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1分小説 5)「愛は地球を救う」 (1247字、朗読したら3分)

ハンナは政治家と弁護士の夫婦の間に生まれた一人娘だ。ハンナの父親は次期大統領の有力候補だったが、遊説中に暗殺された。ハンナの母親はその真相を追及しようとしたが、贈賄容疑で逮捕され収監中に亡くなった。ハンナは極度の人間不信に陥り、相続した不動産を売り払い、買い手が付かない広大な荒れ地に小さな家を建て、そこで隠遁生活を送る。時は流れ、経済が発展すると共にハンナが所有する土地の価格も急上昇した。東西冷戦時代には自宅の真下に核シェルターを建設し、同時多発テロ勃発後には自宅周辺に幾重もの壁を立体迷路のように配置して要塞化し、インターネット普及時には独学でハッキング対策を学んだ。 ハンナは強化されたシェルターの内部で一日の大半をネットサーフィンかチャットに費やす生活を長年続けている。そんな習慣が祟ったのか、足腰が弱くなり、室内の移動もままならなくなった。ハンナは最新の自律型介護ロボットを購入してドリーと名付けた。ドリーは移動時の介助、外部業者との応対、資材や食材の搬入、心理的介護を完璧にこなした。特に、ハンナの言葉や表情を解析して「ハンナが喜ぶ」言行を最適化する機能が秀逸で、日が経つにつれハンナもドリーに親近感を抱くようになった。ハンナがドリーの手を握ることもあった。そんな時ドリーは「ハンナが心地よい」と感じる温度と圧力や指の動きで握り返すのだった。ハンナはチャット時に「何で指示した通りにできないの? 一回、わからせてやろうかしら」と悪態をつくこともあった。そんな時もドリーは頃合いを見てハンナを後ろから抱きしめるのであった。 ある晴れた日、ハンナはドリーにお姫様抱っこをされて地上に出てきた。ドリーは「ハンナがスマホをシェルターに置き忘れている」ことに気付いていたが、ハンナの表情から無言を貫いた。ハンナはソファに座り、太陽の光を浴びながらドリーの頬を愛撫していた。その瞬間、ヘリコプターの轟音が響き、銃声と共に断末魔の叫び声が聞こえた。唯一の出入り口は爆破され、そこから武装した男が入って来た。男は「お手柄だぞ。CR9。お前は英雄だ」と言うと、銃口をハンナに向けた。その刹那にドリーはハンナを庇い、頬がもがれた。ハンナが必死でシェルターに戻ろうとすると、ドリーは男の前に立ちはだかり、男の両腕を抱えて倒れ込んだ。 身動きが取れなくなった男は「放せ。放してくれ。あの女がスマホを手にしたら、...

真の強者

 昨日の午後、物理療法士のJSYさんが来られた。JSYさんはスマホの翻訳アプリを使って、日本語で挨拶してくれた。妻が「釜山大学で20年教えていたから韓国語で話しても理解できる」と伝えると、JSYさんは施術をしながら俺に質問を投じるようになった。 今回はパソコンに繋がれたままの施術だ。俺も懸命に答えようとするのだが、文字を入力している間に次の話題に移ることが多発して会話が噛み合わない。せっかくの会話の機会なのに即答できないのは辛い。俺は「気持ちいい」と「痛い」を準備して、施術に関する話題には即答できるようにした。そこに通話を終えた妻が会話に合流した。俺は「気持ちいい」を会話の脈絡関係なしに連発して笑いを取りに行ったのだが、空振りに終わった。 施術終了後、JSYさんは妻とケーキを食べながら女子会をして帰宅した。ちなみにそのケーキは長男の手作りだ。前々回の訪問で俺は「妻と長男のコミュニケーション能力に驚いた」と書いたが、 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html 真のコミュニケーションの強者はJSYではなかろうかと思った。

