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解散宣言

 JIM教授から妻へ電話がかかってきた。そういう場合、妻はスピーカー機能をオンにして通話内容を聞こえるようにしてくれる。JIM教授は釜山大学教授蹴球会の創立者であり、長年に渡って会長としてチームをまとめてきた。俺も含めて自己主張の強い個性派揃いの会員たちを御していくには「全てを包み込む皮袋」に徹することもできる人格のJIM教授が適任だった。 「教授蹴球会の中核メンバーが定年退職してしまって、これを機に解散することにしたよ。平坂教授に伝えなきゃと思い電話したんだ」という内容が妻のスマホから聞こえた。俺が蹴球会に参加できなくなって丸7年になる。その当時も最年少メンバーだったし、新しいメンバーが入って来ないという高齢化問題を抱えていた。「ついに来るべき時が来た」というのが感じで受け止めていた。 金曜日の15時に陸上競技場に行くのが楽しみで、全力で走り全力でプレイして終了時間の17時には疲労困憊になって研究室に戻るのが心地よかった。ゴールを決めたチームメイトに駆け寄ってハイタッチの後胸を合わせて祝福するのが俺の流儀だったし、そうやってサッカーの持つ一体感を味わっていた。遠征試合前日の飲み会も出陣式みたいな雰囲気で楽しかったし、試合終了後にサウナで汗を流し別会場に移動しての飲み会も楽しかった。何も喋らなくても居場所があるような気がした。 釜山大学教授蹴球会で過ごした時間は俺の青春だったし、それと似たようなことを俺以外のメンバーも感じていると思う。そんな時間を共有していたメンバー全員に感謝を伝えたい。

復活祭の朝

 起床してテレビを見始めた30分後、妻が「今日は復活祭だから聖書を読もう」と言ってテレビを消した。「五分後に「日曜討論」が始まるのになあ。せめて断りを入れてから消してほしかった。反論もできない俺に己の無力さを自覚させるムゴい仕打ちだ」と思ったが、「どうしても見たい番組でもないし、毎日の介護で苦労をかけていることに比べたらなんでもないことだ。そして聖書を朗読してもらうのは嫌いではない」と思い直し、妻に従うことにした。 マタイの福音書のキリストが処刑される前日からの部分が朗読された。日本語の聖書の朗読で、合間に水分補給や痰吸引が入るので、朗読は一時間経っても終わらなかった。俺が歯ぎしりをして一時中断して「そろそろ三男に教会に行く準備をさせなきゃ」みたいな内容を文字盤で伝えると、妻は気分を害したようで「一体いつになったらあなたに信仰が授かるのか」と嘆かれた。 妻の信仰は筋金入りだ。その水準を俺に要求されても「ぐぬぬ」としか言えない。こんなこと書いたら妻の更なる怒りを買うかもしれないが、俺の信仰は薄っぺらで円満な夫婦関係のためだけのものだ。そうは言っても、四半世紀に渡る教会での体験からの影響は無視できない。信仰に殉ずる人々の心の純粋さ、牧師先生の無償の愛に触れたこと、聖書をノートに書き写していた義母、悩みを共有し祈祷したこと、日韓と台湾で出会った人としてのスケールが大きい人々、いずれも感銘を受けたし、薄っぺらな俺を教会に向かわせた。 それだけでも物凄い進歩だと思うのだが、肝心の妻は認めてくれないんだろうなあ。

