7年前の記憶

北詰正顕先生は食道を切除した状態で以下の研究集会に参加された。

https://sites.google.com/view/2019symposium-algcombin

北詰先生は「睡眠時の逆流を防ぐために上半身の傾きを調整できる医療用ベッドが必要だ」と言っていた。「研究集会は長崎市内で開催されるのに、長崎市内にはそのようなベッドがあるホテルが見当たらなかった。そのために大村市内のホテルに泊まっている」と聞いた。それから2ヶ月後、病状が悪化して北詰先生は他界された。以下は闘病記からのシングルカットで、北詰先生の講演の様子が綴られている。


 25年前、とある地方で開催された研究集会の懇親会終了後、一行は酔いを醒ますためかとある喫茶店に入った。学部4年生だった俺は「年長者が席を確保してから着席しよう」との思いから立っていたのだが、とある年配の先生から「座りなよ」と二人掛けのテーブルに招かれた。これがKZ先生との最初の出会いだった。

駆け出しだった俺は初対面の年長者を前にして、

「失礼なことを言わないようにしないと」

「しかし、黙っているのも気が利かないと思われそうだ」

とあれこれ考えたあげく、

「KZ先生の名字の漢字を考慮するとKDと書くべきなのでは?」

と会話の口火を切った。それが功を奏したというわけでもないだろうが、KZ先生の気さくなお人柄も相まって会話が途切れることなく時間が過ぎ去った。

その時から今まで、おそらく15回以上はKZ先生の講演を聴く機会に恵まれたが、そのほとんど全てにおいて有限単純群が頻繁に登場する。その一つ一つの説明が「単なる引用や紹介にとどまらない夥しい確認作業を経てこそ得られる知見」によってなされているのだ。万人が理解出来る道順を示す理想的な講演方式であるが、その説明によって理解までの道程が初心者にはあまりにも遠大で険しいことを知らしめられるのだ。そのような説明の連続で導き出される壮大な結果に圧倒され度肝を抜かれたのは俺だけではないはずだ。

上海で開催された研究集会で座長を務めた時、各講演後に質問したことに対してKZ先生からお褒めの言葉をいただいたことも記憶に新しい。そんなKZ先生と今日再会を果たした。それもそのはずで、長崎大学で開催中の代数的組合せ論シンポジウム中日の最終講演者がKZ先生なのである。

体調不良で午前の講演を欠席、昼休み中に人気のない教室に入ると、初老の男性が立ち上がり、こちらに向かってきた。「誰だろう?」と思ったのはほんの一瞬で鋭い眼光を受けて直ちにKZ先生だと分かった。裏を返せばそれだけ容貌が変わり果てていたということである。半袖シャツから覗く両腕はやせ細り、胸板もそげていて、大病を患った形跡としか思えなかった。言葉を継げないでいる俺にKZ先生は

「去年の二月に手術をしてね、もうこういう場には来ないつもりだったんだけど、平坂君の病気のことを聞いて、それなら行こうと思って来たんだ」とおっしゃった。

俺はその言葉の意味を考えながらその日の最後の講演を聴いた。変わりゆく世界で変わらないもの、それは数学でありKZ先生の精緻な説明であった。講演後の万雷の拍手を聞いて胸が熱くなった。

「そう、これは俺の原点とも言える代数的組合せ論というコミュニティの物語だったんだ」と気付かされたからである。そして他人のお世話になってばかりの自分でも釜山大学数学科のエスカレーターのように人の役に立つこともあるんだという驚きと嬉しさが入り混じった気持ちが湧いてきた。

錆付いた刃は一刀両断にされたかのようである。 

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