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12月, 2025の投稿を表示しています

長女といっしょ

 昨晩はNetflix配信の「白と黒のスプーン」を長女と一緒に視聴した。韓国で活躍する料理人100人をスタジオに集めて料理対決を行う企画で、その壮大なスケールに圧倒された。一日数十万円規模の売上げの店の料理人を休業させて一同に集めて、80個の調理台を備えるスタジオを準備するだけでも莫大な出演料と設備費がかかることが予想されるが、「イカゲーム」のような世界的ヒットを飛ばせば回収できると考えているのだろう。自国にしか市場がないテレビ局と世界規模で加入費を徴収できる動画配信会社最大手との圧倒的な差を見る思いだった。 加入者の一人としては、日本のテレビ局と交渉して「俺たちひょうきん族」「タモリのスーパーボキャブラ天国」「天才たけしの元気が出るテレビ」等の番組を配信してほしい。そうなったら、月々の加入費が値上げされたときに簡単に同意してしまうんだよなあ。「商売が上手い」と思う。 4日前に悪夢を見て、妻を起こした。そのことが妻経由で長女に伝わり、長女に「ねえ、お父さん、どんな夢を見たの?内容をブログに書いてよ」と圧力を掛けられている。今、冷静になって考えると悪夢と言うほどではなかったが、そのときは恐怖に震え、額には脂汗をかいていた。以下はその内容だ。 俺は普通に歩いていて、バスに乗り込み、座席に腰掛けた。そのあとに老人の集団がやってきて、バスの座席は満席になったが立っている人はいなかった。しばらくすると、おじいさんと若者がやってきて、俺の目の前で立っていた。その瞬間、体が動かなくなり、言葉を発することもできなくなった。すると若者が声を上げて非難してきた。周囲の老人たちの視線は俺に注がれたが、俺は下を向くことさえできない。そのうち、女性の若者が現れた。助けてくれると思っていたが、彼女は眉を吊り上げ罵詈雑言を浴びせてきた。俺は怖くてしょうがなかったが、その状況を回避する方法はなかった。以上だ。 俺が現在見ている壮大な悪夢はいつになったら覚めるのだろうか? 追伸)長男が大村に向かった。

エドについて 後編

 その当時、俺は携帯電話を持っていなかったが、エドは持っていた。SNSやemailは勃興期で、エドとの連絡手段は電話による音声に限られていた。大学の研究室の内線電話で通話した記憶はあるのだが、その番号をエドに伝えた記憶がない。大学から下宿先の町までの直行バスを逃すと、次の直行バスまで90分待つことになる。そんなときはテルアビブのバスセンターで乗り替えて帰るのが常だった。そのバスセンターでエドに電話して、近くにいれば会う、いないなら次回、という感じで二週間に一回の頻度でエドと会っていた。大抵は「踊りに行こうぜ」「俺はダンスはできない」「簡単だよ。こうやってリズムを取るだけさ」と言いながら鳩のように首を上下に動かす、などの他愛のない話ばかりだったが、たまに深刻な話題を議論することもあった。 「ナイジェリアは三つの宗教によって分断されていて、互いに争っているんだ。俺は祖国のために何かしたかったんだが、その方法が分からずに国外に出たんだ」とエドは言った。俺の目の前にいる男は、ナンパ師ではなく憂国の志士だった。俺は日本について話すのが躊躇われた。なぜなら、日本が抱える問題はお気楽なものばかりで、深刻度という点でナイジェリアと釣り合いが取れないからだ。エドは続けて「俺は大学に行っている奴らが羨ましくてしょうがないんだ。学歴があれば、信用や人脈が生まれる。それらはのし上がって力を得るために必要なんだ」と言った。最初は面食らった俺だったが、エドの話を聞くうちに共感し、応援したいと思うようになった。後日、エドの希望に沿ってオーストラリアの大学の入学情報をインターネットで調べて、印刷したものをエドに渡した。しかし、実際に入学するとなると、高校の成績、学費と生活費を保証する預金通帳の写し等の様々な書類が必要になる。当時の俺は精一杯のサポートをしたつもりだったが、今振り返ると、それは全く表面的だった。 冬も終わりそうな頃、エドは「昨日、選挙に行って来たぜ」と言った。「お前、選挙権あるのかよ」と言うと、エドは身分証を見せて、「ああ。市民権は簡単に取得できる。兵役があるけどな」と答えた。その日はエドの誘いでモンゴル料理の店で食事することにした。ユダヤ人は、豚肉を食べる、乳製品と肉類を同じ皿に乗せることを禁じられている。そのためにチーズバーガーはないし、ピザの上に肉が乗ることはない。それ...

