叔母さんのブーツ
次男と三男が大村に滞在する期間が決まった。それは8月5日から8月12日までだ。繁忙期だからなのか、旅費が高くなっている。10年前の6人家族全員のフェリー代とほぼ同額の請求額を見て、物価高騰、コロナ禍後の海外旅行ブーム、ホルムズ海峡封鎖後の原油高、などの歴史が蘇り、時代の流れを感じた。
子供たちを通して旅行気分に浸ることができる。美味しいものを食べる前に写真を撮って送ってほしい。やはり、冷やしソーメンは食べてほしいな。麺つゆではなく出汁に塩味を追加したつゆが好みだ。
猛暑で子供たちが移動できる場所は限られていると思うが、行ってほしいところがある。俺が生まれた頃からお世話になっている叔母が入院している。その病院に行って俺の代わりにお見舞いしてほしい。その叔母は母の姉で、良い意味でキリギリスのように独身生活を楽しむ人だった。母が口癖のように言っていたのは、「H姉ちゃんは勉強せんくせに成績は良かったもんね」という評価だ。高校の家庭科の教員で、購入した自宅には絵画等の美術品が飾ってあった。母に連れられてよく遊びに行った。そのときのBGMは決まって「山口さんちのつとむ君」から始まる「みんなのうた」のLPレコードだった。母方の親戚が集まる新年会ではブーツがこれ見よがしに脱ぎ捨てられていて、俺のいとこの間でのH叔母さんの存在感は絶大だった。大人は酒盛りで忙しいのだが、子供の面倒を一手に引き受けていたのがH叔母さんだった。トランプや百人一首や麻雀牌を用いた絵合わせゲームなどがH叔母さんの司会で進行していった。尚、H叔母さんではなくH姉ちゃんと呼ぶのがルールだった。子供好きで面倒見もよく、生みの両親を亡くした従姉妹には親身になってサポートして、彼女らの子供を孫のように可愛いがった。
H叔母さんは認知症が進行して、母と訪問介護のサポートを受けながらなんとか一人暮らしを続けてきた。しかし、先日、外出中に倒れて入院中で、母が言うには「これを機に施設への入所を相談してみる」という状況だ。何にもできない自分がもどかしい。あれだけ一緒に遊んだいとこの集まりも大人になってそれぞれの家庭を形成する過程ですっかり疎遠になってしまった。この記事がH叔母さん、もとい、H姉ちゃんを思い出し恩返しの言葉を伝える機会になることを切に願っている。
ステキな思い出だね。昔は親戚の集まりも多かったよね。この時期、お盆の花火に集まったこと思い出します。遠い夏の日の思い出
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