蹴球伝説 3)

 イングランド代表だったジェラードは強烈なミドルシュートを撃つことで有名な選手だった。

https://www.youtube.com/watch?v=vu9gpa2cg38

上の動画を見ると、「そりゃあそうだろう。高身長と長い脚の体躯は遠心力を活用した引き金になっているに違いない」と納得させられる。そんな折りに活躍し始めたのがメッシだった。メッシはドリブル突破が有名な選手で、後にワールドカップを母国アルゼンチンにもたらし、世界の歴代選手の筆頭を争うほどのすごい選手だ。そのメッシはシュートの名手でもあった。ジェラードほどではないが、「あんな小さな体でどうやったらそんなに強いシュートが撃てるのか?」と感嘆するほどの威力だった。

俺はメッシのシュート技術に感化され、自宅マンションの敷地に隣接する小学校の校庭で練習を始めることにした。遊具の一つである鉄棒の壁にボールを打ち込み、その跳ね返りをトラップして打ち込むという動作を繰り返した。意識したのはメッシで、「ボールの芯を正確に捉え、蹴り足に体重を乗せ、膝から下の振りを速くする」ことだった。一回打つたびに「今のはいい感触だった」とか「体重が乗ってなかった」などの評価をして改善のヒントにする作業をやり続けた。運動音痴だった俺は与えられた練習メニューの意味もわからず盲目に追従していた。しかし、30代後半の俺は「自分の体をどのように動かすか」を分析し実行できるようになっていた。そのうちジェラードの映像が頭に浮かんできて、「手首のわずかな動きで大きく波打つ鞭のように腰から連動して足首に最大のモーメントを生む」蹴り方を模索するようになった。

そんな練習をしてもその成果を披露する機会は訪れなかった。なぜならば、教授蹴球会での俺のポジションは守備だったからだ。それは毎週金曜日に行われる学生チームとの練習ゲームでも同様だった。

https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/2.html

https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/07/blog-post_25.html

上記の記事で触れているように、俺はかなり勝負にこだわっていたので、守備に専念することは失点が少なくなって接戦になることを意味しており、俺は自らの選択で上がらないようにしていた。

ある日、教授蹴球会の欠席者が相次いで、教授の単独チームが組めなくなったために戦力を均等にした教授と学生の混成チームでゲームをすることになった。俺は左ウィングの位置に陣取りキックオフを待った。相手チームの守備はユルく、安々とペナルティエリア付近でフリーになることができて、ちょうどいい塩梅でパスが回ってきた。俺は躊躇することなく左脚を一閃した。まさかの距離でのシュートにゴールキーパーは一歩も反応できない。しかし、放れたボールはゴールポストに当たり甲高い音が響いた。ピッチに立っている全員の視線が俺に集まるのを感じた。それを裏付けるかのように、「どうぞシュートを打ってください」と言わんばかりの御膳立てのパスが回ってきた。再び左脚を一閃したが、今度はゴールバーを直撃した。俺のフィーバータイムはその後も続き、2得点を記録して試合にも勝利した。

ゲーム終了後、数学科事務室に行って、わざとらしくサッカーボールを女性事務員の前に落として、「サッカーされたんですか?」という関心を引き出し、「そうだよ。次に聞くことがあるだろう」と誘うと、「勝ちましたか?」と聞いてくるので、「勝つには勝ったけど、もっと重要な質問があるだろう」と言うと、そのやりとりが定番のものと知る事務員が「何点取りましたか?」と聞いてきた。俺はしたり顔で「2点しか取れなかったよ。あと2点は取れたと皆に言われたんだけどね」と謙遜して内なる悦びに浸った。

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