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百年後の火星

 先週の土曜日、NHKのドラマ「火星の女王」を視聴した。今から百年後に火星の地下に住む人類の物語なのだが、30年前に制作された映画「トータルリコール」を見たときのような「放射線を浴びて奇形となった人類、氷のかたまりを溶かして火星に新たな大気が生じる、実は主人公の精神世界を覗き見ているだけかもしれない」などのぶっ飛んだ驚きを全く感じなかった。それでいて、百年後の未来を近似しているわけでもなく、惑星を破壊できるほどの物質が発見されたりというトンデモ設定があったりして、素直にドラマを楽しめない上に「実際はどうだろうか?」というモヤモヤが残った。 今日は百年後の火星開発について生成AIと壁打ちしてみた。以下はその議事録もどきだ。 俺の「百年後、火星に住むことはできる?」という問いには「火星の大気の95%は二酸化炭素で、真空に近いほど薄く、そのために放射線が降り注ぐ。砂嵐も発生するので、地中の閉鎖された空間で電力と酸素と水分の制限の下での生活が予想される」という答えが返ってきた。俺の「大量のロボットから成る社会は可能ですか?」という問いには「技術的に可能ですが、それが社会と呼ばれるかは疑問です」という答えが返ってきた。俺の「地球人のアバターとしてのロボット社会はどうですか?」という問いには「これはSF路線というより、かなり現実的です。ただし通信速度が10分かかるので即時操作は不可能」という答えが返ってきた。俺の「自給自足できる火星でのロボット社会は可能ですか?」という問いには「エネルギーに関しては可能、材料に関しては部分的には可能だが、高性能半導体は無理」という答えが返ってきた。 俺は「300年後は都市ができてロボットの代表が地球に来るかもしれない」と想像した。それにしても、こんなことを議論できる人は限られているのに、生成AIはもっともらしい答えを返してくれるし、こちらの想像力を掻き立てるような意見を提示してくれる。少なくとも、俺の知識をはるかに超えているし、議論していて楽しかった。こうやって、飲み込まれていくんだろうな。

尊敬する人

今から6年前、俺は大村に住んでいて療法生活を送っていた。泉清隆さんと初めて会ったのは冬で、今日のように底冷えする日だった。彼もALS患者で、俺が尊敬する人物の一人だ。 https://www.nagasaki-np.co.jp/kijis/?kijiid=699074132467598433 以下は闘病記からのシングルカットで、泉さんとの遭遇の様子が記されている。その後、泉さんはご家族とヘルパーさんを連れて大村の実家に来てくれた。当時は「呼吸器付けても車で移動できるんだ」と思っていたが、いざ自分がその身になってみると、その大変さが身に沁みてわかった。あの時の訪問は「これから俺の身に起こるであろうことを見越して、最大限のエールを送ってくれた」ものと解釈している、いや、そう思えるほど、ステージが進み、達観できるようになったということだ。その感謝を思い出し伝えるために切抜きしてみた。   今までにALS協会長崎県支部会主催の会合には一度も参加した事がなかった。開催地が平戸や壱岐で遠すぎたこと、ALS協会会員でもないので案内が来なかったこと、等の理由があるが、本当のことを言うと、ALSの患者が集まり、自分の過去、現在、未来を現実のものとして認識する作業は気が滅入るような気がしたからである。 今回の会場は長崎市の病院で車で40分の距離にある。リハビリでお世話になっている作業療法士のSさんの熱心な働きかけで妻が乗り気になり、俺も年貢を納めることになったというわけだ。日時は今日の13時半から、会場である病院のロータリーで出迎えてくれたのはエアマウスの購入でお世話になったHさん、受付では難病支援ネットワーク代表のTさんがいて、Sさんに同行した言語療法士のKさんとNさんも到着し、馴染みの面々との挨拶を交わしたことで心もほぐれていった。 患者たちは最前列に呼び集められ、必然的にお互いを観察し合うことになる。人工呼吸器を装着した人を肉眼で見るのは初めてだった。かなり管が大きく、空気を送る機械も想像していたよりも大きかった。 来る前に予期していたように、ALSという難病にかかっているという現実を受け入れる時間を過ごすことになる。その場で最も症状が進んでいると思われる白髪の女性がしたためた挨拶文の代読から始まり、医師の「ここ数年でALSの研究には目覚ましい進歩があり、数年先には治療法...