日本対イングランド戦

 ユーロ2024でイングランド代表の試合を見たが、「これだけスター選手が集まっているのに、なんでこんなにつまらないサッカーしかできないんだろう?」という感想を抱いた。その後、監督がチャンピオンズリーグを制した名将トウヘルに交代して、北中米ワールドカップ予選を8戦全勝で突破して新生イングランドを印象付けた。 今回の日本対イングランドの親善試合でサカやケインなどの主力の離脱が相次いでいることが報道されていた。そうは言っても、残りの選手がイングランドプレミアリーグのスターであることは変わらない。試合会場はサッカーの聖地ウェンブリースタジアムで、九万人の大観衆が押し寄せることも報道されていた。わかりやすく喩えると、国立競技場で日本対インドネシアの親善試合に日本のゴールラッシュを期待するファンとサポーターが集結するようなものだ。 スコットランドに1対0で勝った日本であるが、富安の離脱が報道され、久保と南野という攻撃の核が不在の中、「今まで何度も経験した期待して裏切られる試合が再現されるか否か? 昨年のブラジル戦での逆転勝利みたいなこともあるからなあ。しかし、生中継が見れないのが悔やまれる」なんてことを考えながら眠りについた。 朝、起きて7時のニュースで日本が1対0で勝ったと聞いてびっくりした。ニュースでは静止画しか出ないので、ネットでハイライトと戦評動画をハシゴした。三苫、中村、三苫のパス交換からのゴールは美しかった。その後から試合終了まで、イングランドの猛攻に守備が破綻することなく無失点に抑えたのは称賛すべきだし、ワールドカップ本選に向けての自信と経験になったと思う。悩ましいのは今回の勝利で警戒されるようになり、本選でロングボール主体や堅守速攻のような日本が苦手とする戦術を徹底されることだ。そのような意味で初戦にオランダとガチンコ勝負できることはよかったと思う。決勝トーナメントで勝ち進むことを考えたら、3位抜けの方がブラジルとモロッコを回避できるので望ましいと思う。

イランからの便り

 テヘランの大学が空爆されたというニュースが目に入った。俺のかつての弟子がイランの大学で教鞭を取っていることは以下で触れた。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2025/06/blog-post_12.html その後、R君から「第一子が無事に産まれて幸せに暮らしている」という便りが来たイランが最初に空爆されたとき、イランで反政府デモが起きて粛清されたときにメッセージを送り合った。しかし、一ヶ月前から始まった空爆後は連絡できないでいた。その理由は、日本は米国の同盟国で空爆を加担する立場だったこと、R君が反政府か政府寄りかの立場が不明だったこと、以下で触れているように俺の考えも曖昧だったことが相まっていたからだ。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post.html 更に、この一ヶ月間本欄で大相撲、WBC、将棋、サッカーなどのエンタメを紹介してきたことが「本当に心配なら、そんなことを見る気持ちにならないはずだ」という自己矛盾に陥っていた。冒頭のニュースを見て、衝動的にR君に連絡するに至った。 その翌日、R君から「無事だが、何万人の同胞を殺した政府は………」という複雑な心境が垣間見える返信が来た。 安心した。 自己矛盾は解決してないが、「本当に心配なら笑う気持ちになれない。飯を食う気持ちにもなれない」というわけでもないと思うので今まで通りに綴ることにする。 追伸)前回の投稿の最後の段落が気にいらなかったので以下のように書き直した。 https://hirasakajuku.blogspot.com/2026/03/blog-post_31.html

醬油が甘い

九州の醬油は甘い。その理由は醤油の原液に砂糖を混ぜて製造されるからだ。和食の味付けの基本となる醬油が甘いのだから一品料理も甘くなるのは推して知るべしだろう。実際、酢飯、煮付け、肉じゃがなどの「甘味料がないと成立しない」和食が多数存在する。九州の中でも長崎は料理に砂糖を用いることで有名だ。カステラを始めとする菓子も甘いし、皿うどんのあんも甘辛いし、大村寿司にも大量の砂糖が入っている。それが当たり前だと思っていたので、大村を出る前までは何の疑問も抱かなかった。しかし、福岡で自炊するようになってから「実は自分が暮らした地域が特殊だった」ことに気付き始める。 初めての一人暮らしで初めての自炊だったので、料理はレシピ本通りに作ることになる。出汁を取るのが面倒だったので、洋食中心に作っていた。そのレシピに砂糖が出てくることはなかった。出来上がった料理を食べると「悪くない」と思った。自分で苦労して作った料理だったからかもしれないが、素朴でいい味だと思った。そのときに気付いたことは「口の中がベタベタすることがない」ということで、自炊を重ねるたびに「あのベタベタは砂糖によるものだったんだ」とか「料理って砂糖を一切使わなくてもできるんだ。いや、そっちの方が断然美味しいだろう」という考えが芽生えてきた。 博士号取得後、イスラエル、韓国に長期滞在することになる。日本では甘い炭酸飲料を好んで飲むことはなかったが、イスラエルでは「ハンバーガーにはコーラが合う」というように味覚も変化した。これは湿度の違いもあるだろうが、料理に含まれる糖分量にも関係していると思う。ちなみに韓国料理は日本ほどではないが結構な量の砂糖を用いる。ただし、韓国の玉子焼きは甘くない。 歴史をひも解けば、江戸時代に唯一の海外貿易港だった長崎出島の影響で砂糖が庶民にも流通し、お客さんをもてなすときには砂糖をふんだんに使って料理する文化が定着したことが現代にも受け継がれているらしい。その呪縛から逃れた俺は「砂糖を料理に使うと、一定の満足度は得られるが、素材本来の甘さが砂糖の甘さに負けてしまい単調な味になる」という結論に至った。外に出て気付くことは多い。その一方で「あの甘い醬油に浸して食べるハマチの刺身を味わいたい」とも思う。

