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生成AIと戯れる

  昨日に引き続き今日も生成AIと戯れていた。昨日の内容は以下を参照。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/04/blog-post_3.html 釜山大学数学科で働いていた頃、新入生向けに「数学入門」という科目を教えていた。それは集合と論理から始めて関数や二項演算などの基礎概念を習得することを目的にした講義だ。以前にも書いたが、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/01/blog-post_23.html 数学入門でも授業ごとに小テストを課していた。その小テストの第一回で出題していたのが「任意の集合A、Bに対して、両者が排反なら両者は異なる」という真偽判定問題だった。集合を表す二つの円の内部が交わりを持っていない状態を想像すると、直感的に真と思ってしまいがちだが、答えは偽である。その理由は両方とも空集合という反例があるからだ。 この問題を生成AIに考えさせた。生成AIは数秒考えて正解にたどり着いた。「おお、ちゃんと考えているように見えたぞ」と思い、「この問題のように意外性のある真偽判定問題を作成してください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。しかし、意外性はなかった。「他の問題を作成してください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。その過程を繰り返すと、意外性のある問題が出てきた。真偽はすぐわかったが、「解答は?」と入力すると、生成AIは考え込んでしまい、一時間待っても答えは出なかった。 待っている間に気分転換として高校生向けの英語と世界史の実力試験を作成してもらった。1問目から難問で解く気を無くした。昔は解けたはずなのになあ。あるいは過去を美化しているだけなのだろうか。いずれにしても脳の退化を感じた一日だった。

生成AIに期末試験を作らせた

  生成AI(本欄ではChatGPTを意味する)は学習にも有用というネットニュースがあったので、早速検証してみることにした。 まずは線形代数。 「大学生が受講する線形代数の期末試験を作ってください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。その内容は2次正方行列の加法、乗法、行列式、固有値、対角化、ジョルダン標準形の問題だった。学生の立場からすると、新しい概念を網羅するのに有効だろう。必要とあらば解答も出してくれるし、項目ごとに質問すればいい。例えば「対角化する理由は何ですか?」とか「ジョルダン標準形とは何ですか?」と質問すると、答えが返ってくるし、その答えが気に入らなかったら「高校生が聞いてもわかるように説明してください」と要求すればいい。要するに、24時間対応の東大卒の家庭教師がいるのと同じ効果が得られるのだ。 続けて「数学科の学生用に証明問題から成る期末試験を作ってください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。しかし、教科書に書いてある定理の証明問題のオンパレードだった。次に「教科書に書いてある定理の証明問題は除外してください」と入力すると、あっと言う間に作成してくれた。しかし、その中の一つの命題が間違っていた。すなわち、成り立たない命題を証明しろという問題が出題されていた。その解答を要求すると、まるで学生が陥りやすそうな論理の飛躍が見つかった。そのことを指摘して反例を示すと、生成AIは非を認めた。 この生成AIは無料版だから間違えることもあるのだろう。というより、歴史的事実を捻じ曲げて自信満々の返答をすることが少なくない。なので、生成AIの言うことを鵜呑みにすることはできない。しかし、現時点でも有料の最新版では各分野の博士クラスの知性を備えていると言われている。結論は、人間の家庭教師でも間違えることはあるから、生成AIを高校や大学序盤の学習ツールとして使用するのは有用だということだ。

