世紀の発見 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 04, 2025 夜中に目が覚めた。今年は西暦2025年、ふと素因数分解したい誘惑に駆られた。 2025=5*405=5*5*81=5*5*3*3*3*3=45*45 なんと2025は平方数なのだ。俺は感動にうち震えた。その前は44*44=1936年、その次は46*46=2116年、ということは、俺の人生で訪れる唯一の平方数年である可能性が極めて高いのだ。この世紀の発見を皆と分かちあいたい、なんちゃって。追伸)昨日の21時に放送された新春特番はWさんの作品だろうか? リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
同級生、来たる 9月 14, 2025 高校の同級生であるMTKとKGSが見舞いに来てくれた。ありがたいことである。「ブログに書いてもいいぞ」と言われたので遠慮なく書かせてもらう。 MTKとは三年間同じクラスで過ごした。彼は覆い隠さないモロ出しの下ネタを得意技にしていた。その一方で政治や社会に対して深い見識と洞察に裏打ちされた独自の批評を披露していた。そのギャップが好感度を上げたのか、定かではないが、彼は生徒会長に選出された。その路線で政治家を目指していると思っていたが、現実はさにあらず、青年期の紆余曲折を経て彼は学者を志す。彼の鋭利で俯瞰的な視点で物事を捉える習慣の積み重ねが評価されたのだろうか、現在は九州大学法学部教授の職に就いている。下ネタが評価の対象になったかどうかは定かでない。 KGSは柔道部で苦楽を共にした戦友とも言える存在だ。柔道部の相関図は懐古録に収録された格闘遍歴を参照されたし。昨日も「若い頃は浮いた話とか一つもなかったし、会社でも出世できないし」とネガティブワードを連発していた。そう、そうなのだ。5人の一年生部員のうちで最も浦山先輩から怒鳴られていたのがKGSだった。浦山先輩の切れ味鋭い投げで転がされ続けた彼はいつしか自他共に認める心の弱さを補って余りある推進力を伴う大外刈りと切れとタイミングを伴った払い腰を会得していく。団体戦で彼よりでかい格上の相手に一本勝ちして周囲を唖然とさせたことは一度や二度ではなかった。浦山先輩の引退後、彼はポイントゲッターの座を引き継いだ。このように負の感情を噴射して推進力に変えるロケットのような経験を繰り返してきたのが彼の半生なのだ。でなければメガバンクの行員は務まらないだろう。 生徒会長と柔道部のエースが我が家に来てくれて俺にとっては夢のような時間を過ごすことができた。もしかしたら、以下の記事で後ろ向きな発言をしたことに端を発しているのかもしれない。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/08/blog-post_19.html だとしたら、たまに噴射してみるのも悪くない。下ネタは覆い隠すつもりだけど。 続きを読む
まだ六割残っている! 1月 11, 2025 食べることが好きだった、体を動かすことが好きだった、会話に参加してたまに気の利いたことを言うのが好きだったが、ALSはその全てを奪っていった。 今の俺はテレビを見て、音楽を聴いて、あれこれ考えるだけの生活だ。俺の人生に何が残っているのだろうか?その問いに答えるべく、昔取った杵柄(数年前まで数学者だった)を用いて計算してみた。 視力、聴力、思考力の重要度をそれぞれa、b、c として、その他の残存機能、ALSによって失われた機能の重要度をそれぞれ x、y とする。ただし需要度は俺の主観で決定され、百分率で表示される。すなわち、上記の変数は全て正の数で a+b+c+x+y=100 である。 俺は思った。視力と引き換えにALSが治るのであれば悪くない取り引きだなと。同様に聴力と引き換えでも悪くないと。思考力は程度によるがアルツハイマー初期くらいなら引き換えるのも悪くない。しかし、視力、聴力、思考力のうち二つと引き換えにと言われたら拒否するだろう。このことを数式で表すと次のようになる。 y<a+c、y<c+b、y<a+b これらを足し合わせて 3y<2(a+b+c) それ故に 100=a+b+c+x+y<a+b+c+x+2/3(a+b+c)<5/3(a+b+c)+5/3x これを変形して 60<a+b+c+x が得られる。すなわち、まだ六割以上の機能が残っているのだ。そう考えると「俺の人生、まだまだ捨てたもんじゃねえなあ」と思えるから不思議なものだ。 続きを読む
32年の時を経て 12月 01, 2025 6月1日の記事にコメントが寄せられた。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/06/blog-post.html 俺は32年前教育実習生として母校を訪れた。そのときの教え子がコメントの送り主だ。当ブログは「視線入力」で検索しても「平坂貢」で検索しても出てこないネット上の孤島と呼ばれているほどたどり着くのが困難なURLで知られている。当時の教え子がわずか二週間しかいなかった俺を記憶しているのも驚きだし、そのわずかな情報で「視線入力時代」にたどり着いたのも驚きだ。 あの二週間は鮮烈で且つ凝縮された期間で、その後の俺の人生に大きな影響を与えた。釜山大学での講義もまた然り、教育実習で教える喜びを知ったからこそ異なる言語と異なる文化の環境下でもくじけることなく教育と研究を両立できたと思う。この病気にかかっていなかったら、定年退職後は高校生を教えたいと思っていた。大村で平坂塾を開設したのもその願望に起因している。 昨晩は「実際に大村高校で一年生の授業を担当することになったらどのように教えるか」を想像していた。試験も評価基準も自由に設定できる数学科での講義とは異なり、高校での定期試験は他の教員と共同で問題を作成することになるだろうし、評価基準も統一されているだろう。しかも、受験でより良い結果を出すという進学校ならではの事情や制約もあるだろう。「厳密な論理の反復によってもたらされる数学の普遍性と不変性」を学んでほしいと思うが、受験で点数が出ないとわかったら大部分の生徒からそっぽを向かれ、授業は自習時間に変わるのは目に見えている。やはり、釜山大学でやっていたように授業ごとに10分間の小テストを課したい。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/01/blog-post_23.html テストと名が付くと生徒たちは気合いが入るものだ。そこで噴出したドーパミンを持って授業に臨んでほしい。小テストの問題は過去のセンター試験もしくは共通テストから授業に関連した問題を選抜する。三問から成り、1問目は計算問題、2問目と3問目は難易度を変えた文章題とする。授業は教科書を音読することから始めて、教科書に出てくる用語について質問を投げかける。例えば、「無理数とは何か?」と尋ねると「有理数ではない実数」という答えが返... 続きを読む
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