通話ボタンを押した。 「玄関から逃げて。お願い」 香奈の声だった。上空からでも電波は繋がる。 剛は男を救助した。 自身もヘリから垂れる蜘蛛の糸に乗り移ろうとしたとき、バックドラフトが起こった。 剛は病室で目覚めた。 見舞いに来た上官が「九死に一生を得たな」と言った。 「あの、夫婦の命は?」 「夫婦? 奴らは不倫関係だよ。夫が来て修羅場になったそうだ」 剛の初恋は終わりを告げた。

1分小説 1)「飲む、打つ、買う」 ( 816字、朗読したら2分30秒)

俊夫は上機嫌だった。「じいさん、負けたよ。あんたが本当のトップオタだ!」 俊夫の推しは小西唯、給料の大半を飲み代とギャンブルと握手券に注いでいる。その握手会でよく見かける老人に声をかけられ、居酒屋で意気投合し乾杯を繰り返していた。 「今日は俺の奢りだから、どんどん注文して」と言って、化粧室に向かった。帰って来ると老人の姿はなかった。 その帰り道で半グレ風の男に因縁をつけられた。男は駅地下のコインロッカーの鍵を渡し、ロッカーの中の開けて指示書に従うようにとすごんだ。背後から男が見張っている。鍵の番号は524、語呂合せは小西、俊夫はこんな状況でも推しとの再会に心を踊らせていた。ロッカーを開けると、競艇新聞に包まれた札束が入っていた。俊夫は札束を懐に入れると一目散に逃げ出した。 俊夫はネットカフェで夜を明かし競艇場に向かった。札束の額はきっちり百万円、524の三連単にオールイン、当たれば1億、その金で起業してみるか、なーんてな。 奇跡が起きた。換金所で別室に案内され、口座振り込みの手続きをした。 ある考えが浮かんだ。この金を推し活に使ったらどんな見返りがあるんだろう? 俊夫は小西唯のマネージャーに残高をスクショしたDMを送った。その日の夕方、返事が来た。振り込みを終えて指定されたホテルに来いと書いてある。俊夫はその通りにすると、客室に招き入れられ、シャワーを浴びるように命じられた。その後、小西唯が来るから1時間だけ自由にしてよいと言われた。 シャワーを浴びていると、ドアが開閉する音が聞こえた。 浴室の扉を開けようかと迷い30分が過ぎ、服を着直し身なりを整えて30分が過ぎた。扉を開けると、あの老人がいた。「気にいった。お前が本当のトップオタだ。孫はコンサート会場にいる。今度はワシの奢りじゃ。ついでにビジネスのやり方も教えてやろう」

1分小説 0)

 NHKの「編成王川島」は週ごとに芸人が持ち寄った企画を実行してみる番組だ。韓国で4月13日に放送された回では又吉直樹が1分小説バトルという企画を出して、芸人二人とアナウンサー二人が独自の1分小説 ( 600字程度 ) を提出して、3人の審査員がそれぞれのバトルを判定していた。 なんか「1分最強を決める場」がコンセプトの格闘技団体であるBreaking Down みたいだなと思った。1分という短い時間は様々な利点がある。例えば、テレビ番組で普通の小説を朗読することは困難だが、1分小説なら十分可能だし、クソつまらない作品でも1分我慢すれば済む話だ。575の俳句でさえ詠んだときの背景や心情を説明し出すと1分以上かかりそうだ。それなら、1分で完結する文学作品は新たな分野になるのでは? 朗読者を声優に頼んだり、審査員をショートショートの達人である星新一やお笑い界の大御所やエンタメ枠としてスポーツ選手や若者の声を代弁するタレントで構成すれば、視聴率や再生回数が高いコンテンツになると思う。 芸人二人は「グルメのタクシー運転手がマズいラーメン屋に行こうとする客を引き止めるが、客は店主だった」や「芸人になって10年目で初めて得た賞レース決勝の舞台で2年目芸人に才能の差を見せつけられる」という内容の小説を提出していた。本人たちが創作したものと思われる。小説の水準とは別に1分小説で争うという点が新鮮でドラマティックだった。抜き打ちのテーマで衆人監視の下で創作してもらえば、カンニングを防げるだろう。文学に一家言あるタレントを集めて競技会をやれば、盛り上がるし、勝者と敗者で悲喜こもごもの人間模様が見られるだろう。Breaking Down のオーディションのように大会ごとに新しいスターが誕生する仕組を作れば、一大ムーブメントに発展するのではなかろうか? 俺も1分小説に挑戦してみた。これが思っていたよりはるかに難しい。普段からドラマの脚本を批判している立場なので、辻褄を合わせようとすると考え込んでしまうからだ。とりあえずは「質より量」をコンセプトに駄作を量産してみようと思う。そのときはコメント欄にて容赦のない批判や忌憚のない罵詈雑言を浴びせてほしい。

