垢スリ三昧

 妻は完璧主義者だ。俺の両足をタオルでふく作業を始めた時、嫌な予感がしたんだ。「パソコンをする時間だ」と思ったのも束の間、妻は「頭を洗おう」と言い出した。昨日もそんなやりとりがあったが、俺が「明日にしよう」と後回しにしたんだった。俺が迷って返事をせずにいると、妻はビニール製のタライを枕下に据え付けて寝たままで頭を洗う準備を始めた。頭にかける水の温度にもこだわりがあるらしく、蛇口と寝台を行ったり来たりして温度の調節に余念がなかった。髪を洗った後は耳掃除とドライヤーをかけるのが定番だ。


「やっとパソコンが出来る」と思ったのも束の間、妻の目には完璧主義の炎が宿っていて、妻は「上の服も着替えよう」と言い出した。もちろん、着替えるだけでは終わらない。右の袖を脱がせて右上半身の垢スリが始まった。妻の垢スリはかなり本格的で、専用の垢スリ手袋を片手に虎視眈々と垢が出そうな場所を狙っている。「強くこすると痛い」と言おうと思い歯ぎしりを繰り返したが、垢スリに夢中でイヤホンで何か聴いている妻の耳に入るはずがない。作業は左上半身に移り、「相撲中継が始まる時間なんだけどなあ」の心の声も虚しく、妻はテレビを消してYouTubeを一緒に聞くことを強要した。


それだけでは終わらない。妻は寝たままの姿勢では困難とされる背中の洗浄を試みた。実際、呼吸器が邪魔になって半身になるのは難しいし、それを支えつつ、背中をこするのは至難の技だ。腱鞘炎に悩んでいる妻なら尚更だ。しかし、完璧にこだわる妻は疲労困憊になりながらもこのミッションを完遂した。


服を着替えパソコンの設定が終わったのは午後四時半、妻の善意でやっている無償の行為にはひれ伏すしかない。満足そうな妻の表情を見れば尚更だ。お蔭様でさっぱりしたし、今晩はよく眠れそうだ。それから耳の後ろの垢スリは昇天するほど気持ち良かったので次回もやってほしい。


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