藤井と永瀬の名勝負
昨日、将棋名人戦第一局を観戦した。名人位に君臨する藤井聡太が挑戦者である永瀬拓矢を迎え撃つ一番だ。名人戦は二日制で昨日は二日目だ。観戦を始めたのは14時、この時、局面は終盤を迎えていて、AIによる評価は藤井優勢を示していた。 大盤解説でも藤井優勢を裏付ける手順が示されていて、藤井の残りの考慮時間は2時間、藤井の勝利は盤石のように見えた。しかし、永瀬は指さない。残りの考慮時間を費やして逆転の一手を探していた。「往生際が悪い」と思いつつも、これまでの永瀬の将棋道を極めようとする禁欲的な逸話の数々を知る者として「このクソ粘りこそが永瀬の真骨頂」と永瀬に感情移入し応援する気持ちが生じた。ただし解説陣は手が一向に進まないので話題に苦労しているように見えた。 熟考の末、永瀬が指したのは歩か銀で取られる位置に桂馬を打つという勝負手だった。今度は藤井が指さない。夕食休憩を挟んでの長考の後指したのが桂馬を銀で取る手だった。なんとそれ以外の守り方であれば永瀬優勢に逆転していたらしい。つまり、永瀬はいたずらに時間を費やしていたのではなく、巧妙な罠を編み出していたし、藤井はその罠に関する変化手順の全てを読んでいたのだ。それに対する永瀬の応手は歩で銀を取る自然な手だった。 クライマックスはここから始まる。藤井は捨て駒の桂馬を打つ。永瀬の考慮時間は5分しか残っていない。永瀬は藤井が打った桂馬を取る。AIの評価値はそのままだ。詰みがある場合、AIの評価値は99になる。そうならないということは詰みがないということかと思っていたが、さにあらず、なんと藤井はAIより早く35手詰めを読み切っていたのだ。恐ろしいまでの終盤力を発揮した藤井が第一局を制した。またしても引き立て役に回ってしまった永瀬だが、少なくとも俺は応援しているし、藤井からタイトルを奪う日が来るのを信じている。