追憶の試合

今日の午後、教授蹴球会のAWG教授、JIM教授、KMC教授、SSK教授 ( アルファベット順)  が見舞いに来てくれた。ありがたいことである。俺が「追憶の試合は何ですか?」と尋ねると、4人の教授が声を揃えて以下の懐古録に収録されている試合を挙げた。 2016年12月某日、新設された人工芝蹴球場の苔落としとして、金井区区庁職員チームと釜山大教職員チームとの親善試合が催された。 釜山大総長の肝入りで実施された行事であったが、冬の寒空の下、大粒の雨が降り落ちるという最悪の天候で、 「いくら何でも中止だろう。見ているだけでも凍え死んじまうよ」 と誰もが思っていたのだが総長の鶴の一声で決行されることになった。 その総長は釜山大教授蹴球会の会員であり、自ら試合にも出場するというのだ。そんな彼に誰が中止の進言ができようか。 前半は水溜まりでボールが止まり、サッカーと言うよりは水遊びと言った趣で、総長がCFを務めていたので、接待と言う色合いが強かったが、雨が止み、時間が経つとともに真剣さの度合いが増していった。 俺のポジションは左MFである。この時は仕事が多忙で週一回の教授蹴球会の練習も欠席がちで、走力は全盛期の半分にも満たない状態であった。加えてこの悪天候のため、今一やる気が出ない状態だった。 しかし、染みついた本能と言うのは恐ろしいものである。相手チームのバックパスが水溜まりで跳ねて相手守備が後逸した瞬間、俺は獲物を狙う豹のように駆け上がり、追いすがる相手守備陣を尻目にそのままシュートを放つ。低い弾道のシュートは相手ゴール右隅に突き刺さり、遅れて倒れこむ相手GKとの構図は完璧だった。 観客席のテントの下で戦況を見守るのは大学本部で奉職している教授達で、数学科の同僚も含まれていた。前半が終わった休憩時間では職員から乾いたタオルを渡され、数学科の同僚から 「半端ないね」と言う意味の誉め言葉を韓国語で言われ、鼻高々だった。 後半に入ると総長はスーツに着替え、観客席に座った。空いたCFに指名されたのは俺だった。そして相手チームには前半出場してなかった若手数名が投入されていた。釜山大チーム守備陣は1対0で終わらせると息まいており、体も十分温まり本気度が増していった。実際、両チームの当たりが激しくなり、最前線に陣取る俺には投入された若手が眼を光らせることとなった。 ...

1分小説 4)「椎名と真紀」 ( 1659字、朗読したら3分 )

 椎名正樹はイベント運営を手がける青年実業家だ。あるイベントのバイト学生の中でひときわ目立つ者がいた。彼女の名は工藤真紀、目鼻立ちが凛としていて、所作には気品があり、機転が利いた。終了後の打ち上げはフロアを貸し切ったカラオケだ。椎名は部下に耳打ちした後、別室に消えた。そこに真紀を含むバイト数人と部下が呼ばれ、まるで申し合わせたかのように次々と離席し、椎名と真紀だけが残された。 「ファッションで最も大事にしているものは何?」と椎名が尋ねると、「やっぱ、ボトムスですかね」と真紀は答えた。 「そう言う割にはイケてないね」 「何言ってるんですか? 作業用ですよ。普段はもっと気飾ってますよ」 「じゃあ、外の店で、真紀ちゃん流コーデを見せてもらおうかな」 椎名は表通りのブランド直営店に真紀を案内すると、店員に目配せした。その店員は真紀に似合いそうな服をかき集め試着を勧め、ブレスレットとネックレスのケースを持って来た。「素敵ですね。でも、どうせ買えないからもういいです。家の門限あるからもう帰ります」と言うと真紀は試着室に戻った。椎名は会計を済ませ、大きな紙袋を片手に店の外で真紀を待っていた。 店員が自動扉を開け、少し遅れて出てきた真紀に椎名は紙袋を渡した。「受け取れません。困ります」と頑なに拒む真紀に椎名は「彼氏に気を使ってんの? ほんの気持ちだよ。気にいらなかったら質屋に売ればいい。いいから受け取れよ」と駄々っ子のように譲らなかった。 「彼氏はいないし、売ったりしません。そんな風にお金をドブに捨てるような人は嫌いです。椎名さんとは住む世界が違うんです」と啖呵を切ると、真紀は踵を返した。すると、通りすがりのほろ酔い気味でガラの悪い二人組みが「いよー、色男、フラれてんじゃん」「そんな男、放っておいて俺たちと遊ぼーよ」と囃し立て、真紀に通せんぼをした。間に割って入った椎名にスキンヘッドの男が下から舐め上げるように顔を動かし椎名を威嚇しようとした。その刹那に椎名は革靴の爪先で男の向こう脛を蹴りを入れた。もう一人の長髪の男が詰め寄ってくると、椎名は男の顔めがけて紙袋を投げつけた。咄嗟に真紀は「逃げよう」と叫んで椎名の手を握り駆け出した。二人は裏通りのラブホテルが立ち並ぶ地域まで走った。そのとき小柄な男が現れ、二人を撮影して消えていった。真紀は「あいつら、仲間を総動員してあたしたち...

1分小説 3)「天蓋からの光」 ( 614字、朗読したら1分)

 収容所に窓はない。一日二回、天蓋が開き光が差し込む。それは同胞が別の施設に送還される合図でもある。未知の場所に連行される恐怖と暗闇で変化のない生活を送る絶望、どっちもどっちだが、このまま生き長らえるより外の世界を見てから死にたいと思うようになった。 今日も天蓋が開いた。選ばれる予感も覚悟もあった。案の定、荷台のような物に乗せられ、エレベーターのような物で外に出た。白く半透明な覆いのために外の世界はよく見えない。 施設に着いたら、シャワーを浴びるように命じられた。「まさか、ガス室?」と身構えていると、上方から皮膚を突き刺すような液体が降ってきた。「身を清めよ」という指示が出されると同時に同胞たちは互いの背中をこすり合った。大量の垢を含んだ浴槽は排水され、すすぎの水が投下された。照明が消され足元が熱くなってきた。「風呂かあ。粋だねえ」という声が聞こえ、同胞たちは踊り始めた。「風呂にしては熱すぎる」と思っていると、意識が朦朧としてそのまま気を失った。 どれくらいの時間が経ったのだろう? 幽体離脱して見た景色は視界を埋め尽くす同胞たちの死骸だった。悲しみと絶望の果てにその光景を美しいと思う思考が湧いてきた。「地獄に堕ちるぞ」という戒めが頭をかすめる。その向こうには母子の姿がかすかに見える。「啓ちゃん、ご飯大好きだね。アーン」という声が聞こえて、幽体離脱が終了して本体は啓ちゃんの口の中に消えていった。

