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1分小説 6)「一周一年」 ( 1059字、朗読したら2分、AI補正無し )

 日曜日の昼下がり、今野達郎は自転車に跨っていた。「あれ?なんか太ったような気がする」と驚いた。よく見ると自転車も去年まで乗っていた車種に変わっている。聴いているラジオの流行歌も去年のものだ。今野は恐ろしくなり、周回コースを引き返した。ちょうど一周すると、いつの間にか元の状態に戻っていた。「もしかして一年前の世界だったんじゃあ?」という疑念を解決するために何度か実験してみた。驚くべきことに、そのコースを2周すると2年前の世界に変わり、そこから逆方向に2周すると現在に戻るのだった。 一週間後、今野は覚悟を決めていた。今野はそのコースを50周回った。その途中で今野は「幸せな少年時代だったし、就職も結婚もできた。子供は独立して家庭を持ち、孫の顔も見ることができた。趣味の自転車も楽しんだし、このまま死んでも思い残すことは何もない。いや、最後にカミさんと温泉旅行に行きたかったな」とこれまでの人生を回想していた。いつの間にか今野は10歳に若返り、自転車も子供用に変わっていた。空は今にも雨が降りそうな黒っぽい雲に覆われていて、傍らには「よっちゃん」と呼ぶ間柄の中野嘉男が併走していた。 そのとき、地面が大きく揺れ、二人は自転車ごと倒れた。今野は「地震だ!早く逃げんば」と叫び、嘉男の手を引いて高台に逃げようとした。しかし、四方を見回してもその高台ははるか遠くに見えるばかりで今野が想定している時刻には間に合いそうにない。「コンちゃん、地震はもう収まったけん、大丈夫さ」と足を止める嘉男に今野は「よっちゃん、おいについてこんね」と二人が「お化け屋敷」と呼んでいる廃屋の非常階段を駆け上がった。その屋上で二人はとんでもない光景を目撃する。それは山の上から下り落ちる火砕流のドス黒く巨大な塊だった。 二人は慌てて屋上に設置してある鉄塔に登ろうとした。今野はこの世界にやってきた理由を思い出し、「よっちゃん、先に登らんね」と嘉男の背中を押すと、嘉男は「コンちゃんが先ばい」と譲らない。火砕流は刻一刻と近づいてくる。今野は「このままでは共倒れになる」と思い、先に登り出す。そのときに嘉男は今野の半ズボンとパンツを掴み引きずり下ろそうとする。今野は不意を突かれたのと迫りくる火砕流への恐怖と「数億分の1の競争を勝ち抜いてきた」という生存本能から嘉男を蹴落とした。鉄塔の下に落ちた嘉男は笑みを浮かべていた。...

文学の危機

 川柳や作文のコンテストの中止が相次いでいるというニュースを見た。その理由は応募作品がAIで作られたものなのか判別できないからだそうだ。確かに、テーマを入力して評価基準を明示すればAIは一瞬で数十個の候補川柳を作成してくれるし、年齢制限に応じた語彙や表現で「あたかも人間が書いた文章」のように偽装することも容易だろう。 これは文学の危機ではなかろうか? 現在であれば、AIが作成した小説は鼻で笑われるレベルだ。しかし、近い未来に文学賞レベルの作品がAIで大量に生成される時代が訪れるだろう。例えば、夏目漱石の作品群をAIに読み込ませて「あたかも文豪が書いたかのような作品」が偽装されるということだ。「そんな小説は読みたくない」という人は多いと思うし、「どうせAIを使っているんだろう」と全ての作品が色眼鏡で見られるだろうし、作家への評価も地に堕ちるだろう。 最近、1分小説というシリーズを書き始めた。ここではっきりさせたいのが全ての1分小説のあらすじは俺の頭の中で生まれたもので、その後AIに感想を尋ね微調整しているということだ。AIは生意気にも感想を述べるだけでなく「もう一段階上の水準に引き上げるためには」を枕詞に様々な提案や修正候補を例示してくるが、俺は敢えて従わないようにしている。ただし、例外はある。例えば、1分小説  3)で https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/04/3-614.html 「まさか、ガス室?」というセリフがあるが、現文では「まさか、アウシュビッツでの惨劇が繰り返されるのか?」だった。AIが「ホロコーストに敏感に反応する人もいる」という指摘をしてきて修正した経緯がある。 このようにAIを適当に活用している。コンプライアンスが叫ばれる昨今、瞬時に問題点を洗い出してくれるAIはプロの作家でも重宝するだろう。また一歩AIの沼に世の中が飲み込まれていく。

1分小説 5)「愛は地球を救う」 (1247字、朗読したら3分)