粗大ゴミ仮説

 昨日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。前回の訪問の様子は以下の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html 今回は妻が応対し、JSYさんはマスクを外して施術してくれた。その女性二人の四方山話が尽きることがないのは相変わらずだ。最初はパソコンに繋がっていて簡単な挨拶もできる状態だったのだが、施術の邪魔になると妻が判断して俺はパソコンから切り離されることになった。 俺は施術に身を委ね、筋肉や靱帯が伸ばされる快感に浸っていた。「足裏マッサージは全身に効能が伝播する感じだ」とか「リンパ腺マッサージは気持ちいい」と思っていると、二人の会話は「どうやって出会ったのですか?」の一言をきっかけに俺と妻の馴れ初めに推移していった。こういうときの妻はオープンで、俺が何も言えないのをいいことに「三歳児水準の受け答えが可愛いかった」とか「耳が変形していて、足の爪が黒く変色しているのを見てギョッとした」などの率直な心情を語るのが定番だ。百歩譲ってそれはいいのだが、「こっちの馴れ初めを明かしたのだから相手の恋バナを尋ねるのが礼儀ではなかろうか?」と思った。 施術も終わりに近づき、妻の話は長男の出産に及んだ。そのときに「それまで優しいふりをしていたけど、出産後は本性を隠さなくなった」の衝撃の一言が妻の口から飛び出した。思い返せば、妻の態度が出産を機に一変して、「子供が産まれた瞬間、夫の立場は粗大ゴミ以下になる」という仮説を打ち立てたのだ。 妻の一言によって我が家ではその仮説が真である公算が高くなった。次回は何が解明されるやら。 訂正とお詫び)ある方面から「粗大ゴミという表現は実像とかけ離れている」という指摘があった。確かに、いるだけで邪魔な粗大ゴミのような扱いをされたことは一度もなかった。「粗大ゴミ」は優先順位が下がった悲哀を表現するために用いたが、それは適切ではない過剰な勇み足だった。そのことを強調すると共にお詫び申し上げる。

豊臣兄弟の感想

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」が面白い。いや、正確に言うと、歴史に詳しいか現実性を重んじる人々のウケはよくないのだが、少なくとも俺は面白いと思っている。先ず、役者の演技が良い。特に信長役の小栗旬の演技が素晴らしく、俺の脳内では本物より信長らしいと思うほどだ。第13回では明智光秀役の要潤と浅井長政役の中島歩との絡みがあったが、脚本の意図を十分に理解した名優たちのセリフや表情や所作に舌を巻いた。 豊臣秀吉の伝記自体が農民から関白までの出世物語で、戦はほぼ全勝で、読み物としてこの上ない題材だ。戦国時代とは言え、親の職業を継ぐのが当たり前の時代に家柄も学歴もない男がいつ討ち死にしてもおかしくない足軽から始めて実績を重ねて出世して天下人になったのは「事実は小説より奇なり」を地で行く快挙だと思う。 その歩みを陰で支える弟の秀長が主人公であるのがこのドラマの斬新な点だ。秀長の死後、秀吉は甥の秀次の一族を皆殺しにするなどの事件を起こしているが、それらに触れずにドラマを終えることができるのは「主人公が善人のままで描くことができる」という意味で強味になっている。 豊臣兄弟の若い頃は戦国時代の闇の部分を信長が請け負う構図になっている。明るく朗らかな兄弟の様子を見るのは楽しい。第14回では挟み撃ちに遭った信長軍を逃すために、誰もが嫌がる時間稼ぎの役割を買って出る秀吉のセリフが「自分をここまで引き上げてくれた」という信長への忠誠心と献身性が滲み出ていて心を打たれた。土曜日の再放送を見るのが楽しみだ。

