ラブ上等を視聴した
Netflix配信の恋愛リアリティショー「ラブ上等、シーズン2」エピソード1-10を視聴した。この番組は、恵まれない家庭環境で育ち、荒れた過去を持つ、年頃の男女11人が、沖縄の廃校を番組用にリフォームした環境で、スマホもテレビも使えないし、告白禁止や不純異性交遊禁止などの制限の下で、2週間共同生活して、最終日に告白する、という仕様になっている。
「ウランを濃縮していけばそりゃあ反応するだろう」という感じの恋愛という化学反応を促進するような環境で、恋愛の甘くて酸っぱい部分だけでなく苦くてどろどろした部分まで出演者たちが赤裸々に語ってくれるところが最大の魅力だと思う。解説陣も指摘していたけど、片親やDVみたいな境遇で育ったという共通点は「今という状況は明日崩れるかもしれない」という脅迫観念が行動を刹那的にさせる傾向が強いと思われる。いつしか恋敵であった同性同士の友情が育まれ、意中でない異性にも絆が生まれる。ストレートな物言いを通し男女が人間的に成長し、後半では実に良い表情をするようになる。
AIが人間の感情まで関与する現代社会にカウンターパンチを繰り出すのがこの番組の意義だと思う。娯楽に溢れる社会で「結局、1番面白いのは人間だ」というメッセージが込められている気がしてならない。それが現実のものとなる理想郷を番組内で擬似体験できるのが人気を博している原因なのだろう。
番組の一期の卒業式を視聴して思うことは「成立した3組のカップルはどれも長続きしないだろうな。たとえ結婚して子供ができても離婚しそうだ」ということだ。そもそも二週間の共同生活で生じた気持ちは元の生活とは全く関係ないし、永遠を想定したものではないのだ。パートナーがホストやキャバ嬢なんて気が気でないと想像するのだが、老婆心ながら出演者たちの行く末を心配してしまう。そんなカルマを断ち切るためには「外見に左右されずに不細工でも信頼できる人を選択して、金が稼げてモテ気分が味わえる夜職から足を洗うべきだ」と思うのだが、堅実な人柄の人物は選ばれなかったし、普段からモテる人はおしゃれにも気を遣わない内面だけが取り柄の人は眼中にないからな。そういう意味で夜職が大多数のメンバー構成をした制作者は残酷だと思う。
コメント
コメントを投稿