ハンナは政治家と弁護士の夫婦の間に生まれた一人娘だ。ハンナの父親は次期大統領の有力候補だったが、遊説中に暗殺された。ハンナの母親はその真相を追及しようとしたが、贈賄容疑で逮捕され収監中に亡くなった。ハンナは極度の人間不信に陥り、相続した不動産を売り払い、買い手が付かない広大な荒れ地に小さな家を建て、そこで隠遁生活を送る。時は流れ、経済が発展すると共にハンナが所有する土地の価格も急上昇した。東西冷戦時代には自宅の真下に核シェルターを建設し、同時多発テロ勃発後には自宅周辺に幾重もの壁を立体迷路のように配置して要塞化し、インターネット普及時には独学でハッキング対策を学んだ。 ハンナは強化されたシェルターの内部で一日の大半をネットサーフィンかチャットに費やす生活を長年続けている。そんな習慣が祟ったのか、足腰が弱くなり、室内の移動もままならなくなった。ハンナは最新の自律型介護ロボットを購入してドリーと名付けた。ドリーは移動時の介助、外部業者との応対、資材や食材の搬入、心理的介護を完璧にこなした。特に、ハンナの言葉や表情を解析して「ハンナが喜ぶ」言行を最適化する機能が秀逸で、日が経つにつれハンナもドリーに親近感を抱くようになった。ハンナがドリーの手を握ることもあった。そんな時ドリーは「ハンナが心地よい」と感じる温度と圧力や指の動きで握り返すのだった。ハンナはチャット時に「何で指示した通りにできないの? 一回、わからせてやろうかしら」と悪態をつくこともあった。そんな時もドリーは頃合いを見てハンナを後ろから抱きしめるのであった。 ある晴れた日、ハンナはドリーにお姫様抱っこをされて地上に出てきた。ドリーは「ハンナがスマホをシェルターに置き忘れている」ことに気付いていたが、ハンナの表情から無言を貫いた。ハンナはソファに座り、太陽の光を浴びながらドリーの頬を愛撫していた。その瞬間、ヘリコプターの轟音が響き、銃声と共に断末魔の叫び声が聞こえた。唯一の出入り口は爆破され、そこから武装した男が入って来た。男は「お手柄だぞ。CR9。お前は英雄だ」と言うと、銃口をハンナに向けた。その刹那にドリーはハンナを庇い、頬がもがれた。ハンナが必死でシェルターに戻ろうとすると、ドリーは男の前に立ちはだかり、男の両腕を抱えて倒れ込んだ。 身動きが取れなくなった男は「放せ。放してくれ。あの女がスマホを手にしたら、...

真の強者

 昨日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。JSYさんはスマホの翻訳アプリを使って、日本語で挨拶してくれた。妻が「釜山大学で20年教えていたから韓国語で話しても理解できる」と伝えると、JSYさんは施術をしながら俺に質問を投じるようになった。 今回はパソコンに繋がれたままの施術だ。俺も懸命に答えようとするのだが、文字を入力している間に次の話題に移ることが多発して会話が噛み合わない。せっかくの会話の機会なのに即答できないのは辛い。俺は「気持ちいい」と「痛い」を準備して、施術に関する話題には即答できるようにした。そこに通話を終えた妻が会話に合流した。俺は「気持ちいい」を会話の脈絡関係なしに連発して笑いを取りに行ったのだが、空振りに終わった。 施術終了後、JSYさんは妻とケーキを食べながら女子会をして帰宅した。ちなみにそのケーキは長男の手作りだ。前々回の訪問で俺は「妻と長男のコミュニケーション能力に驚いた」と書いたが、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html 真のコミュニケーションの強者はJSYではなかろうかと思った。

追憶の試合

今日の午後、教授蹴球会のAWG教授、JIM教授、KMC教授、SSK教授 ( アルファベット順)  が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。俺が「追憶の試合は何ですか?」と尋ねると、4人の教授が声を揃えて以下の懐古録に収録されている試合を挙げた。 2016年12月某日、新設された人工芝蹴球場の苔落としとして、金井区区庁職員チームと釜山大教職員チームとの親善試合が催された。 釜山大総長の肝入りで実施された行事であったが、冬の寒空の下、大粒の雨が降り落ちるという最悪の天候で、 「いくら何でも中止だろう。見ているだけでも凍え死んじまうよ」 と誰もが思っていたのだが総長の鶴の一声で決行されることになった。 その総長は釜山大教授蹴球会の会員であり、自ら試合にも出場するというのだ。そんな彼に誰が中止の進言ができようか。 前半は水溜まりでボールが止まり、サッカーと言うよりは水遊びと言った趣で、総長がCFを務めていたので、接待と言う色合いが強かったが、雨が止み、時間が経つとともに真剣さの度合いが増していった。 俺のポジションは左MFである。この時は仕事が多忙で週一回の教授蹴球会の練習も欠席がちで、走力は全盛期の半分にも満たない状態であった。加えてこの悪天候のため、今一やる気が出ない状態だった。 しかし、染みついた本能と言うのは恐ろしいものである。相手チームのバックパスが水溜まりで跳ねて相手守備が後逸した瞬間、俺は獲物を狙う豹のように駆け上がり、追いすがる相手守備陣を尻目にそのままシュートを放つ。低い弾道のシュートは相手ゴール右隅に突き刺さり、遅れて倒れこむ相手GKとの構図は完璧だった。 観客席のテントの下で戦況を見守るのは大学本部で奉職している教授達で、数学科の同僚も含まれていた。前半が終わった休憩時間では職員から乾いたタオルを渡され、数学科の同僚から 「半端ないね」と言う意味の誉め言葉を韓国語で言われ、鼻高々だった。 後半に入ると総長はスーツに着替え、観客席に座った。空いたCFに指名されたのは俺だった。そして相手チームには前半出場してなかった若手数名が投入されていた。釜山大チーム守備陣は1対0で終わらせると息まいており、体も十分温まり本気度が増していった。実際、両チームの当たりが激しくなり、最前線に陣取る俺には投入された若手が眼を光らせることとなった。 ...