愛するアーセナル

 昨日の20時半からアーセナル対ボーンマスの試合の生中継を観戦した。アーセナルは応援しているチームの一つだ。そのきっかけは名古屋グランパスエイトの監督だったアーセンヴェンゲルだ。彼はアーセナルの監督に就任すると、将来有望な若くて安い選手を獲得してスターに育て上げ高値で売却してクラブに利益をもたらした。名古屋でも見られたように個人の技能や特性を見抜きチーム力に直結させる手法と監督のサッカー感を反映する流麗なパスワークで数々のタイトルを獲得した。経営者としても非常に優秀でクラブの悲願だった自前のスタジアムの建設を現実のものにした。 そのスタジアムでボーンマスを迎え撃ち首位の座を盤石なものにする。そう信じて観戦するアーセナルファンが大半だっただろう。かく言う俺も半ば祝祭気分でキックオフの時を待っていた。現段階で2位との勝ち点差は9、ホームで中位のボーンマスから勝ち点3を挙げ、次節の2位マンチェスターシティとの対戦で弾みをつける。そんな算段を描いていた。 試合開始からボーンマスの攻撃陣はアーセナルの守備陣が保持するボールを追い回しアーセナルパスワークを機能不全にする。ここまではよく見られる状況だ。その体力はいつか落ちてくるだろうし、そんな圧力をさらりとかわせるのが首位に立つ所以なのだ。前半半ばまでそういう展開で、「あれ、おかしい。もしかしたらエースであるサカの欠場が響いているのか?」という疑念を抱いていると先制点を奪われた。「面白くなって来た。これで目が覚めるだろう」と思っていたら、PKを獲得して同点になった。 後半になってパスワークが改善されるが、ただ回すだけでゴールが遠く見える展開にヤキモキしていると2点目を奪われた。CKを何本も獲得してライスが放つ正確無比な弾道が相手ゴールを襲うが不発に終わった。マンチェスターシティは試合数が2試合少ない。今回のアーセナルの敗戦はマンチェスターシティの自力優勝の目を残すことを意味する。終盤まで首位で、最終盤で息切れして2位というのは今まで何度も見てきたアーセナルの伝統芸なのだ。「また繰り返してくれるのか?」という期待を持ちつつ、優勝争いを見守るのが正しいアーセナルファンの楽しみ方なのだ。

長い夜

 昨晩は胃もたれで眠れなかった。周囲が熟睡している中、自分だけストレスを抱えた状態で眠れないでいるのは辛い。誰かを起こしても対処の方法がないので、いびきの回数を数えながら夜明けを待つことになる。胃もたれが解消しないと眠れない。四肢が動かない俺は気分転換ができない。想像や追憶のみで時が過ぎるのを待つしかない。「台湾での生活は楽しかった」という追憶はこれまでに何十回も使用してきた。まだまだ思い出すことは沢山あるはずなのに、胃もたれのためだろうか瑞々しい発想が浮かんでこない。目を閉じても眠気は訪れない。傍らで睡眠中の妻は就寝時から3時間は俺の歯ぎしりに反応しない。それでも歯ぎしりを二回、三回、五回、七回、やってみる。妻の様子に変化はない。「ぐっすり眠れることは健康に良い。鋭敏で一度起きたら眠れない体質だったら、簡単な用事で起こすことは憚られただろう」と考え、妻の快眠を福音と捉えた。「なんかやけに体が熱い。今、何時だろうか?」と思い、アヒルを鳴らすと次男がやって来た。布団を剥がしてもらい、「目をふいて」などの用事を頼んだ後に布団をかけてもらった。時刻は午前3時、妻はすやすやと寝ている。それから胃もたれに耐えながら、妻が寝返りを打つたびに歯ぎしりをして妻の自然な目覚めを待ち続けた。その時が訪れたのは午前5時15分、妻は俺に水分を補給して、再び深い眠りについた。胃もたれはやや軽くなったが、まだ完全に解消したわけではない。しばらくすると窓が白み始めた。午前6時半のアラームが鳴った。妻はアラームを消して眠りについた。妻は平日の平均睡眠時間6時間の生活をしている。週末に寝貯めをすることで収支を合わせている。午前7時のアラームが鳴ったが、俺の歯ぎしりは鳴らなかった。それから一時間が経ってから、妻を起こした。とうとう夜の間中、眠れなかった。ようやく胃もたれが収まり、テレビをつけてもらい、それを子守歌代わりにして眠ることができた。 追伸)昨日、CJS教授が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。