12月第二週の雑感

最近の、考えていることを列挙してみる。  1)朝の情報番組で北川景子が「動画を見させていただいて…」と言っていた。この「〜させていただく」という表現は数年前から芸能人が使い始めたと思う。最初は「出演させていただく」という表現を聞いて、「出演するためには本人だけでなく所属事務所や制作者側の力が必要なわけで、単に出演したというよりは謙虚な印象を受けるな」と思っていた。しかし、出演だけでなくなんでもかんでも「させていただく」と言うのは食傷気味というか、「します」や「しました」じゃダメなのかなと思うようになった。「させていただく」を言わないと宣言する芸能人が現れて、昨今の猫も杓子も「させていただく」という風潮が少しでも是正されたらと思う。 2)大村市には新幹線と共に大村線というJRの鉄道が走っている。その中の駅の一つが岩松駅だ。他の駅と異なり、岩松駅周辺には商店街はおろか住宅街もない。海沿いのさびれた場所に「どうして此処が駅になったの?」と尋ねたくなるように立っている。無人駅で利用者も多いとは言えないだろう。少々乱暴であるが、岩松駅の廃止を提案したい。その代わりに大村高校前駅を新設することも提案したい。その駅は東彼杵や松原から通学する生徒に恩恵をもたらすだけでなく、医療センターへの導線になり、駅と医療センターを往復するシャトルバスを運行させることによって利便性が高まると予想される。 3)NHKの「ダーウィンが来た」で恐竜の首の骨の化石から「鳴き声で意志疎通していた」ことを推測する学者が出てきた。この研究は恐竜の生態を知る上では興味深いが、GDPを押し上げることはないだろう。数学を含め、学問ってそういうものだ。幅広い応用が見込まれるノーベル賞の対象分野の受賞者である坂口志文氏と北川進氏は「日本は基礎分野に対する中長期的視点を持つべき」みたいなことを言っていたが、彼らが数学や考古学をどのように捉えているのか伺ってみたいものだ。 4)NHKの「のどじまん」を毎週欠かさず視聴しているが、緑黄色社会の「Mela」を歌う人の割合が高いt思っている。曲目別で過去二年分を集計すると断トツだろう。歌手別ならMrs. Green Appleだろう。昭和歌謡に限定すれば中森明菜の「Desire」だろう。あくまで俺の勝手な推測なのだが。 追伸)PJR博士とOSM博士が見舞いに来てくれた。あ...

知られざる法人税

気になるニュースがあった。 https://news.yahoo.co.jp/articles/b7e89ab52977653a46acc240084206c9bacf64e4 これは、東京都の税収が突出して高いから地方に配分する制度に東京都が運営するSNSが疑問を投げかけた所、地方から反発を食らった、という記事だ。 恥ずかしながら、法人税は国税だと思っていた。そのことは正しいのだが、「大雑把に言うと、国庫に六割、その法人が所属している自治体に四割で配分される」ということは知らなかった。そりゃあそうだろう。であるからこそ、企業の誘致に躍起になるのだ。東京は自然に人や企業が集まってくるし、本社を置く大企業が大半であることから、莫大な税収が見込めるのだろう。俺は今まで「東京で大勢の人が一生懸命働いているおかげで、地方で余裕のある暮らしができる」と思っていたが、見方を変えれば、「地方が育てた人材は東京に吸収され、地方には還元されない。電力と食料を供給しているのは地方なのに、この人口に対する税収の比の格差は不公平だ」となるのだ。 やはり、東京に住んでいる人々に地方の余裕のある暮らしを知ってもらい、移住を促すことが、一極集中を解消して、東京の住環境を向上させて、東京の出生率0.96を改善する方法だと思う。それを実現するのが「三年間住民票を過疎地に移すことを目標義務とする」政策だ。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/02/blog-post_4.html 地方も都市も潤う名案だと思うのだが、今のところの賛同者は1名だけである。 追伸)昨日、物理療法士のKJYさんが訪問してくれた。いつものように両脚のストレッチから始まり、リンパ腺マッサージで終わった。KJYさんが来るのはこの日が最後だそうだ。妻とも仲良しで、明るく朗らかで、「また会いたい」と思わせる人だった。

人生の分岐点

 大分県の大規模集落火災、香港の高層マンション火災、山口県のガス漏れ事故、関東地方の山火事、などのニュースが報道されている。これらのニュースを見ると、俺が9歳の時に起こした放火事件を思い出す。このことを本欄で書くのは二回目だ。今回は前回よりも詳しく語ろう。 俺の実家は二階建てで、二階は父母と弟と俺の寝室二部屋がある。その内の一部屋は和室で、テレビと化粧用の三面鏡が置いてあリ、夕食後の家族団らんの場になっていた。冬には石油ストーブが置いてあった。そのストーブを着火するためにはマッチが必要で、9歳の俺でも着火できるようになっていた。母はマッチの燃えカスを金属製のストーブ台の窪みに置くように指導していた。 ある夜、夕食後にテレビを見ようと二階に駆け上がった俺はストーブをつけた後のマッチの燃えカスを「完全に火が消えている」「ゴミはゴミ箱に」という潜在意識が働いたのか、はたまた以前からそうしていたからなのか、円筒形のプラスチック製のゴミ箱に放り入れた。それから数秒後なのか数十秒後なのか定かではないが、ゴミ箱の中のティッシュが燃えている様子が視界に入った。俺は9歳児特有のすばしっこさで立ち上がり、隣の部屋に新設されたばかりの洗面台でコップに水を入れ、消火に戻った。ゴミ箱からは火柱が上がっていたが、ひるんでいる時間はなく、それまでの行動の延長と勢いはコップの水を火柱に掛けるという選択を促した。その直後、「じゅううっ」という音と共に火柱は消え、俺は再び洗面台に水を汲みに行く消火活動を繰り返した。鎮火後、ゴミ箱は溶けて無くなってしまい、畳の上に円形の焦げ跡を残していた。父母から詰問された俺はプチ逃亡を企てるもあえなく車庫で取り押さえられた。 あの時は人生の分岐点だった。発見が数秒遅れていたら、燃えやすい物だらけだったあの部屋は全焼して石油ストーブの灯油に引火して、9年前に建てたばかりの木造一戸建ては全焼していたかもしれない。平坂家の経済的損失は言うまでもなく、そのことは9歳児の俺に大きな心の傷を残し、その後の人格形成に負の影響を与えたに相違ない。俺が気付いてないだけで、他にも無数の分岐点があるのかもしれない。火事のニュースを見ながらそんなことを考えた。

