海外放浪記 20)21)

 これまでの海外旅行や海外出張を古い順に並べてみた。なお、前回は次の通り。

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20)ロシア、モスクワ。2007年7月、この年に行ったのかどうかの自信がない。白状すると、その時期にたまたまモスクワ滞在中のEK教授と研究打ち合わせをするという名目で行ったが、研究の話をする時間は十分には取れなかった。モスクワの地下鉄があまりにも深い位置にあるのを見て、「核戦争が起こったらシェルター代わりに使用されるのだろうか?」と勝手な想像を膨らませた。EK教授はPOSTECHで勤務していた頃の同僚で、昼飯をよく食べに行った。議論好きで、あらゆる事象に対して意見を求めてきた。議論が煮詰まってくると「俺は常に正しい」というフレーズが話題転換の合図となった。EK教授の案内でクレムリンなどの名所を周った。その日のハイライトはバレエの観劇だった。そのことを過去に書いているので以下に引用する。

15年程前の話である。モスクワのボリショイ劇場別館、舞台下の空洞では交響楽団が演奏している。その空気の流れが感じられるほど前の座席に座っていた。友人の粋な計らいで実現したバレエ観劇であったが、寿司を食べたこともない子供が「すきばやし次郎銀座店」のカウンターに座っているような違和感がありありだった。

白のカッターシャツにジーンズと言う数学者の正装で来た俺は烈しく後悔していた。ドレスコードがあったわけでも観客全員が着飾っていたわけでもない。最高の舞台で選ばれし者たちが演じる極上の娯楽を称える観客の服装も一張羅であるべきという思いに駆られたからである。

空手をやっていた俺はバレエダンサーをアスリートとして見ていた。その跳躍力、空中姿勢、手足を意のままに操る技術、どれをとっても一般人が一生努力しても到達できない水準を有しており、神々しいオーラを放っていた。

芸術に疎い俺が何故ここまで音楽と融和した舞台上での群舞に引き込まれるのか、そのこと自体が芸術性の高さを物語っているのだろう。一流の運動能力を有し、遊びたい盛りの思春期をバレエに捧げ、鍛錬と研鑽を積み、競争を勝ち抜いた者達が繰り広げる総合芸術を堪能した夜だった。


21)ロシア、サンクトペテルスブルグ。2007年7月。共同研究者勢揃いの研究集会に参加した。世話役のIP教授はその後何度も釜山を訪問してくれた。訪問のたびに夫人同伴で我が家で会食する家族ぐるみの付き合いをしていた。専門分野が近く議論すれば打てば叩くように響き合った。ただし、彼の研究力は圧倒的で、俺が長年解きたかった問題をMM教授との共同論文一本で解決してしまうほどだった。同地の緯度はかなり高く、白夜が拝めるほどだ。研究集会初日の夜は白夜の下多数の船舶が航行する港を見物した。研究者仲間が一同に会した高揚感も相まって港の風景はどこまでも幻想的だった。最終日はエルミタージュ美術館で名画の数々を鑑賞した。気になったのは美術館の展示方法があまり洗練されておらず、せっかくの名画がバーゲンセールのように並べられていることだ。話は前後するが、モスクワに行く前に同地からの国内線で向かった。そのときに一宿一飯の世話になり、空港まで同行してくれてチケットの手配をしてくれたIP教授夫妻にこの場を借りて御礼申し上げる。韓国ではよく「迷惑をかけ合うほど仲が良い」と言われるが、俺とIP教授夫妻との仲もそんな感じで、互いに遠慮することなく、屈託のない付き合いをさせてもらったと思っている。

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