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長年の呪縛

 俺が子供の頃、実家の便所は一個だけで小便器と和式大便器が壁で仕切られていて、窓はあったが換気扇はなかった。その構造ゆえにウンコの臭いをかぐことは日常茶飯事で、残り香で誰が直前に入ったかを判別することができた。 大学に合格して、福岡でアパートを探そうとなったとき、「親の金で大学に行かせてもらっている立場であるから、どんなに安くて劣悪なアパートでも構わない」とは思いつつも、「できれば、風呂とトイレが別室になっているアパートに住めたらいいなあ」と思っていた。不動産業者もその辺りの事情は熟知しているようで、別室になっていることを強調してセールストークを展開していた。 時は流れ、俺は結婚して釜山大学で定職を得た。借家暮らしで資金を作り、ダメモトで見学に行ったマンションが思いのほか好条件で、その場で購入を決めた。ただし、浴室と洗面台と洋式トイレが一室に収められていた。幼少時の経験から「残り香が漂う空間で風呂に入るなんて真っ平ごめん」と思っていたが、実際に生活してみるとそういうことは皆無だった。先ず、昔の洋式トイレは水が浅くこびりついていたが、それから格段の進化を遂げ現在の水を十分に張って臭いを最小限に抑え込む様式が定着していた。次に、換気扇が電灯に連動して作動する。この二つによって快適な入浴時間を送れている。 見逃せない点は掃除が非常に楽なことだ。別室の場合、飛沫が床や壁に付着している前提で掃除するので神経を使うし時間もかかる。一室の場合、床や壁をシャワーで洗い流すだけだ。かくして俺は長年の呪縛から逃れることができた。

温泉巡りの旅 2)釜山、虚心庁

 釜山広域市の地下鉄温泉場駅から徒歩5分の位置にある虚心庁は日本で言うところのスーパー銭湯のような巨大浴場施設だ。その近所に温泉が湧く小規模の銭湯がある。その泉質をどのくらい希釈しているのか定かではないが、虚心庁でもれっきとした温泉だと言うことだ。温泉と思って入浴すると物足りないと感じるが、虚心庁の魅力はそれだけに留まらない。今回は俺の視点から虚心庁の快適性を伝えたい。 虚心庁は温泉場地区の最高級宿泊施設である農心ホテルと通路で連結されている。農心ホテルは釜山大学と提携していて、釜山大学教職員が予約すれば宿泊客が一般人でも割引価格が適用される。そのために農心ホテルに出入りすることが多く、虚心庁に同行することもしばしばあった。そんなわけで俺が教員だった頃は年に四五回は通っていた。それは付き合いだけでなく、純粋に自分がくつろぎたいがために通っていた。農心ホテルではプロ野球選手の集団と遭遇することもしばしばで、そのたびに「戦いの疲れを虚心庁で癒しているんだろうな」と想像を膨らませていた。 虚心庁のエントランスにはコインロッカー式の下駄箱が設置されていて、施錠して引き抜いた鍵でチェックインする仕組になっている。フロントで衣服用の電子錠と下駄箱の鍵を交換してからの入場となる。衣服を脱ぎ、衣服と荷物を個人用のロッカーに入れて施錠した後、電子錠のみを手首に結びつけた格好で大浴場に向かう。日本ではタオルで局部を隠して移動するが、韓国ではそういう人を見たことがない。この辺りは日韓の入浴文化の違いが如実に現れていて非常に興味深い。大浴場では体を洗うためのシャワーが多数設置されている。そこにはアカスリ用のタオルが山積みされていて自由に使える。使用後は回収用の箱に入れることになっていて、日本のようにタオルを湯舟に持ち込んだりしないようだ。大浴場の周辺には、打たせ湯、サウナ、ジャグジー、赤土湯、露天風呂、ビーチ用ロッキングチェアーなどが設置されていて、ありとあらゆる種類の要望に応えるほどの充実度を誇る。個人的に四十肩を患っていたとき、4mの高さからこれでもかという水量で落ちてくる打たせ湯に大変お世話になった。厳冬の時期の露天風呂もまたおつなものだ。 これで終わらないのも日韓の違いの一つだ。大浴場出口には体を乾かすためのタオルが山積みされていて、用が済んだら回収箱に入れることになってい...