エドについて 中編

バスの中での会話でサッカーの話になった。俺は「オコチャ、オリセー、ババンギダ、カヌー」などとナイジェリア代表のスター選手の名前を口にした。エドは「そのくらい知っていて当然」という態度で彼らに対する批評を述べた。話題はバスケに移り、「お前はバスケ上手いだろう」と言うと、エドは「黒人は全員バスケが上手いと思っているだろう」と言ってやれやれのポーズで不満を示した。「まさか、誉め言葉が人種差別になるとは夢にも思わなかったぞ」という狼狽を隠すために、「違うんだ。俺はプレイグラウンドでバスケやサッカーをやるのが好きなだけなんだ。さっきの問いはただの興味からだ」としどろもどろに対応した。「次に会うときはバスケをするのはどうだろう?」と前言を正当化するための提案をすると、エドは「土曜日の午後5時なら空いてるよ」と言って、約束が成立した。 エドは一時間遅れて屋外バスケコートにやってきた。その間はシュート練習していたので、腹も立たなかったし、むしろ、すっぽかさなかったことに驚いた。「悪い、悪い。仕事が長引いちまってな」とエドは言った。エドのバスケの腕前は初心者レベルだったし、それほどバスケに関心を示さなかった。俺らは近くのショッピングモールに移動して食事を摂ることにした。入った店は名称に「王」が含まれるハンバーガーチェーン店だった。ちなみに、イスラエルの其れはトマト、タマネギ、レタスの鮮度が素晴らしく、肉の量も多く、日本のものとはまるで別物だった。エドは食通を気取って、「チューリッヒで食べたバーガーセットはこれよりはるかに美味い。ポテトを揚げる油の質が高く、格段に美味しい」と主張した。 意外にもエドは約束時間を守る男だった。時間を守らなかったのは1回だけと記憶している。エドの住む下宿に立ち寄ったこともあった。そのときに、中学生くらいの白人の少女がそこに入って来て「ねえ、エド。この前貸したCD、聴いてくれた?」と尋ねるのである。どう見てもエドに恋心を抱いてる表情だった。そのことをエドに尋ねると、「近所だから仲良くしているだけだ。まだ子供だよ」という答えが返ってきた。その例だけでなく、商店街を歩けば肉屋の主人が「いよう、エド。調子はどうだい?」と声を掛けてくるし、それだけでなく、商店街のいたる店から声がかかった。エドはエドで初対面と思われる女性二人組に割って入り、「何の小説を読んでいるんだ...

エドについて 前編

 三日前、長女が押し入れをひっくり返して何かを探していた。その何かは聞きそびれたのだが、長女は埋もれていた写真の束を発見して「これ、若い頃のお父さん?」と見せにやってきた。それらの写真はイスラエル滞在中に使い捨てカメラで撮ったもので、本欄でも登場した、大家さんのHedva、Noah、Zivが、そして未登場のエドが映っていた。俺はそれらの写真の存在自体を忘れていた。今回はエドについて語ろう。 1998年12月、俺はイスラエルに住んでいて、大学と下宿との往復にはバスを利用していた。イスラエルは男女共に兵役義務がある国で、彼ら彼女らもまた移動にバスを利用する。そのために一台のバスにライフル銃を背負った男女の集団と乗り合わせるのは日常茶飯事だった。 ある日、俺がバスの座席でもの思いに耽っていたとき、俺の背中に筒状の物が押し付けられた。俺は「もしかして銃口ではなかろうか?」と感じ、慌てて振り返った。銃口だと思っていたものは人差し指だった。「お前はどこから来たんだ?」と聞いてくる大男に俺はビビりながら「日本からだ」と答えた。「俺はナイジェリアからだ。へっへっへ」それがエドとのファーストコンタクトだった。 俺とエドはバスの中でお互いの素性を話した。エドは隣町に住んでいて、果樹園で働いている。海外生活に慣れてくると、人の見分け方が分かってくる。見ず知らずの突然話しかけてきた男に心を開くとかありえないのだが、そのときは何故か疑うよりも自分のことを話す喜びが勝った。おそらく、イスラエルに住む外国人という共通点とエドの会話術の巧みさと将来への不安と話相手がいない孤独が重なったからだろう。俺はエドと次に会う約束を交わしバスを降りた。

クリスマスの雑感

 先日、H3ロケットの打ち上げが失敗した。二段目ロケットの着火に不具合があったそうだが、「そんな基礎的なつまづくってどうなってるの?一週間前に打ち上げ直前で中止になってから、不具合の原因が曖昧なまま決行したっていうことか?人工衛星もおじゃんになって、原因究明のために膨大な時間と労力を費やすことになるだろうし、日本の宇宙開発事業はお先真っ暗だなあ」と思った。専門家の集団が懸命に知恵を絞った結果がこれではあまりにも浮かばれないではないか。テレビやネットのニュースを見ても、JAXAを批判する論調は見当たらない。宇宙開発とはそういうものなのだろうか? 飲酒して自転車を運転して検挙されたら、罰金を払った上に自動車運転免許も停止になるらしい。今年になってそういう事例が急増しているそうだ。実は飲酒自転車運転が違法とは思っていなかった。調べてみたら、違法であるのは昔からで、厳罰化されたのが2024年11月かららしい。東京で飲んで電車で自宅の最寄駅で降りて自転車で帰る人は多いと思う。その人たちにとっては庶民のささやかな楽しみを奪う悪しき厳罰化だろうと想像する。時速10キロ以下で走る分には飲酒の有無で危険度が大きく変化するわけでもないと思う。「違法だから取り締まる」という思想一辺倒では世の中が窮屈になるばかりだ。スピード違反が杓子定規に適用されないように取り締まる側にもバランス感覚が必要だと思う。 Netflix配信のドラマ「ザロイヤルファミリー」全話を見終わって、二周目の第6話まで見た。妻夫木聡の「上司に尽くす従順な部下ぶり」を見るのが快感だったが、見返すと、社長を諌めたり非難したり進言したりして意のままに社長を操っていることがわかった。このドラマは全ての場面が後の伏線になるように緻密に構成されている。原作者と脚本家の才能の賜物だろう。競馬場に一度も行ったことがないのが返す返すも悔やまれる。 俺の寝室に置いてあるデジタル時計は5分進んでいる。これを読んでいる人がいたら俺の家族の誰かに速やかに進言してほしい。