「風、薫る」を批判してみた

 NHKの朝ドラマ「風、薫る」を批判してみた。 1)主人公のりんの父親はコレラに感染し、りんへの感染を恐れて物置きに引きこもり、りんが入って来れないように扉を動かなくしていた。父親が息絶えた後にりんが普通に扉を開けて物置きに入った場面に違和感があった。東京からの帰りにコレラ対策で村に入れなくなった母親と妹がどこで夜を明かしたのかも気になるところだ。寄り付く人がいない状況でどうやって父親を火葬したのかも疑問だ。 2)りんは母親を養うために金持ちの家に嫁ぐ。嫁ぎ先も後継ぎを産む後妻が必要だったはずだ。しかし、結婚披露宴の段階で夫の態度が冷淡だった。その場面では、夫はデレデレさせてその後に家柄と教養の夫婦格差が拡大して破局に至るという方が、説得力があった。 3)家が火事になったとき、妻子を見捨てて姑に連れられて逃げた夫に愛想をつかしたりんは娘をおんぶして実家に帰る。実家から小包が来た場面から実家と嫁ぎ先は歩いて行ける距離ではないと思われる。火事現場から姿をくらませば、放火犯の濡れ衣を着せられ兼ねない。りんの母親は「東京に住んでいる叔父のところに行け」と言うが、夜道を幼子を連れて遠出することの危険性をあまりにも軽視している。りんの幼馴染が舟を手配してくれるのだが、暗闇で川下りする船頭はいないだろうし、いたとしてもその運賃は高額になるはずだ。 4)もう一人の主人公である直美は孤児で教会を転々としているという設定で、マッチ箱作りの職をクビになり、職探しに苦労する。直美が通う教会は米国から派遣された伝道師がいて、炊き出しをするくらいだから、潤沢な資金が供給されているはずだ。教会でアルバイトの仕事を用意してやれよと思うし、明治時代の東京なのだからいくらでも仕事はあるだろうと思う。直美の英語力を外国人の観光ガイドに使えば、一日で日本人店子の月収分が得られるだろう。

36年前の新歓コンパ

 今から36年前のことだ。俺は新歓コンパの会場にいた。「新歓とは新入生歓迎という意味だろう。しかし、コンパとは一体何だろう?」と思いつつ、場の雰囲気から「コンパとは飲み会のことか」と合点がいった。理学部の新入生は物理と数学や数学と生物のように二つの学科が合わさったクラスで履修することになっていて、その区分で新歓行事も進行していた。 新入生全員が自己紹介することになった。最初の奴のスピーチがすごかった。短く簡潔でありながら爆笑を誘発していた。「これが基準になるのか。なんとかして面白いことを言わなきゃ」と思ったのは俺だけではなかった。その後も名前と出身地で終わらない面白スピーチもしくは口下手な者が場を繋ぐ一気飲みが相次いだ。全員の自己紹介が終わった後に「最初の奴は二年生で、事前の行事から偽名を使い新入生のふりをしていた」ことが明かされた。 「そこまでして盛り上げようとするなんて!」と呆れるやら感心するやら、同級生より数学科の先輩たちを観察するようになった。「派手で個性的な人ばかりだ。一年後に同じようになるとは到底思えない」という感想を抱いた。サクラを見事に演じ切ったのは大野さん、吟遊詩人のような雰囲気の藤本さん、スカジャンが似合う西村さん、ジョンレノン眼鏡の古澤さん、のように今になっても名前を覚えていること自体がその日の印象が鮮烈だったことを物語っている。 その後も一年上の先輩方との交流が続き、福本さんと箕牧さんに「ガロアの夢」の輪読会に誘われたし、留年した西村さんはインターネット黎明期にシンディクロフォードの白黒写真を壁紙にしてくれたものの解除の仕方がわからず女性技官から白い目で見られたし、鹿児島大学に就職した古澤さんは俺を集中講義の講師として招待してくれた。「全ては36年前のあの日から始まっているんだ」と思うと感慨深い。