アイスマンと香港で出会う

  映画「トップガン」でアイスマン役を演じたヴァルキルマーの訃報をネットニュースで知った。遺作となった「トップガン、マーベリック」では今にも死にそうな役を演じていたが、まさか本当に病に犯されているとは露ほども思わなかった。 彼が主演の映画を観たのは香港だった。飛行機のトランジットで香港に寄ったとき、24時間待ちと聞いて、冒険心が湧いてきた。急遽、空港の外に出ることを決断して、夜にも関わらず、宿も予約してなかったが、空港を飛び出し、電車に乗り中心地と思われる場所で降りた。そこでホテルを探そうと思ったが、高いホテルばかりで南京虫がはって居そうな安宿はどこにも見つからない。香港では大半が英語を話すと思っていた。しかし、それは先入観にすぎず、実際には道で声をかけた人誰もが英語を解せなかった。「ああ、どうしよう」と思って、人の流れについていってたどり着いたのが映画館だった。俺はイスラエルでの経験で「海外で日本語字幕のない映画を観ると、想像力がフル回転して映画に没入しやすい」ことを知っていた。俺は一も二もなくチケットを買い求め、映画館の座席に座った。 時刻は23時を回っていた。映画にはヴァルキルマーが演じる盲目のマッサージ師が現れ、ヒロインと出会い恋に落ち、同居する姉との葛藤が始まるという話だ。その題目は「At First Sight」だ。物語は手術で主人公の目が見えるようになって、そのあとの恋の行方と心の変化が描かれる。後日、その主人公があのアイスマンと同じ俳優だとわかり驚くことになる。 映画は終わったが、俺には帰るべき宿がない。電車も走ってない。俺はパリで夜通し歩き続けた経験を思い出して、香港の街を歩いて始発電車を待つことにした。しかし、映画館に着く前に相当な距離を歩いていたし、眠気にも襲われた俺はカバンを枕に上着を布団にした野宿を決行する。なんだか野良犬になった気がした。俺の頭には「自由になれた気がした27の夜」という歌が響いていた。

時事ネタ三選

  昨今の様々な分野に関する時事ネタを拾ってみた。 1)ソフトバンクがオープンAIへ追加出資するらしい。 https://news.yahoo.co.jp/articles/bf05716bf38fa9458cf6d8ccd182edc1fe55bc4e 孫正義氏が講演で述べているように https://www.youtube.com/watch?v=BzJHh5IZV2o 10年以内にAGIを実現することを本気で考えているのだろう。上記の講演を聴くと、日本の他の企業も投資の列に並ぶべきだと思う。もし開発が成功したらソフトバンクが日本のAGI市場を独占することになるのではなかろうか。もしソフトバンクが投資に参加していなかったら、次世代の産業の核心技術をアメリカの企業に握られ又冷や飯を食うことになっただろう。そういう意味でソフトバンクが会社が傾くかもしれないの金額を投資してAGI開発競争のプレイヤーとして名乗り出たことを高く評価している。 2)石破首相の記者会見を視聴した。商品券配布問題を「自分を見失っていた」と言って陳謝していた。謝罪の仕方として最高のものだったと思う。少なくとも、石破首相の率直な心情吐露で俺は納得した。 3)ユン大統領の弾劾の可否が4月4日に決定されるらしい。 追伸)上記の講演は上の子3人に視聴してほしい。これからの世の中がどう変わっていくのかを考える材料になると思う。 追追伸)コメントしてくださった方々に感謝申し上げます。まだコメントされてない方も気楽にコメントされて下さい。

読み聞かせの記憶

幼い頃に読んでもらった絵本の記憶がまるでない。普通は何度も繰り返して読んだ絵本というのがあるはずなんだけど一冊も思い浮かばない。俺の幼少時に父が肝炎で入退院を繰り返していたし、俺が5歳の時に弟が産まれたから、読み聞かせの余裕が母になかったのかもしれないし、俺が忘れているだけなのかもしれない。今度、母に聞いてみることにしよう。しかし、7歳以降の記憶ははっきりしている。読み聞かせで最も夢中になったのが「アリババと40人の盗賊」で、召使いのモルジアナが盗賊を皆殺しにするなどのR指定になってもおかしくない内容なのだが、とにかく面白かった。 次点は「三つの宝」、「杜子春」、「蜘蛛の糸」の芥川竜之介作品を子供向けに仮名遣いや表現を改訂したものだ。原文の青空文庫でのリンクを以下に貼っておく。 https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/1126_14251.html https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43015_17432.html https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html 「三つの宝」を読んでみた。昔はアフリカの王は最強の悪役という印象だったが、今読むと非の打ちどころがないほどのナイスガイでびっくりした。昔は無理矢理婚約させられる王女が可哀想と思っていたが、今は見た目重視の性格の悪い女という印象に変わった。王子なんだから護衛くらい付けろよと突っ込みを入れたくなった。 「杜子春」を読んでみた。さすが文豪と感心するほどのリズム感だった。杜子春は全てを鉄冠子に与えてもらう恵まれた人生だなと思った。俺はこの話で親孝行の大切さを刷り込まれた。そういう人は多いと思う。 「蜘蛛の糸」を読んでみた。昔は何が教訓になるのかがわからなかった。カンダタにとっての蜘蛛とお釈迦様にとってのカンダタという階層構造の対比が面白い。蜘蛛がどうあがいても人間社会に住むことはできないのと他の生物を殺傷しまくっている人間の象徴として描かれているカンダタはどんな選択をしようが天上界の住人にはなれない。それをわかっていながら蜘蛛の糸を垂らすお釈迦様は相当に性格が悪いと思った。

