1分小説 4)「椎名と真紀」 ( 1659字、朗読したら3分 )

 椎名正樹はイベント運営を手がける青年実業家だ。あるイベントのバイト学生の中でひときわ目立つ者がいた。彼女の名は工藤真紀、目鼻立ちが凛としていて、所作には気品があり、機転が利いた。終了後の打ち上げはフロアを貸し切ったカラオケだ。椎名は部下に耳打ちした後、別室に消えた。そこに真紀を含むバイト数人と部下が呼ばれ、まるで申し合わせたかのように次々と離席し、椎名と真紀だけが残された。

「ファッションで最も大事にしているものは何?」と椎名が尋ねると、「やっぱ、ボトムスですかね」と真紀は答えた。

「そう言う割にはイケてないね」

「何言ってるんですか? 作業用ですよ。普段はもっと気飾ってますよ」

「じゃあ、外の店で、真紀ちゃん流コーデを見せてもらおうかな」

椎名は表通りのブランド直営店に真紀を案内すると、店員に目配せした。その店員は真紀に似合いそうな服をかき集め試着を勧め、ブレスレットとネックレスのケースを持って来た。「素敵ですね。でも、どうせ買えないからもういいです。家の門限あるからもう帰ります」と言うと真紀は試着室に戻った。椎名は会計を済ませ、大きな紙袋を片手に店の外で真紀を待っていた。

店員が自動扉を開け、少し遅れて出てきた真紀に椎名は紙袋を渡した。「受け取れません。困ります」と頑なに拒む真紀に椎名は「彼氏に気を使ってんの? ほんの気持ちだよ。気にいらなかったら質屋に売ればいい。いいから受け取れよ」と駄々っ子のように譲らなかった。

「彼氏はいないし、売ったりしません。そんな風にお金をドブに捨てるような人は嫌いです。椎名さんとは住む世界が違うんです」と啖呵を切ると、真紀は踵を返した。すると、通りすがりのほろ酔い気味でガラの悪い二人組みが「いよー、色男、フラれてんじゃん」「そんな男、放っておいて俺たちと遊ぼーよ」と囃し立て、真紀に通せんぼをした。間に割って入った椎名にスキンヘッドの男が下から舐め上げるように顔を動かし椎名を威嚇しようとした。その刹那に椎名は革靴の爪先で男の向こう脛を蹴りを入れた。もう一人の長髪の男が詰め寄ってくると、椎名は男の顔めがけて紙袋を投げつけた。咄嗟に真紀は「逃げよう」と叫んで椎名の手を握り駆け出した。二人は裏通りのラブホテルが立ち並ぶ地域まで走った。そのとき小柄な男が現れ、二人を撮影して消えていった。真紀は「あいつら、仲間を総動員してあたしたちを探しているんだよ」と言った。椎名は「俺に考えがある」と言って、真紀の腕を掴み、ホテルの一室に真紀を強引に連れ込んだ。

椎名は動悸が収まらず、「ハア、ハア、こんなに走ったのは学生の時以来だよ。真紀ちゃんの言う通り、お金をドブに捨ててしまった。でも、逃げてる間中、真紀ちゃんと、ハア、ハア、心が、つながっている、感じがした」と言った。真紀は「そうだね……」に続けて、「ここからどうやって出るの?」と尋ねた。「裏社会に詳しい知り合いがいるんだ。その人に頼めば、この辺りを締める組員を紹介してくれる。毒は毒をもって制す、というやつだ」と椎名は言った。真紀は時計を見て、「すぐには出れないね。すごい汗だから先にシャワー浴びなよ」と言って椎名の背中を押し浴室に送った。

浴室から椎名の鼻歌が聞こえてきた。そのとき、客室のドアが開いた。入って来たのは角刈りの男、「お嬢さん、ご無事でしたか?」と言うのを遮るように真紀は客室の外に出た。

「中川、お父さんには適当に説明しておいて。今度はどこにGPSを仕掛けたの? あんたのせいで、逃げ場も自由もないよ。あ〜、普通になりたい」

「すいません。組長から仰せつかった最重要任務なんで」

「先に帰るけど、手荒な真似はしないで。あたしを助けようとしてくれたから」

「へい。おやっさんに引渡しますが、今さっきお嬢さんが仰った恩義は伏せておきます。でないと、おやっさんの怒りが収まりませんから」と中川は答えた。

コメント

  1. 面白い!志穂美悦子「二代目はクリスチャン」薬師丸ひろ子「セーラ ー服と機関銃」思い出しました。快感!赤川次郎好きでした。読んでた?三毛猫ホームズシリーズまだ続いてるね。犯人追うなら猫より犬だよね。少しセクシーシーンを期待してしまいました。

    返信削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

同級生、来たる

まだ六割残っている!

32年の時を経て