甥っ子の冒険
甥っ子が婦人用自転車で九州一周旅行に挑戦している。福岡が出発地で時計回りに九州を南下し、二日前に延岡を通過したらしいので今は鹿児島辺りだろう。俺の弟からその話を聞いた時、大雨による土砂崩れ、猛暑による熱中症、などの心配が先に立ち、子を持つ親の立場から「そんな危ないことをするなんて!」と思うと同時に、「俺も若い頃は冒険心に駆られたことがあるなあ」と思った。
23歳の夏、福岡ローカル局の深夜番組でお笑い芸人が42.195kmのマラソンに挑む企画が放送された。それを見た俺は「一生に一度はフルマラソンに挑戦してみたい。やるなら体力がある今しかない」と感化され、その翌日に海の中道( 福岡市東部に位置する半島のように陸続きになった島までの通り道)を往復することにした。地図で確認したらその経路の道のりは42kmほどだった。
俺は原動機付自転車を海の中道の根元に停め、ヘルメットケースに財布を入れて、キーホルダーと千円札を短パンの紐で結びつけてポケットに収納して出発した。時刻は13時、気温は30度前後、海風が吹いているせいで走っていて快適に感じる湿度だった。最初の一時間は余裕だった。「このペースなら三時間半くらいで完走できるんじゃないか?」と思っていたら、陽向しかない道に出て、直射日光に晒されるようになると突然疲労を感じるようになった。それからは時間と共に疲労が蓄積していくような感覚だった。海の中道の往路は過ぎたが、問題は島の外周だ。「マラソン選手だって水分補給するだろう。おや、向こうに見えるのは自動販売機ではないか。キンキンに冷えたアクエリアスを飲めば新たなエネルギーが湧いてくるんじゃないかな」と思い、その考えを実行した。その瞬間、メロスのように走り出すという期待とは裏腹に、全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。「どうしよう。まだ半分も来ていない。とりあえずはバス停留所まで歩いてバスで帰るか」と思い、それを実行した。しかし、時刻表を見ると、次のバスが来るまで30分ほど待たなきゃいけないことがわかった。「せめて半分は走破してからリタイアしよう。ハーフマラソンを完走したと自慢できるではないか」と思い、再び走り始めた。ジョギングだったが、確実にゴールに近づいているという実感があった。水分補給の効果なのか、新たな気力も湧いてきた。そのうち、島の外周の半分を越え、博多湾越しの福岡市の街並みが視界に入った。「まだ行けるやろ。せめて島くらい一周せないかん」という博多弁が浮かび、それを実行した。疲労困憊になり、最後の方は歩いたが、島の外周は走破した。そうすると欲が出てきて、「ここまで来てやめる手はないだろう。ゴールまで到達したという満足感は得られるはず」と思い、それを実行した。時刻は17時半、涼しくなってきたし、日差しも弱くなった。往路を余裕で乗り切った記憶が体を鞭打っていた。日も沈み、冷たい海風が薄着で汗をかいている俺の体に襲いかかる。俺は「死ぬー。死ぬー」と呻きながら、真っ白な灰となって愛車までたどり着いた。時刻は20時半を過ぎていた。
その日から一週間ほど無気力になり、心身ともに老人になったような感覚で過ごした。同僚には「マラソンは体に悪いことがわかった」と小声で伝えた。今考えると、「バカなことをしたなあ」という言葉しか浮かばない。バカになれるのも若者の特権、甥っ子には思いっきりバカなことをやって、それが笑い話になるように安全第一で旅行を完遂してほしい。
貢さんは人知れずチャレンジやってるなあ。
返信削除甥っ子さんは明日大村に到着予定だそうです。美味しいものを食べさせたい
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返信削除長崎で数日過ごして福岡に出発して九州一周完走したみたい
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