漫画の原画

 日本には漫画の原画を所蔵している施設がいくつかある。秋田県横手市のまんが美術館はその代表格で、「釣りキチ三平」の作者である矢口高雄氏は次のように述べている。 https://manga-museum.com/aboutus/ なるほど、浮世絵の原版まで海外に流出してしまったことを教訓として日本の文化を守るための取り組みかあ。しかし、浮世絵が流出したからこそ、ジャポニズムが欧州で認知され、日本でも浮世絵の価値が再認識されたこともまた事実である。「美術館に保存しておくなんてもったいない。公式オークションの運営団体を開設して、原画が唯一無二だというお墨付きを与えたら、高値で取り引きされ、原作者に還元できるんじゃないの?」と思い、それをテーマにして生成AIと壁打ちしてみた。 俺は三種類の生成AIを使っている。しかし、同じ質問を投じても返ってくる答えは微妙に異なる。例えば、「漫画の原画の所有権は誰に?」という質問には、「契約次第」「原則的には原作者」「グレーゾーン」と互いに矛盾してないように見えて主張の力点が異なる答えが返ってきた。 原画の所有権が原作者に属するという前提で話を進める。出版社連合が主導して公式オークションを開催して、利益の還元率を設定して皆が儲かる仕組みを作れば、原作者の自宅や出版社の倉庫で眠っている原画が巨万の富を産み出すに違いないと思うのだが、生成AIはその試みに対して慎重である理由を並べるだけで、ゴーサインを出してはくれない。 ちなみに、現在までの日本の漫画の原画の最高取引額は「鉄腕アトム」の1ページで三千五百万円らしい。

遠ざかっていく数学

 ある時期までは生活の中心だった数学が今では思考の片隅にも現れなくなった。その言い訳を列挙してみる。 1)目が悪くなった。一年前はくっきり見えていたパソコン画面上の文字が滲んで見える。数学の論文はPDFファイル化されていて、文字の拡大縮小は可能だが、視線入力でそれをやると時間がかかる上に内容が頭に入ってこない上に物凄く目が疲れる。 2)俺は数学の概念を理解しようとするとき紙とペンを使って絵や図を描いていた。俺はデジタル人間ではなく、生粋のアナログ人間だった。紙とペンが使えない今、その代替手段も見つからず、「わからない」だけが蓄積していく状態に耐えられなかった。 3)数学の研究をするためには継続性が求められる。興味が湧いたときだけ思考にふけるのであれば、その興味が毎日湧くように生活を数学に傾けなければならない。俺はその選択はできなかった。でないとこんなに頻繁に文章を書くことはできない。 4)数学は片手間ではできない。これは俺に限ったことかもしれないが、脳味噌が100%の状態であってこそ数学の研究ができる。毎日のように寝不足で頭が朦朧としている状態では数学の研究など夢のまた夢だ。 そんなわけで数学から遠ざかって久しい。視線入力が板についてから連絡しようと思っていた数学の仲間たちにも連絡できないでいる。きっと、数学をやってない自分を恥ずかしいと思う気持ちと数学に没頭している相手が眩しすぎると思う気持ちが合わさっての不為なんだと思う。 追伸)KYS、CIK、PJR、OSM、KHB ( 敬称、略) が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。

金曜午後の胸騒ぎ

  今日は金曜日、金曜日の午後になると心が騒ぐ。いや、騒いでいた時期があった。それは2007年10月から2017年12月までだ。 釜山大学のメインキャンパスは山のふもとに正門があり、山の中腹に校舎や体育館が建っている。その最上部には観客席付きの陸上競技場があり、トラックの内側は緑の人工芝が敷かれたサッカー場がある。前述の期間は俺が教授蹴球会でボールを蹴っていた期間だ。俺は研究室でユニフォームに着替えて、サッカー場までの山道を上っていた。 教授蹴球会の最年少は俺で、俺より若い教員が入会することもあったが、定着はしなかった。毎週金曜日の午後の2時間、教員チームと大学院生チームとの試合形式で競うのが常だった。 以下は懐古録からのシングルカットで、初期の様子を描いている。ちなみに、末期はALSが進行中で、ボールを奪って逆襲という時に前のめりに転んでしまい、「以前はボールが破裂しそうだったのに、今日はお前が破裂しそうだ」とチームメイトからからかわれた。俺は苦笑いしていたが、「前日まで自主トレして万全の準備で臨んだのに、この体たらくは何なのだ?」と不安を感じていた。 追伸)HDH君が妻子を連れて見舞いに来てくれた。ありがたいことである。 釜山大学教授蹴球会が結成されたのは2007年の秋だった。その噂を数学科の先輩教授から伝え聞いた俺はその練習場である陸上競技場に赴いた。陸上トラックの内部は緑の人工芝が敷き詰められている。 小学生のころからずっと、サッカーをやるときは土かコンクリートか原っぱでやるのが相場で、緑の芝のフルコートでサッカーをするというのは夢のまた夢の世界だった。というわけで、目の前に広がる緑を見て感動で打ち震えていたのである。 この教授蹴球会というのは発足したばかりで体系的な練習は皆無で、体を慣らすために適当にシュート練習をやって、実戦形式のゲームを始めるのが常であった。驚くべきは、そのチーム分けが教授チームと経営学科サッカーサークルに属する大学院生チームとで試合をすることである。 教授チームは年齢も容姿も様々で、過去に実業団に所属していた教授がいたり、白髪の方が多い定年間際の教授がいたり、訪問教授として釜山大に滞在しているドイツ人、エジプト人、そして教授チーム最年少の日本人がいた。 一方の大学院生チームは足元の技術がしっかりしているのは5名くらいで、残りは...