自問自答の日々

  入院していたとき、動物愛護を訴える番組がテレビで流れていた。その番組の中で車庫に侵入した子猫を蹴飛ばし踏みつける男の映像が流れた。「威嚇じゃなくて本当に踏みつけるとは。俺にはできない、というか、人としてやってはいけないことだろう」と思ったが、その一方で「そう思う基準は何だろう?」という疑問が湧き、自問自答が始まった。 今は虫一匹殺せない体になってしまったので、これから書くことは健康だった時を想定している。先ず、蚊は躊躇なく殺すことができる。蚊の立場からすると圧殺されて全身から体液を吹き出して絶命するというこの上なく悲惨な死に方なのだが、俺は全く気にならない。しかし、てんとう虫は殺せない、カブト虫やバッタなどの昆虫も同様に殺せない、というかその行為は人間性の欠落と考える。それなら昆虫採収をやっている人を非難することになるぞと言われそうだが、潰すとかバラバラにするとかの殺し方でなければ構わない。ちなみにゴキブリも躊躇なく殺すことができる。同じ昆虫なのにこの差は何だろう? その答えは「自分に危害を与える生物か否か」だろうと考えた。しかし、よく考えたらその答えに疑問が生じてきた。 俺らは肉を食べる。それはすなわち鶏や豚や牛を屠殺する過程を経て店頭に並ぶということだ。俺らは魚を食べる。水の中にいる魚を陸に上げれば死んでしまう。それから、包丁で三枚に切り分けられる。昆虫をばらばらにすることは人道に反すると主張する俺だが、魚に関しては「かわいそう」とは露ほども思わないし、躊躇なく包丁で切り刻める。屠殺はやりたくないけど、「どうしてもダメだ」というわけでもない。「仕事だからやれ」と言われればやると思う。 他の動物を殺すことができる基準は自らの生存のためという理由が付けばどこまでも拡大しそうだ。人間同士でも「危害を与える存在か否か」というのがその条件に大きく関わっているような気がする。俺が蚊全てを同一視して、罪のない蚊まで圧殺してしまうような事例が世界中且つ現在進行形で起こっている。「害虫だから殺してよいは果たして正しいのか」が最新の自問自答だ。

大谷の試合を観戦してみた

  ドジャース対タイガースの試合を5回裏から観戦した。以下はその感想である。 1)元々はケーブルテレビのスポーツチャンネルを月額2万ウォンで契約していたが、いつでも視聴できるネット契約は半額なので、次男が気を利かせてネット契約に切り替えた。今日のNHKの12時のニュースでその試合のことを知り、テレビを見るのをやめてパソコンに移行した。 2)期待の大谷は三振、続くベッツが塁に出て、フリーマンのホームランで同点に追いつく。ニュースでは大谷だけが活躍している印象を受けるが、大谷、ベッツ、フリーマンと続く打順は強力で、相手投手からは悪夢に見えると思った。この日はベッツが大活躍で、その後の勝ち越しホームランと九回に同点に追いつかれ、延長に入ってからのサヨナラスリーランを決めたのもベッツだった。改めてMVPトリオは伊達じゃないと思った。 3)キャッチャーのエドマンの本塁上でのクロスプレイも見事だった。やっぱり、試合で活躍する選手には親しみが湧くもんだ。 4)攻守が変わるたび、投手が交代するたびに同じCMが流れるのにはうんざりした。CMがないNHKを見続けているせいか、サッカー観戦に慣れているせいなのか、野球の休みの多さが気になった。 5)野球の面白さが伝わってくるいい試合だった。ただ、次回にまるまる一試合を観戦するかと言うと、そうではないような気がする。