大村での初診断
2019年3月、一家が釜山から大村に引っ越したばかりの頃の話だ。ALS患者として公的支援を受けるためには大病院に行って診断を受けることが必要になる。そのときの心情を綴ったのが以下の闘病記(大村編)からのシングルカットである。
午後からは妻と弟嫁の付き添いで病院に赴いた。
神経内科の医者は満面の笑顔で俺にALSの確定診断を下し、介護保険、特定指定難病の医療費補助、身体者障害者年金申請のための書類を作成してくれた。その医者は過去の検査記録を見るや否や
「呼吸器を付けるか、付けないかの決断をされてください。その決断によって対応が変わってきます」と言った。
なんだか、郵便局で配送先に仕分けられて、最後の目的地は自分で選べと言われている感じがした。あるいは、人様の税金で生かされる道を選ぶか、潔い死を選ぶか、というようにも聞こえた。
ALS患者の7割は呼吸器を付けないで死ぬ選択をするらしい。その選択は本人の死生観や介護に対する家族の負担を熟考した上でなされたものだと思う。
俺はつい昨日まで人工呼吸器を付けて延命するのが当たり前だと思っていた。ところが、上記の医者の言葉を聞いて、
「そんなに自分が可愛いのか?」
「『今、死んでも悔いはない』と公言してくせに」
「自分一人が思考に費やす時間を確保するために他人による24時間の労力が必要になるんだ」
「末期で植物人間状態になって莫大な医療費を消費しているのと同じでは?」
「子供たちは俺がいなくても逞しく成長するだろう」
「妻は悲しんでくれるかもしれないな」
「一体誰が垂れ流しになった糞尿の処理をするんだ?」
のような考えが頭を駆け巡り、信念が大きく揺らいだ。
人間というのは弱いものだな。
コメント
コメントを投稿