最適化される介護

 「視線が合わない」と機械音声で読み上げる回数が激減した。視線入力をするときは初期設定が重要だ。体の位置、首の向き、センサーと視線との関係が少しでも狂うと、円滑な視線入力は実現されず、様々な不備を補うために経験則で学んだ打開の方法を駆使することになる。その作業は目を疲弊させるし、冒頭のセリフが出てくることになる。不思議なことに、そういう状態で初期設定を繰り返しても改善に向かわないことが多い。そんなときは例の機械音声を連発することになる。その回数が激減した理由は「妻がパソコンを起動する前に全ての位置関係を調整してくれる」ことに他ならない。その微調整はこれまでの経験から得られたものだ。 このような経験から得られる最適化は他にもある。寝台の端にはおもちゃのアヒルが並べられている。俺は足をわずかではあるが動かすことができる。その力を利用してアヒルを鳴らしてSOSの意思伝達が可能なのだ。パソコンに繋がってないときにはアヒルが命綱になる。しかし、就寝時に引き戻せない右足が寝台のへりに足首が曲がった状態で押し付けられ、左足も自由を失ってアヒルを押せない状態で助けを待つことがあった。その解決策は腰の位置にあった。両脚を伸ばした状態で左足でアヒルが押せる状態になるように腰の位置を定め、左向きに腰を立てることにした。すると、右脚を伸ばしても痛くないし、左足に自由が生まれ複数のアヒルを押せるようになる。 それでも、就寝時に痰が詰まり、助けを呼んでもしばらく誰も来ないことがあった。事態を重く見た長男は常時酸素飽和度を計測して90以下になったら警告音が鳴る器機の導入を訴えた。当初は150万ウォンの高額器機を購入することの費用対効果に懐疑的だったが、妻がALS患者と保護者の会の知り合いから不要になったその器機を譲り受けることになり、先々月から使用している。表示された酸素飽和度を見て吸引をしてくれるので、呼び出す手間が省けて助かっている。 このように介護とは日々の経験の蓄積であり、その介護のおかげで快適に暮らせるのだ。

百年後の火星

 先週の土曜日、NHKのドラマ「火星の女王」を視聴した。今から百年後に火星の地下に住む人類の物語なのだが、30年前に制作された映画「トータルリコール」を見たときのような「放射線を浴びて奇形となった人類、氷のかたまりを溶かして火星に新たな大気が生じる、実は主人公の精神世界を覗き見ているだけかもしれない」などのぶっ飛んだ驚きを全く感じなかった。それでいて、百年後の未来を近似しているわけでもなく、惑星を破壊できるほどの物質が発見されたりというトンデモ設定があったりして、素直にドラマを楽しめない上に「実際はどうだろうか?」というモヤモヤが残った。 今日は百年後の火星開発について生成AIと壁打ちしてみた。以下はその議事録もどきだ。 俺の「百年後、火星に住むことはできる?」という問いには「火星の大気の95%は二酸化炭素で、真空に近いほど薄く、そのために放射線が降り注ぐ。砂嵐も発生するので、地中の閉鎖された空間で電力と酸素と水分の制限の下での生活が予想される」という答えが返ってきた。俺の「大量のロボットから成る社会は可能ですか?」という問いには「技術的に可能ですが、それが社会と呼ばれるかは疑問です」という答えが返ってきた。俺の「地球人のアバターとしてのロボット社会はどうですか?」という問いには「これはSF路線というより、かなり現実的です。ただし通信速度が10分かかるので即時操作は不可能」という答えが返ってきた。俺の「自給自足できる火星でのロボット社会は可能ですか?」という問いには「エネルギーに関しては可能、材料に関しては部分的には可能だが、高性能半導体は無理」という答えが返ってきた。 俺は「300年後は都市ができてロボットの代表が地球に来るかもしれない」と想像した。それにしても、こんなことを議論できる人は限られているのに、生成AIはもっともらしい答えを返してくれるし、こちらの想像力を掻き立てるような意見を提示してくれる。少なくとも、俺の知識をはるかに超えているし、議論していて楽しかった。こうやって、飲み込まれていくんだろうな。

尊敬する人

今から6年前、俺は大村に住んでいて療法生活を送っていた。泉清隆さんと初めて会ったのは冬で、今日のように底冷えする日だった。彼もALS患者で、俺が尊敬する人物の一人だ。 https://www.nagasaki-np.co.jp/kijis/?kijiid=699074132467598433 以下は闘病記からのシングルカットで、泉さんとの遭遇の様子が記されている。その後、泉さんはご家族とヘルパーさんを連れて大村の実家に来てくれた。当時は「呼吸器付けても車で移動できるんだ」と思っていたが、いざ自分がその身になってみると、その大変さが身に沁みてわかった。あの時の訪問は「これから俺の身に起こるであろうことを見越して、最大限のエールを送ってくれた」ものと解釈している、いや、そう思えるほど、ステージが進み、達観できるようになったということだ。その感謝を思い出し伝えるために切抜きしてみた。   今までにALS協会長崎県支部会主催の会合には一度も参加した事がなかった。開催地が平戸や壱岐で遠すぎたこと、ALS協会会員でもないので案内が来なかったこと、等の理由があるが、本当のことを言うと、ALSの患者が集まり、自分の過去、現在、未来を現実のものとして認識する作業は気が滅入るような気がしたからである。 今回の会場は長崎市の病院で車で40分の距離にある。リハビリでお世話になっている作業療法士のSさんの熱心な働きかけで妻が乗り気になり、俺も年貢を納めることになったというわけだ。日時は今日の13時半から、会場である病院のロータリーで出迎えてくれたのはエアマウスの購入でお世話になったHさん、受付では難病支援ネットワーク代表のTさんがいて、Sさんに同行した言語療法士のKさんとNさんも到着し、馴染みの面々との挨拶を交わしたことで心もほぐれていった。 患者たちは最前列に呼び集められ、必然的にお互いを観察し合うことになる。人工呼吸器を装着した人を肉眼で見るのは初めてだった。かなり管が大きく、空気を送る機械も想像していたよりも大きかった。 来る前に予期していたように、ALSという難病にかかっているという現実を受け入れる時間を過ごすことになる。その場で最も症状が進んでいると思われる白髪の女性がしたためた挨拶文の代読から始まり、医師の「ここ数年でALSの研究には目覚ましい進歩があり、数年先には治療法...