公職選挙法

 生成AIに「公職選挙法って変じゃない?」と尋ねたら、「金持ちが選挙で有利にならないように」という原則に基づいた制定の経緯を説明した後、以下のような個別の事例を示してくれた。 ……………引用始め 選挙カーで移動中は名前の連呼しかダメ(政策を話すと違反)。→ 走ってる車から政策聞こえないのに、名前だけ連呼…有権者に失礼すぎる。 コーヒーは買収だけどお茶はOK、せんべいはOKだけどサンドイッチはNG、まんじゅうはOKだけどケーキはダメ…昭和の基準がそのまま残ってる。 選挙事務所に提灯はOK(明治時代の街灯がない時代の名残り)。 戸別訪問禁止(世界的に珍しい厳しさ)。 18歳未満は選挙運動NG(外国人ならOKなのに)。 電子メール・SMSで投票依頼はNGなのに、SNS(X、Instagram、LINEのメッセージ)はOK…なぜメールだけダメ? 投票日当日のSNSで「〇〇さんに投票しました!」(投票用紙写真付き)は選挙運動とみなされ違反の可能性。秘密投票の原則を自分で壊すリスク。 ポスターのサイズ・枚数・掲示場所が細かく決まってるのに、最近は公営掲示板に広告やほぼ裸のポスターが貼られる問題 → 2025年に品位保持規定が改正されたけど、まだ不十分。 ……………引用終わり 選挙カーでの名前連呼が公職選挙法による縛りのためだったとは!? SNSはメール機能を含むのでは? そもそも、票を金で売買することが問題で、金持ち自体は悪いことじゃないし、上記の原則を完全に守ることができるとは思えない。選挙期間外に楽な仕事を課して高額報酬を払うとかいくらでも抜け道はありそう。 公職選挙法が悪用されて政治家を罪人に仕立て上げる側面はないのか? などの疑問は尽きない。公職選挙法の改定を選挙公約に掲げても支持が拡大するとは思えないからなあ。せめて労働に見合った対価が得られるように改定してほしい。

トランプ関税は違法

 トランプ関税が発動されたのが一年前、世界中があたふたして、日本では赤沢大臣が交渉役に任命され、日米を何度も往復して交渉を重ね、日米合意が成立するのを見届けてから石破首相が退任した。先日、米国の最高裁判所で「トランプ関税は違法で無効」という判決が出た。このことについての感想を述べる。 1)例えばの話だが、米国がある国と交戦中、最高裁判所で「この戦争は違法で無効」という判決が出たとき、大統領は素直に戦争をやめるだろうか?いや、司法の判断より上位の国家的判断と考え、戦争を続けるのではなかろうか?そもそも、司法の判断に従わせる強制力は政府側にあるので、政府側のトップにいる大統領を止めることはできない。と思っていたが、トランプ大統領は文句を言いながらも判決に従う姿勢を見せている。今回の裁判で保守派の裁判官がいたのにこの判決が出たことに驚いたし、勇気がいる判決だったと思う。 2)これまでのドタバタは何だったのだろう?日米合意に基づく80兆円の対米投資や日本のみならず各国と結んだ貿易協定はなかったことになるのだろうか?来月、高市首相が訪米して首脳会談するのだが、気まずい雰囲気になるのではないかと心配になる。 3)トランプ大統領は今回の判決を受けて、各国に一律10%の関税を課す大統領令を出した。ここまでくるともうわけがわからん。誰か詳しい人がいたらご教授願いたい。

ガラスの砂浜

 NHKの「有吉のお金発見突撃カネオ君」で大村市の森園公園の海岸部に敷き詰められたガラスの砂浜が紹介された。生成AIによると2016年に完成したそうだ。俺は2019年に森園公園で過ごしたことがあった。妻に「ガラスの砂浜があるから行ってみる?」と誘われたが、車椅子だったことと「ガラスの破片が無造作に捨てられているだけだろう」という勝手な想像で拒否した。 その番組では「大村湾の浄化のために最適な大きさに丸型に加工したガラスを敷き詰めていて、インスタ映えする人気スポットになっている」との説明があった。タイミングよく妻が寝室に入ってきたが、「テレビに大村が出ている」と短い時間に文字盤で伝えられるはずもなく、妻はその説明の最中に部屋を出た。 今日は日曜日、次男は風邪をひいて部屋から出てこない。大村滞在中の長男、長女、三男はそれぞれの興味で楽しくやっているらしい。妻は「最近、周囲によくないニュースが多くて私まで気が滅入る」と言っていた。 冬期五輪も終わったし、なんかさえない日曜日だなあ。そうだ、ガラスの砂浜の動画を撮影してくるように子供たちに頼んでみようかな。

