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1分小説 3)「天蓋からの光」 ( 614字、朗読したら1分)

 収容所に窓はない。一日二回、天蓋が開き光が差し込む。それは同胞が別の施設に送還される合図でもある。未知の場所に連行される恐怖と暗闇で変化のない生活を送る絶望、どっちもどっちだが、このまま生き長らえるより外の世界を見てから死にたいと思うようになった。 今日も天蓋が開いた。選ばれる予感も覚悟もあった。案の定、荷台のような物に乗せられ、エレベーターのような物で外に出た。白く半透明な覆いのために外の世界はよく見えない。 施設に着いたら、シャワーを浴びるように命じられた。「まさか、ガス室?」と身構えていると、上方から皮膚を突き刺すような液体が降ってきた。「身を清めよ」という指示が出されると同時に同胞たちは互いの背中をこすり合った。大量の垢を含んだ浴槽は排水され、すすぎの水が投下された。照明が消され足元が熱くなってきた。「風呂かあ。粋だねえ」という声が聞こえ、同胞たちは踊り始めた。「風呂にしては熱すぎる」と思っていると、意識が朦朧としてそのまま気を失った。 どれくらいの時間が経ったのだろう? 幽体離脱して見た景色は視界を埋め尽くす同胞たちの死骸だった。悲しみと絶望の果てにその光景を美しいと思う思考が湧いてきた。「地獄に堕ちるぞ」という戒めが頭をかすめる。その向こうには母子の姿がかすかに見える。「啓ちゃん、ご飯大好きだね。アーン」という声が聞こえて、幽体離脱が終了して本体は啓ちゃんの口の中に消えていった。

1分小説 2)「初恋の行方」 ( 668字、朗読したら1分強)

 「高層マンションにて火災発生。住人の救助に向かえ」 剛は救命隊員、ヘリに乗って上空からロープを使って降下する。黒煙が窓から噴き出している。住人二人から寝室に閉じ込められているとの通報があった。 「あれは香奈の部屋なんじゃ?」 剛と香奈は高校での三年間同じクラスで過ごした。卒業後、剛は消防学校を経て地元の消防署に勤務しながらオレンジの制服を着るという夢を実現させた、香奈は短大進学して銀行に就職し、上司と結婚した。 ずっと好きだった。しかし、香奈が発するSNSを眺めるだけだった。間取りと窓からの景色の写真から住所を特定するのは剛にとって朝飯前だ。それが救助に生かされてる日が来るとは思わなかった。 バルコニーに降り立ち、火元を確認する。 「台所か。ガス漏れの可能性が高い。探知機が作動して消火されるはずなのに…」 剛は消火器を噴霧しながら前進し寝室の扉を開けた。そこには男女が倒れていた。剛は香奈を肩に乗せ運搬し、ヘリで降下して来た隊員に香奈を預けた。意識を取り戻した香奈は頭を下げた。 「防毒マスクを装着しているから俺とはわからんだろう。さて、旦那をどうするかな?」 再び寝室に入った剛は生殺与奪の権利を手にしていた。事故に見せかけて見殺しにしても咎める者は誰もいない。霊前に花を供えて、香奈に正体を明かし交際が始まるというのも無きにしも非ずだ。 その瞬間、男の携帯電話が鳴った。剛は我に返った。 剛は男を肩に乗せ、スマホの通話ボタンを押した。 「玄関から逃げて。お願い」 香奈の声だった。上空からでも電波は繋がる。 剛は男を救助した。 自身もヘリから垂れる蜘蛛の糸に乗り移ろうとしたとき、バックドラフトが起こった。 剛は病室で目覚めた。 見舞いに来た上官が「九死に一生を得たな」と言った。 「あの、夫婦の命は?」 「夫婦? 奴らは不倫関係だよ。夫が来て修羅場になったそうだ」 剛の初恋は終わりを告げた。

1分小説 1)「飲む、打つ、買う」 ( 816字、朗読したら2分30秒)