12月第二週の雑感

最近の、考えていることを列挙してみる。  1)朝の情報番組で北川景子が「動画を見させていただいて…」と言っていた。この「〜させていただく」という表現は数年前から芸能人が使い始めたと思う。最初は「出演させていただく」という表現を聞いて、「出演するためには本人だけでなく所属事務所や制作者側の力が必要なわけで、単に出演したというよりは謙虚な印象を受けるな」と思っていた。しかし、出演だけでなくなんでもかんでも「させていただく」と言うのは食傷気味というか、「します」や「しました」じゃダメなのかなと思うようになった。「させていただく」を言わないと宣言する芸能人が現れて、昨今の猫も杓子も「させていただく」という風潮が少しでも是正されたらと思う。 2)大村市には新幹線と共に大村線というJRの鉄道が走っている。その中の駅の一つが岩松駅だ。他の駅と異なり、岩松駅周辺には商店街はおろか住宅街もない。海沿いのさびれた場所に「どうして此処が駅になったの?」と尋ねたくなるように立っている。無人駅で利用者も多いとは言えないだろう。少々乱暴であるが、岩松駅の廃止を提案したい。その代わりに大村高校前駅を新設することも提案したい。その駅は東彼杵や松原から通学する生徒に恩恵をもたらすだけでなく、医療センターへの導線になり、駅と医療センターを往復するシャトルバスを運行させることによって利便性が高まると予想される。 3)NHKの「ダーウィンが来た」で恐竜の首の骨の化石から「鳴き声で意志疎通していた」ことを推測する学者が出てきた。この研究は恐竜の生態を知る上では興味深いが、GDPを押し上げることはないだろう。数学を含め、学問ってそういうものだ。幅広い応用が見込まれるノーベル賞の対象分野の受賞者である坂口志文氏と北川進氏は「日本は基礎分野に対する中長期的視点を持つべき」みたいなことを言っていたが、彼らが数学や考古学をどのように捉えているのか伺ってみたいものだ。 4)NHKの「のどじまん」を毎週欠かさず視聴しているが、緑黄色社会の「Mela」を歌う人の割合が高いt思っている。曲目別で過去二年分を集計すると断トツだろう。歌手別ならMrs. Green Appleだろう。昭和歌謡に限定すれば中森明菜の「Desire」だろう。あくまで俺の勝手な推測なのだが。 追伸)PJR博士とOSM博士が見舞いに来てくれた。あ...

知られざる法人税

気になるニュースがあった。 https://news.yahoo.co.jp/articles/b7e89ab52977653a46acc240084206c9bacf64e4 これは、東京都の税収が突出して高いから地方に配分する制度に東京都が運営するSNSが疑問を投げかけた所、地方から反発を食らった、という記事だ。 恥ずかしながら、法人税は国税だと思っていた。そのことは正しいのだが、「大雑把に言うと、国庫に六割、その法人が所属している自治体に四割で配分される」ということは知らなかった。そりゃあそうだろう。であるからこそ、企業の誘致に躍起になるのだ。東京は自然に人や企業が集まってくるし、本社を置く大企業が大半であることから、莫大な税収が見込めるのだろう。俺は今まで「東京で大勢の人が一生懸命働いているおかげで、地方で余裕のある暮らしができる」と思っていたが、見方を変えれば、「地方が育てた人材は東京に吸収され、地方には還元されない。電力と食料を供給しているのは地方なのに、この人口に対する税収の比の格差は不公平だ」となるのだ。 やはり、東京に住んでいる人々に地方の余裕のある暮らしを知ってもらい、移住を促すことが、一極集中を解消して、東京の住環境を向上させて、東京の出生率0.96を改善する方法だと思う。それを実現するのが「三年間住民票を過疎地に移すことを目標義務とする」政策だ。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/02/blog-post_4.html 地方も都市も潤う名案だと思うのだが、今のところの賛同者は1名だけである。 追伸)昨日、物理療法士のKJYさんが訪問してくれた。いつものように両脚のストレッチから始まり、リンパ腺マッサージで終わった。KJYさんが来るのはこの日が最後だそうだ。妻とも仲良しで、明るく朗らかで、「また会いたい」と思わせる人だった。