腑に落ちないばけばけ

 NHKのドラマ「ばけばけ」の脚本が腑に落ちない。その理由を列挙してみる。 1)松江に赴任した西洋人と日本文化との衝突と融和がこのドラマの大きなテーマだし、大衆受けする話がてんこ盛りのはずなのに、どういったわけか脚本家はこのテーマを正面から扱うことを意図的に避けているような気がする。例えば、史実ではラフカディオハーンが幼少時に「自然界のあらゆる場所に神が宿る」という信仰を得たのに神学校で完全に否定されるという逸話は出てこないし、何故日本の松江に来たのかも明かされない。ヘブン先生は気難しい外国人として描かれ、シャラップと怒る理由も明かされない。左目が見えないことで聴覚が鋭敏になっているから等の本人ならではの正当な理由は明かされず、日本人の視線からしか描かれない。ヘブン先生はアリガトウとスバラシイを使うからある程度の親しみを持って接せられているが、あまりにも自分勝手に描かれているので孤独や疎外感が全く伝わらない。俺は外国人として過ごしていたからヘブン先生の視点で見てしまうのだが、ヘブン先生が日本での生活で感じたことをそのまま表現すれば、それだけで感動的な物語になるのにあえてそれを使わない理由が気になってしょうがない。 2)主人公のトキの視点で描かれるのだが、旅館の女中が受けたようなヘブン先生の理不尽な扱いが出てこないし、ヘブン先生が病気で寝込んでもいつもどおりの明るい表情で接するものだから、心配する気持ちや寒さを和らげて少しでも快適に過ごして回復してほしいという必死さが全く感じられない。病気になって看護してもらう過程で恋が芽生えるというのはドラマの定番なのだが、どういうわけか脚本家はこの定跡中の定跡を使おうとしない。そもそも、炊事をしないのだから掃除と風呂の準備と片付けだけやればいいのだから日中は暇だろう。給金の一部で辞書を買って英単語を覚える等の自助努力をするべきだろう。 3)史実ではラフカディオハーンと相談役の日本人は深い友情で結ばれていたらしい。そりゃあそうだろう。英語で話せて身の回りの世話まで焼いてくれて、日本文化を教えてくれて、議論までできるドラえもんのような存在なのだから。ところが、ドラマではヘブン先生の錦織に対する態度はぞんざいで、感謝しているようには見えない。せめて、古事記について議論を交わし、お互い尊敬し合っている関係を示す場面を挿入すべきだと...

長女がのどじまんに

 先週、NHKの「のどじまん」が大村で開催されるということを伝える記事を投稿した。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/12/blog-post.html そのコメント欄を見ると、sakkさんの「息子、応募すませております。予選がんばります」とある。これに触発されて、予選会開催時期に大村に滞在する予定の長女に頼んで応募してもらうことになった。長女は最初嫌がっていたが、俺が「どうせ書類選考で落とされるよ」などと執拗に勧誘した結果、「じゃあ、お父さんのしたいようにしていいよ」のお墨付きを得た。 俺は仮応募の準備を始めた。登録は郵便不可で、全てウェブ上で完結する。そりゃあそうだろうな。郵便だと資料を整理するだけでも莫大な労力が必要になるもんな。ということは、応募のハードルが下がった分、大量の応募者がいて、書類選考の倍率も上がるということだ。 俺は「自分の病気で同情を買う」行為を避けてきた。しかし、今回ばかりはその禁断の果実を貪ることにした。ウェブ上に選曲の理由を百字以内で述べよという項目で「父はALS患者で、歩くことも食べることも話すこともできません。父も私もヒゲダンの楽曲が好きで、特にこの曲を歌うと父は喜んでくれます。父が毎週欠かさず見るのどじまんに出場して父を元気付けたいです」と書いてしまった。そもそも、俺のメールアドレスで仮登録して、長女になりすまして登録作業を遂行している。その贖罪を兼ねて、本欄で白状することにした。 果たして書類選考の結果はどうなるのか?予選会という大舞台で長女が歌う動画を見たら本当に元気になる気がするんだよな。本選でテレビに出たら気絶して、そのまま昇天してしまうかもしれない。