学科長日誌 4)
学科長会議は水曜日の午前11時に開催される。その頻度は月1回だ。通常、学科長会議の直後の一週間内に数学科教授会議が開催されて、学科長会議の報告と本部から降りてくる案件に数学科としての見解や 議決事項を話し合う。
この学科教授会議を主導するのも学科長の役割の一つだ。率直に言うと、俺にとって学科教授会議が悩みの種でありストレスの原因だった。その理由を以下に述べる。
1)数学科に赴任したばかりの頃、会議とはただ沈黙を保つ場所だった。紛糾して揉めている様子でも正確な内容はわからないし、意見を述べる立場でもなかった。韓国語が上達して飛び交う会話の内容がわかるようになると、本当に揉めているだけでなく、会議を主導する学科長が吊るし上げられていることが把握できた。その頃になると数学科内の人間関係も見えてくる。A案を推す急進派とB案を推す穏健派が対立し、折衷案であるC案を提案した学科長が両派から叩かれるなんてこともあった。要するに学科長とは名ばかりで、年輩の教授の顔色を見ながら学科の意見を集約するだけの奉仕者なのだ。仮にA案が通った場合、会議終了後穏健派の教授の研究室を訪問してなだめることも学科長の役割だった。
2)司会進行も学科長の役割で、昼休み終了後講義のために退席する教員もいるので迅速な進行が求められた。外国人である俺は会議資料を作成するのにも、それらを紹介する文言を考えるのにも、揉めそうな案件に一押し加えて中立の立場を装いながら議決するための準備をするのにも、膨大な時間と労力を費やした。
3)紛糾して議決できないときは後日再度会議を開くことになる。ちなみに議決と言っても多数決による投票で決めるわけではない。発言力の強い教員が「どうしても受け入れられない」と拒否権を発動することがある。そんなときは長老格の教員が「そこまで言うなら仕事は全部お前がやれ」と政治決着することもある。国連の安全保障理事国会議よりもはるかに複雑な議決方式で成り立つ数学科、その学科長を任されているのは何かの悪い冗談としか思えなかった。
俺が学科長になってから初めての学科教授会議を迎えた。会議の冒頭で俺は「これまでやって来れたのは皆さんが私によくしてくれたからです。でも、それは利害関係がなかったからです。これからは皆さんに憎まれることが仕事だと思って学科長の務めをやっていくつもりです」と演説した。
コメント
コメントを投稿