人生の分岐点

 大分県の大規模集落火災、香港の高層マンション火災、山口県のガス漏れ事故、関東地方の山火事、などのニュースが報道されている。これらのニュースを見ると、俺が9歳の時に起こした放火事件を思い出す。このことを本欄で書くのは二回目だ。今回は前回よりも詳しく語ろう。 俺の実家は二階建てで、二階は父母と弟と俺の寝室二部屋がある。その内の一部屋は和室で、テレビと化粧用の三面鏡が置いてあリ、夕食後の家族団らんの場になっていた。冬には石油ストーブが置いてあった。そのストーブを着火するためにはマッチが必要で、9歳の俺でも着火できるようになっていた。母はマッチの燃えカスを金属製のストーブ台の窪みに置くように指導していた。 ある夜、夕食後にテレビを見ようと二階に駆け上がった俺はストーブをつけた後のマッチの燃えカスを「完全に火が消えている」「ゴミはゴミ箱に」という潜在意識が働いたのか、はたまた以前からそうしていたからなのか、円筒形のプラスチック製のゴミ箱に放り入れた。それから数秒後なのか数十秒後なのか定かではないが、ゴミ箱の中のティッシュが燃えている様子が視界に入った。俺は9歳児特有のすばしっこさで立ち上がり、隣の部屋に新設されたばかりの洗面台でコップに水を入れ、消火に戻った。ゴミ箱からは火柱が上がっていたが、ひるんでいる時間はなく、それまでの行動の延長と勢いはコップの水を火柱に掛けるという選択を促した。その直後、「じゅううっ」という音と共に火柱は消え、俺は再び洗面台に水を汲みに行く消火活動を繰り返した。鎮火後、ゴミ箱は溶けて無くなってしまい、畳の上に円形の焦げ跡を残していた。父母から詰問された俺はプチ逃亡を企てるもあえなく車庫で取り押さえられた。 あの時は人生の分岐点だった。発見が数秒遅れていたら、燃えやすい物だらけだったあの部屋は全焼して石油ストーブの灯油に引火して、9年前に建てたばかりの木造一戸建ては全焼していたかもしれない。平坂家の経済的損失は言うまでもなく、そのことは9歳児の俺に大きな心の傷を残し、その後の人格形成に負の影響を与えたに相違ない。俺が気付いてないだけで、他にも無数の分岐点があるのかもしれない。火事のニュースを見ながらそんなことを考えた。

腑に落ちないばけばけ

 NHKのドラマ「ばけばけ」の脚本が腑に落ちない。その理由を列挙してみる。 1)松江に赴任した西洋人と日本文化との衝突と融和がこのドラマの大きなテーマだし、大衆受けする話がてんこ盛りのはずなのに、どういったわけか脚本家はこのテーマを正面から扱うことを意図的に避けているような気がする。例えば、史実ではラフカディオハーンが幼少時に「自然界のあらゆる場所に神が宿る」という信仰を得たのに神学校で完全に否定されるという逸話は出てこないし、何故日本の松江に来たのかも明かされない。ヘブン先生は気難しい外国人として描かれ、シャラップと怒る理由も明かされない。左目が見えないことで聴覚が鋭敏になっているから等の本人ならではの正当な理由は明かされず、日本人の視線からしか描かれない。ヘブン先生はアリガトウとスバラシイを使うからある程度の親しみを持って接せられているが、あまりにも自分勝手に描かれているので孤独や疎外感が全く伝わらない。俺は外国人として過ごしていたからヘブン先生の視点で見てしまうのだが、ヘブン先生が日本での生活で感じたことをそのまま表現すれば、それだけで感動的な物語になるのにあえてそれを使わない理由が気になってしょうがない。 2)主人公のトキの視点で描かれるのだが、旅館の女中が受けたようなヘブン先生の理不尽な扱いが出てこないし、ヘブン先生が病気で寝込んでもいつもどおりの明るい表情で接するものだから、心配する気持ちや寒さを和らげて少しでも快適に過ごして回復してほしいという必死さが全く感じられない。病気になって看護してもらう過程で恋が芽生えるというのはドラマの定番なのだが、どういうわけか脚本家はこの定跡中の定跡を使おうとしない。そもそも、炊事をしないのだから掃除と風呂の準備と片付けだけやればいいのだから日中は暇だろう。給金の一部で辞書を買って英単語を覚える等の自助努力をするべきだろう。 3)史実ではラフカディオハーンと相談役の日本人は深い友情で結ばれていたらしい。そりゃあそうだろう。英語で話せて身の回りの世話まで焼いてくれて、日本文化を教えてくれて、議論までできるドラえもんのような存在なのだから。ところが、ドラマではヘブン先生の錦織に対する態度はぞんざいで、感謝しているようには見えない。せめて、古事記について議論を交わし、お互い尊敬し合っている関係を示す場面を挿入すべきだと...

長女がのどじまんに

 先週、NHKの「のどじまん」が大村で開催されるということを伝える記事を投稿した。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post.html そのコメント欄を見ると、sakkさんの「息子、応募すませております。予選がんばります」とある。これに触発されて、予選会開催時期に大村に滞在する予定の長女に頼んで応募してもらうことになった。長女は最初嫌がっていたが、俺が「どうせ書類選考で落とされるよ」などと執拗に勧誘した結果、「じゃあ、お父さんのしたいようにしていいよ」のお墨付きを得た。 俺は仮応募の準備を始めた。登録は郵便不可で、全てウェブ上で完結する。そりゃあそうだろうな。郵便だと資料を整理するだけでも莫大な労力が必要になるもんな。ということは、応募のハードルが下がった分、大量の応募者がいて、書類選考の倍率も上がるということだ。 俺は「自分の病気で同情を買う」行為を避けてきた。しかし、今回ばかりはその禁断の果実を貪ることにした。ウェブ上に選曲の理由を百字以内で述べよという項目で「父はALS患者で、歩くことも食べることも話すこともできません。父も私もヒゲダンの楽曲が好きで、特にこの曲を歌うと父は喜んでくれます。父が毎週欠かさず見るのどじまんに出場して父を元気付けたいです」と書いてしまった。そもそも、俺のメールアドレスで仮登録して、長女になりすまして登録作業を遂行している。その贖罪を兼ねて、本欄で白状することにした。 果たして書類選考の結果はどうなるのか?予選会という大舞台で長女が歌う動画を見たら本当に元気になる気がするんだよな。本選でテレビに出たら気絶して、そのまま昇天してしまうかもしれない。