NBAプレイオフの展望

 NBAプレイオフについての展望を述べる。ただしレギュラーシーズンに視聴した試合とチームに偏りがあるので、公平性や客観性や信憑性が全くない極私的展望である。 1)優勝候補の筆頭は今シーズンの最高勝率を叩き出したオクラホマシティサンダーだ。エースであるSGAの得点力は去年のプレイオフで証明済みで、負傷などの不測の事態がなければ普通に二連覇達成しそうだ。チームとして組織的守備が確立されているのも強味で、積極的にスリーポイントシュートを狙うスタイルは強かった時期のウォリアーズを彷彿させる。唯一の欠点は前半で大差がついて、後半の観戦意欲が減退することだ。攻守に高いレベルを備えたカルーソのような名脇役がいるし、ウィリアムズのようなイケイケ野郎もいるのが心強い。 2)その対抗馬はサンアントニオスパーズだ。エースであるウェンビーにはデビュー当時の「線が細くリーダーシップに欠ける」という印象を脱し、今シーズンは守備ではブロックショット、攻撃ではアリウープで制空権を握り、チームメイトを鼓舞し、アシストパスを供給する、実に魅力的な選手に変貌していた。怪我で欠場することが多いのが玉に傷で、そういう試合を2試合観戦した。そこで活躍していたのがキャッスルだった。最初は「髪型が独特だ」と外見に注目していたが、シュートの上手さやドリブル時の間合いなどの実力に目が向くようになった。ハーパーやジョンソンなどの脇を固める選手も充実していて、ウェンビー抜きでも結構強いことがわかった。 3)レイカーズ、ナゲッツ、ロケッツ、ウルブズは団子状態で、それぞれ、ドンチッチ、ヨキッチ、デュラント、エドワーズのエースがいるのだが、チームの総合力は上記の2チームには及ばないと見る。西地区決勝では上記の2チームが雌雄を決すると予想するし、両エースが万全の状態で臨んでほしいと思う。 4)東地区はデトロイトピストンズが最高勝率で、ボストンセルティックスがそれに続く。ピストンズの試合は見ていないし、「なぜ急に強くなったのか」もわからずじまいだ。セルティックスのエースであるテイタムはアキレス腱断裂でチームを長期離脱していた。それでこの成績なのだから恐れ入る。テイタムが復帰した今、東地区を制するのはテイタムと新エースのブラウンを擁するセルティックスと予想する。

解散宣言

 JIM教授から妻へ電話がかかってきた。そういう場合、妻はスピーカー機能をオンにして通話内容を聞こえるようにしてくれる。JIM教授は釜山大学教授蹴球会の創立者であり、長年に渡って会長としてチームをまとめてきた。俺も含めて自己主張の強い個性派揃いの会員たちを御していくには「全てを包み込む皮袋」に徹することもできる人格のJIM教授が適任だった。 「教授蹴球会の中核メンバーが定年退職してしまって、これを機に解散することにしたよ。平坂教授に伝えなきゃと思い電話したんだ」という内容が妻のスマホから聞こえた。俺が蹴球会に参加できなくなって丸7年になる。その当時も最年少メンバーだったし、新しいメンバーが入って来ないという高齢化問題を抱えていた。「ついに来るべき時が来た」というのが感じで受け止めていた。 金曜日の15時に陸上競技場に行くのが楽しみで、全力で走り全力でプレイして終了時間の17時には疲労困憊になって研究室に戻るのが心地よかった。ゴールを決めたチームメイトに駆け寄ってハイタッチの後胸を合わせて祝福するのが俺の流儀だったし、そうやってサッカーの持つ一体感を味わっていた。遠征試合前日の飲み会も出陣式みたいな雰囲気で楽しかったし、試合終了後にサウナで汗を流し別会場に移動しての飲み会も楽しかった。何も喋らなくても居場所があるような気がした。 釜山大学教授蹴球会で過ごした時間は俺の青春だったし、それと似たようなことを俺以外のメンバーも感じていると思う。そんな時間を共有していたメンバー全員に感謝を伝えたい。