温泉巡りの旅 1)草津温泉

 今までに温泉を始めとする様々な保養施設を体験してきた。日本国内のみならず世界の各地、例えば、死海、白頭山、などを時系列にはこだわらずに気の向くままに紹介していきたい。今回は草津温泉にまつわるよもやま話を語ろう。 「草津、良いとこ、一度はおいで、チョイナ、チョイナ」のチョイナの部分をジョイナに替えて歌い、陸上界のスーパースターだったフローレンスジョイナーの扮装をした者たちが通り過ぎるパフォーマンスがテレビ番組「俺たちひょうきん族」で流された。それが25歳だった俺が草津についての知識の全てだった。俺の師匠から誘われるままに草津で開催される有限群論セミナーに参加することにした。当時はどのような性格の研究集会か見当もつかなかったが、平たく言うと、有限群論の大家たちを囲んで群論にゆかりのある分野の研究者が集い、温泉や山歩きを楽しみながら数学を語り合うという数学者の桃源郷とも言える集会だ。ただし、セミナーハウスの収容人数に限りがあるので、誰でも参加できるわけではない、一見さんお断りの京都の料亭のような雰囲気がそこはかとなくあった。 若手が研究成果を発表するのだが、自己紹介の場でもあり、質疑応答で蜂の巣になることもしばしばで、結構な圧迫感があった。夜は自由時間で、温泉に入ったり、囲碁をしたり、酒を飲んだり、思い思いの時間を過ごす。全発表が終了した後は希望者のみの山歩きが催され、その帰りに川のように温泉水が流れる浴場施設に立ち寄った。一緒に山歩きをすると連帯感が生まれ、研究者としての序列を忘れ、自然と会話できるようになるものだ。それでいて温泉に浸かりながら専門的な数学の話が始まったりもする。 俺は何かを強いることのない自由な雰囲気に感銘を受けた。いや、その当時はあるがままを受け入れていたので、感銘というのは年齢が上がるに徐々に感じるようになったと表現するべきだ。今でも大家との会話を記憶しているし、セミナー中に見聞した全ての事象がその後の俺の人生に大きな影響を与えている。何より、このコミュニティが好きになったし、一生を通して関わりたい。そのためにはプロにならなきゃという思いを新たにした。

外出と顔本

 今日の午後、妻と次男の助けを借りて外出した。出発時間は14時、いつものように区役所の広場で日向ぼっこをした後、いつものコースで帰宅したのは1 6時だった。妻は終始ハイテンションで、「お父さんを家に残して外出してもお父さんが気になって楽しめないけど、今日はその心配をしなくていいから心から楽しい」と言っていた。 長男、長女、三男が大村に滞在中で不在の間、妻は次男に「ゲームばかりしてないで将来のことを考えて行動しなさい」みたいなガチの議論を吹っかけるようになった。一昨日の夜は24時から26時まで硬軟入り混じった話をしていたようだ。今日も普段はあまりしない話題を議論していた。 俺は親と2時間話すことはない。用事だけ伝えて結論を出すか先送りするか決めるだけなので、話してもせいぜい30分が関の山だ。妻の家族への接し方を見ると「仲がいいんだな」と思うと共に俺が育ってきた環境との違いに驚くことが多い。男女の違いかもしれない。 帰宅すると、注文していたスマホが届いていた。早速、開通させてフェイスブックのアカウントも復活した。不思議だったのは1ヶ月前にどんな手を尽くしても決して叶わなかったログインがパソコン内に保存してある既存のパスワードで達成できたことだ。「もしかしてスマホは関係なかった?」という疑念が生じたが、妻に直接伝える勇気がないので本欄に記すことにする。

王将戦

将棋の王将戦七番勝負第四局で挑戦者の永瀬九段が藤井王将を破り、三勝一敗になってあと一勝で王将位獲得まで迫った。俺にとっては衝撃のニュースだ。その理由を順を追って語ろう。 永瀬は将棋に一生を捧げていると言っても過言ではないほど将棋の研究に自由時間のほとんど全てを費やす日々を送っている。藤井とは練習将棋で切磋琢磨し合う仲で、藤井が八冠独占を達成する過程で時にはタイトルを防衛する立場で時には挑戦者の立場で藤井と番勝負を争い、その全てで藤井に負け続けていた。 藤井の対局は動画化されていて、一局の流れがわかるようになっている。永瀬は中盤まで優勢を維持するも、藤井の終盤力に逆転を許すことがあまりにも多く、「それらが五分の星でもタイトルが取れただろうに」と思わせるほどもったいない負け方をしていた。俺は「タイトル戦で藤井に負かされ続けても不屈の闘志でタイトル戦の挑戦者として勝ち上がる」永瀬を応援するようになった。 今回の永瀬の三勝は「藤井が驚異の終盤力を発揮する余裕すら与えない」完勝ばかりだった。しかも藤井が得意としてきた角換わりでの研究で上回っての勝利だ。研究結果に誘導されても、対局中の考慮時間で打開策を見出すのが藤井の強さだったが、今回はそれが現れない。ファン心理というのは微妙なもので、「永瀬の努力が報われる日が来てほしい」と思う一方で「いつものように完全無欠の藤井を見たい」という気持ちが交錯している。

