海外放浪記 19)
これまでの海外旅行や海外出張を古い順に並べてみた。なお、前回は次の通り。
https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/11/18.html
19)オーストラリア、パース。2006年1月。置換群論の専門家が集う西オーストラリア大学のゲストハウスに一週間滞在してセミナーに参加して研究結果を説明した。。今考えると、かなり身のほど知らずの行為だった。その理由は置換群論の結果を使っただけでその道のプロにとっては興味がある話ではなかったからだ。バケーション期間だったので、一人でいる時間が大半で共同研究に誘われることもなかった。自分が暇なときに一方的に行くことを決めたのがそもそもの間違いだった。
到着初日、パースの中心部を散策して夕食を摂るための店を探した。2時間くらい歩いて入った店は聞いたことがないハンバーガーチェーン店だった。その翌日、大学でそのことを話すと、「代表的なオージーキュイジーヌね」と言われた。某有名ハンバーガーチェーン店は商標権の問題でオーストラリア国内では本来の名称は使えずに改名したそうだ。その日の昼食は大学関係者と一緒に海産物の店に行った。そのときに食べた「カラマーリ」というイカリングが美味だった。
週末はビーチを散策した。海インド洋に面していて、そう思って眺めると広大に感じた。背中を凧の揚力で引っ張るウィンドサーフィンに興じる人がいた。そこで1時間くらいいたあと、周辺を散策していると一軒の住宅が目に入った。「ずいぶんと立派な屋敷だなあ」と思い、近くに行ってみると、その遠方に新たな邸宅を発見した。その地区は高級住宅街で「これでもか」というほどの豪華な住宅が立ち並んでいた。それらを見物しているうちに山間部の集落に紛れ込み、迷子になってしまった。歩いても歩いてもバス停留所などの公共交通機関に繋がるものは見当たらないばかりか、同じところをぐるぐる回っている本格的な迷子になった自覚が芽生え始めた。疲労困憊を顔に滲ませ歩いていると、祝祭行事の衣装に身を包んだ少女の集団とすれ違った。その中の一人が踵を返して俺のそばにやってきて一斤のパンを差し出した。俺は呆気に取られてそのパンを受けとったが、数秒後に「もしかして乞食と思われたのかも」という疑念が湧いてきて確信に変わった。
結局、バス停留所にたどり着いて事無きを得たが、この事件に象徴されるようになんとも冴えない出張旅行だった。
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