遅れた追悼文

 昨年、小関道夫先生が他界された。何度もお会いして自宅にも招かれたのに訃報を知ったのはつい最近のことだった。追悼のための研究集会も開催されたが、

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機を逃した感から何の追悼文も残せなかった。

俺が学生だった時、場所は忘れたが日本のどこかで研究集会もしくは談話会があった。道案内をした記憶がかすかにあるのでその場所は福岡かもしれない。初日の行事終了後、来客全員引き連れて夕食の案内をするのが通例だった。中心街で飲み食いし、ほろ酔い気分で二次会の店に移動中、学生と教員合わせて十数名の数学者の集団はぽん引きに出くわす。ぽん引きとは路上で「一時間二千円ポッキリ」などとセールストークで店に連れ込む人たちのことだ。数学者はそんなセールストークを鵜呑みにする人種ではない。誰もが無視して通り過ぎようとする。俺もあんまりしつこい場合は代表して毅然と断る心の準備をしていた。「大体、キャバクラとか行くわけないだろ。相手を見て声掛けしろよ」と思っていたら、小関先生がそのぽん引きに「僕はもう枯れちゃったからねえ」と微笑みながら言った。それを聞いた瞬間、「なんて粋な切り返しなんだ!と驚愕した。俺は決して交わることのない対極の位置にいる人種という偏見を抱いていたが、小関先生にとってはぽん引きも数学者も同じなのだ。そんな博愛的目線が自然に出るところが皆から慕われる理由なのだ。

小関先生が亡くなって最も悲しんでいるのは小関夫人に他ならない。俺の妻は、台湾での中華グルメツアーに同行したり、名前入りの集合写真をもらったり、パウンドケーキのレシピを教えてもらったり、俺がALSに罹患したとき電話で励まされたり、小関夫人と交流してきた。俺も小関先生の自宅に招かれ、小関夫人の手料理フルコースをご馳走になった。そのどれもが美味しくて、いつかまた食べたい、あるいは妻の手料理でもてなしたいと思っていた。前者は叶わぬ夢となったが、後者は条件が整えば可能だ。なんとかして小関夫人を元気付けたい。それが小関先生の供養になると信じたい。

小関先生、だいぶ遅くなりましたが、この場を借りて追悼させてください。今まで本当にありがとうございました。小関先生の背中から色んなことを学びました。今はただ安らかにお眠りください。

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