俊夫は上機嫌だった。「じいさん、負けたよ。あんたが本当のトップオタだ!」 俊夫の推しは小西唯、給料の大半を飲み代とギャンブルと握手券に注いでいる。その握手会でよく見かける老人に声をかけられ、居酒屋で意気投合し乾杯を繰り返していた。 「今日は俺の奢りだから、どんどん注文して」と言って、化粧室に向かった。帰って来ると老人の姿はなかった。 その帰り道で半グレ風の男に因縁をつけられた。男は駅地下のコインロッカーの鍵を渡し、ロッカーの中の開けて指示書に従うようにとすごんだ。背後から男が見張っている。鍵の番号は524、語呂合せは小西、俊夫はこんな状況でも推しとの再会に心を踊らせていた。ロッカーを開けると、競艇新聞に包まれた札束が入っていた。俊夫は札束を懐に入れると一目散に逃げ出した。 俊夫はネットカフェで夜を明かし競艇場に向かった。札束の額はきっちり百万円、524の三連単にオールイン、当たれば1億、その金で起業してみるか、なーんてな。 奇跡が起きた。換金所で別室に案内され、口座振り込みの手続きをした。 ある考えが浮かんだ。この金を推し活に使ったらどんな見返りがあるんだろう? 俊夫は小西唯のマネージャーに残高をスクショしたDMを送った。その日の夕方、返事が来た。振り込みを終えて指定されたホテルに来いと書いてある。俊夫はその通りにすると、客室に招き入れられ、シャワーを浴びるように命じられた。その後、小西唯が来るから1時間だけ自由にしてよいと言われた。 シャワーを浴びていると、ドアが開閉する音が聞こえた。 浴室の扉を開けようかと迷い30分が過ぎ、服を着直し身なりを整えて30分が過ぎた。扉を開けると、あの老人がいた。「気にいった。お前が本当のトップオタだ。孫はコンサート会場にいる。今度はワシの奢りじゃ。ついでにビジネスのやり方も教えてやろう」

1分小説 0)

 NHKの「編集王川嶋」は週ごとに芸人が持ち寄った企画を実行してみる番組だ。韓国で4月13日に放送された回では又吉直樹が1分小説バトルという企画を出して、芸人二人とアナウンサー二人が独自の1分小説 ( 600字程度 ) を提出して、3人の審査員がそれぞれのバトルを判定していた。 なんか「1分最強を決める場」がコンセプトの格闘技団体であるBreaking Down みたいだなと思った。1分という短い時間は様々な利点がある。例えば、テレビ番組で普通の小説を朗読することは困難だが、1分小説なら十分可能だし、クソつまらない作品でも1分我慢すれば済む話だ。575の俳句でさえ詠んだときの背景や心情を説明し出すと1分以上かかりそうだ。それなら、1分で完結する文学作品は新たな分野になるのでは? 朗読者を声優に頼んだり、審査員をショートショートの達人である星新一やお笑い界の大御所やエンタメ枠としてスポーツ選手や若者の声を代弁するタレントで構成すれば、視聴率や再生回数が高いコンテンツになると思う。 芸人二人は「グルメのタクシー運転手がマズいラーメン屋に行こうとする客を引き止めるが、客は店主だった」や「芸人になって10年目で初めて得た賞レース決勝の舞台で2年目芸人に才能の差を見せつけられる」という内容の小説を提出していた。本人たちが創作したものと思われる。小説の水準とは別に1分小説で争うという点が新鮮でドラマティックだった。抜き打ちのテーマで衆人監視の下で創作してもらえば、カンニングを防げるだろう。文学に一家言あるタレントを集めて競技会をやれば、盛り上がるし、勝者と敗者で悲喜こもごもの人間模様が見られるだろう。Breaking Down のオーディションのように大会ごとに新しいスターが誕生する仕組を作れば、一大ムーブメントに発展するのではなかろうか? 俺も1分小説に挑戦してみた。これが思っていたよりはるかに難しい。普段からドラマの脚本を批判している立場なので、辻褄を合わせようとすると考え込んでしまうからだ。とりあえずは「質より量」をコンセプトに駄作を量産してみようと思う。そのときはコメント欄にて容赦のない批判や忌憚のない罵詈雑言を浴びせてほしい。

粗大ゴミ仮説

 昨日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。前回の訪問の様子は以下の通り。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html 今回は妻が応対し、JSYさんはマスクを外して施術してくれた。その女性二人の四方山話が尽きることがないのは相変わらずだ。最初はパソコンに繋がっていて簡単な挨拶もできる状態だったのだが、施術の邪魔になると妻が判断して俺はパソコンから切り離されることになった。 俺は施術に身を委ね、筋肉や靱帯が伸ばされる快感に浸っていた。「足裏マッサージは全身に効能が伝播する感じだ」とか「リンパ腺マッサージは気持ちいい」と思っていると、二人の会話は「どうやって出会ったのですか?」の一言をきっかけに俺と妻の馴れ初めに推移していった。こういうときの妻はオープンで、俺が何も言えないのをいいことに「三歳児水準の受け答えが可愛いかった」とか「耳が変形していて、足の爪が黒く変色しているのを見てギョッとした」などの率直な心情を語るのが定番だ。百歩譲ってそれはいいのだが、「こっちの馴れ初めを明かしたのだから相手の恋バナを尋ねるのが礼儀ではなかろうか?」と思った。 施術も終わりに近づき、妻の話は長男の出産に及んだ。そのときに「それまで優しいふりをしていたけど、出産後は本性を隠さなくなった」の衝撃の一言が妻の口から飛び出した。思い返せば、妻の態度が出産を機に一変して、「子供が産まれた瞬間、夫の立場は粗大ゴミ以下になる」という仮説を打ち立てたのだ。 妻の一言によって我が家ではその仮説が真である公算が高くなった。次回は何が解明されるやら。 訂正とお詫び)ある方面から「粗大ゴミという表現は実像とかけ離れている」という指摘があった。確かに、いるだけで邪魔な粗大ゴミのような扱いをされたことは一度もなかった。「粗大ゴミ」は優先順位が下がった悲哀を表現するために用いたが、それは適切ではない過剰な勇み足だった。そのことを強調すると共にお詫び申し上げる。

