文学の危機

 川柳や作文のコンテストの中止が相次いでいるというニュースを見た。その理由は応募作品がAIで作られたものなのか判別できないからだそうだ。確かに、テーマを入力して評価基準を明示すればAIは一瞬で数十個の候補川柳を作成してくれるし、年齢制限に応じた語彙や表現で「あたかも人間が書いた文章」のように偽装することも容易だろう。

これは文学の危機ではなかろうか? 現在であれば、AIが作成した小説は鼻で笑われるレベルだ。しかし、近い未来に文学賞レベルの作品がAIで大量に生成される時代が訪れるだろう。例えば、夏目漱石の作品群をAIに読み込ませて「あたかも文豪が書いたかのような作品」が偽装されるということだ。「そんな小説は読みたくない」という人は多いと思うし、「どうせAIを使っているんだろう」と全ての作品が色眼鏡で見られるだろうし、作家への評価も地に堕ちるだろう。

最近、1分小説というシリーズを書き始めた。ここではっきりさせたいのが全ての1分小説のあらすじは俺の頭の中で生まれたもので、その後AIに感想を尋ね微調整しているということだ。AIは生意気にも感想を述べるだけでなく「もう一段階上の水準に引き上げるためには」を枕詞に様々な提案や修正候補を例示してくるが、俺は敢えて従わないようにしている。ただし、例外はある。例えば、1分小説  3)で

https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/04/3-614.html

「まさか、ガス室?」というセリフがあるが、現文では「まさか、アウシュビッツでの惨劇が繰り返されるのか?」だった。AIが「ホロコーストに敏感に反応する人もいる」という指摘をしてきて修正した経緯がある。

このようにAIを適当に活用している。コンプライアンスが叫ばれる昨今、瞬時に問題点を洗い出してくれるAIはプロの作家でも重宝するだろう。また一歩AIの沼に世の中が飲み込まれていく。

コメント

このブログの人気の投稿

同級生、来たる

まだ六割残っている!

32年の時を経て