15年前の記憶

 東日本大震災から15年が経とうとしている。福島第一原子力発電所の電源が喪失し、冷却水が供給されず、格納庫内が空焚き状態になり、建屋が吹き飛ぶほどの爆発が起こった。俺はインターネットとテレビを交互に見て、原発の動向を見守りながら日本の将来を憂いていた。テレビでは学者が「メルトダウン」という言葉を避けながら苦しい説明を繰り返していた。その様子を見て「準公務員の集まりと思っていた電力会社が言論統制できるほど強大な権力を持っているんだ!?」という感想を抱いた。 現在の「放射能が格納庫内に閉じ込められ、原発敷地内で作業できる」状況だからこそ、他の原発の再稼働が議論されているが、一歩間違えば「格納庫外に放射能が出てきて、高い放射線が飛び交って作業員が近づけなくなり、福島県全体が死地となり、周辺地域に黒い雨を降らせ、関東地方に健康被害を訴える人が続出し、首都移転となり、国力が半分未満になる」という未来も十分あり得た。 そのことをすっかり忘れて、「円安で石油価格が高騰し電気代が上がる」「二酸化炭素排出量を減らすために」「原発ゼロを志向したドイツの電気代は凄まじい高さ」「メガソーラーの建設は環境破壊」「洋上風力発電は採算が合わない」「AIのデータセンターは莫大な電力を消費する」等の理由で原発の再稼働を容認することはいかがなものかと思う。もしかしたら15年もの間に電力会社が原発を容認するように世論を誘導してきたからかもしれないのだ。少なくとも、自然災害に加えて、テロ、ミサイル攻撃、原発の急所や盲点を知り尽くしたサイコパスな原発職員、等のリスクが上記の大惨事を引き起こすことを念頭に原発容認するかどうかの態度を決めるべきで、「原発ゼロは非現実的だ」という思考停止に陥ってはいけないと思う。 俺の立場はどうかと言うと、揺れている状態だ。人類が火の使用を始めたとき火傷や山火事や一酸化炭素中毒等のリスクに直面したはずだ。人類が原子力を使用し始めて90年も経っていない。願わくば、これ以上原発事故が起こらずに、クリーンと言われる水素核融合発電に速やかに移行してほしい。

予選会当日

 今日はNHK「のどじまん」の予選会当日だ。平坂家からは長女と甥が2月15日放送予定の本選への出場を目指して予選会に挑んでいる。二人を引率するのは大村在住の俺の弟だ。10時に弟が長女を会場まで連れて行き、11時から17時まで200名の歌唱力審査が行われ、17時半に本選出場者20名が発表される。ちなみに予選会での動画撮影は禁止されている。 ところが、18時過ぎても弟から連絡が来ない。 19時頃に二人とも落選したという報せが入った。 「ああ、これでよかったんだ」と心から思った。長女の歌なら自宅でも聞ける。甥は俺を元気付けようと、HIPPYの「君に捧げる応援歌」を歌ったそうだ。それが聞けなかったことが唯一の心残りだ。

三男のスマホ

 三男は以前からスマホの所有を切望していた。そう思うのも無理はない。三男の同級生のほとんど全ては、もっと言うと三男以外でもおかしくないほど、スマホを買い与えられているからだ。ちなみに長男は高校入学時に初めての携帯電話を手にした。長年に渡る三男の交渉に妻が折れる形でスマホの所有が許され、先月購入するに至った。 現時点で三男はスマホの世界に埋没することもなく節度のある使い方をしているように見える。俺は長男に頼んで三男のスマホにLINEをインストールしてもらい、家族全員が参加するグループラインを作ってもらった。俺はこのグループライン経由で、日々の気付きや提案をほぼ毎日投稿するようになった。日本語能力が低い三男には理解不能かなと思っていたが、驚くべきことに三男は俺の投稿を完璧に理解していた。「驚くべきことに」と書いたのは方便で、実はその理解の理由は想定内だった。三男は翻訳機能を用いて内容を理解し、時には返信までしていたのだ。俺は手加減のないメッセージを送るようになった。三男はこまめに返信してくれる。その頻度が視線入力の速度と程よく適合して会話らしきものが成立するようになった。今では三男がダントツで筆頭のライン友達だ。 技術の進歩は凄まじい。タレントの田村淳が「ベトナムの農村でスマホ経由で現地語と日本語で滞りなく意思疎通できた体験から英語学習の必要性を感じなくなった」と言っていたが、そういう時代が来ているのかもしれない。「親しくなって商談を成立させるには流暢な英語が必要」という意見もよく耳にするが、お互いに不慣れな共通語で話すよりは同時通訳可能なアプリで話す方が深い話ができそうだし、そもそも親しくなるには人間的魅力が重要で英語は手段に過ぎないのでは? 三男とのライン上の会話を経験してからそんなことを考えるようになった。 今日は長女と三男が大村に向けて出発する日だ。前段落の内容とは裏腹に11日間の大村滞在を通して、既に現地入りしている長男と共に三人の日本語学習熱が高まってくれるといいな。

