韓国の刺身

 雲一つない秋晴れの下、天然芝のサッカー場に足を踏み入れた。

今日は全国教授蹴球大会の初日で、4チームによる予選リーグが行われる。一試合15分ハーフの競技を三試合こなす強行軍である。我が釜山大蹴球会は高齢化が進み、12人集まったメンバーの大半は50代後半で、40代以下は一人だけと言う状態だ。

俺は妻と下の子二人を連れて応援だ。久しぶりに現れたため、握手攻めにあった。ピッチ内ではこれでもかと言うくらい心を通わせた戦友達の雄姿をこの目に焼き付けるためにやってきたのだが、すでに二敗して予選敗退が決まり、最後の試合も相手チームの人数不足により、学生を交えた親善試合になるとのことだ。

声を枯らして応援するも、短縮された20分の競技はスコアレスで幕を閉じた。

当初の予定ではサウナで汗を流し、打ち上げに行く予定だったが、サウナは止めて、打ち上げ会場にに直行することになる。場所は機長郡の美しい海岸沿いの海鮮食堂である。二階席からは真っ青の海と空が一望でき、思わずため息が漏れる。

こんな美しい場所が商業化されてないのは奇跡に近いことである。いや、この程度の風景は釜山近郊では何処にでもあるという証左なのかもしれない。

座席に着くと早速前菜が運ばれてきた。蛸の活き作り、煮干しと野菜のコチュジャン和え、ホヤ、アワビ、ワカメ汁、ネギ焼き、落花生豆腐が所狭しと並べられる。

胡麻油をまとった蛸を口に入れると、吸盤が口内に吸い付く。よく噛まないで飲み込むとのどに吸い付いてえらいことになるらしい。煮干しがこの料理に入るのは珍しいがコチュジャンでしっとりと潤った煮干しが物凄く美味しかった。他テーブルではお代わりの声が上がった。ホヤやアワビも新鮮で、高級食材であることを失念してしまう程の量が出てくる。ネギ焼きもほんのり甘く、刺身盛りが来る前に沢山食べて満腹になってはならないという自制心を簡単に崩壊させる。落花生豆腐もまたしかり、添えてある野菜がまた新鮮だった。

お酒が出てきて乾杯が繰り返されいい雰囲気になってきた所で、刺身盛りが登場する。韓国語ではフェというのだが、血を抜き熟成させる日本の刺身とは異なり、韓国では活き作りが主流である。日本では割り当てられた一人一切れを惜しむように味わうが、韓国のフェはとにかく量が多いので、そのまま食べるもよし、野菜で包むもよし、ワサビ醤油、コチュジャン、ニンニクが乗ったサムチャンの三種類の調味料を組み合わせて、2の3乗=8通りの味わいが楽しめるのである。
ヒラメやタイ、日本では高級魚と化しているイワシの身は歯ごたえがあり、小学5年生でしかない娘に「美味しい」と言わせるほどであった。

宴もたけなわ、内臓を煮込んでキツネ色になったアワビ粥が運ばれる。満福でこれ以上は食えないと思い、放置していたが、一口食べてその旨さに感服しているうちに平らげてしまった。

とどめはメウンタンと呼ばれる身が少ない魚を一匹用いて出汁を取り、唐辛子で真っ赤に染まった鍋だ。ただ辛いだけのメウンタンは何度も食べたが、この店は辛くて美味く、N回口に入れると、N+1回目を口に入れたくなる程の中毒性がある。

締めのデザートはミカンである。この店の概念を損なわい一貫性のある選択は清々しく、口の中もまたしかりである。

惜しむらくは食べ物に夢中で久しぶりに会った戦友達と言葉を交わせなかったこと。それでもいい。俺たちはピッチの上で幾万の言葉でも語りつくせいない何かを共有してきたんだ。何かを語ってもそれ以上のものが得られるはずもない。

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