仲里依紗の家族史

 NHKの「ファミリーヒストリー」では仲里依紗が紹介されていた。彼女の祖父がスウェーデン人であること、長崎県東彼杵に実家の洋品店があること、仲里依紗が本名であることを初めて知った。「破天荒な性格と服装の割には家庭的だな」という印象が裏付けられた。船乗りの祖父が「スウェーデンには帰らないから結婚を認めてください」と言った場面で感涙。この回は歴代のファミリーヒストリーの中でも珠玉の出来だったと思う。 2026年開催のワールドカップのグループリーグ組み合わせ抽選会が行われた。日本はオランダ、チュニジア、「ウクライナ、スウェーデン、ポーランド、アルバニアの中で勝ち上がった一国」と同組だ。前回大会のスペインとドイツと同組というのに比べると恵まれた組み合わせに見えるが、全勝も全敗も起こってもおかしくないほどの実力が拮抗した組になったと思う。初戦のオランダ戦で不運な惜敗を喫してしまうと、勝ち点3を求める焦りが生まれ、勝ち点2でグループリーグ敗退の憂き目もあり得る。 鹿島アントラーズが最終節を勝利で飾り9年ぶりの優勝を決めた。学生時代はスポーツニュースをハシゴして、同じ場面を何度も繰り返し見て感動と喜びに浸ったものだが、中継も視聴できない上に通常のニュースで軽く触れる程度だった。とは言え、ジーコの現役時代からアントラーズの歩みを追ってきた身からすると今回の優勝は格別に嬉しい。川崎フロンターレを常勝軍団に育て上げた鬼木監督の手腕はさすがだし、約3憶5千万円の優勝配分金で有効な補強を行い、ACLを制するほどの圧倒的な戦力を有するメガクラブへの礎を築いてくれることを期待している。

音の鳴る入れ歯

 一昨日の午後、歯科医と看護師2名が我が家にやってきた。韓国の医療事情はよくわからないのだが、妻によると「韓国では往診が普及していない。しかし、俺のように病院に行けない人を救済するために制度が変わりつつある。その先駆けとしてボランティアの往診が始まった。前回の往診で歯の問題を伝えたら、すぐに紹介してもらった」ということらしい。 歯科医の先生はユーモアのある方で、冗談を交えながら「歯磨きするときに歯茎から出血する」という問題に耳を傾け、その対策として歯石除去の重要性を説いた。いわゆるスケーリングというやつだ。以前、韓国の歯科医院に行ったとき歯の裏側の拡大写真を見せられてスケーリングを促されたことがある。一回5万ウォンと聞いて「近頃の歯医者は金儲けのために必死だな」と思い断ったが、あとで調べてみたら、保険が適用されないだけでスケーリング自体は歯の衛生と健康に有益ということがわかった。この経緯があったから、先生の「今から30分間歯石除去をします」という申し出が意外だったし、ありがたいと思った。さしたる苦痛を感じることもなく、歯の外側のスケーリングが終わった。歯の内側は特殊な器具を用いて次回にやるそうだ。 その日の夜、歯ぎしりで妻を呼ぼうとしたが、歯のエナメル質があまりにも滑らかに擦れ合うので音が鳴らなかった。何回試みても結果は同じだった。ここで重大なことに気付いた。前日まで歯ぎしりで音が鳴ったのは歯石による摩擦で歯のしなりを作り出していたからに他ならない。しかし、歯石がない今はどうなる?嗚呼、無情、医師も俺も良かれと思って施したスケーリングが俺にとっては歯茎の出血よりも遥かに重要な意思伝達手段を奪うことになるとは!!この先何年待てば元の状態に戻ると言うのか?脳裏には珊瑚の乱獲やアマゾンの森林火災や「先進国が植民地に病院を整備して乳幼児の死亡が激減した結果、人口が爆発的に増大して食料が不足して飢餓に陥る」事例が浮かんだ。 今日、座っている状態で呼吸困難に陥った。台所にいる妻を呼ぶために火事場のクソ力を発揮して歯ぎしりを繰り返した。すると上手い具合に摩擦が生じて歯ぎしりの音が鳴った。しかし、再現はできない。そのとき思いついたのが「歯をこすり合わせて音が出る入れ歯を開発できないか?」というアイデアだ。俺だけでなく筋肉系の難病患者がSOSを伝える技術で、24時間使用可能で...

