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海外放浪記 20)21)

 これまでの海外旅行や海外出張を古い順に並べてみた。なお、前回は次の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/19.html 20)ロシア、モスクワ。2007年7月、この年に行ったのかどうかの自信がない。白状すると、その時期にたまたまモスクワ滞在中のEK教授と研究打ち合わせをするという名目で行ったが、研究の話をする時間は十分には取れなかった。モスクワの地下鉄があまりにも深い位置にあるのを見て、「核戦争が起こったらシェルター代わりに使用されるのだろうか?」と勝手な想像を膨らませた。EK教授はPOSTECHで勤務していた頃の同僚で、昼飯をよく食べに行った。議論好きで、あらゆる事象に対して意見を求めてきた。議論が煮詰まってくると「俺は常に正しい」というフレーズが話題転換の合図となった。EK教授の案内でクレムリンなどの名所を周った。その日のハイライトはバレエの観劇だった。そのことを過去に書いているので以下に引用する。 15年程前の話である。モスクワのボリショイ劇場別館、舞台下の空洞では交響楽団が演奏している。その空気の流れが感じられるほど前の座席に座っていた。友人の粋な計らいで実現したバレエ観劇であったが、寿司を食べたこともない子供が「すきばやし次郎銀座店」のカウンターに座っているような違和感がありありだった。 白のカッターシャツにジーンズと言う数学者の正装で来た俺は烈しく後悔していた。ドレスコードがあったわけでも観客全員が着飾っていたわけでもない。最高の舞台で選ばれし者たちが演じる極上の娯楽を称える観客の服装も一張羅であるべきという思いに駆られたからである。 空手をやっていた俺はバレエダンサーをアスリートとして見ていた。その跳躍力、空中姿勢、手足を意のままに操る技術、どれをとっても一般人が一生努力しても到達できない水準を有しており、神々しいオーラを放っていた。 芸術に疎い俺が何故ここまで音楽と融和した舞台上での群舞に引き込まれるのか、そのこと自体が芸術性の高さを物語っているのだろう。一流の運動能力を有し、遊びたい盛りの思春期をバレエに捧げ、鍛錬と研鑽を積み、競争を勝ち抜いた者達が繰り広げる総合芸術を堪能した夜だった。 21)ロシア、サンクトペテルスブルグ。2007年7月。共同研究者勢揃いの研究集会に参加...

のどじまんの予選会

 NHKの「のどじまん」の大村開催まで2週間を切った。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post_8.html 上記のように俺が長女の代わりに出場希望の申し込みをしていたが、先週の木曜日に発送されているはずの予選会への書類選考通過の通知も来ないし落選メールも来ていない。「一体、どっちなんだ?」と悶々とする週末を過ごした後、今日の正午に大村の実家から「予選会への案内の葉書が来たよ」という連絡があった。 急転直下の朗報に嬉々とする時間はほんの一瞬だった。その連絡を受けた妻が「男ならともかく大切な娘を人前に晒すとはどういうこと? 授業の英語の発表でも緊張して夜眠れない子がどうやって舞台で歌えるのよ?失敗してトラウマになったらどうすんのよ」と詰め寄ってきた。確かに「どうせ書類選考で落ちるよ」と言って長女の意志を確認せずに応募したのは事実だし、長女をテレビに出演させたいというのは親のエゴだと思う。妻が反対し続けるなら諦めるしかないと思っていると、長女から妻に電話がかかってきた。 長女は今日から冬休み明けの登校が始まり、三日後には卒業式を迎える。その帰り道で俺の母からのメッセージを見て妻に電話したというわけだ。電話の中の長女はケタケタと笑っていて、とても予選会への出場を嫌がっているようには見えない。俺は内心「いいぞ、いいぞ。本人が望むなら妻の反対も和らぐだろう」と思っていたら、実家の母から妻に電話がかかってきた。 電話口の母は「出場申し込みは寝耳に水」という感じで妻と同じ心配を述べていた。「イカン、形勢不利」と思っていたら、母が「出場したくないなら予選会に行かなければいいから早く来てほしい」と言い出した。結局、13日から24日まで長女と三男が大村に滞在することになり、予選会への出場は長女の決断に委ねられることになった。 パソコンに繋がってから長女に「予選会に200人が出て20人が本選出場だからまず受からないよ。お父さんは予選会で歌っている動画を見るだけで満足だよ」と伝えた。

「豊臣兄弟」第四回を視聴した

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」第四回を視聴した。以下はその感想だ。 1)第一回の感想は https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/blog-post_5.html 俺のドラマ批評にしては珍しく絶賛のコメントが並んでいる。しかし、第二回は面白くなかった。その理由は現実性の欠如だ。野盗から村を守るために自警団が形成されているが、この自警団が弱い上に時間稼ぎも助けを求める伝令を走らせることもしない。そのうち別の野盗が現れ村人は殺害される。戦国の世の不条理を描きたかったのだろうが、俺は顔見知りであるはずの村人が殺されても他人事の主人公とその家族の態度に違和感を覚えた。第三回がその調子だったら脱落を検討しようと思っていたが、幸いにその内容はまずまずの出来だった。織田信長が「たとえ負けるとわかっていても戦って死ぬのが武士だ」みたいなことを言っていたが、「それでは家来はついてこないだろう」という違和感は第四回で伏線として回収される。 2)桶狭間の戦いと父の敵討ちという二つのテーマが同時に回収された爽快感があった。先ず、桶狭間の戦いとはその当時は弱小武将だった織田信長が広大な領土と十倍もの戦力差を誇る今川義元に奇跡の勝利を収めた戦いだ。その奇跡が実は必然だった要因を劇中に自然に忍ばせたのが良かった。敵討ちは未遂に終わる。敵役の俳優の演技が素晴らしかった。欲を言えば、戦場での無駄口は謹んでほしかった。 3)織田信長が桶狭間の戦いの後に床の上に大の字になって「勝った、勝った」と繰り返す姿が良かった。そんなことはしなさそうな鉄面皮の信長が喜びを表すことで勝利の大きさと負けたときの覚悟が読み取れた。 4)豊臣兄弟が戦いを終えて浅野家を訪問した場面が良かった。これから戦がインフレになり、命をかけて戦っていることが薄れてくるだろう。そんなときの女性陣の過剰なまでの心配と歓待は戦の過酷さを伝える役割を果たすだろう。