決戦は日曜日

 棋王戦五番勝負第五局の藤井聡太棋王対増田康宏八段の生中継を視聴している。素人目には馬を作っている後手の増田八段が有利のように見えるが、AIによる形勢評価は藤井棋王の有利を示している。手数が進むごとに藤井棋王の優位が拡大し、「ここまで来たら藤井棋王が勝ちを逃すことはないだろう」という局面に差し掛かった。結局、藤井棋王の圧勝で棋王戦四連覇を達成した。土壇場での勝利は「藤井聡太が飛び抜けた存在である」ことを改めて印象付けた。 話題は変わって、サッカー日本代表がスコットランド代表に1対0で勝利した。三日後のイングランド代表戦を見据えての主力を温存した先発メンバー、敵地グラスゴーでの試合、負傷者続出でベストメンバーが組めない日本代表、などの悪条件が重なっていて、ボロ負けすることもあり得ると予想していたが、後半から主力を投入して勝ち切ったことは大きいし、弱かった時代の日本代表を知る者として隔世の感がある。 コメント欄に「大学院生時代の俺を記憶している」という投稿があった。光栄なことだし、身が引き締まる思いだ。俺の名前を覚えていることも、そこからどうやって本ホームページに到達したのかも気になるところだ。こういう偶然の出会いがあると、「インターネットは時代を超えて全世界に繋がっているんだなあ」と思う。

お花見外出

 今日は天気が良く気温も高い。そんな理由で妻は俺を外出させようとする。俺は寝ているだけで外出するための準備は全部妻子がやってくれるのだから拒む理由がどこにあろうか?と妻は思っているかもしれないが、子供たちの時間を奪うことになるのと苦労対満足度が割りに合わないことが俺に二の足を踏ませる。 結局、「友達と卓球しに出掛ける」という次男が妻に引き止められ、さんざん待たされた挙句、車椅子への移乗を手伝った後に自室に戻った次男は「力仕事が終わっても準備は山ほどあるのに全く気が利かない。お父さんにそっくりだ」と妻からの小言を浴び、出発直前に吸引を訴えた俺のせいで外に出た時刻は3時半だった。 俺の外出に同伴するのは妻と次男と三男だ。いつものように区役所広場で日光浴をした。そのときに次男を労おうと思い文字盤で「一番助けてくれるのに一番怒られる」と伝えた。一時間前の小言がなかったかのように陽気になるのが妻の良いところだ。「一番は私に決まっているでしょう」と言い返した後、昔話に花を咲かせ、喰い付いてくる次男と三男を向こうに俺を出汁にした漫談と説教を展開していた。 いつものコースで帰宅した。前回の外出との違いは川沿いの並木桜が五分咲きだったこととマンション敷地内に植えられた木蓮の白と椿の赤との対比が鮮烈だったことだ。無理矢理に引きずり出してくれた妻、自分の時間を放棄して付き合ってくれた次男、重い荷物を持ってくれた三男に感謝を伝えたい。