いじめ

 前回の投稿で小学校五年生時の思い出を綴った。N村先生の指導の下で個性豊かな児童たちが伸び伸びと過ごした一年だった。と書きたいところだが、ある女子児童の絶望と反抗が入り混じった眼差しが思い浮かんだ。

彼女は栄養失調が疑われるほど肌につやがなく、その体格も小さく痩せていた。髪も手入れをしているようには見えず、服装も清潔とは言えず、貧民街から抜け出たような出で立ちだった。後で聞いた話だと彼女は養護施設に預けられているとのことだ。今考えると、「施設の寮母さんが髪をとかしてやるとか、同じ服を連続して着ないとか、いくらでも指導できるだろう」と施設を非難したくなる。しかし、身だしなみに気を使い始める五年生の集団で彼女は浮いていた。

女子の友達は一人もいなかった。もしかしたら転校生だったのかもしれない。彼女はクラスの中で孤立していた。給食は班ごとに机を寄せあって食べるが、彼女の机とわずかな距離を空ける輩もいた。客観的に見ると、彼女はクラス全体からいじめられていた。それでも無視されていたわけではない。彼女の服装に小言を言い続ける女子児童がいた。その小言は人格攻撃を含んだもので男子の間では彼女への同情論が醸成されていった。ある日の帰りの会でその小言女子は糾弾され、涙を流して謝罪した。水泳の授業では懸命に泳ぎ切ろうとする彼女の姿にクラス全員で「頑張れ」という声援を送ったこともあった。その声援は「これまでのことは水に流してくれ」という意味合いもあったが、「これをきっかけにクラスの一員になってくれ。そうすれば良心の呵責を感じることもなく楽しく過ごせる」という本音があった。

そういう機会が何度かあったが、彼女は心を開くことはなく、学年度末まで友達ができなかった。彼女は愛嬌がなかった。少しでも笑顔を見せていれば、話しかける人もいただろうに。今考えると、彼女は両親から虐待を受けた等の絶望的な体験をして世の中に抵抗したかったのかもしれない。そうでないと、不登校にも陥らず笑顔を見せない理由が説明ができない。彼女の眼差しは現在も俺の心をえぐっている

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