豊臣兄弟の感想

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」が面白い。いや、正確に言うと、歴史に詳しいか現実性を重んじる人々のウケはよくないのだが、少なくとも俺は面白いと思っている。先ず、役者の演技が良い。特に信長役の小栗旬の演技が素晴らしく、俺の脳内では本物より信長らしいと思うほどだ。第13回では明智光秀役の要潤と浅井長政役の中島歩との絡みがあったが、脚本の意図を十分に理解した名優たちのセリフや表情や所作に舌を巻いた。 豊臣秀吉の伝記自体が農民から関白までの出世物語で、戦はほぼ全勝で、読み物としてこの上ない題材だ。戦国時代とは言え、親の職業を継ぐのが当たり前の時代に家柄も学歴もない男がいつ討ち死にしてもおかしくない足軽から始めて実績を重ねて出世して天下人になったのは「事実は小説より奇なり」を地で行く快挙だと思う。 その歩みを陰で支える弟の秀長が主人公であるのがこのドラマの斬新な点だ。秀長の死後、秀吉は甥の秀次の一族を皆殺しにするなどの事件を起こしているが、それらに触れずにドラマを終えることができるのは「主人公が善人のままで描くことができる」という意味で強味になっている。 豊臣兄弟の若い頃は戦国時代の闇の部分を信長が請け負う構図になっている。明るく朗らかな兄弟の様子を見るのは楽しい。第14回では挟み撃ちに遭った信長軍を逃すために、誰もが嫌がる時間稼ぎの役割を買って出る秀吉のセリフが「自分をここまで引き上げてくれた」という信長への忠誠心と献身性が滲み出ていて心を打たれた。土曜日の再放送を見るのが楽しみだ。

愛するアーセナル

 昨日の20時半からアーセナル対ボーンマスの試合の生中継を観戦した。アーセナルは応援しているチームの一つだ。そのきっかけは名古屋グランパスエイトの監督だったアーセンヴェンゲルだ。彼はアーセナルの監督に就任すると、将来有望な若くて安い選手を獲得してスターに育て上げ高値で売却してクラブに利益をもたらした。名古屋でも見られたように個人の技能や特性を見抜きチーム力に直結させる手法と監督のサッカー感を反映する流麗なパスワークで数々のタイトルを獲得した。経営者としても非常に優秀でクラブの悲願だった自前のスタジアムの建設を現実のものにした。 そのスタジアムでボーンマスを迎え撃ち首位の座を盤石なものにする。そう信じて観戦するアーセナルファンが大半だっただろう。かく言う俺も半ば祝祭気分でキックオフの時を待っていた。現段階で2位との勝ち点差は9、ホームで中位のボーンマスから勝ち点3を挙げ、次節の2位マンチェスターシティとの対戦で弾みをつける。そんな算段を描いていた。 試合開始からボーンマスの攻撃陣はアーセナルの守備陣が保持するボールを追い回しアーセナルパスワークを機能不全にする。ここまではよく見られる状況だ。その体力はいつか落ちてくるだろうし、そんな圧力をさらりとかわせるのが首位に立つ所以なのだ。前半半ばまでそういう展開で、「あれ、おかしい。もしかしたらエースであるサカの欠場が響いているのか?」という疑念を抱いていると先制点を奪われた。「面白くなって来た。これで目が覚めるだろう」と思っていたら、PKを獲得して同点になった。 後半になってパスワークが改善されるが、ただ回すだけでゴールが遠く見える展開にヤキモキしていると2点目を奪われた。CKを何本も獲得してライスが放つ正確無比な弾道が相手ゴールを襲うが不発に終わった。マンチェスターシティは試合数が2試合少ない。今回のアーセナルの敗戦はマンチェスターシティの自力優勝の目を残すことを意味する。終盤まで首位で、最終盤で息切れして2位というのは今まで何度も見てきたアーセナルの伝統芸なのだ。「また繰り返してくれるのか?」という期待を持ちつつ、優勝争いを見守るのが正しいアーセナルファンの楽しみ方なのだ。