中道の行方

先の日曜日に投開票が行われた 衆議院議員選挙は自民党の圧勝に終わった。この3日間、大幅に議席を減らした立憲民主党出身の視線に立って今後の再建策を考えていた。だからと言って立憲民主党を支持するというわけではなく、焼け野原から立ち上がるような政治家の浪漫を自身の選挙区を守った中道の議員たちに見た故の思考実験にすぎない。小選挙区を死守した中道の議員はわずか七名、その中で俺が知ってるのは泉健太と小川淳也のみだ。今回は彼らの心情を想像しながら今後の対策を提案したい。 泉氏は自らの性格をポンコツと自称するほどのおっちょこちょいの愛されキャラである一方で、立憲民主党の前代表時代はつまらないコメントに終始していたが、平議員に戻ってからはその本領を発揮し始めた。小川氏は愛嬌のある生真面目キャラで、国民民主党の玉木代表と経歴が似ていることからよく比較される。 いくら執行部に一任したとは言え、長年使用してきた立憲民主党という看板を捨て、それまで批判してきた自民党と旧統一教会との癒着を自党と宗教団体との選挙協力に引き継ぐことになるとは夢にも思わなかっただろうと想像する。結果は散々で、「新党の周知期間が短すぎた」などの言い訳は「これからの日本を担う若者からの支持が極めて低い」という調査結果の前には吹き飛んでしまう。当分の間、衆院選は無さそうだし、中道という一つの政党で活動する意義も無さそうだし、中道改革連合という名称からして不吉だし、他の賛同者も無さそうだし、解散するしかないと思うが、そうすると理念なき野合を立証することになる。その批判をかわすために立憲民主党側は公明党側が中道の解散を言い出すのを待っているのだろう。 選挙区を守った中道の議員の中で重要な人物を失念していた。野田共同代表だ。中道の解散を宣言してから辞任すればよかったのに、自身の尻拭いは新代表の仕事となった。その新代表は13日の選挙で決めるらしい。公明党側は候補者を出さないそうで、泉氏と小川氏が有力候補らしい。今後の対策を提案と書いたが、実は、考えて、考えて、考えても名案が浮かんで来なかった。しかし、不器用な生き方しかできない両名の動向に注目している。小選挙区の特性上、オセロゲームのように白と黒の入れ替わりは常に起こり得る。政治家には不向きな性格の両名が焼け野原からの復興を果たすなんて最高の浪漫ではないか。

フェイスブックにログインできない

 最近の読者や家族への連絡事項を以下に書き出してみた。 1)1ヶ月ほど前、俺が利用する全てのSNSのアカウントに対して再ログインを命じられた。パスワードを忘れたりして結構苦労したが、元通りに復旧することができた。ただし、フェイスブックは「臨時コードを携帯電話に送る」という段取りになった。俺は携帯電話を使う筋肉がない。しかし、銀行口座の管理には本人認証が必要なときがある、声が出ない俺は電話口での本人認証ができない、オンラインなら携帯電話が本人認証の代替手段となる、俺の代わりに三男が連絡用に持っていくことが多い、等の理由で月々の利用料を払っている。俺は妻に状況を説明して、臨時コードを知らせるように頼んだ。妻は「どうやっても充電できない。今度、修理できるか聞いてみる」と答えた。その一週間後、妻は「どうやら修理できないみたい。通信会社に対処法を聞いてみる」と言った。それから二週間後、俺も妻も携帯電話のことは忘れていた。そんなわけでフェイスブックは未だにログインできない状態だ。メッセージをその期間に送ってくれた方に返事できなかったことへのお詫びを謹んで申し上げます。 2)昨晩はこの冬一番の冷え込みだった。厳密に言うと、まだ冬は終わってないから暫定一番の冷え込みだった。こんな寒い夜には左の上腕の外側にだけ冷気が入ってくる気がして眠れない。俺が文字盤で「サムイ」と言ったら、毛布を丸めて左腕を覆うように置いてほしい。 3)俺のパソコンのOSはウィンドウズ10だ。昨日、次男にパソコンを起動してもらったら、ウィンドウズ11への移行を促す案内が画面に出てきた。このパソコンを購入したのは8年前だ。ウィンドウズ11に更新すべきかどうか悩んでいる。誰かその件に関して情報提供してくれたらありがたいです。 4)寝ているときは歯ぎしりの音が鳴るようになった。しかし、どういうわけか、座っているときは音が鳴らない。このために真横に人がいてもSOSが伝わらない。家族のみんなにお願いしたいことは、座っているときに俺の表情を見て通るようにしてほしいということだ。 5)日によってばらつきがあるのだが、視力が落ちている気がする。新しい眼鏡を購入したいのだが、レンズの調整の出張サービスが可能かどうかを尋ねてほしい。