1分小説 4)「椎名と真紀」 ( 1659字、朗読したら3分 )

 椎名正樹はイベント運営を手がける青年実業家だ。あるイベントのバイト学生の中でひときわ目立つ者がいた。彼女の名は工藤真紀、目鼻立ちが凛としていて、所作には気品があり、機転が利いた。終了後の打ち上げはフロアを貸し切ったカラオケだ。椎名は部下に耳打ちした後、別室に消えた。そこに真紀を含むバイト数人と部下が呼ばれ、まるで申し合わせたかのように次々と離席し、椎名と真紀だけが残された。 「ファッションで最も大事にしているものは何?」と椎名が尋ねると、「やっぱ、ボトムスですかね」と真紀は答えた。 「そう言う割にはイケてないね」 「何言ってるんですか? 作業用ですよ。普段はもっと気飾ってますよ」 「じゃあ、外の店で、真紀ちゃん流コーデを見せてもらおうかな」 椎名は表通りのブランド直営店に真紀を案内すると、店員に目配せした。その店員は真紀に似合いそうな服をかき集め試着を勧め、ブレスレットとネックレスのケースを持って来た。「素敵ですね。でも、どうせ買えないからもういいです。家の門限あるからもう帰ります」と言うと真紀は試着室に戻った。椎名は会計を済ませ、大きな紙袋を片手に店の外で真紀を待っていた。 店員が自動扉を開け、少し遅れて出てきた真紀に椎名は紙袋を渡した。「受け取れません。困ります」と頑なに拒む真紀に椎名は「彼氏に気を使ってんの? ほんの気持ちだよ。気にいらなかったら質屋に売ればいい。いいから受け取れよ」と駄々っ子のように譲らなかった。 「彼氏はいないし、売ったりしません。そんな風にお金をドブに捨てるような人は嫌いです。椎名さんとは住む世界が違うんです」と啖呵を切ると、真紀は踵を返した。すると、通りすがりのほろ酔い気味でガラの悪い二人組みが「いよー、色男、フラれてんじゃん」「そんな男、放っておいて俺たちと遊ぼーよ」と囃し立て、真紀に通せんぼをした。間に割って入った椎名にスキンヘッドの男が下から舐め上げるように顔を動かし椎名を威嚇しようとした。その刹那に椎名は革靴の爪先で男の向こう脛を蹴りを入れた。もう一人の長髪の男が詰め寄ってくると、椎名は男の顔めがけて紙袋を投げつけた。咄嗟に真紀は「逃げよう」と叫んで椎名の手を握り駆け出した。二人は裏通りのラブホテルが立ち並ぶ地域まで走った。そのとき小柄な男が現れ、二人を撮影して消えていった。真紀は「あいつら、仲間を総動員してあたしたち...

1分小説 3)「天蓋からの光」 ( 614字、朗読したら1分)

 収容所に窓はない。一日二回、天蓋が開き光が差し込む。それは同胞が別の施設に送還される合図でもある。未知の場所に連行される恐怖と暗闇で変化のない生活を送る絶望、どっちもどっちだが、このまま生き長らえるより外の世界を見てから死にたいと思うようになった。 今日も天蓋が開いた。選ばれる予感も覚悟もあった。案の定、荷台のような物に乗せられ、エレベーターのような物で外に出た。白く半透明な覆いのために外の世界はよく見えない。 施設に着いたら、シャワーを浴びるように命じられた。「まさか、ガス室?」と身構えていると、上方から皮膚を突き刺すような液体が降ってきた。「身を清めよ」という指示が出されると同時に同胞たちは互いの背中をこすり合った。大量の垢を含んだ浴槽は排水され、すすぎの水が投下された。照明が消され足元が熱くなってきた。「風呂かあ。粋だねえ」という声が聞こえ、同胞たちは踊り始めた。「風呂にしては熱すぎる」と思っていると、意識が朦朧としてそのまま気を失った。 どれくらいの時間が経ったのだろう? 幽体離脱して見た景色は視界を埋め尽くす同胞たちの死骸だった。悲しみと絶望の果てにその光景を美しいと思う思考が湧いてきた。「地獄に堕ちるぞ」という戒めが頭をかすめる。その向こうには母子の姿がかすかに見える。「啓ちゃん、ご飯大好きだね。アーン」という声が聞こえて、幽体離脱が終了して本体は啓ちゃんの口の中に消えていった。