エドについて 中編

バスの中での会話でサッカーの話になった。俺は「オコチャ、オリセー、ババンギダ、カヌー」などとナイジェリア代表のスター選手の名前を口にした。エドは「そのくらい知っていて当然」という態度で彼らに対する批評を述べた。話題はバスケに移り、「お前はバスケ上手いだろう」と言うと、エドは「黒人は全員バスケが上手いと思っていだろう」と言ってやれやれのポーズで不満を示した。「まさか、誉め言葉が人種差別になるとは夢にも思わなかったぞ」という狼狽を隠すために、「違うんだ。俺はプレイグラウンドでバスケやサッカーをやるのが好きなだけなんだ。さっきの問いはただの興味からだ」としどろもどろに対応した。「次に会うときはバスケをするのはどうだろう?」と前言を正当化するための提案をすると、エドは「土曜日の午後5時なら空いてるよ」と言って、約束が成立した。

エドは一時間遅れて屋外バスケコートにやってきた。その間はシュート練習していたので、腹も立たなかったし、むしろ、すっぽかさなかったことに驚いた。「悪い、悪い。仕事が長引いちまってな」とエドは言った。エドのバスケの腕前は初心者レベルだったし、それほどバスケに関心を示さなかった。俺らは近くのショッピングモールに移動して食事を摂ることにした。入った店は名称に「王」が含まれるハンバーガーチェーン店だった。ちなみに、イスラエルの其れはトマト、タマネギ、レタスの鮮度が素晴らしく、肉の量も多く、日本のものとはまるで別物だった。エドは食通を気取って、「チューリッヒで食べたバーガーセットはこれよりはるかに美味い。ポテトを揚げる油の質が高く、格段に美味しい」と主張した。

意外にもエドは約束時間を守る男だった。時間を守らなかったのは1回だけと記憶している。エドの住む下宿に立ち寄ったこともあった。そのときに、中学生くらいの白人の少女がそこに入って来て「ねえ、エド。この前貸したCD、聴いてくれた?」と尋ねるのである。どう見てもエドに恋心を抱いてる表情だった。そのことをエドに尋ねると、「近所だから仲良くしているだけだ。まだ子供だよ」という答えが返ってきた。その例だけでなく、商店街を歩けば肉屋の主人が「いよう、エド。調子はどうだい?」と声を掛けてくるし、それだけでなく、商店街のいたる店から声がかかった。エドはエドで初対面と思われる女性二人組に割って入り、「何の小説を読んでいるんだ?ああ、推理小説かあ。驚くなよ。俺は殺し屋なのさ」と会話に入り、いつの間にか仲良くなっているのだ。そんなときは彼女らはエドの方しか見ておらず彼我の差を思い知った。

エドは街の人気者だった。その姿はまるで本宮ひろしの漫画の世界から飛び出した主人公のようで、「こんな人が実在するんだ!」という驚きと共にエドを見るようになった。

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