学科長日誌 10)
LYH教授が自然科学大学の学長に就任した。学科長である俺の立場はより明確になった。「アメポチ」という言葉は米国の飼い犬のように無条件に追従する日本の態度を自虐するために用いられるが、俺の立場は「学長ポチ」そのものだった。
研究開発に費やされる韓国の国家予算はGDP比で5%に上る。日本が3.5%だから、5%という数字は韓国が科学技術の発展に力を入れていることを意味する。大統領から科学技術庁ヘ、その長官の意向を反映した政策が各大学の総長を動かし、総長から各学長に伝わり、学長から各学科長へ、学科長から各教員に、というプロセスを経て政府の意向が末端まで行き渡るようになっている。その結果、大学の国際的なランキングを上げるために「留学生を受け入れよう」「英語の講義の比率を増やそう」「国際会議を増やそう」「世界各国の大学と提携しよう」「国際的に認められている学術雑誌に掲載されるような論文を書こう」などの活動が是とされる。
その大きな流れに「大学のランキングを上げることが目的となるなんて本末転倒だ。やらされる研究では良い研究はできない」と異を唱える者は少数派で、「研究しないで既得権益に浸かっている抵抗勢力」と見なされた。俺もその流れに身を任せた。数学科内では学長派とそれ以外の教員で分裂が加速した。俺が数学科に赴任したばかりの頃は家族のような雰囲気で全教員で昼飯を食い、食後はコーヒーを飲みながら学科事務室横の休憩室で談笑するのが当たり前の日常だった。誰のせいでもなく、時代のせいだと言う他ない。
お金の力はバカにできない。釜山大学数学科は数学分野で全国六大学しか選定されない七年の大規模研究費を取得した。その支出の大半は大学院生への給与に近い奨学金で教員の研究費として使用できない。教員の立場からすると雑用ばかり増えて研究時間が削られていいことはひとつもないように見える。しかし、大学院生の水準は大幅に上がり、学部生にも「ウチの大学院に来い」と自信を持って言えるようになったし、留学生が増え、教員の士気も上がった。お金の力をまざまざと見せつけられ、学生のために馬車馬のように働き、なおかつ、意気に感じる時代だった。
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