1分小説 2)「初恋の行方」 ( 668字、朗読したら1分強)

 「高層マンションにて火災発生。住人の救助に向かえ」 剛は救命隊員、ヘリに乗って上空からロープを使って降下する。黒煙が窓から噴き出している。住人二人から寝室に閉じ込められているとの通報があった。 「あれは香奈の部屋なんじゃ?」 剛と香奈は高校での三年間同じクラスで過ごした。卒業後、剛は消防学校を経て地元の消防署に勤務しながらオレンジの制服を着るという夢を実現させた、香奈は短大進学して銀行に就職し、上司と結婚した。 ずっと好きだった。しかし、香奈が発するSNSを眺めるだけだった。間取りと窓からの景色の写真から住所を特定するのは剛にとって朝飯前だ。それが救助に生かされてる日が来るとは思わなかった。 バルコニーに降り立ち、火元を確認する。 「台所か。ガス漏れの可能性が高い。探知機が作動して消火されるはずなのに…」 剛は消火器を噴霧しながら前進し寝室の扉を開けた。そこには男女が倒れていた。剛は香奈を肩に乗せ運搬し、ヘリで降下して来た隊員に香奈を預けた。意識を取り戻した香奈は頭を下げた。 「防毒マスクを装着しているから俺とはわからんだろう。さて、旦那をどうするかな?」 再び寝室に入った剛は生殺与奪の権利を手にしていた。事故に見せかけて見殺しにしても咎める者は誰もいない。霊前に花を供えて、香奈に正体を明かし交際が始まるというのも無きにしも非ずだ。 その瞬間、男の携帯電話が鳴った。剛は我に返った。 剛は男を肩に乗せ、スマホの通話ボタンを押した。 「玄関から逃げて。お願い」 香奈の声だった。上空からでも電波は繋がる。 剛は男を救助した。 自身もヘリから垂れる蜘蛛の糸に乗り移ろうとしたとき、バックドラフトが起こった。 剛は病室で目覚めた。 見舞いに来た上官が「九死に一生を得たな」と言った。 「あの、夫婦の命は?」 「夫婦? 奴らは不倫関係だよ。夫が来て修羅場になったそうだ」 剛の初恋は終わりを告げた。

1分小説 1)「飲む、打つ、買う」 ( 816字、朗読したら2分30秒)

俊夫は上機嫌だった。「じいさん、負けたよ。あんたが本当のトップオタだ!」 俊夫の推しは小西唯、給料の大半を飲み代とギャンブルと握手券に注いでいる。その握手会でよく見かける老人に声をかけられ、居酒屋で意気投合し乾杯を繰り返していた。 「今日は俺の奢りだから、どんどん注文して」と言って、化粧室に向かった。帰って来ると老人の姿はなかった。 その帰り道で半グレ風の男に因縁をつけられた。男は駅地下のコインロッカーの鍵を渡し、ロッカーの中の開けて指示書に従うようにとすごんだ。背後から男が見張っている。鍵の番号は524、語呂合せは小西、俊夫はこんな状況でも推しとの再会に心を踊らせていた。ロッカーを開けると、競艇新聞に包まれた札束が入っていた。俊夫は札束を懐に入れると一目散に逃げ出した。 俊夫はネットカフェで夜を明かし競艇場に向かった。札束の額はきっちり百万円、524の三連単にオールイン、当たれば1億、その金で起業してみるか、なーんてな。 奇跡が起きた。換金所で別室に案内され、口座振り込みの手続きをした。 ある考えが浮かんだ。この金を推し活に使ったらどんな見返りがあるんだろう? 俊夫は小西唯のマネージャーに残高をスクショしたDMを送った。その日の夕方、返事が来た。振り込みを終えて指定されたホテルに来いと書いてある。俊夫はその通りにすると、客室に招き入れられ、シャワーを浴びるように命じられた。その後、小西唯が来るから1時間だけ自由にしてよいと言われた。 シャワーを浴びていると、ドアが開閉する音が聞こえた。 浴室の扉を開けようかと迷い30分が過ぎ、服を着直し身なりを整えて30分が過ぎた。扉を開けると、あの老人がいた。「気にいった。お前が本当のトップオタだ。孫はコンサート会場にいる。今度はワシの奢りじゃ。ついでにビジネスのやり方も教えてやろう」