未来への提言

 名目賃金は上がっているが、物価上昇分ほどではないので実質賃金はマイナスという話をよく耳にする。物価上昇は円安が原因と言われている。輸出企業は濡れ手に粟で生産性はそのままでも円安で利益だけが増えていく。その利益を賃金として労働者に還元される。私見だが、企業全体の生産性向上なくして実質賃金がプラスを持続することはない。政治の力には限界がある。戦後の経済発展のような民間企業主導の技術革新が円安で儲かってる企業には求められるし、政府もそういう企業の尻を叩いてほしい。 米国の大手IT企業は1万人単位の人員削減を平気でやるし、それが当たり前のこととして社会に受け入れられている。世界中から税金を集めるかのように莫大な利益を上げる現代の花形産業であっても生産性向上が強いられる。解雇された社員の中には新た会社をおこす者もいるかもしれないし、解雇した企業は技術革新のために必要な人材を採用することができるし、結果として米国のIT産業の規模が広がる。雇用形態も労働市場の流動性も異なる日本に当てはめることはできなかったし、製造業での成功体験から抜け出せないで産業構造の変化について行けずに失われた30年を招いてしまった。 それでは人口減少で衰退していく状況を打破できないのだろうか?今回は政府ができる方策に関する提言を述べる。 1)医療費削減のAIによるオンライン診療の実現。単なる風邪であっても何時間も待たなければいけない現行制度と受診に至っても十分に話を聞いてもらえない状況を改革するために政府が1兆円の予算を投じ無料で利用できる診療AIを開発する。マイナカードで本人認証して音声による問診の後、風邪薬などの副作用が少ない薬のみ処方箋が出せるようにする。検査が必要な場合は検査専門の施設に誘導する。検査結果は患者の医療データとして共有される。患者の話を何時間でも聞けるので、重病が疑われる場合は病院に誘導する。病院に行く回数が減るので、医療費の削減に繋がるし、町医者を救命医療のような人手不足の分野にシフトできる。血圧を下げる体操などの健康法や食事療法を紹介することも診療AIの機能に組み込んで国民の健康増進に貢献することもできる。 2)ペーパーレス化とキャッシュレス化を加速させて未来のAIが事務や経理を担う時代の下地を作る。公文書の全てをデータとして保存して共有する。領収書が電子情報にとして共...

胃瘻問題

昨日の夕食時、妻は俺の左脇に座り、俺の胃瘻に流動食を注入し始めた。胃瘻とは俺のように飲み込むことができなくなった患者に栄養補給するために胃の内部と体外を繋ぐプラスチック製のチューブのことだ。たまに詰まったりすることもあるが、注射器で吸い出したり、チューブをほぐしたり、水を強引に注入したりすれば、大抵の場合は解決していた。というか、過去に詰まったままで解消しないことは一度もなかった。 60mlの注射器で流動食を注入していた妻が上記の解消法を一通り試し始めた。どうやらチューブに食物が詰まっている様子だ。しかし、いつまで待ってもそれ以上流動食が注入されることはなく、途方に暮れた妻が「ごめんなさい」とギブアップ宣言が発された。これは結構深刻な問題である。なにしろ、詰まりが解消されない限り、俺は栄養を吸収できないのだ。幸いに水分はチューブを通過した。妻は救急病院や訪問看護士に電話を掛けて翌日以降の対策を立て始めた。 今日は長女が通う高校の卒業式がある。本来であれば妻が卒業式に出席して、その帰りに長女と妻の二人で外食するはずだった。非情にも妻はその予定をキャンセルして、かかりつけの訪問看護士に依頼して午前中に胃瘻の交換をすることを選択する。妻の代わりに三兄弟が卒業式に出席することになった。 訪問看護士の方は非常事態ということで他の予定を差し替えて来てくれた。本当に頼りになるし、「ありがたいなあ」と思う。交換した胃瘻の古い方を分析してみると、詰まりの原因がわかった。それは野菜に紛れ込んだ骨の欠片が斜めにチューブの中にへばりついていたからだ。かくして、胃瘻問題は一件落着となった。俺はじっとしているだけだったが、妻を始めとする家族があたふたする出来事だった。骨の欠片は誰かの象徴かもしれない。