サンタがやってきた

昨日の夕方、CJR教授が見舞いに来てくれた。俺は寝室でパソコンに繋げれた状態で待機していた。妻の声が聞こえる。なんだかいつもと違う雰囲気だ。寝室に入って来たCJR教授の姿を見て驚いた。CJR教授は赤い服の上下を着ていた。どこからどう見てもサンタクロースの格好だ。CJR教授は「クリスマスにはちょっと早いけどびっくりさせようと思ってな。孫の前では毎年やってるんだ」と言って笑った。 CJR教授は16歳上の釜山大学数学科の先輩教授で、俺が2002年に赴任したときから現在まで様々な面でお世話になった恩人である。赴任したばかりの俺の講義負担を減らす意図で指導学生の暖簾分けをしてくれたし、専攻分野が近いことからセミナーや研究集会などの学術活動でも相談役として常に頼りっぱなしだった。数学科内でも若手教員からの信頼が厚く、大学内の理不尽な仕打ちから若手を守ってくれる存在で、揉め事があってもその雰囲気に即した軽妙な一言で場を収めるムードメーカーでもあった。 2007年に俺の父親が他界したとき、大村の実家に電話をかけて「葬式に来るから住所を教えてくれ」と言ってくれたのもCJR教授だ。迎えに行く者がおらず丁重にお断りしたが、優しさに染みたし大いに慰労された。この件を通して「人としてどうあるべきか」を学んだ。そんな万物を照らす太陽のようなCJR教授に悲劇が訪れる。医大生の次男が危篤の報が入り、現地に駆けつけるも帰らぬ人となった。日韓で数多くの葬儀に参列してきたが、会ったこともない人の葬儀で泣くのは初めてだった。韓国の葬儀は病院の霊安室で24時間体制で弔問できる仕組みになっている。国家試験を翌日に控える医学部の同級生がバスで3時間かかる釜山に大挙してやってきたのは感動的だった。同時にこれほどまでに愛された者を失う親の哀しみはいかほどのものかとの思いが胸を痛めた。そのとき以降、CJR教授は体調を崩し、昼飯も一緒に食べることはなく、しばらくは人を避けるような生活を送っていた。 時を経て、俺がALSを発症したとき、POSTECH時代の上司であるKJH教授を連れてCJR教授が俺の自宅を訪たことがある。俺は「さんざん期待していただいたのにこんなことになり申し訳ありません」と言いかけて号泣した。父親の葬式でも涙を見せることはなかったのに感情までも制御できなくするのがALSなのだ。釜山を発つとき、見送りに来...

のどじまんが大村に

 NHKの人気番組「のどじまん」が来年2月に大村シーハットを会場として生放送されるらしい。 https://www.event.nhk.or.jp/e-portal/detail.html?id=3330&fbclid=IwY2xjawOcnkBleHRuA2FlbQIxMABicmlkETFQb3hIUmJqSHJ0aFd3c1pQc3J0YwZhcHBfaWQQMjIyMDM5MTc4ODIwMDg5MgABHsT7dSs27XoFc-OFlbxyB1CPRA1cRtXZHL64YF2gegT5zfTJNI6pJgTtNwTC_aem_5qsjKhmNsFfaSGxY1csQaA 2020年以前は45分の放送時間をフル視聴したことは一度もなかった。実家の家族の誰も日曜日の正午にNHK総合にチャンネルを合わせることはしなかったし、俺も「素人の歌を聞いて何が面白いんだ?」と懐疑的だったし、関心もなかった。転機となったのは人工呼吸器を装着するようになってからだ。その当時はパソコンを操作するとき椅子に座ってエアマウスを用いてやっていた。寝台から椅子に移乗する作業と座っていること自体が辛いと感じるにつれてテレビの視聴時間が伸びていった。日曜日の午前は通っている教会のオンライン礼拝を視聴するのが常で、その延長で12時15分から始まる「のどじまん」を視聴するようになった。 俺の懐疑的見方は「素人が一世一代の舞台で懸命に歌うからこそ面白いし、歌い手の感動や興奮が伝わってくるんだ」という肯定的見方に変わった。それだけでなく、毎週見るうちに熱烈なファンになってしまった。その「のどじまん」が大村に来るというのだ。誰か知り合いが出場すればいいのだが、書類選考を通った200名が前日開催の予選会で20名の出場者が決まる狭き門なので、それは期待しないほうがいいだろう。予選会をオンライン中継してくれたら見る人多いと思うのだが、ここはWさんの見えざる力にすがるしかない。 今から来年2月の放送日が楽しみだ。 追伸)昨日、IBTさん、SGSさん、PHK教授が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。

32年の時を経て

 6月1日の記事にコメントが寄せられた。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/06/blog-post.html 俺は32年前教育実習生として母校を訪れた。そのときの教え子がコメントの送り主だ。当ブログは「視線入力」で検索しても「平坂貢」で検索しても出てこないネット上の孤島と呼ばれているほどたどり着くのが困難なURLで知られている。当時の教え子がわずか二週間しかいなかった俺を記憶しているのも驚きだし、そのわずかな情報で「視線入力時代」にたどり着いたのも驚きだ。 あの二週間は鮮烈で且つ凝縮された期間で、その後の俺の人生に大きな影響を与えた。釜山大学での講義もまた然り、教育実習で教える喜びを知ったからこそ異なる言語と異なる文化の環境下でもくじけることなく教育と研究を両立できたと思う。この病気にかかっていなかったら、定年退職後は高校生を教えたいと思っていた。大村で平坂塾を開設したのもその願望に起因している。 昨晩は「実際に大村高校で一年生の授業を担当することになったらどのように教えるか」を想像していた。試験も評価基準も自由に設定できる数学科での講義とは異なり、高校での定期試験は他の教員と共同で問題を作成することになるだろうし、評価基準も統一されているだろう。しかも、受験でより良い結果を出すという進学校ならではの事情や制約もあるだろう。「厳密な論理の反復によってもたらされる数学の普遍性と不変性」を学んでほしいと思うが、受験で点数が出ないとわかったら大部分の生徒からそっぽを向かれ、授業は自習時間に変わるのは目に見えている。やはり、釜山大学でやっていたように授業ごとに10分間の小テストを課したい。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/01/blog-post_23.html テストと名が付くと生徒たちは気合いが入るものだ。そこで噴出したドーパミンを持って授業に臨んでほしい。小テストの問題は過去のセンター試験もしくは共通テストから授業に関連した問題を選抜する。三問から成り、1問目は計算問題、2問目と3問目は難易度を変えた文章題とする。授業は教科書を音読することから始めて、教科書に出てくる用語について質問を投げかける。例えば、「無理数とは何か?」と尋ねると「有理数ではない実数」という答えが返...