復活祭の朝

 起床してテレビを見始めた30分後、妻が「今日は復活祭だから聖書を読もう」と言ってテレビを消した。「五分後に「日曜討論」が始まるのになあ。せめて断りを入れてから消してほしかった。反論もできない俺に己の無力さを自覚させるムゴい仕打ちだ」と思ったが、「どうしても見たい番組でもないし、毎日の介護で苦労をかけていることに比べたらなんでもないことだ。そして聖書を朗読してもらうのは嫌いではない」と思い直し、妻に従うことにした。 マタイの福音書のキリストが処刑される前日からの部分が朗読された。日本語の聖書の朗読で、合間に水分補給や痰吸引が入るので、朗読は一時間経っても終わらなかった。俺が歯ぎしりをして一時中断して「そろそろ三男に教会に行く準備をさせなきゃ」みたいな内容を文字盤で伝えると、妻は気分を害したようで「一体いつになったらあなたに信仰が授かるのか」と嘆かれた。 妻の信仰は筋金入りだ。その水準を俺に要求されても「ぐぬぬ」としか言えない。こんなこと書いたら妻の更なる怒りを買うかもしれないが、俺の信仰は薄っぺらで円満な夫婦関係のためだけのものだ。そうは言っても、四半世紀に渡る教会での体験からの影響は無視できない。信仰に殉ずる人々の心の純粋さ、牧師先生の無償の愛に触れたこと、聖書をノートに書き写していた義母、悩みを共有し祈祷したこと、日韓と台湾で出会った人としてのスケールが大きい人々、いずれも感銘を受けたし、薄っぺらな俺を教会に向かわせた。 それだけでも物凄い進歩だと思うのだが、肝心の妻は認めてくれないんだろうなあ。

日本対イングランド戦

 ユーロ2024でイングランド代表の試合を見たが、「これだけスター選手が集まっているのに、なんでこんなにつまらないサッカーしかできないんだろう?」という感想を抱いた。その後、監督がチャンピオンズリーグを制した名将トウヘルに交代して、北中米ワールドカップ予選を8戦全勝で突破して新生イングランドを印象付けた。 今回の日本対イングランドの親善試合でサカやケインなどの主力の離脱が相次いでいることが報道されていた。そうは言っても、残りの選手がイングランドプレミアリーグのスターであることは変わらない。試合会場はサッカーの聖地ウェンブリースタジアムで、九万人の大観衆が押し寄せることも報道されていた。わかりやすく喩えると、国立競技場で日本対インドネシアの親善試合に日本のゴールラッシュを期待するファンとサポーターが集結するようなものだ。 スコットランドに1対0で勝った日本であるが、富安の離脱が報道され、久保と南野という攻撃の核が不在の中、「今まで何度も経験した期待して裏切られる試合が再現されるか否か? 昨年のブラジル戦での逆転勝利みたいなこともあるからなあ。しかし、生中継が見れないのが悔やまれる」なんてことを考えながら眠りについた。 朝、起きて7時のニュースで日本が1対0で勝ったと聞いてびっくりした。ニュースでは静止画しか出ないので、ネットでハイライトと戦評動画をハシゴした。三苫、中村、三苫のパス交換からのゴールは美しかった。その後から試合終了まで、イングランドの猛攻に守備が破綻することなく無失点に抑えたのは称賛すべきだし、ワールドカップ本選に向けての自信と経験になったと思う。悩ましいのは今回の勝利で警戒されるようになり、本選でロングボール主体や堅守速攻のような日本が苦手とする戦術を徹底されることだ。そのような意味で初戦にオランダとガチンコ勝負できることはよかったと思う。決勝トーナメントで勝ち進むことを考えたら、3位抜けの方がブラジルとモロッコを回避できるので望ましいと思う。

イランからの便り

 テヘランの大学が空爆されたというニュースが目に入った。俺のかつての弟子がイランの大学で教鞭を取っていることは以下で触れた。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/06/blog-post_12.html その後、R君から「第一子が無事に産まれて幸せに暮らしている」という便りが来たイランが最初に空爆されたとき、イランで反政府デモが起きて粛清されたときにメッセージを送り合った。しかし、一ヶ月前から始まった空爆後は連絡できないでいた。その理由は、日本は米国の同盟国で空爆を加担する立場だったこと、R君が反政府か政府寄りかの立場が不明だったこと、以下で触れているように俺の考えも曖昧だったことが相まっていたからだ。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post.html 更に、この一ヶ月間本欄で大相撲、WBC、将棋、サッカーなどのエンタメを紹介してきたことが「本当に心配なら、そんなことを見る気持ちにならないはずだ」という自己矛盾に陥っていた。冒頭のニュースを見て、衝動的にR君に連絡するに至った。 その翌日、R君から「無事だが、何万人の同胞を殺した政府は………」という複雑な心境が垣間見える返信が来た。 安心した。 自己矛盾は解決してないが、「本当に心配なら笑う気持ちになれない。飯を食う気持ちにもなれない」というわけでもないと思うので今まで通りに綴ることにする。 追伸)前回の投稿の最後の段落が気にいらなかったので以下のように書き直した。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_31.html