2026年の真実

 落合信彦が他界した。生成AIに「落合信彦とは?」と尋ねると、「断定的な語り口で検証できない裏話を交えて世界情勢を読み解くジャーナリスト」みたいな、読みようによってはペテン師のような評価が支配的だ。確かに、米国留学時代に衆人監視の下筋骨隆々のアメフト選手を空手でKOしたとか、南米奥地にナチスが製造を試みた円盤状の飛行物体があるとかの眉唾の話が彼の著書で盛られているのは事実だ。俺は大学に入学したばかりの頃に彼の著書を読むようになって、大きな影響を受けた口だ。世間の評価はさておき、俺なりに批評して彼を追悼したい。 先ず、その当時の時代背景をおさらいする。当然のことながら、インターネットは全く普及してなかった。俺らが手にできる情報はニュースや新聞という現代ではオールドメディアと揶揄されるもの経由がほとんど全てだった。ソビエト連邦が崩壊し、ベルリンの壁が壊され、東西冷戦が終結した。「これで核戦争に怯えることはない。米国を推進力とした国連中心の世界秩序を構築しよう」という気運が高まったときに起こったのがイラクによるクウェート侵攻だった。多国籍軍が結成され、国連のお墨付きの湾岸戦争が始まった。米国の最新兵器の見本市とも言える暗闇に無数の閃光が行き交う光景は米国一強の世界を予感させた。 そんな状況で受験勉強に明け暮れて大学生になった青年が「ニュースや新聞で報道されている表向きの世界の裏側で石油メジャーや軍産複合体や国家諜報機関の利権や思惑が複雑に絡み合いながら世界は動いている」と啓蒙されるのだ。俺はメディアを疑うことを覚えた。落合信彦的な視点に立って見ると、「何故サダムフセインが湾岸戦争後も権力の座を追われないのか?」の真相が見えてくるのだ。 自分の体験を一般化することはできないが、インターネットもない時代にオールドメディアの盲点を大衆に知らしめた落合信彦の功績はとてつもなく大きいと思う。今となっては、あの独特の説得力のある文体が懐かしい。ケネディ大統領暗殺事件の全資料が公開される2039年まで生きて彼ならではの批評を遺してほしかった。

海外放浪記 20)21)

 これまでの海外旅行や海外出張を古い順に並べてみた。なお、前回は次の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/19.html 20)ロシア、モスクワ。2007年7月、この年に行ったのかどうかの自信がない。白状すると、その時期にたまたまモスクワ滞在中のEK教授と研究打ち合わせをするという名目で行ったが、研究の話をする時間は十分には取れなかった。モスクワの地下鉄があまりにも深い位置にあるのを見て、「核戦争が起こったらシェルター代わりに使用されるのだろうか?」と勝手な想像を膨らませた。EK教授はPOSTECHで勤務していた頃の同僚で、昼飯をよく食べに行った。議論好きで、あらゆる事象に対して意見を求めてきた。議論が煮詰まってくると「俺は常に正しい」というフレーズが話題転換の合図となった。EK教授の案内でクレムリンなどの名所を周った。その日のハイライトはバレエの観劇だった。そのことを過去に書いているので以下に引用する。 15年程前の話である。モスクワのボリショイ劇場別館、舞台下の空洞では交響楽団が演奏している。その空気の流れが感じられるほど前の座席に座っていた。友人の粋な計らいで実現したバレエ観劇であったが、寿司を食べたこともない子供が「すきばやし次郎銀座店」のカウンターに座っているような違和感がありありだった。 白のカッターシャツにジーンズと言う数学者の正装で来た俺は烈しく後悔していた。ドレスコードがあったわけでも観客全員が着飾っていたわけでもない。最高の舞台で選ばれし者たちが演じる極上の娯楽を称える観客の服装も一張羅であるべきという思いに駆られたからである。 空手をやっていた俺はバレエダンサーをアスリートとして見ていた。その跳躍力、空中姿勢、手足を意のままに操る技術、どれをとっても一般人が一生努力しても到達できない水準を有しており、神々しいオーラを放っていた。 芸術に疎い俺が何故ここまで音楽と融和した舞台上での群舞に引き込まれるのか、そのこと自体が芸術性の高さを物語っているのだろう。一流の運動能力を有し、遊びたい盛りの思春期をバレエに捧げ、鍛錬と研鑽を積み、競争を勝ち抜いた者達が繰り広げる総合芸術を堪能した夜だった。 21)ロシア、サンクトペテルスブルグ。2007年7月。共同研究者勢揃いの研究集会に参加...

