海外放浪記 1)2)
これまでの海外旅行と海外出張を古い順に並べてみた。
1)韓国、釜山。おそらく1996年1月。博多埠頭から出発するホバークラフトに乗る予定だったが、天候不順で欠航になった。旅行会社のパッケージ旅行だったので、手配された飛行機で行くことになった。地下鉄とバスを乗り継いで梵魚寺に行った。旅行マニアの友人についていくだけだったので楽だった。ホテルは釜山駅の近くで超豪華だった。ホテルの従業員は日本語ができて親切だった。夕食は外で摂ることにした。その日は体験したことがない寒風が吹き荒れていた。一時間歩き回ったが、目ぼしい食堂が見つからない。体が冷えきって我慢の限界というところで煌々と明かりがともるタッカルビの店が見えた。真っ赤なタレに漬けられた鶏肉が鉄板の上で焼かれていく。想像したより辛くなくほっとした。食べ進むうちにタッカルビがとても美味しい食べ物だと認識した。その印象が強くて翌日何をしたか全く覚えてない。
2)中国、上海。おそらく1997年7月。指導教官一門の学生数名と教員が同行する大所帯だった。空港からタクシーで移動した。そのタクシーがオンボロで、運転も荒く交通も車線の区別がなくて無秩序で生命の危険を感じた。上海交通大学のゲストハウスに宿泊した。現地の中国人から道を聞かれることが三回あった。俺の外見が現地に馴染んでいて「祖先を辿れば上海に行き着くのでは?」という思いに駆られた。抜け駆けして一人で近所の食堂でチンジャオロースを食べたが、皿の底に一匹の油にまみれたハエがいた。その当時は現代的な百貨店の近くの路地には洗濯物を干すロープが道をまたぐような光景が方々で見られた。そういう路地を日本語を話しながら歩いていると、どこからともなく石が落ちる音が聞こえた。夜だったので怖くなり無言で帰った。日中にバスで移動する機会があった。その日は猛暑で湿度が高かった。しかし、そのバスにはエアコンがなかった。汗まみれになり、不快指数が頂点に達しようとするとき、少女の歌声がバスの中に響き渡った。その高い透き通った歌声を聞いていると涼風が吹いて来たような気がした。キャンパス内にはバスケのコートがあった。昼休みになると飛び入りでゲームに参加した。そこで知り合った内モンゴル出身の学生と学食を食べた。研究集会の中日の夕食会では高級そうなレストランに案内された。皮が透明な点心は美味だった。二次会は先輩たちと連れ立って名城酒家と言う食堂に行きヘビやカエルなどの悪食に挑戦した。不謹慎ながら研究集会のテーマや内容は全く覚えてない。
食べ物の印象って脳に残るよね。味とか匂いで思い出すこともあるし。
返信削除食べ物で喧嘩になったことが我が家で何回かあります