のどじまんの予選会

 NHKの「のどじまん」の大村開催まで2週間を切った。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post_8.html 上記のように俺が長女の代わりに出場希望の申し込みをしていたが、先週の木曜日に発送されているはずの予選会への書類選考通過の通知も来ないし落選メールも来ていない。「一体、どっちなんだ?」と悶々とする週末を過ごした後、今日の正午に大村の実家から「予選会への案内の葉書が来たよ」という連絡があった。 急転直下の朗報に嬉々とする時間はほんの一瞬だった。その連絡を受けた妻が「男ならともかく大切な娘を人前に晒すとはどういうこと? 授業の英語の発表でも緊張して夜眠れない子がどうやって舞台で歌えるのよ?失敗してトラウマになったらどうすんのよ」と詰め寄ってきた。確かに「どうせ書類選考で落ちるよ」と言って長女の意志を確認せずに応募したのは事実だし、長女をテレビに出演させたいというのは親のエゴだと思う。妻が反対し続けるなら諦めるしかないと思っていると、長女から妻に電話がかかってきた。 長女は今日から冬休み明けの登校が始まり、三日後には卒業式を迎える。その帰り道で俺の母からのメッセージを見て妻に電話したというわけだ。電話の中の長女はケタケタと笑っていて、とても予選会への出場を嫌がっているようには見えない。俺は内心「いいぞ、いいぞ。本人が望むなら妻の反対も和らぐだろう」と思っていたら、実家の母から妻に電話がかかってきた。 電話口の母は「出場申し込みは寝耳に水」という感じで妻と同じ心配を述べていた。「イカン、形勢不利」と思っていたら、母が「出場したくないなら予選会に行かなければいいから早く来てほしい」と言い出した。結局、13日から24日まで長女と三男が大村に滞在することになり、予選会への出場は長女の決断に委ねられることになった。 パソコンに繋がってから長女に「予選会に200人が出て20人が本選出場だからまず受からないよ。お父さんは予選会で歌っている動画を見るだけで満足だよ」と伝えた。

「豊臣兄弟」第四回を視聴した

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」第四回を視聴した。以下はその感想だ。 1)第一回の感想は https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/01/blog-post_5.html 俺のドラマ批評にしては珍しく絶賛のコメントが並んでいる。しかし、第二回は面白くなかった。その理由は現実性の欠如だ。野盗から村を守るために自警団が形成されているが、この自警団が弱い上に時間稼ぎも助けを求める伝令を走らせることもしない。そのうち別の野盗が現れ村人は殺害される。戦国の世の不条理を描きたかったのだろうが、俺は顔見知りであるはずの村人が殺されても他人事の主人公とその家族の態度に違和感を覚えた。第三回がその調子だったら脱落を検討しようと思っていたが、幸いにその内容はまずまずの出来だった。織田信長が「たとえ負けるとわかっていても戦って死ぬのが武士だ」みたいなことを言っていたが、「それでは家来はついてこないだろう」という違和感は第四回で伏線として回収される。 2)桶狭間の戦いと父の敵討ちという二つのテーマが同時に回収された爽快感があった。先ず、桶狭間の戦いとはその当時は弱小武将だった織田信長が広大な領土と十倍もの戦力差を誇る今川義元に奇跡の勝利を収めた戦いだ。その奇跡が実は必然だった要因を劇中に自然に忍ばせたのが良かった。敵討ちは未遂に終わる。敵役の俳優の演技が素晴らしかった。欲を言えば、戦場での無駄口は謹んでほしかった。 3)織田信長が桶狭間の戦いの後に床の上に大の字になって「勝った、勝った」と繰り返す姿が良かった。そんなことはしなさそうな鉄面皮の信長が喜びを表すことで勝利の大きさと負けたときの覚悟が読み取れた。 4)豊臣兄弟が戦いを終えて浅野家を訪問した場面が良かった。これから戦がインフレになり、命をかけて戦っていることが薄れてくるだろう。そんなときの女性陣の過剰なまでの心配と歓待は戦の過酷さを伝える役割を果たすだろう。